第33話 それぞれの探索 虎の穴マコトの場合


 「チィッ、なんて硬さだ」


 大きな字で『アームズ・スミス』と書かれた看板の店。

 その作業室、まるで鍛冶場のような場所で、1人の少女がうなっていた。


 「見たことねぇ素材だ。だが何かの触手っぽいことは確か。クラーケンに似てるが、大きさも材質も違う。それに、わずかに肉の部分があったのも気になる。まるでみたいな……」


 その人物は、かなり小柄ながらも鍛え上げられた肉体が特徴の人物。

 皆からは『リアル・ドワーフ師匠』とも呼ばれる鍛冶師、『宇佐不見うさみん重七斎じゅうななさい』。ちなみに、普通の人間だ。

 周囲から若いながらも人間国宝みたいな扱いを受ける、超一流の鍛冶師でもある。


 「ダンジョン産の金属より硬ぇと思えば、女の柔肌みたいによく曲がる。なんだこりゃ」


 彼女はダンジョンが出現する前から続く、由緒正しい鍛冶師の一族の現当主。

 それまでのノウハウを生かしつつ武具を作ったり、ダンジョンができてから発展してきた最新の鍛冶技術を学んでいるのである。


 「だが、他の金属で肉付けして、やっとこさ形になりやがった」


 そんな彼女は頭を悩ませていた。

 それが、刀身だけで1メートル以上もある、大太刀のような形の刀だった。


 細く繊細せんさいな刀身ではなく、分厚く、大剣や斬馬刀と言った方が信じられるようなそれは、1週間前にある客が持ち込んできた素材で作ったものだ。


 「リアル『ドラゴンころし』ってところか? 私も追放されちまうか……ふん、馬鹿言え。私に手ェ出そうなんてアホがいたら、例え貴族だろうが国から消されるぜ」


 大分疲れているのか、ブツブツと独り言をつぶやく重七斎。

 国、ひいては探索者協会から守られるほどの腕前を持つ彼でさえ、苦戦するほど難儀な依頼だった。


 まず、素材が硬い。

 形を整えるために使用した、ダンジョンで産出される希少金属をメッキした金属切断用グラインダーでさえ逆に破壊される始末。その他の工具も同じ末路をたどった。


 次に、よく材質。

 脅威的な粘性により、形以外に手を加えずとも日本刀の理念である『折れず、曲がらず』を体現しているのだ。

 力を入れすぎると曲がり、勢いよく戻る。油断すると、指や腕を持って行かれそうになることが何度かあった。


 最後に、驚異的なである。

 この『アームズ・スミス』では、金属の素材を鍛冶のように鍛錬することが多い。

 だが、この触手のような素材は、高すぎる耐熱性により赤熱すらせず、鍛えることができなかったのである。


 だからこそ、素材を芯にすることで、他の金属によって形を作ったのだ。


 「そしてこの感覚……間違いねぇ。『アーティファクト』、それも『魔剣』だ」


 『アーティファクト』。

 ダンジョンからまれに発見される、とてつもない性能の道具の総称である。

 とりわけ、武具については『魔剣』と呼ばれることが多いが、『アーティファクト』であることに変わりはない。


 「こんな雑な仕事でこんなモンが作れちまうとは。こいつは、馬鹿がコネで手に入れられる代物じゃねぇ。A級、下手したらS級に片足引っかけたモンスターの素材なのか……?」


