第2章 ⑧
「あ、…」
自分が着ている制服の左腕に桜の花びらが1枚着いていることに気付き、手に取りそのままじっと眺めた。
『全てを忘れたのに』
先程までこの場に居た着物姿の男の言葉が蘇る。呆れたように俺に対し言ったその言葉に俺は考え込んだ。ーーその男が何で急に居なくなってしまったのかとか一体何者だったのかとかそれよりも、
(俺は…、何か大事な事を忘れてしまっているのか?)
だとしたら、何を?
「……」
必死にそのなにかを思い出そうとするも、どうしても思い出す事ができない。
「っ、何で思い出せねえんだ…」
思い出せないもどかしさに困り果てていた時、昼休みが終わり5限の始まりを告げる学校のチャイムが鳴り響いた。チャイムが鳴り終わった後はっと我に返り慌てて制服のズボンからスマホを取り出し時間を確認する。
「はっ?13時40分…!?」
河村からもLINEが来ていてLINEを開くと「もう授業始まるけど、もしかしてなんかあった?」とのメッセージの内容だった。
(…まあ、あるにはあったけど。てかそれよりも5限の授業って日本史じゃん!やばっ!)
この間の日本史の時も授業ギリギリだったしこれ以上はヤバいと思い、河村からのメッセージもそのままに急いで給水塔から降りて屋上を後にした。
************
「ーーで、腹の調子が悪くなってトイレに篭ってたらこんな時間になったのか」
「はい…」
そう答えると宮本先生は訝しげに俺を見つめ黙り込んだ。ーーあれから急いで教室に向かったが既に授業が始まってから既に5分が経過していた為、教室内に入る事を躊躇したが仕方ないと思い教室前方の扉を開け今に至る。
「…そうか。もう腹の具合は大丈夫なのか?」
「えっ…。あ、はい」
苦し紛れの言い訳だし信じてもらえないだろうなと思っていた時、宮本先生がそう話しかけてきたので俺は思わず返事をした。…おいおい、先生信じたのかよ。
「そうか、ならいい」
「ありがとうございます…」
宮本先生の返答に戸惑いつつも言葉を返すと、宮本先生が俺をじっと見つめ再び口を開いた。
「高瀬。頭になんか付いて……」
「へ?」
「……いや、なんでもない。早く席つけよ」
今の発言が気にはなるも宮本先生が目を静かに逸らし自分の席に戻るように促したので、仕方なく自分の席に戻る。椅子に腰掛けると俺の前の席に座っていた草沢が振り向き面白そうに小声で話しかけてきた。
「なあ高瀬。お前本当に腹痛だった訳?昼休み普通にご飯食ってたじゃん」
「ノーコメントで。それより草沢、俺の頭になんか付いてる?」
「えー?」
草沢が不思議そうに俺の頭をマジマジ眺める。少しして草沢が口を開いた。
「なんも付いてないけど」
「そうか」
ありがとう、とお礼を言うと草沢はニコッと笑った後前を向く。草沢の返答に安心しつつ俺もなんか頭についていないか探していた時、ある物が横の髪に付いている事に気付く。
あれ、と思い俺はその物を手で摘み取って眺めるとその物の正体は桜の花びらであった。
(なんで、)
俺は桜の花びらと教卓の後ろで授業を教えている宮本先生を交互に眺め思った。
(さっき宮本先生はこの事を言いかけてやめたんだ?)
桜の花びらが付いているのなら、その場で言ってもよかったのに。
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