第21話 トレーダー/取引屋


 ソラ達が戦いを繰り広げている頃。とある場所で2人の人物が向かい合っていた。

 1人は、白衣を身にまとった美形の女性。そしてもう1人が――


 「取引業者トレーダーくぅン、今日は何の用だい? 君は私が忙しいと知っているはずだが?」

 「……」


 取引業者……トレーダーと呼ばれた人物。

 黒いボルサリーノに、黒いロングコート、黒いスーツ、黒い革靴……黒で統一された気品のある衣装。

 杖をついていることと深みのある声から老人であると推測できるが、驚くべきことにその頭部は異形のものだった。


 彼の頭部は、まるで揺らめく灰色の炎のようにも見えた。その中に、2つの燦爛さんらんと燃える赤い瞳が存在するのみである。

 顔以外の身体がどうなっているかは定かではない。手袋もされており、露出が全くないからだ。


 だが、そんな異形の見た目を持つトレーダーに対しても、女性は全く動じた様子はなかった。

 何故なら、彼らは昔からの知り合い。だがお互いに警戒を怠ってはいない。決して良好だったり、健全な関係とは言えないからだ。


 「と言っても、君のおかげで助かってるのは事実。で、単刀直入に言うが、何が望みだい?」

 「……を貰い受けにきた」

 「ほう……」


 女性は笑みを浮かべた。邪悪な笑みだった。


 「まだできていない、と答えたらどうする?」

 「君とはもう5年の付き合いになる。故に、“”、と返そう」

 「――良く分かってるじゃないか。もうすでに完成済みだよ」


 女性が資料を差し出す。

 トレーダーは無表情で資料を読み込む。一文字たりとも見逃すまいと。

 そして数分が経つと、ようやく資料から目を離した。


 「素晴らしい性能だ……それで、現物は?」

 「まあ待ちたまえ。君には世話になってるが……まだのさ」

 「これ以上、何を求める? 研究所まで私物化して、何がしたいのだ」

 「――この世界は」


 女性は、なおも笑う。

 両手を広げ、まるで己に酔っているかのような姿は、しかし本当に全てを掴み取ってしまいそうな恐ろしさを感じる。

 そして、実際に不可能ではないだろうということも、トレーダーは知っていた。


 「この世界は一部の天才によって導かれるべきだとは思わないかい? 私にかかれば、S級探索者も五賢将の連中も能無し同然。私と私に選ばれた者のみが、この世界を運営すべき。そうは思わないかね、トレーダーくゥん?」


 清々すがすがしいまでの傲慢。

 美形とは裏腹に、醜悪な本性が浮き彫りになっていた。

 だが、トレーダーの答えは決まっていた。


 「くだらないな。世界がどうあれ、私は成すべきことを成すだけだ」

 「フフフ……君ならばそう答えると思ったよ。でも遅かったね、私の軍勢は完成しているのさ」


 女性が指を鳴らす。

 すると、部屋にあったガラスの内部の電気がついた。

 そこには、ガラス張りの向こうにおびただしい数の異形がひしめいていた。


 「『合成超生物』……この『超生物研究所』に相応しいとは思わないかい?」

 「何のつもりだ?」


 ガラスの壁は、開閉可能であることが見て取れる。

 女性が操作をすれば、すぐにでも大量の合成超生物達がトレーダーに襲いかかるだろう。

 だが、トレーダーは身構えすらしない。


 「足りないのは、膨大な。それもAクラスが欲しいと考えているんだ……ちょうど、君のような」

 「なるほど、私の魔力が目的か。だが無駄だ、私は――」

 「どこのかは突き止めてるよ。まさか日本にあるなんてね。まさに灯台下暗しと言ったところか」

 「――」


 始めてトレーダーが動揺した。

 灰色の炎のような頭部が、せわしなく揺らめく。


 「さあ、その実体を持った、魔力よりもなお純粋な高密度幽星体アストラルを切り刻んであげよう。内臓はどうなっている? 骨格は? 血液は? シナプスはどう電気信号を伝えていいる? 一体何で代用しているのか? ……一目見た時から気になっていたのさ」

 「……」


 女性が白衣から光を放つメスを取り出し、トレーダーが初めて身構えたその時だった。


 WARNING!!! WARNING!!!


