第20話 チェーン店の秘密


 「あ痛たた……」

 「大丈夫かぁ、虎の穴~」


 ピザバーガーを倒した後、脇腹に大怪我を負った虎の穴を床に寝かしていた。

 強酸をまとった触手の一撃は、人体を溶かすには十分だったようだ。しかし、虎の穴が無事だったのは防具と探索者としての身体能力のおかげか。

 命にかかわるほどではなかったが、今はポーションの1つも無い状態。どうにか彼を外まで運び、病院まで連れて行くしかないだろう。


 「だ、大丈夫だよ……」

 「そうか……んん?」


 強がっている虎の穴だったが、彼の股間がことに気づいた。


 「虎の穴……」

 「も、諸星さん! こ、これは違くて……! その……!」


 顔を真っ赤にして否定する虎の穴。通常なら変態だのとののしるところだが、ウチは違う。

 ウチはこの勃起が、戦いにおいて命の危機におちいった男性が、死の間際に種の存続をはかろうとする生理的反応であることを知っているからだ。

 漫画で見たからな。


 「ククク……なんや、恥ずかしがることはないで。生理現象やからなぁ」

 「あうぅ……」


 顔は美少女顔負けの癖に、下の方は同人誌の竿役もかくやという元気っぷりだ。しかし、これくらいの方が健全な男子高校生ともいえなくもないのかもしれない。

 ……そう考えると、ウチの格好や、他の探索者にも一切の反応を示さないブロワーマンが不気味に思えてくる。


 「そ、それよりも大丈夫なの? 諸星さん……触手が!」

 「なに、安いもんや、【触手】の1本くらい。出血もあったが……どうも本物の血とは違うっぽくてな、今のところウチに悪影響はあらへん。リーチは短くなったけど」

 「なら安心……?」


 安心かどうかは分からないので、また病院で診てもらう必要がある。


 「うぉっほーい!!!」

 「ど、どないしたんや?」

 「こいつを見てくれ!」


 虎の穴と話していると、ピザバーガーの死体をあさっていたブロワーマンが、浮かれた様子でこっちにやってきた。

 その手に、複数のスキルジュエルを持って。



 【体液変換】

 ・自分の体内に流れる液体を変換する。

 強酸、毒、媚薬……何でもござれ。体液を変換している間は、その液体に対して耐性を得る。

 例えば、体液を『硫酸』に変換しても身体に悪影響は一切なく、しかも外部から同じ『硫酸』に触れたり摂取しても問題ない。

 最初は簡単なものしか変換できないが、練度が上がると様々なものに変化させることができるようになる。



 【罵倒】

 ・相手を罵倒し、集中力をかき乱す。

 ヘイトも使用者に集中してしまうため、確実な回避手段か防御手段を持たないと使いこなすことは難しい。

 任意で発動できるアクティブスキルなので、誰彼構わず煽るなんてことにはならない。



 「おぉ……癖強くない?」


 虎の穴の言う通り、また癖の強いスキルだった。


 「ブロワーマンは取るとしたらどっちにするん?」

 「オレなら【罵倒】かなぁ。【体液変換】はオレの戦闘スタイルと相性が悪い」

 「なるほど、じゃあ【体液変換】は虎の穴か」

 「えぇ!? ボク!?」


 前衛である虎の穴は、必然的に敵と斬り合いをすることになる。

 なら、その血に毒が含まれていれば? 返り血を浴びたら致命傷となる。剣士として大きな有利になるだろう。


 「ま、まぁいいけど……」

 「いいのか……」

 「……まあ、ボクなら有効活用できそうだね。でも本当にボクが使ってもいいの?」

 「こいつ倒した功労者は虎の穴や。ウチはええで」

 「シャア」

 「ドンもな」

 「それならありがたくいただくよ」


 特に嫌そうでも、躊躇った様子もなくジュエルを使った虎の穴。

 すると早速、傷口から甘ったるい匂いが漂ってきた。血を変化させたみたいだが、これは……?


