第35話 探索者協会最高幹部会『五賢将』


 清廉潔白を表すような、埃の1つとして存在しない大きな部屋。

 WDA探索者協会の最高幹部達が集い、会議を行うための部屋だ。


 完全防音、核シェルターをはるかに超える耐久、盗聴・透視完全無効の無欠部屋。

 そこで、2人の人物が円卓を囲んで会議をしていた。


 「んん?」


 その中の1人。少女とも言うべき見た目の人物が声を上げた。


 「後野あとの防衛司令官、何を見ておる」

 「ああ、いえ。何でもありませんよ、アルガー法務長官」

 「ふむ、そうか?」


 後野あとの防衛司令官と呼ばれた、ピンク髪の少女。その手に持つコーヒーには、情景が映っている。

 『超生物研究所』の非道な研究が暴かれ、獣によって主任研究員が死ぬ場面だった。


 彼女は、何らかのスキルによってこの光景をコーヒーに映し出しているのだ。

 あるいは映っているのではなく、彼女にだけ見えているのかもしれない。ニコニコと胡散臭い、張り付けたような笑みからは、どちらなのか想像が難しかった。


 コーヒーを見る後野に対し、宝石で作られた懐中時計をでる老人のアルガー法務長官が肩をすくめた。


 「構うな、アルガー法務長官。またぞろ、後野防衛長官のが始まったのだろうよ」

 「どうせ、何も教えてはくれまい」

 「非常に気になるところではあるが……」


 醜いしわくちゃの顔と、左目の眼帯が特徴的なスプリガン財務長。

 角張った顔どころか、全身角ばったように見える屈強な肉体を持つ老人、ラック運送長。

 彼らの中では一番大柄で、顔に謎のゴーグルのようなものをつけたキュクロプス研究参謀。


 彼らは『またはじまった』というような呆れ顔で後野の方を見た。

 コーヒーで遠くの映像を見るというのは、後野の悪癖であることは全員の知るところである。


 しかし、そんなことを全く気にした様子もなく、後野はコーヒーを見て笑っていた。

 黒い水面には、竜子が【超再生】によって死の淵から復活する場面が映っている。その光景に、後野は横長の瞳が揺れる。


 「珍しいな。後野防衛司令官が動揺してるぞ。久しぶりに見た」

 「……まさか、このWDA探索者協会を揺るがす何かが見えたのではあるまいな?」

 「いえ……いえいえ、そんなことはありませんよ。ええ、決して」


 今はまだ。

 彼女達が、探索者協会にどんな影響を与えるかは分からない。

 だが、いずれは利用できる。来るべき時までは静観が最善だと、後野は判断した。


 「何でも良いが、貴様の個人的な野心に巻き込んでくれるなよ」

 「もちろんですよ」


 後野には大きな野心がある。それに見合った才能も。あるいは、野心とは才能の別名なのかもしれない。

 だからこそ、若くして『五賢将』に数えられているのだ。


 この『五賢将』は老人ばかりだ。別に利権にしがみついているわけではない。探索者のことを考えているのも事実だ。

 だが、どこか保守的なのだ。アルガー法務長官も、スプリガン財務長も、ラック運送長も、キュクロプス研究参謀も。


 『五賢将』と対をなす『五闘将』なら、逆に若者ばかりで革新的である。

 しかし『五闘将』は一部のS級探索者の集まりとしてできた幹部会なのだ。探索者ではない後野が入れる場所ではなかった。

 だからこそ、『五賢将』に入ったのだ。


 「脱線したが、会議を続けよう。インターセプターV8カスタムの状況はどうなっている?」

 「現在はウェイストランドの石油掘削施設で変わらず沈黙。やはり銀の弾丸はドラゴン、あるいは竜級モンスターにも効くようです」

 「ロドリゲル・ジョーには感謝だな。次にスタンピードの兆候があるダンジョンはあるか?」

 「アメリカにあるオークの巣でオークの異常繁殖を確認。変異種か特異個体が出た模様」

 「まあたそこか……まあいい。手の空いているS級を向かわせる。次は――」


 後野はもっと上を目指している。

 このWDA探索者協会を束ねる最高権力者、クラスすら定義づけることのできない探索者、『*勝利*』の体現者……


 (私は必ずなってやります。ダンジョンマスターに……!)


 深い海よりもなお、底なしの野心。

 後野マツリ防衛司令官の目的はただ1つ。

 WDA探索者協会の頂点、になることである。




――――――――――



 【五賢将】

 ・探索者協会における準最高権力者の集まり。対応する分野においては絶対的な権限を持つ。


 【後野マツリ防衛司令官】

 ・五賢将最年少にして紅一点の存在。計算高い性格と、果て無き野心を持つ。


 【BIG・ベンディー・アルガー法務長官】

 ・大柄な老人。総ダイヤモンド製の懐中時計『ダイヤ・ダイヤル』を持つ。


 【センティネル・AM・スプリガン財務長官】

 ・醜い顔の老人。多くの財宝とそれを守る力を持つ。


 【プラネテース・キュクロプス研究参謀】

 ・超大柄な老人。凄まじい鍛冶の腕と研究者としての知識を持つ。


 【テーセント・ラック運送長】

 ・角ばった顔の老人。世界各国と運送業的なコネクションを持つ。

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