第26話 残酷な真実


 「……」

 「これは瓜二つ……いや、似てるなんてもんやない!」


 まさか親族かとも思ったが、虎の穴の家族構成は確か祖父だけだという話で……い、一体どうなっているのか全く分からない。


 「へぇ? これは興味深い……ああ、そういえば、この研究所から1匹だけ逃げ出した奴がいたなぁ」

 「なにぃ?」


 女は饒舌じょうぜつに語り出した。

 多勢に無勢だというのに、まるで自分の勝利を疑っていないようにも見える。


 「私はモンスターを繋ぎ合わせ、フランケンシュタインの怪物が如き生命体を作ることを目標にしていたのさ。ま、それはすぐに成功したが」

 「ほぉ、そりゃよかったのぉ」

 「君みたいな脳ミソの足りなさそうなガキには分からないだろうからはぶくが、今度は人間の実験台が欲しくなったんだ。でも、さらうにはリスクがありすぎる……ならどうするか、答えは1つさ」

 「ま、まさか……」


 研究所、周囲の培養槽ばいようそう、人間……SFをかじった人間なら嫌でも想像してしまう。

 つまり、この女は……


 「クローン。強制的に成長促進させてある」

 「悪魔め……」

 「悪魔? 確かに悪魔の頭脳かもしれないね、だが同時に神の頭脳でもある。人類における最高峰の頭脳、それが私だ」


 傲慢な、あまりにも傲岸不遜な考え。

 その頭脳がゆえに孤立し、悪の道に堕ちたのかもしれない。あるいは、この状況こそが驚異の頭脳が導き出した答えなのかもしれない。

 だが、それは生命をもてあそんで良い理由にはならない。


 掛け値なしの天才なのだろう。幅広く知識も豊富なのだろう。技術者としても超一流なのだろう。

 だが、その頭脳、才覚、思想、性格、邪悪、無慈悲さ、冷酷さ、そして何よりも倫理観の無さが奴をマッドサイエンティストたらしめていた。


 「ボクが、クローン……」


 虎の穴に関して、怪しい点はいくつかある。

 運動やスポーツが異様に得意で、動きも一発で覚える。家族が祖父1人なのは、養子だから。

 あの年で剣の達人みたいな腕前なのもだ。まさか、それら全ては虎の穴があの女のクローンだったから?


 ある程度は女の天才性を引き継いでいるのだろうか。

 そんな考えをしていると、女はチッチッチッと指を振った。顔が良いので様にはなっているが、邪悪さは隠せていない。


 「少しハズレだ。人体実験を行うにあたって、単なるクローンじゃ耐久力が足りなかった」

 「ま、まだあるんか!?」

 「天才の引き出しを凡人の尺度ではからない方がいい。それで、その場にあった材料で適当に改造して身体能力を底上げしたんだ」

 「……?」


 女はそこまで言うと、両手を広げた。


 「私のクローンがベースの合成人間! それが裏切者の手引きで逃げ出したのが……君さ」

 「合成、人間」


 オウム返しのように呟く虎の穴が見ていられず、ウチは目を逸らした。

 耳もふさぎたかったが、この邪悪な科学者の前で致命的な隙はさらしたくなかった。


 「そう、虎の穴君と言ったね? 君は私の遺伝子とモンスターの因子を混ぜ、DNAレベルから改造した実験動物に過ぎない」

 「実験動物って……テメェ! 虎の穴君を何だと思ってんだ!?」

 「性欲を強く設定した繁殖用のモルモット、かな。でも私の遺伝子を使ってるだけにポテンシャルは高かったようだ。まあ、頭の方は期待できなさそうだが」


 虎の穴は、クローンですらなかった。

 作られた命、調整された命、モンスターの因子が入り込んだ、生まれながらのコーディネーター……

 ウチは、虎の穴の肩に手を置いた。


 「も、諸星さん……」


 彼は、今にも泣きそうな……自分を見失いそうな表情をしていた。

 だが、あえて言おう。何の面白みもないウチの本心をぶつけてやろう。


 「合成人間ねぇ……それがどないしたんや」

 「!」


 虎の穴の目が、わずかに見開かれた。


 「おや? それだけかい? 友達が気持ち悪い人工生命体だったら嫌悪感くらい示すかと思ったのだが……」

 「人工生命体やぁ? アホ抜かせ。こっちにんのはコモドドラゴンと偽チェンソーマンとお化けやぞ」

 「ジャア」

 「照れるぜ」

 「お化け、か……フッ……」

 「後、学校には動くマネキンもおるし、そもそもウチのツインテールも触手や。今更合成人間が何やっちゅう話や」


 ちょっと異形が多すぎて、完全に人間にしか見えない虎の穴のキャラが逆に薄いのだ。

 そう、今更だ。このクソ女が何を言おうが、世間的に奇異の目で見られるのはウチらの方なのだ。

 合成人間なんて単語は、世界の敵を倒すラノベの金字塔か、謎の大企業が出てくる超SF漫画だけでいい。


 「ふぅん、つまらない答えだねぇ。熱血主人公気取りかい?」

 「今のウチはマグマみたいに燃えてんで。悪の炎すら焼き尽くすほどにな」

 「おや? まさか君まで炎がマグマの下位互換みたいなことほざくつもりじゃないだろうね? ま、そんなこと言った奴は合成超生物の材料になったが」


 言葉の応酬は止まらない。


 「君達を捕らえた後は、丁寧に改造してあげよう。いわゆる高級ユニットというやつだね」

 「ウチらに勝てるつもりでおるんか? 遠回しに言わんと、死にたいなら最初からそう言えや」


 クスクスと嗤う女を見て、自分の頭が急激に冷えていくのを感じた。

 こいつは血縁に対して情というものを一切持っていない。やはり、他人を利用し切り捨てることに躊躇いのないクソ女だ。倒すべき敵だ。


 「ソラ、落ち着け。奴と話しても無駄だ」

 「トレーダー……」


 今にも飛び出しそうだったウチを、トレーダーが止めてくれた。

 いや、因縁がありそうなのはトレーダーと虎の穴なのに、ウチが冷静にならなければどうする。


 トレーダーに気づいた女は、ニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべながら話した。

 彼の後ろにいる2人は眼中にないようだ。まさか、この人数に勝てるつもりなのか……まあ、合成超生物やらの隠し玉はわんさか出てきそうだが。


 「『等価交換』のトレーダーくぅん。君から買ったモンスター、とても良かったよ」

 「ふむ? 受け渡しは君ではなかったのだが……」

 「ああ、そいつはもう材料にしてしまったよ。特に役に立つこともなかったからね」

 「……そうか」


 トレーダーは帽子を深く被ると言った。

 すると、ウチらに目配せをした。これから戦闘が始まる。


 「私は人間に仇なすモンスターとは交渉しない。君は、今からここで死ぬ」


 トレーダーがそう言い終わる前に投げたのは、手榴弾だった。


 「ッ!? おやおやおやおや!? ずいぶんと汚いマネをしてくれるじゃあないかッ!?」


 それが合図となり、戦いは幕を開けた。



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