 彼女が思い出すのは、初めて手にしたB級モンスターの素材。

 鍛冶の腕には自信があったが、それはものの見事に打ち砕かれた。


 単なる薄い皮にしか見えない素材。だが、今まで使ってきた道具は歯が立たず、削る程度のわずかな加工すらできなかった。

 聞けば、皮膚だけで戦車砲すらはじき返すモンスターであるという。


 常識を超えた怪物の素材に、挫折ざせつを味わうと共に鍛冶師としてのプライドが燃え上がった彼女は、この地位まで上り詰めるまでに鍛冶へ打ち込んだ。

 そんな彼女ですら滅多にお目にかかれない、A級やS級の素材。


 とあるC級探索者が持ってきた素材は、それらに酷似していたのだ。


 「ま、違法じゃなけりゃ詮索せんさくはしねぇさ」


 モンスターの素材の流通は、探索者協会が厳しく取り締まっている。A級やS級ともなると、とんでもない厳しささだ。

 違反すれば、場合によっては即実刑判決デッド・オア・アライブという悪夢のようなものだが、それゆえにこの素材が違法ではないことが証明されているのだ。


 そして、ちょうどその時だった。

 壁に立てかけられた古時計が、ボーンという音を上げたのは。


 「っと、もうこんな時間か。そろそろ依頼人がくる。準備しねぇと……ってもうほぼ終わってたな。後で休むか……」


 彼女は、作り上げた武器をそっと別の部屋に運び込む。

 そこは開けた広場で、物を取り引きするような場所には見えない。

 しかし、設置された巻藁まきわらや簡単な鎧を着た藁人形などがあり、中世ヨーロッパの兵士の訓練場にも見えた。


 『ごめんください』

 「おう、入れ!」


 そんな場所にやってきた、若い声の主。

 まあまあ建て付けの悪い扉を片手でいとも簡単に開け、姿を現す。


 紫ともピンクともつかない色の長髪、やや低い身長だがしなやかに鍛えられた肉体。

 市販の量産品をカスタムした防具をつけたその少年は、虎の穴マコトだった。


 「来やがったか。なんとかギリギリ完成したぜ、期日までにな」

 「やったぁ! ……でも大変じゃなかったですか?」


 マコトは、重七斎の苦労を見抜いていた。

 というのも、彼女の目には隈ができていたからである。


 「大赤字だよ。ま、協会から補償出るので気にすんな」

 「え!? だ、大丈夫なんですかそれ?」

 「構いやしねぇ。いい機会だ、金出すのを渋ってる奴らから搾り取ってやるさ」


 本来、『アームズ・スミス』という場所に本気で武具製作を依頼するなら、B級やA級ですら痛手となるほどとんでもない金がかかる。

 だが、彼女は緊急の依頼を除いては、彼女の基準を満たしたものしか受け付けないという気難しさも備えていた。マコトは、そのお眼鏡にかなったのである。

 素材を一目見て気に入った彼女は、代金を値引きしてくれたのだ。それでも、マコトが探索者として貯めた資材のほぼ全てを失ったのだが。


 「そ、そうですか……」

 「もう過ぎたことさ。さあ! 金の話は終わりだ! この剣を見やがれ!」


 手を叩いて強引に話題を変える重七斎。

 彼女は、机の上に置かれた剣を見せた。


 「凄く……大きいです」

 「正直、出来には満足してねぇ……別の金属で形だけ整えたハリボテだ」


 触手を芯として、別の合金で形作られている異形の剣。

 ともすれば剣とすら言えない代物であり、彼女の基準からすると雑もいいところである。


 「いえ、これでいいんです。なんとなくですけど、そう思ってます」

 「ふーん? 探索者の勘ってやつか? まあいい。試し切りなら気が済むまでやんな」

 「ありがとうございます!」

 「あと気をつけろ、そいつはかなり、重い……!?」


 マコトがそっと柄を握る。すると、今まで何の反応もなかった剣が青白くし、刀身を


 「なぁ!? こ、この触手、のか!?」


 モンスターの素材には、まれに切り離されても活動を続けるものがある。

 重七斎ですら手にしたのは数えるほどであり、その全てが加工の段階で何らかの反応を示していた。

 だからこそ、彼女は触手がまだ生きていることに気づけなかったのだ。


 「凄い……まるで諸星さんみたいだ」


 みたいではなく、そのものだった。一部ではあるが。


 「気をつけろ、そいつは『魔剣』の中でも特にヤベぇ、『生き武器リビング・ウェポン』だ!」

 「『生き武器』……ですか?」


 重七斎の話を聞きながら、大剣といっても差し支えのないそれを片手でブンブンと振り回すマコト。

 彼女は気が気でなかった。『生き武器』は、下手をすると使用者の生き血を吸って殺すのだから。


 『ウジュル……ジュワッ!』

 「あっ!?」


 そう、文字通り使用者に牙を剥くのだ!

