第25話 忠告


 ウチらの目の前にいるのは、黒いボルサリーノ、ロングコートにスーツ。そして杖をついた老人らしき人物。

 彼は人間の頭部を持っておらず、灰色っぽい色の炎みたいなものが揺れているばかり。その中に赤く輝く目があった。


 まるで、そこにいるのにいない、気配の空虚さ。

 しかし幽霊というにはあまりにも異質な雰囲気をまとっている。


 「君達は一体……?」


 低く、重みのある渋い声からして男性。

 彼はウチらに対してそう言った。確かに、ウチらは異様な恰好をしている。しかし、彼も大概怪しい。


 「諸星蛸羅ソラ、D級探索者や。こっちのコモドドラゴンはドン」

 「同じく虎の穴マコトです」

 「風雲児ブロワーマンとはオレのことだ!」

 「探索者か。だがルーキー達がなぜこんな場所に?」


 ウチらは、ここに来た経緯を話した。

 『ガーバーバーガー&ザッツピザダンジョン支店』から、この『超生物研究所』につながっているなんて誰が思うだろうか。

 それを聞いた彼は、妙なことに納得する様子を見せた。


 「なるほど……もう1つの出入り口は店に偽装されていたのか」

 「それだけやない、この研究所はその店と癒着してるんや。証拠もある。せやろ?」

 「おう! 見るか?」

 「ありがたいが、今は結構だ。薄々はそう感じていたものでね……」


 ゆらゆらと揺らめく頭部は変わらない。

 どこか思案しているようだったが、何も分からない。


 「で、あんたは何て言うんだ?」

 「失礼した、私としたことが申し遅れた。私はトレーダー。Aランク探索者だ」

 「A級!? な、生意気な態度してえらいすいませんでした」


 ウチは頭を下げた。

 A級と言えば大先輩だ、しかも声からしてかなりの歳だろう。

 かなり失礼な態度だったな。


 「いや……頭を上げてくれ。未来ある若者が、私のような死にぞこないにへりくだる姿など見たくない。敬語も、いらん」

 「そ、そうですか……いや、そうか」


 だが、トレーダーは良く思わなかったようだ。

 その声色には、後悔や悲しみなどが含まれていたように感じる。ウチは頭を上げるが、顔は複雑なままだろう。

 そんな状況を察してか、ブロワーマンが話を続けた。


 「で、そんなAランカーが何でこんな場所にいるんだ?」

 「それを話すと長くなる。簡単に言うが……私はこの研究所に存在するを求めていたが、交渉が決裂した」

 「ん? その交渉相手ってもしかして、女か?」

 「良く分かったな……奴はその扉の先だ」


 トレーダーが視線を向けた先には、分厚く頑丈そうな扉。

 壊すのも苦労しそうだ。また電子ロックだし、方法はどうあれ開けるには時間がかかるだろう。


 「私は【電脳】スキルを持っている。この程度のロックは無いにも等しい」

 「ヒュー! 流石A級! いいスキル持ってんじゃん! じゃあ早速中に行こうぜ」

 「待ちたまえ」


 扉の先へ行く気満々なウチらに、トレーダーが待ったをかけた。


 「これは君達には関係の無い話だ、わざわざ危険に飛び込むこともないだろう。なぜ進もうとする?」

 「実はウチら、閉じ込められとんねん。出られへんからボスっぽい奴倒して出るか、トレーダーに協力してもらわんとアカンねん」

 「そういえば、そうだったね。途中から何で進んでたのか分からなくなってたよ」


 これがダンジョンの恐ろしいところだ。

 自分が何のために潜っているのか見失ってしまう。やがて出られなくなった探索者は地底人へと変貌する……などという与太話もあるほど。


 「なるほど、協力してくれるのはありがたい。だが、身の安全は保障しかねるぞ? 私は所詮、自分の身を守ることしかできん老人に過ぎない」

 「大丈夫や、ウチめっちゃタフやし。それにウチには、3人を外に出さなアカン責任があるんや。ウチだけでも行くで」

 「おいおい、それならオレ達も行くぜ。そうだろぉコーウェン君、スティンガー君」

 「誰ぇ……? いや、行きますけど」

 「ジャア……」


 死なない、なんて思っていない。

 だがこんなところで死ぬつもりはないし、巻き込んでしまったドンと虎の穴とブロワーマンは何が何でも外へ送り返す。

 それがウチの責任だ。


 「……責任、か。そうだな、責任は取らなければならん。私がロックを解除しよう」

 「じゃあ!」

 「だが……そうだ。そこの君、虎の穴マコト、と言ったな」

 「え? は、はい!」


 急に話を振られた虎の穴が、思わず背筋を伸ばす。

 重苦しい声だけではない、トレーダーの目には憐憫が浮かんでいた。


 「君はこの研究所に入った時、何か感じなかったかね?」

 「? いえ、特には……」

 「……そうか」


 赤い双眸そうぼうが虚空をにらむ。

 それは、何かへの怒りだろうか。数秒すると、彼は再び重い声で話した。


 「……一目見た時から分かった。君は残酷な真実を知るだろう。それでも進むかね?」

 「進みます。元はといえば、ボクが竜子さんを探索に誘ったことが始まりなんです。なら、ボクにも責任はある。それに、今更真実に怯えていてもしょうがないでしょう」

 「……強いな。分かった、扉を開ける」


 トレーダーが電子ロックを少し弄ると、それだけで扉が開いた。


 「奴は悪性だ。何をしてくるか分からん。とにかく用心しろ」

 「分かった!」


 ウチらは、その扉の先へと進んだ。




 ◇




 「ここは……」


 扉の先は、真っ白で物凄く広い研究室らしき場所だった。電子機器や、モンスターの浮かんだ怪しいカプセルが多く置かれている。

 中でも目をくのは、壁の中央に埋め込まれた巨大なカプセルだ。中にはモンスターが入っているようだが、ほとんど金属製で中はよく見えない。


 「嫌な気配が充満している。ずいぶんと、非人道的なことが行われていたようだ」

 「みてぇだな。なあトレーダー、本当にこっちなのか?」

 「ああ……」


 トレーダーはその場で足を止めた。

 無機質な紅い目が、研究室を見回す。そして、おもむろにコートの内側から取り出した拳銃を発砲した。


 「出てきたまえ。人面獣心じんめんじゅうしんやから同士……隠れていても獣は臭うものだ」


 果たしてトレーダーは人面なのかと一瞬思ったが、次の瞬間にはそんな気の抜けた考えは吹き飛ばされた。


 「フフフ……鼻は利くようだね、薄汚いブタらしく」

 「君には我々がブタに見えるのかね? 眼科に行くことをおすすめしよう」

 「おやおやぁ? 比喩表現だと理解できないのかい? 耄碌もうろくしたようだね」


 装置の陰から、あの放送で聞いた声の主が出てきた。

 相も変わらずこちらを口汚く罵る奴だったが、ウチはそのに驚愕した。

 だが、ウチよりも驚いたのは虎の穴だろう。何せ――


 「ボク?」

 「と、虎の穴!?」


 その女の顔は、虎の穴にそっくり……などという話ではない。双子か、生き写しのようだった。

 確かに年齢相応に大人びてはいるものの、10代後半であり、更には男であるはずの虎の穴と瓜二つだったのだ。



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