 「媚薬じゃね?」

 「うわっ離れろ!」


 ウチらは急いで距離を取った。


 「酷くない!?」

 「ちゃんと制御しぃや!」

 「オレ達を毒牙にかけようだなんて、そうはさせんぜ。こっちも対抗だ」


 ブロワーマンもジュエルを使用した。

 見た目などに変化はない。まあ、変わったら逆に怖いのだが。


 「なんか罵倒してみてぇや」

 「うーん? そうだな……『何だよこのクソパーティ、トカゲ以下の低知能しかいねぇじゃねぇか。人類の最大の武器たる脳ミソがただの味噌んなっちまってるよ』」

 「じ、事実陳列罪……!」


 ちょっとムカついたが、事実しか言ってないし、ブロワーマン自身も含まれてるので何も言えなかった。

 そんな事実から目を背けるために、死体漁りをするドンの方を見る。こうして見ると、野性のコモドドラゴンのようだ。いや、ドンはかなり野生なのだが。


 「ジャア」

 「お? どないした?」


 ドンが死体から何かを引きずり出した。


 「……胃袋か?」


 それは見た目や大きさは胃袋に似ていた。だが、決定的に違うのは極彩色に染まっていることだろう。

 よく見るとちょっとヌメヌメしており、あまり触りたくはない。だが、わざわざドンが取り出したのだ。何かあると思い、持ち上げる。


 「やっぱ胃袋?」

 「ジャア」

 「ドンもそう思っとるのか……ええええぇぇぇぇ!?」


 推定胃袋を手に持って眺めていると、それをドンが呑み込んだ。

 モンスターの死体を食べるのとはわけが違う、内臓の踊り食いにウチは驚愕した。


 「ドン!? 大丈夫なんかそんなもん食って!?」

 「ジャア」


 ウチの心配とは裏腹に、ドンは特に変わった様子もないようだ。

 普通にゲテモノ食ったみたいなものだろうか? 


 「大丈夫そうだからいいんじゃないか?」

 「うーん……まあ、あんまり過保護になんのもなぁ……ん? んんんん!?」


 ドンを見ていると、奇妙な行動を取り出した。変わった様子はないというのは間違いだった。

 虎の穴の折れた剣の前まで行くと、おもむろに吞み込んだのだ。


 「わああああ! やっぱ変なモン食ったから!」

 「落ち着け! まだ慌てるような時間じゃない。ほら見ろよ」

 「おん?」


 折れた剣を呑んだドンは、特になんともないようだった。

 それどころか、剣を出し入れしているではないか。その折れた剣も、特に粘液で濡れたような感じもしない。

 一体どうなっているのだろうか。


 「ドン、ちょっと胃袋出せるか?」

 「ジャア!」

 「お、ありがとよ!」


 ブロワーマンは、ドンに頼んで胃袋を吐き出してもらう。

 そして、その胃袋をマジックバッグの中へと押し込んだ。


 「! ビンゴ!」

 「どないしたんや?」

 「オレの睨んだ通り、マジックバッグに入らねぇ」


 確かに、胃袋をマジックバッグに入れようとすると、グイグイと押し出されるように拒否されているようだ。

 しかし、これは一体どういうことだろうか。


 「これ、どういうことなんや?」

 「マジックバッグに入らないものは2種類ある。それはは生物か――同じマジックバッグだけだ!」

 「つまり……これマジックバッグっちゅうことか!」


 胃袋を見る。ちょっと脈動してるので、やっぱり生きてるだけかも……


 「じゃあ中に何か入ってるかもしれへんな」

 「中を見てみようズェ」


 どこが出入口か分からなかったので、食道とつながってる方の管に手を突っ込んでみる。

 すると、恐ろしいほどにスルリと手が内部に入った。


 「おお、中はあったかいなぁ。ええ具合や」

 「下ネタかな? ほら虎の穴君が興奮してきちゃったよ。まあいいや、中に何か入ってたり?」

 「待てよ……お?」


 胃袋マジックバッグの中には、何かが入っていた。だが、触っただけでは分からないので出すことにする。

 それは様々なファイルやUSBメモリ、手帳だった。


 「何やこれ」

 「研究資料かな?」


 ファイルを流し読みする。

 そこには、合成超生物とかいう怪しげで胡散臭いこと極まりない研究の詳細が書かれていた。


 「何やこれ」

 「アンブレラかな?」

 「傘よかマシっぽいが……」


 どこに研究所があるかも乗ってる。それによると、この『ガーバーバーガー&ザッツピザダンジョン支店』から割と近い場所にあるらしい。

 何か、そこでできた培養食材をおろしてるとか書いてあるんやけど……


 「細かいことは後でいいだろ。取りあえず協会まで持って行って鑑定してもらおうぜ。ついでに本体も」

 「……せやな。虎の穴はウチが持つわ」

 「任せたぜ。オレのお尻に珍棒を当てられたくないからな」

 「おんぶするんか……」


 ウチは虎の穴を米俵みたいに持ち、ダンジョンを後にし――


 ガラガラ!!!


