第2章 ⑦



 「……」

 


暫く俺とその着物を着た人物との間に沈黙が続いた後、興味を無くしたのかその人物は俺から目線を外し再び前を向いて煙管を吸い始めた。




 俺はハッと我に返り最後の段を登りきる。相変わらず煙管を吸っているその人物に向かって話しかけようとした時、その人物が口を開いた。




 「お前、俺のこと見えるのか」


 「え」



 そんなことを言われ俺は意味が分からず訝しげにその人物を見つめた。いや、見えるに決まってるだろ。ていうかこいつ男だったのかよ…?と内心驚く。

この人物の顔が綺麗だとか、赤紫の瞳って珍しいよなとかは置いておいて


 

 (この人物は何故この場所に居る?)



こんな給水塔に着物姿で登ってきたとでも言うのか?いや、その前にどうやって屋上、いや学校に入ったんだ?



 「……その様子だと見えているようだな」



考えている内に不可解な点が幾つか出てきて混乱していた時、再びそう口にされ俺は肩をビクッとさせた。着物を着たその人物はふう、と煙管の煙を吐き出した後腰を上げこちらに体を向ける。

 再び赤紫の瞳と目が合い戸惑っていると着物の人物が口を開く。



 「しかしまあ、全てを忘れたのにその見える力だけは残ったままなんだな」


「…どういう意味だよ、それ」



馬鹿にしたような言い方をされイラッとしたが、着物を着た人物が今言った"全てを忘れた"との言葉に疑問を覚えた。

 


「忘れてるって何をだよ……」



そう投げかけるとその人物は鼻で笑った後口を開いた。



 「さあな。自分で考えてみれば?」



 そうその人物が口にした直後前方から強い風が吹き俺は思わず目を閉じた。少しして目をゆっくり開けるとその人物の姿はもうどこにもなく、代わりに地面に数枚桜の花びらが落ちているだけであった。



 「え。あれ?」



目の前の光景が信じられず、何度も目を擦るもやはりその人物はどこにも居なかった。

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