第32話 それぞれの探索 ブロワーマンの場合


 「ハァ……! ハァ……!」


 とある探索者はC級ダンジョン『中級者の洞窟』内を、何かに追われるように走っていた。

 彼女がチラリと後ろを見る。そこには……


 「へっへっへ、待てよお嬢ちゃぁ~ん」

 「俺達と遊ぼうぜぇ~? ギャハハハハ!」


 いかにもガラの悪そうな探索者の男が3人。

 そう、彼らはダンジョン犯罪者だ。警察の目が届かない、ダンジョン内で探索者を狙う卑劣漢である。


 「ハァ……! だ、誰か!」

 「ギャハハハハ! こんなとこ誰も来ねぇよ!」

 「俺達が遊んでやるからよぉ。ま、その後はモンスターのエサだがなぁ!」


 ダンジョンによる身体能力の強化は、性別による筋力差を無くす。

 場合によっては体格差どころか数的有利すら無意味と化すというのに、少数の探索者を襲う愚かな者はどこにでもいるのだ。


 「あうっ、こ、石がッ」

 「隙ありぃ~!」

 「うああああっ」


 石につまずき、転んだ隙を逃すような奴らではない。

 すぐさま組み付き、色々とまさぐりだした。


 「嫌ッ! 放してッ!」

 「もう抵抗しても無駄だぞ!」

 「3人に勝てる訳ないだろ!」

 「思った通りいいカラダしてんじゃねぇか!」

 

