◇2「書簡」


 

(私の手元にはいくつかの手紙が残った。それをこれから記す必要がある)


『ネット上で知らないの人に性別とかを教えない方がいい。年齢とかも。一生覚えておくように。情報リテラシーを身に付けなさい』〈Mitsuki.U [2015.7.1 0:14]〉


 ユウさんとの交流のはじめの方で言われた言葉だ。私はリテラシーという言葉をそのとき初めて知った。それは胸に刻まれ、スクショもされた一方で、初対面で性別を聞いて来たのはあなたですがと理不尽にも感じた。

 七月になった。代わり映えのしない日々だった。変化があるとすれば二つ。

 一。教室の中では、私は美桜みさに明らかに避けられるようになっていた。原因は件のキス事件のせいに決まっていた。だけど、美桜とは元から仲が良かったわけでもなかったし、割とどうでも良い寄りの気持ちだった。迷惑したのはむしろこっちなのに、私の方が避けられてることにはややムカついた。

 二。奏子かなこはますます友達を増やして、結局私が言うまでもなく朝の迎えにも来なくなった。代わりに、時々LINEをくれるようになった。「うっしー今ひま?」「ひまじゃない」私は奏子を避けていたので、常に暇が無いことになった。全くの嘘では無かった。インターネットがある限り、私は無限に暇を潰せたからだ。

 現実でより孤独を深めていく一方で、私はネットに更に深く入り浸っていった。ツイッターにユーチューブに2chのような匿名掲示板まで。ネットのこっちの端からあっちの端まで、回遊魚のように巡回して、たくさんの情報を蓄えていった。例えば、カモシカの汗は青いらしい。このような有益な情報が私のもとにたんと集まっていった。

 七月は私とユウさんが最も盛んにやり取りをしていた時期でもあった。ユウさんが私に話しかけてくることは無かったが、私がちょくちょくユウさんのダイレクトメッセージに突撃していった。ユウさんが最初にこの方法で返事をくれた事に、私はやや味を占めていた。話題は学校であったこととか、ネットで見たものとか。適当だった。ユウさんは真夜中になってから返事をくれた。昼間は仕事に出てるのか、それとも寝ていたのかはよく分からなかった。


『前教えてもらったアニメよく分かんなかったです』〈しおちゃん [2015.7.11 18:05]〉

『ああ。そう』〈Mitsuki.U [2015.7.11 23:42]〉

『ユウさんが一番好きなアニメってなんですか』〈しおちゃん [2015.7.11 23:49]〉

『エヴァ』〈Mitsuki.U [2015.7.11 23:52]〉

『ユウさんって多分私より一回り年上ですよね』〈しおちゃん [2015.7.11 23:53]〉

(無視)


 ユウさんが返事をくれる確率は大体7割ぐらいだった。3割の確率で無視されるのは、大抵話題がユウさんの曲の意味とか、年齢とか性別に関わることを聞いてるときだった。私は段々学習してそういう話題を避けるようになっていった。ユウさんとのやり取りを通じて、私はコミュニケーションの機微と言うのが少し分かったような気がした。


 ユウさんは話してみると、話す前よりよく分からない人だと感じられた。謎めいていて、つかみどころがなく、やはり現実に生きてる人のようにあまり思えなかった。情報リテラシーってやつを徹底していただけかもしれない。


【好きな食べ物は油そばです】〈Mitsuki.U [2015.7.15 2:02]〉


 ユウさんはときどき「好きなもの」をツイートすることがあった。私は勝手にそのツイート群を「ユウさん好きなものシリーズ」と呼んでいた。ユウさんの好きなものはたまに独特で、私はユウさんのそういうところが結構好きだった。ユウさんの好きなものを好きになれたらなと、ユウさんが好きなものをツイートしたり教えてくれた時は必ずスクショして保存した(これも儀式において必要な情報だ)。


【好きなアニメはフリクリとlainです】〈Mitsuki.U [2015.7.4 4:02]〉

『ボカロだとハチさんが好きかな』〈Mitsuki.U [2015.7.8 1:01]〉

【好きな犬種はシャー・ペイ』〈Mitsuki.U [2015.7.17 21:22]〉

【魚卵は本当に美味しい】〈Mitsuki.U [2015.7.4 22:32]〉

『学校は嫌いだけど好きだった』〈Mitsuki.U [2015.7.25 5:11]〉

【好きなポケモンのタイプは鋼です】〈Mitsuki.U [2015.7.21 9:05]〉


 私はユウさんの好きなものを追って、その半分……いや、三割か、二割ぐらいは実際に好きになった。ユウさんの趣味は独特で、自分に合わないものもやっぱり結構あった。アニメのlainなんかはレンタルビデオで借りて見たけど、意味がよく分からなくて観ててずっとあくびが出た。でも、エヴァとポケモンの鋼タイプは今も好きだ。それに、小さな町の小さな教室の外にも世界があるのを知っていくこと自体は……そんなに悪い体験じゃなかったように思う。


