第34話 それぞれの探索 トレーダーの場合


 「……待たせてすまない、キャプチャー」


 トレーダーは大阪の『迷宮町』にあるとある病院の一室を訪れていた。

 病室にはキャプチャーと呼ばれた患者とトレーダー以外はおらず、徹底的に人払いがされているようだ。


 「15年以上、本当に待たせた。だが、今日でその忍耐が報われる」


 トレーダーは、ベッドで寝たきりの患者に語りかけた。

 本来、キャプチャーはアメリカの病院にいるはずだった。しかし、様々な理由からこの迷宮町へと移動したのだ。


 普通なら重傷者を移動させるにはそれなりのリスクをともなう。

 だが、その患者はではなかった。


 『コホーッ……コホーッ……』


 身体は人型であるものの、酸素マスクをつけた顔は『蜘蛛』に似ていた。

 そして、肉体は岩石のようなもので構成されており、磨かれた彫刻というよりは単なる岩塊に近い。

 背中からは蜘蛛の脚が4本生えている。だが、下半身はごっそりと消失していた……


 「これだ。これが『人工エリクサー』……人の業だよ」


 トレーダーは鞄型のマジックバッグから、人工エリクサーを取り出した。

 オレンジ色の液体が入った小瓶。見る人が見れば、それが本物のエリクサーにも劣らない人工の霊薬であることが分かるだろう。


 「飲め……ッ」


 酸素マスクを丁寧に取り外したトレーダーは、蜘蛛のような横開きの口に人工エリクサーを流し込む。

 通常の人間のような口ならこぼれていたかもしれないが、特殊な機構と単純に巨大な口がそれを許さない。


 「……!」


 そして、変化は劇的なものだった。

 消失した下半身が、みるみる内に生えてきた。それだけにとどまらず、ひび割れた岩石の肉体すらも、まるで傷がなかったかのようにふさがった。


 「お、おぉ……」


 この効能には、普段は感情をまるで表に出さないトレーダーも、珍しく感嘆の声を上げた。


 「う、うーん……」

 「キャプチャー!」


 キャプチャーが声を上げると、思わずトレーダーが叫んだ。


 無理もない。おおよそ15年間、キャプチャーは目覚めなかったのだ。

 無論、トレーダーとてあらゆる手を尽くした。だが、結果は『エリクサーが必要である』ということだけ。

 彼の執念が、遂に報われたのだ。


 「……その声、トレーダーかい?」

 「ああ、私だ。トレーダー……リッチー・スペクター。君の友だよ」


 久しく聞いた声は、やや低いものの女性のそれだった。

 頑丈な岩石ののどが、寝たきりによる劣化を防ぎ、彼女が意識を失う前の状態を維持していた。


 「久しいな……実に久しぶりだ」

 「ちょ、ちょっと待ちなトレーダー。久しぶりって何のことだい?」


 キャプチャーには、自分が15年間も眠っていたという認識はない。

 まさに浦島太郎のような状態だった。浦島太郎というには、あまりにも異形の姿だが。

 そんなキャプチャーに対し、トレーダーはまず状況の説明からすることにした。


 「いいか、落ち付いて聞きたまえ」

 「あ、ああ……」

 「君が昏睡していたのは、おおよそ15年だ」

 「な、なにィィィィ!?」


 キャプチャーの叫びが、病室を揺るがす。

 A級探索者ともなると、このような芸当をやってのける者は多数いる。

 トレーダーは、その咆哮を間近で受けてもゆらゆらと揺れるだけだ。


 「そりゃあどういうことだい!? 詳しく説明しな!」

 「落ち着け、説明はする。だが、ふむ……何から話したものか……そうだな、君が昏睡状態になってからの話を順を追って説明しよう。まずは――」


 久々に再開した彼らには、積もる話もあるだろう。

 病室を揺るがす騒ぎに何事かとやってきた医者達は、ドアから離れ持ち場に戻って行った。




 ◇




 「お? 見てみいやドン。トレーダーからメール届いとる」