 「は?」

 「えっ」


 ようとした時、穴が塞がった。

 正確には、シャッターが下りてきて、出られなくなった。


 「進むしかないんか……」

 「何だってんだ畜生! ヤバそうな薬品ッ! 飲まずにはいられないッ!」

 「ちょ!? ブロワーマンさん!? 何やってるんですか!?」

 「そっとしといたれ……こんな状況や、無理に止めたら酷くなるかもしれん」


 ブロワーマンが発狂し、その辺の薬品をラッパ飲みしている。

 虎の穴も重症だし、どうにかして帰らなければならないのだが……虎の穴を背負いつつ思案していると、ブロワーマンの細かい傷が治っているのが目に入った。


 「お? すげえこれポーションだったぜ……うげぇ!? クソ不味い!?」

 「マジか! よし虎の穴! 飲めッ!」

 「え、ちょ――」


 虎の穴に無理やりポーションを飲ませる……ようなことはせず、普通に傷口へ振りかけた。

 すると、そこそこ重症だった傷がみるみる内に治り、無傷の状態へと逆戻りした。


 「あー、もうびっくりしたよ」

 「悪い悪い、さすがに冗談や。けどこれで動けるな……ウチも【触手】につけとこ」


 虎の穴をおろす。

 ふらついてもいないし、血色も良好。特に何の問題もなさそうだ。

 ウチも薬品を試してみると、【触手】の傷口は塞がった。しかし、生えてくることはなかった。


 「調子はバッチリだよ。それで次は……」

 「脱出する手段やが……」

 「ジャア!」


 ドンが声を上げる。

 前足の指し示す場所には、地下へ通じる階段があった。

 巧妙に隠されていたようだが、ドンの野性的直観と嗅覚の前では無意味だったようだ。


 「進むしかないみたいやな」

 「みたいだね」

 「オロロロロ……よ、よし行くぞ~……」


 ウチらは、未知の階に足を踏み入れた。

 その先に、希望があると信じて。







――――――――――




 【虎の穴マコト】

 ・男の娘。

 若くして剣術や空手の免許皆伝級の達人だが、華奢な身体からはそうは見えない。とても顔がいいせいで皆からヤリチンだと思われている。

 意図したことか無意識か、手の甲、喉仏(首)、肩幅、胸部、腰など性別を誤魔化せるような服装をしており、初見での男女の判別は難しい。骨格を見て判断する変態とかなら見破ることができる。

 実はバイな上に、動物などにも興奮する超ド変態男の娘である。

 (老若男女、動植物、特定の無機物、死体、人形、モンスター)

 【スキル】

 ・【絶倫】:何がとは言わないが、並外れて秀でている。また、腹上死、テクノブレイクをしない。

 ・【剣術】:防に重きを置いた、守りの剣術。

 ・【武術】:空手を中心にした実践的な武術。

 ・【スタミナ】:あなたは持久力が高い。主に運動を長く続けられる。

 ・【体液変換】:自分の体液を別の体液に変換し、なおかつその間は耐性を得るスキル。


 『ガーバーバーガー&ザッツピザダンジョン支店』ダンジョン指定:D級

 ・世界的なチェーン店、ガーバーバーガーとザッツピザがダンジョン化した場所。内部には店の機能が丸々残っており、バーガーやピザを食べることも可能。

 モンスターは店のマスコットキャラや、食材・料理をモンスター化したようなコミカルな見た目をしている。だが、見た目に騙されてはならない。奴らは物量で攻めてくるのだから。

 なお、食材系のモンスターの魔石は、異物混入対策のためにオミットされている模様。


 【ミスターガーバー】

 ・ガーバーバーガーのマスコットキャラクター。

 ハンバーガーに手足が生えたような見た目をした者や、人間の頭をハンバーガーに変えた者など、バリエーション豊か。

 最も厄介なのは、宙に浮いているタイプ。このタイプは得てして、人間の頭に寄生して操る能力を持つことが多い。


 【ピザ・モンスター】

 ・ザッツピザのマスコットキャラクター。

 グチャグチャのピザを無理矢理人型に押し込めたり、ピザを重ね合わせたりと非常に気持ち悪く、バリエーション豊か。

 最も厄介なのは、宙に浮いているタイプ。このタイプは得てして、人間の頭に寄生して操る能力を持つことが多い。


 【スパイシーズ】

 ・ケチャップ、マスタード、胡椒などのビンに手足が生えたような見た目。

 基本的に単体では出てこず、ハンバーガーやピザの材料として殺害されていることが多い。


 【具材】

 ・バンズ、肉、ピクルスなどに手足が生えたような見た目。

 基本的に単体では出てこず、ハンバーガーやピザの材料として殺害されていることが多い。


 【ドリンク】

 ・ひとりでに動くドリンクサーバー。

 高圧の液体を飛ばしてくるが、中には体力を回復するポーションが混ざっていることがある。


 【迷惑客】

 ・クレーマーなど。人型で喚き散らしているが、人間ではないので討伐対象。


 【バイトテロリスト

 ・覆面を被って凶器を持った暴徒。強盗?


 【ビッグバーガー】

 ・宙に浮く巨大なハンバーガー。

 一応食べられる。


 【ビッグピザ】

 ・宙に浮く巨大なピザ。

 一応食べられる。

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