第14話 学校へ行こう


 「うぅ……見られとるな……」


 高校への道。

 ウチのツインテールが触手へと変化したからか、奇異の目で見られている。


 世界で確認されているスキルの中で、身体の一部が異形となるのは探索者の数パーセントくらいしかいない。その上、常時異形ともうちょい少ない。

 つまり、数多く存在する探索者であろうとも、異形で過ごしている者はほとんどいないということだ。


 ちなみに、今の格好は普通の制服だ。

 【シン・硬化】は発動すると、着ている服や防具を、どんな性能だろうと問答無用で内側から爆散させる。だが逆に言うと、スキルを使わなければ服は着れるのだ。

 流石にダンジョン外であの格好をするのは……しかし、ここ最近は普通の服が窮屈きゅうくつに感じるのは気のせいだろうか?


 「諸星さん、おはよ……おっおおー!?」

 「おう、おはよ」


 学校についても、ウチの触手にビックリする人がほとんどだ。

 だが、それだけだ。驚くが、原因を聞いたりすればそれ以上ではなくなる。

 その理由は、この学校にもたった数人、異形がいるからである。むしろ、それだけ集まっているのが異常なことだ。


 そんなことを考えていると、ギシギシときしむような音と共に、ある人物がやってきた。


 「おお、おはようございます、諸星さん。その様子……強敵との戦いを乗り越え、また一段と高みに昇りましたな」


 この出来の悪いデッサン人形みたいな怪人物は、ウチのクラスの担任である、通称『マネキン先生』。

 昔は名の知れた探索者だったが、その飽くなき探究心によりスキル【マネキン】のジュエルを使用してしまい、異形に変貌。

 それからしばらくして探索者を引退してからは、かねてからの夢であった教師に就任して今にいたるらしい。


 ちなみに、英語の教師ではないが外国人の先生で、喋り方が独特なのはそのせいだ。


 「マネキン先生、おはようございます。やっぱり分かります?」

 「ええ、ええ、分かりますとも。死闘を乗り越えたばかりの気配というのは、隠しても隠しきれぬものだ。私とて元探索者、これを感じられなければ今頃ここにはいませぬとも」


 やはり、分かるようだ。流石は引退しても凄腕。

 元はA級探索者だったらしいが。そんな引く手あまたな人物が迷宮町こんなところの、探索者養成校でもない普通の高校で教師をやっている理由は不明だ。


 「そして、教師として言うのは非常に……そう、この上なくはばかられるのだが、異形の仲間が増えたことに、いささかの歓喜を覚えているのも事実なのです」

 「へぇ、先生もそんなこと思うんやな」


 マネキン先生は研究一筋だが頼れる教師だと思っていた。


 「そうですよ。私の、食事も排泄も、生殖すら不必要な素晴らしい体だが、やはり私とて人間。仲間を欲し、寂しく思う心はあるようです」

 「なるほどなぁ、仲間を求めるか……そういや、ウチも触手同好会ってところから勧誘が来たわ」

 「触手同好会……!?」


 ウチが触手同好会の名前を出すと、先生の身体がガタガタと震えた。

 見た目は本当にマネキンにしか見えないので、めっちゃ不気味だ。


 「な、何か不味かったですか?」

 「いえ……あそこには知り合いがいましてね。彼らは、その以外は非常に紳士的で、無理に勧誘することも一切ないので信用できるのだが……しかし、あそこは18歳未満は禁制。何か手違いがあったのやもしれん。諸星さんは、まだ17歳なのだから……」


 もしかすると、触手のスキルを取得したってだけで勧誘してるのかもしれない。

 何か、そういう感知系のスキル持ちでもいるのだろうか。限定的すぎるけども。


 「努々ゆめゆめ、気を付けたまえ。強引な勧誘を行う輩は少なくないのだから。特に君のようなうら若き乙女なら尚更なおさらのこと。何度でも言うが、かねてより気を付けたまえよ」

 「わ、分かりました」


 先生は、ウチの言葉にうなずいた。

 いや、そう見えるだけで実際はギシギシという音が鳴るだけだったが。

 しかし、心配してくれていることは分かる。顔も表情は無いが、彼は善人であることを知っている。


 「もし何かあれば、私の名を出しても良いし、できる限りの手助けもしましょう。元とはいえAランク探索者である……この『指揮者コンダクター』アレハンドロ・ゴールドスタインは生徒の味方です」