 防具の上からでも分かる抜群のプロポーションは、男達の情欲をかき立てるのに不足のないものだった。

 だが、捨てる神あれば拾う神あり。世紀末の世にも救世主は現れるものだ。


 「やべーぞレイプだ!」

 「誰だ!?」


 全員がその方向を見る。

 そこにいたのは、軽薄で頭の悪そうな、金髪に染めた背の高い青年。

 このC級ダンジョンにおいて、ただのシャツとズボンのみという異様な格好。


 「おまわりさーん! おまわりさんこっちです!」

 「野郎! おい、そいつ抑えとけ!」

 「おう!」


 駆け出した青年を追いかける男。

 万が一逃げられて、協会に通報でもされたらとんでもない連中が投入されすみやかに消される。

 それだけはゴメンだった。


 「おまわりさんこっちです!」

 「待ちやがれ!」


 青年の走り方はキショかった。

 高速で屈伸しながら、まるで速度を落とさず走るのだから。

 常人には不可能な動きに、男は苛立ちをつのらせる。そうだ、何故だか


 こんな動きをする奴は高ランクか変なスキルを持っているかだからだ。

 3人でかかれば勝てるだろうが、1人では分からない。捕らえた女性を無理にでも連れ、3人でかかるべきなのに。


 逃すのは絶対的に悪手だとは分かっている。最低でも協会にだけはバレてはならない。

 どこか違和感を感じながらも、青年を追って曲がり角を曲がった先。


 「オーマ、ワリソン、こいつレイパーです」

 「へぇ、じゃあシメちまってもいいってことですね?」

 「……やるか」

 「え?」


 そこにいたのは、先程の青年だけではなかった。

 若い、まだ恐らく10代後半かそこらの、屈強な肉体を持つ外国人達だった。


 探索者は数の差をひっくり返せることもあるが、基本的に数の力は非常に強い。

 そこまで強いわけでもない3人の犯罪者は、あえなく御用となった。




 ◇




 「ご協力ありがとうございました! オラァとっとと歩け!」


 その後、3人組は通報を受けたDレスキューによって連行されていった。

 Dレスキューには犯罪者の逮捕権もある。通報を受けて急行してきたのだ。


 「あ、ありがとうございました!」

 「いいってことよ。まぁ、君も災難だったなぁ、レイパーに襲われるなんて。この『迷宮町』じゃ変な奴がいっぱいいるから気をつけな」


 大阪府全域を巻き込んだ超巨大迷宮都市『迷宮町』。

 ダンジョン特需ともいうべき現象のおかげで活気はあるが、外部から妙な連中が流入することもあるのは事実。

 もちろん、そんな連中に対し協会は目を光らせている。


 「助けてくれた皆さんに何かお礼をさせてください!」

 「ん? 今何でもするって……」

 「言ってないです」

 「冗談だよ。オレはいいや。オーマ、お前がクランリーダーなんだから決めろよ」

 「お、俺がですか?」


 オーマと呼ばれたのは、かなり背の高い青年だった。

 堀の深い顔立ちや褐色の肌の色、格好などからして、おそらくは中東あたりの出身であることがうかがえる。


 彼、オーマ・アブドゥルは若いとはいえ、1つのクランを治めるリーダーである。

 個人的には大した礼はいらないと思っているが、クラン全体としてはどうなのかが判断を一瞬、詰まらせていた。

 また、今までのダンジョン探索で、このように面と向かって礼を言われることがあまりなかったこともあるだろう。


 「リーダーが決めたらいい」

 「サビ……」

 「うむ……」

 「ワリソン……」


 小柄だが確かな強さを感じる少女、錆粕さびかす・アリス。

 背の高いオーマよりもさらに大柄な青年、ワリソン・スコッティ・デズモンド。

 彼らはクラン結成以前からの仲間であり、もはや家族といっても過言ではない関係だ。


 本来、彼らのクランは100人以上の大所帯なのだが、今回は下見のために少数しか来ていない。

 だが、それでも彼らのリーダーはオーマ1人だ。どんな結末をたどろうと、最終的な彼の判断に異を唱える者はいない。

 それでもクラン内で会議を行ってから決めるのだが、今回はそこまで重要な判断ではなかったので、オーマ1人で決めても問題が無かった。


 「そうだな……じゃあよ、俺達のクランを宣伝してくれねぇか?」

 「宣伝?」

 「ああ、無理にとは言わねぇがな」


 オーマが求めたのは、金銭などではなく宣伝だった。


 「ここには来てねぇが、俺達は結構な大所帯でな。メンバーを食わしていかなきゃなんねぇ」


 100人を超えるメンバーともなると、運営費は凄まじいものとなる。

 いかに彼らが節制し、やりくりしようとしてもだ。


 「俺らは日本こっちじゃ知名度も皆無。しかも難民や少年兵の寄せ集めときた。当然、イメージは良くねぇだろう」

 「それで宣伝……もしかして、イメージ戦略ということですか?」

 「そういうことだ。評判が上がりゃあ、協会から直接の依頼が入って来る。つまり、もっと稼げるってこった」


 彼らのクランは、その多くが難民や少年兵で構成されている。

 その事実に対し、眉をひそめる者もいるだろう。だが、彼らは驚くほど統率された集団だ。

 自分達はあくまで探索者のクランであることを知ってもらいたいというのが、オーマの考えだった。


 そして、協会は信頼のおける探索者個人やクランに対し、指名依頼をすることがある。

 指名される基準が、普段の素行と依頼に合った能力かどうかで判断される。


 つまり、マンパワーのある上に素行の良い彼らならば、広く認知してもらえれば引く手数多あまただということ。

 目の前の少女の宣伝がどれほどの効果があるのかは分からないが、小さなことからコツコツと積み重ねるのが彼らの常である。


 「分かりました! 貴方達のことはSNSとか……あたしのチャンネルとかで宣伝させていただきます!」

 「ありがてぇ……って、チャンネル?」

 「テレビ?」

 「……やりすぎ都市伝説?」


 チャンネル、という言葉に馴染みのない彼らがテレビに行きつくのは当然のこと。

 この場でその意味を知るのはしぶきと……


 「……あ、君どっかで見たと思ったら『迷宮配信者スクリーマー』の」

 「はい! 普段はダンジョン攻略を配信してる、『何でも圧縮するチャンネル』こと『くれしぶき』です!」

 「断末魔スクリーマー? そいつはまた……」


 たまたま見覚えがあったブロワーマン。

 まだ良く分かっていない彼らは、スクリーマーという単語に疑問符を浮かべていた。




 ◇




 しぶきの話に興味を示した錆とワリソン。

 その3人から少し離れた場所で話しているのは、ブロワーマンとオーマだ。


 「迷宮配信者スクリーマー、しかも結構有名人か……」

 「何だ、気に入らないか?」

 「いや、そういうことじゃないッスけどね……」


 彼らのクランメンバーは紛争や災害など、辛い経験のある者がほとんどだ。

 娯楽動画の配信者というのにも縁がなかった。だからこそ、ダンジョンで配信ができるという平和を噛みしめていたのだ。


 「まあ、犯罪や災害が無いってわけじゃないし……ああ、そういや、オレもダンジョンで死にかけたなぁ。この前2回くらい。その前にも2回か? あれ? オレ結構修羅場くぐってね?」