 「ジャア?」


 ここは竜子の家。

 『超生物研究所』から出た後、病院で検査を受けた(トレーダーが全額出した)2人は、休息のために家に帰って来たのだ。


 「写真もあるな……なんやこの写真。トレーダーと、蜘蛛のモンスター?」

 「ジャア?」

 「いや、人間の可能性も……」


 写っていたのはトレーダーとキャプチャー。

 しかし、キャプチャーを知らない2人には何か分からなかった。


 だが、写真越しでも分かる、どことなく嬉しそうなトレーダーの様子に、竜子は自然と笑みを浮かべた。




――――――――――




 【キャプチャー/アトラ・ロックハート】

 ・トレーダーとコンビを組んでいる女性。

 全身が岩石のような肉体であり、さらに蜘蛛のような特徴も持っている。

 モンスターとの戦いによって大怪我を負い、15年間ほど下半身を失い昏睡状態に陥っていた。

 元は密猟者だったが、トレーダーに拾われてからは足を洗った。

 【スキル】

 ・【捕獲】:徹底的に弱らせたモンスターを捕獲することができる。テイマーやサモナーのモンスターには無効。また、必ずしもモンスターが従うわけではない。

 ・【隠密】:主にモンスターに見つからないように行動する技術。

 ・【追跡】:モンスターの痕跡などを見つけたり、追跡する技術。

 ・【暗殺】:不意打ちともいえる技術。

 ・【格闘】:武器がなくても対抗するための技術。

 ・【銃器】:モンスターに麻酔は効き辛い。そのため、実弾を撃ち込んで弱らせる必要があるのだ。

 ・【短剣】:ナイフなどの扱い。

 ・【みねうち】:相手を絶対に殺さないスキル。

 ・【岩石体】:身体を岩石のようにする。じっとしている間、モンスターからは察知されない。

 ・【蜘蛛】:蜘蛛のような能力を獲得するスキル。彼女は背中から蜘蛛の脚が生えてきた。実は糸も吐けるし壁もはい回れる。


 【トレーダー/リッチー・スペクター】

 ・一見すると紳士のようなダンディな老人風の怪人物であるが、A級探索者。

 様々なモンスターを捕獲するハンターであるキャプチャーと組み、モンスターの売人のような行為をしていたが、ある時を境に廃業。以降は探索者の育成に力を入れる。

 スキルのせいでシャークトレーダーとか言われている。大怪我をしたキャプチャーを助けるため、前にモンスターを卸した超生物研究所の研究データを求める。

 探索者協会のコンピュータ・システムを作り出したが、上司の無理解によって解雇された過去がある。ちなみにその上司はもっと上の人によって処分された。

 【スキル】

 ・【交渉】:交渉の技術。もちろん自前ものもだ。

 ・【追跡】:相手の後を追跡するスキル。

 ・【解析】:鑑定のモンスター版スキル。アイテムとかも少しなら分かる。

 ・【短距離瞬間移動】:短い空間跳躍のスキル。ワープできる。

 ・【念話】:テレパシー。脳内に語りかけるだけではなく、電子機器での通信にも割り込むことができる。

 ・【電脳】:機械関係に強くなるスキル。元からあった技能がスキルに昇華された。【機械技術者(メカニック)】の互換スキル。

 ・【レベルドレイン】:触れると弱体化する悪夢みたいなスキル。しかし、この世界にレベルの概念は存在しない。なので根源的な『何か』を吸収する。そして、このスキルを所持している場合はレベルドレインの効果を受けない。

 ・【等価交換】:相手と等価のものを交換するスキル。トレーダーはレベルドレインで強さを吸収しつつ、その対価として変なものを押し付ける極悪コンボができる。

 ・【幽星体(アストラル)】:彼の肉体は最早アストラルで構成されている! 物理的な攻撃は意味を成さず、魔法攻撃すら決定的な有効打たり得ない。また、壁などをすり抜けることができる。



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