 ユウさんはプライベートこそ謎めいていたけど、曲作りには少なくとも並々ならぬ思いを持ってる人でもあった。あの「追憶」のツイートのように、何か自分の過去と曲作りを結びつけてるところがあるみたいだった。私はそこにユウさんのミステリアスな魅力を感じていた。


『眠くなってきた』〈Mitsuki.U [2015.7.18 3:58]〉

『私も』〈しおちゃん[2015.7.18 4;00]〉


 その晩は、途中までどうでもいいメッセージのやりとりをしていた。四時のド深夜まで会話が盛り上がることも、その時期はときどきだけどあった。

 私はユウさんが眠くなると、少し饒舌になることを知っていた。それで、こんな質問をした。


『どうしてユウさんは曲作りなんて始めたんですか?』〈しおちゃん[2015.7.18 4:01]〉


 平時では答えてくれないような、ユウさんの曲作りの核心に近付くような質問だった。真夜中だからか、運よくユウさんはそれに答えてくれた。


『上手くいかなかったことへの腹いせ』〈Mitsuki.U [2015.7.18 4:02]〉

『どゆことー?』〈しおちゃん[2015.7.18 4:03]〉

『あはは』〈Mitsuki.U [2015.7.18 4:04]〉


 その日、初めてユウさんはメッセージ上で「あはは」と笑った。実際に笑ったかどうかは分からない。だが、その三文字を見て、私はユウさんの画面の向こうの笑顔が見れたような気持ちになった。それから、ユウさんはメッセージを続けた。


『私は全てをやり直したい。だから、創作をしている』〈Mitsuki.U [2015.7.18 4:06]〉


 私はユウさんの含みのあるような、熱に浮かされたような表現に、痺れた(そういうことにしておく)。

 ユウさんとのコミュニケーションは、ダイレクトメッセージでの会話だけじゃなくて、私のツイートに反応するような形で行われることもあった。それが純粋にコミュニケーションと言えるかは分からないが、少なくとも「いいね(旧:ふぁぼ)」の送り合いの中で、感情のやり取りはされていた。

 ユウさんにフォローされてからは、私はツイートの方向性を変えざるを得なかった。前までは学校の愚痴や、人を馬鹿にしたような発言なども躊躇なく垂れ流せたが……ユウさんに見られてると思うと、読ませるのが申し訳ないという気持ちが勝った。第一印象が悪かったし、印象を良くしたい気持ちも少なからずあった。

 だけど、どうすれば人に良く見られるかなんて、私には皆目分からなかった。それが分かれば、もっと現実を苦労せず生きれたはずだ。考えた末に、私はユウさんに向けてこんなツイートをした。


【ねこしりです(猫のおしりの画像)】〈しおちゃん [2015.7.6 14:19]〉


 …………理由はあった。ユウさんが【好きな動物は猫[2015.7.2 23:45]】(変じゃない!)で、【猫の好きな部位はおしり[2015.7.2 23:46]】(変!)というツイートをしていたからだ。そして、私の町では探したら見つかる程度には外を野良猫がうろついていた。だから、私は学校の帰りに猫を見つけては、追いかけておしりを撮ってツイッターに写真を上げていた。意味が分からないと思う。これも内輪のノリだ。だけど、この遊びは世界で私たちだけの特別なやり取りのように思えて……楽しかった。

 写真には必ず、ユウさんのいいねがついた。私のアカウントは、「猫のお尻の画像/1いいね」のツイートが並ぶようになった。私はそれを見て、馬鹿らしい話だが、自分の毎日がどこか可愛くて愛おしいものに変わっていくのを感じていた。

 出来ることなら、もっとユウさんとのやり取りを語りたい。だが、その大半は本当に他愛もない話で、記録としても残っていない。ぼやけた記憶の中で、それらは本当に一つずつ失われていく。


(私はここで非常に重要な情報を一つ開示する。私はユウさんとの残されたいくつかのスクリーンショットを元にこの小説を構成している)


【今日はユウさんと話せて楽しかったです】〈しおちゃん [2015.7.29 3:09]〉


 ツイートやダイレクトメッセージを本当に手紙と呼んでいいなら、私は毎日あの人に短い手紙を書いた。(それらは私が送ったものに限れば大部分が今も残っている。だが、その返事はほとんど残されていない。ユウさんの曲はこの世界から消えてしまった。それと同じで、ユウさんのツイートもダイレクトメッセージも今はどこにも残っていない

 ユウさんは、あの日突然Mitsuki.Uのアカウントを消してしまった。ツイッターからも。ユーチューブからもニコニコ動画からも。ネットのどこからも姿を消した。

 それには、間違いなく私が関与していた。今、私はそれをただ罪のように感じている)私の七月はそんな風にして過ぎて行った。


(私はこの章を書くにあたって、ユウさんとの間に残された手紙の数があまりにも少ないことを改めて知った。私はユウさんの人柄がどの程度伝わっているかを気にしている。あなたにだ) 

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