 「! 兄貴が死にかける!?」


 オーマには、この剽軽ひょうきんな男が死ぬことを想像できなかった。

 それと同時に、防具も一切つけていないので、どこかであっさり死ぬだろうとも思った。


 「おいおい、オレだって人間だぜ? いくら探索者でもよぉ、身体の半分が無くなったりしたら死ぬって。S級とかでもない限り」

 「それは、そうなんですが……」


 竜子の左半身が消失していたことはさておき。


 「人は助け合って生きてんだ。そん時は、オレだって助けてもらったのさ」

 「俺らを助けた兄貴が、さらに助けられるとは……弟分として挨拶にいった方がいいですか?」

 「いや、そんなこと気にするような人じゃねぇなぁ。ま、近いうちに顔合わせでもしといたらどうだ? セッティングはオレに任せろ」

 「分かりました」


 ブロワーマンは、彼らにとっての恩人である。

 かつて中東あたりのダンジョンでかなり困っていたところを、ブロワーマンが見事に解決したことで交流が始まったのだ。

 今では、クランの相談役のような立ち位置である。


 「あー、それと。もしかすっとよぉ、その人がクラン立ち上げるってなったらオレそっち入るかもしんねぇわ」

 「そいつは……残念ですね」

 「分かんねぇよ? その人もどっか別のクランに加入するかもしれねぇし」

 「いえ、残念だとは思いますが、兄貴がやりたいってんなら引き留めはしませんよ」


 クランメンバーは、ブロワーマンがクランに入ってくれたら嬉しいと考えていた。

 だが、それと同時に風のように飄々ひょうひょうとしたこの男の意志を尊重したいとも思っているのだ。


 「だけどよ、これだけは覚えといてください」

 「ん?」


 オーマは、不適な笑みを浮かべた。

 100人を超える人間を問題なく統率する恐るべきカリスマの顔であり、恩人をしたう1人の青年としての顔だ。


 「俺達を導いてくれたのは、月夜に揺蕩たゆたう雲と、花々を揺らすあんたの風だ」


 満月を抱擁ほうようする雲、花を優しくでる風。

 オーマが思い出すのは、男の風が100人以上の人間を救ったあの夜。


 「月に叢雲むらくも、華に風……『風雲団』それが俺達だ」

 「……照れるねぇ、オレはそんなガラじゃないっての!」


 洞窟型ダンジョンの内部に、吹くはずの無い風が吹いていた。




――――――――――





 【オーマ・アブドゥル】

 ・アラブとかエジプトとかそっちらへんの人っぽい青年。C級クラン『風雲団』のクランリーダー。

 バトルスタイルは、シャムシール(曲剣)による舞踏のような連撃。身体の周りを回られたら切り刻まれる。それはそれとして、銃も使ってくる。

 紛争による難民や少年兵をまとめ上げ、探索者になることでクランを結成。持ち前のリーダーシップでメンバーを導いてきた。彼に心酔し、死をも厭わない者もいる。

 最終目標は、安全な仕事である。探索者をやっているのは、一番稼げるから。

 タロットカードによる占いが得意。

 【スキル】

 ・【剣術】:古来より伝わる曲剣の剣術。舞踏と合わされば剣の舞。

 ・【舞踏】:古来より伝わる踊りの技術。剣術と合わされば剣の舞。

 ・【統率】:軍団を指揮する能力。

 ・【カリスマ】:生来、彼に備わったカリスマ。

 ・【占い】:占いの技術。タロットカード専門。


 【ワリソン・スコッティ・デズモンド】

 ・かなり大柄な青年。恐らくはヨーロッパ圏の出身であると思われる。

 その体格を生かした近接戦闘能力は『風雲団』の2大巨頭とも言われており、彼自身もC級探索者。武器はガントレットと大鉈。

 オーマに絶大な信頼を寄せており、彼のボディーガード兼友人のような立場であると自負している。

 【スキル】

 ・【格闘】:拳による戦いの技術。

 ・【怪力】:自身の筋力を常時強化する。

 ・【剣術】:マチェーテだが、剣術扱い。力任せで豪快な剣術。


 【錆粕・アリス】

 ・小柄な少女。恐らくは日系人。

 名前が奇妙だが、これは少年兵時代、自分の名前の正しい並びを理解できておらず、錆粕が名前でアリスが苗字だと誤解していたからである。ただ、これはこれで気に入っており、改名する気はないようだ。

 少年兵だったが、複数の同じ境遇の少年兵を連れて脱走。その後にオーマと出会う。以降、彼の親衛隊を努めている……と自分では思っている。

 武器は大剣とマシンガンの変則二刀流。小柄ながらパワーはかなり高く、反応速度もピカイチ。ワリソンと並んで2大巨頭と呼ばれる。

 【スキル】

 ・【大剣】:大剣を自由自在に操る技術。

 ・【銃器】:マシンガンを扱う技術。

 ・【回避】:回避の技術。

 ・【反応強化】:反射神経を強化するスキル。


 【呉しぶき】

 ・『何でも圧縮チャンネル』の迷宮配信者。

 美少女であり、トークも面白く視聴者からの人気は非常に高い。ただ、スキルの見栄えが微妙。

 『風雲団』の宣伝をしてからは、『しぶきんがまた変なことしてる』と思われたが、経緯を聞いてからは『風雲団』の評判もアップ。素晴らしい宣伝効果となった。

 【スキル】

 ・【圧縮】:触れた物を圧縮する。

 ・【投擲】:物を投げる技術。

 ・【短剣】:ナイフなどを扱う技術。

 ・【頑丈】:【圧縮】で常に自分に負荷をかけ続けて得た頑丈な肉体。


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