 青白く光っていた発光器官が、突如として赤く染まる。

 直後に刀身が歪曲し、剣としてありえない動きでマコトに向かった。


 危険だとは言ったが、まさか一瞬で持ち主を攻撃するとは思わなかった重七斎は、マコトが死んでしまうと考えた。

 A級探索者ですら、油断している間に命を奪われたことさえある。『魔剣』、それも『生き武器』など、いくら将来性や才能があろうともC級には過ぎた代物なのだから。


 「ふんっ!」

 『ジュルッ!』

 「何ィ!? 指で止めた!?」


 だがマコトは違った。

 歪曲し迫りくる刀身を、左手の人差し指と中指で握りこむようにつまみ、動きを止めてしまったのだ。

 掴まれた剣は、次第におとなしくなり、青い光に変わった。


 「大丈夫、ボクは諸星さんの友達だ。だから彼女はあの時、君をボクに託したんだ」

 『ウジュル!』

 「諸星さんに恥じないようにボクも頑張る。だから力を貸してほしい」

 『ウジュ!』

 「……ありがとう!」


 もう『生き武器』は暴れない。

 マコトとコスモは、仲間だからだ。


 「……はっ! 『生き武器』となだめやがったか。こいつはとんでもねぇな」


 『生き武器』だからといって、全てが強いわけではない。だが、『生き武器』は例外なく『アーティファクト』である。

 その一撃を素手で止めるこの少年に、重七斎は興味を抱いたのだ。


 「そうさな……おい坊主! ちょっとこっち来な! 防具もサービスしといてやるよ!」

 「えぇ!? いいんですか!?」

 「いいモン見せてくれた礼だ! その代わり、今後ともごひいきにしてくれよな!」


 未来の上客を囲い込むのも仕事だ。

 彼女は職人気質ではあるが、人を見る目があり、商売もそこそこ上手かった。


 サービスの範囲で最高の防具を用意せねばと考える重七斎だったが、ふと気になることがあった。


 「聞きにくいんだが、あー……この触手は諸星って人の遺品か何か……」

 「あっ、いえ! 生きてます!」

 「はービビった! あの言い方じゃ死んだって思うぜ!」




――――――――――





 【宇佐不見うさみん重七斎じゅうななさい

 ・第十七代目宇佐不見重七斎を襲名した鍛冶の天才少女。まだ10代前半。

 父親の影響で小さな頃から鍛冶に携わり、数々の名剣を作り上げてきた。また、小さなころから力仕事してきた影響で筋肉が発達し、発育が阻害されて身長などが小さい。

 古来から伝わる伝統的な技術も、最新鋭の技術も惜しみなく取り入れることで、完全人力でのダンジョン素材の加工を成功させた人間国宝。

 今や、世界中の探索者が彼女に武具を作ってもらいたいと思っていると言われるほど。


 【魔剣】

 ・『アーティファクト』の別名。

 武器や防具型のアーティファクトがそう呼ばれる。それ以上でも以下でもない。


 【生き武器リビング・ウェポン

 ・『魔剣』の中でも自我を持っていたり、明確に生命活動を続けるものの総称。

 ダンジョン内の探索者と同様に、敵を殺す度に強くなっていく。中には凶悪なものもあり、使用者の生き血をすすり殺すことさえある。

 育っても性能はピンキリであり、望む能力に育つとは限らない。


 一説には、武器の成長には名前が関係しているらしいが……?



 【大太刀『魔人の鉄拳』】

 ・魔人、諸星蛸羅。その触手より作られた大太刀。

 発光器官が青に輝く時は敵の居場所を探知し、赤い時には歪曲し自動で獲物を仕留める。また、鞭のような形態と大太刀の状態で使い分けることができる。

 気位の高い性格が多いリビング・ウェポンの中において、まるで獣のような気性を持つ。


 付属スキルは【殴打】。

 斬撃のみならず、打撃も発生させることができる。


 大太刀で、殴り抜く。

 その無駄な行為に何の意味があるのだろうか。

 あるいは、その無駄こそが人が人である所以なのかもしれない。


 ダンジョンに魅入られては、正気では、人間ではいられないものだ。



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