 「……」

 「……ふぅん、命拾いしたね……コードS、探索者か」


 女性はその場に持ってきていたタブレットらしき端末を操作した。


 「ここの連中を出さなくていいのか?」

 「その必要はないさ……助手君をリーダーにつけてある。見た目は鈍そうだが、頭はキレるし指示も的確。さて放送は……録音でいいか」


 女性は、侵入者を始末することに躊躇いがなかった。

 それどころか、笑みさえ浮かべている。やはり相容あいいれることはない。トレーダーは改めてそう認識した。

 だが彼は、思わぬハプニングでわずかに……ほんのわずかだが冷静さを取り戻してした。


 「……だが、驚いたな」

 「何がだい?」

 「君が外で動かせる私兵を持っていることに、だ」


 この『超生物研究所』は極秘施設の上、で彼女と配下の『合成超生物』以外は存在しない。

 そんな彼女が、どうやって病院に手下を送り込むというのか。


 「ああ、それなら簡単な話さ。私は協会の『白服』とコネがある」

 「『白服』……だと? 馬鹿な……」


 その答えを聞いた時、トレーダーは再び驚愕した。

 探索者協会の『白服』。トレーダーはA級探索者だ。その言葉が意味するを、嫌でも知っていた。


 「彼女は私の研究に賛同していてね。ま、この天才的な頭脳の前には如何な『白服』と言えどもひざまずくしかないというわけさ。それから彼女を起点にしてゆくゆくは他のご――」


 トレーダーは女性の言葉をほとんど聞き流していた。

 どうにか打開策を見つけなければならない。交渉専門だあというのに後手後手に回っている自分が恨めしいとさえ思う間すら惜しみ、思考を加速させる。

 それでも、目の前の女に追いつくことはできないのだろう。性格は最悪だが、頭脳は正真正銘の天才。人類の至宝といっても過言ではないのだから。


 だがその時のことだった。


 『アギャアアアア!?』

 『ギョアアアア!?』

 「――一体何が!?」

 「……これは」


 ガラス張りの向こうにいる『合成超生物』の群れから、次々と血しぶきが上がる。

 異形と化した腕や脚などのパーツが吹き飛び、にごった断末魔が飛び交う。

 やがて、殺戮さつりくの嵐がガラス張りの向こうから現れ――


 『――ヌゥゥゥゥアッッッ!!!』


 数多の合成超生物が同時に攻撃したとて破れることのない超強化ガラスに、血塗られた鉄拳が突き刺さる。

 それだけでガラスは木っ端みじんに粉砕された。


 「侵入者!? ここは撤退させてもらおうか!」


 それを認識した瞬間、女は弾かれたように脱兎のごとく逃げ出した。

 だが、トレーダーはその場から一歩も動かない。動く必要がない。


 「……君は」


 現れたのは、異様な集団。

 軽装で、異形の大剣を持った美しい少年はまだいい方である。


 ブロワーを持った大男。

 ワイシャツとスラックスに、革靴というまるで会社でも行くのかという軽装……いや、服装だ。


 そして、コモドドラゴンを引き連れた、イカの触腕のようなツインテールを持つ少女。

 胸元のみを覆うチューブトップ型の下着らしきもの。食い込みの凄まじいハイレグの下着。


 全てが異様な集団だった。


 「な、何やコイツ。モヤモヤが喋っとる」

 「この人どっかで見たなぁ。なあアンタ探索者か?」

 「ちょっと失礼だよ! マネキン先生みたいな人かもしれないよ!」

 「む、むぅ……」


 トレーダーは若者と接することが少なかった。

 なので、こういう際にどう接すればいいのか分からず困惑していた。



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