 威圧感とはまた違う凄み。

 A級の中でも特に名が知られた探索者がそこにいた。




 ◇




 「おはよ~」

 「あ、諸星さん、おはぁぁぁぁっ!?」

 「な、なんだぁっ」

 「リアル・スプラトゥーン初めて見た」

 「触手助かる」


 マネキン先生と話した後、ウチは教室についた。

 クラスメイト達に挨拶すると、皆ギョッとした表情をする。まあ、昨日の今日でクラスメイトの髪が触手になってたらウチもビビるわ。

 めっちゃざわざわしてる。某ギャンブル漫画くらいざわざわしてる。


 「ど、どうしたのよその髪!? ……髪?」


 ウチのクラスメイトの1人、城山しろやまともえが心配そうに話しかけてきた。


 「いやぁ、ダンジョンでスキルジュエル使ったらこうなってん」

 「えぇ……大丈夫なの? 使う前に効果の確認くらいしなさいよ」

 「した上でこれや」

 「あんたねぇ、マネキン先生みたいなこと言ってるじゃない」


 呆れた目で見てくるな……まあ、デメリットは承知の上。それ以上のメリットがこの触手には存在する。

 慣らしに行った初心者の洞窟では、ゴブリンを5体以上もまとめて絞め殺すことができる怪力が判明したのだから。


 「ふぅん? まあ、無理は禁物よ。皆も心配してるんだから……それでさ、探索者って儲かるの?」


 やはり、気になるのだろう。このクラスには、探索者はウチともう1人しかいない。

 他のクラスにもいるが、学校全体でみるとかなり少ないだろう。


 「せやなぁ……正直、EとかDとかの内は、収支はトントンやと思う」

 「思う?」

 「おう。普通の探索者やったら、装備とかポーションとかに金かけとんねん。でもウチはスキルの影響で装備が必要あらへんから、そこらへんはあんまり分からん」

 「スキルねぇ……」


 装備が必要ないと聞いて、多分だが【怪力】や【頑丈】などを想像しているのではないだろうか。

 実際は、もっと酷いものなのだが。


 「で、具体的にどれくらい稼いだの?」

 「あー……大きな声で言われへんけどな、昨日は60万以上は稼いだわ」

 「ろくじゅ……っ!? 凄い儲かるじゃないの!」

 「けど、死にかけた。ほれ」

 「ッ!?」


 ウチは服をまくり、邪悪なサウナーにやられた傷を見せた。ちょうど、最終奥義を受けた部分である。

 それを見た巴は、息をのんだ。


 「え……エッロ」

 「何言うとんねん?」

 「いや……つい。でも大丈夫なのそれ?」

 「何とかな。割に合わんやろ? 命をかけたにしてははした金かもしれん」

 「……私、探索者にはならないわ」

 「それがええ。基本的に割に合わんもんなんや」


 探索者なんていつ死ぬかも分からない商売だ。

 率先してやりたがる物好きはいるが、それも少数。大体は死んだり、やめていったりする。

 しかも、続けている人も副業としてやってたりすることも多い。危険はあるが、その分稼げる職業でもあるのだから。


 「ホンマに。仲間がおらんかったら死んでたわ」

 「仲間? もしかしてそれって?」

 「いや、違う。多分皆が知らん人や。ま、ソロはやっぱり危ないから。ウチにも頼れる相棒がおってなぁ」


 ドン、そしてブロワーマン。

 癖は強い、というか癖しかないような奴らだが、仲間である。

 ブロワーマンとはパーティーは組んでいないが、たまに一緒にダンジョンへ行く仲だ。


 「ねぇ、その人って女の人?」

 「? いや、男やけど」

 「えぇ~、男ぉ!? そ、その人ってイケメンなの!?」

 「イケメン? イケメン、うーん……」


 確かに、ブロワーマンの顔はイケメンと言っても差し支えない程度には整っている。

 しかし、全体的に何だか犬っぽい。それもただの犬ではなく、ダックスフントにかなり似てる。

 その癖、めちゃくちゃ表情豊かで動きも奇抜。頼れるが謎の奇妙な人物。それがブロワーマンだった。


 イケメンのダックスフント……?

 色物すぎてとてもではないが、恋愛とかの対象に見れる人物ではなかった。

 ドン? コモドドラゴンやぞ。


 「犬……?」

 「犬!? ま、まさか……そういう関係……?」

 「ちゃうわ!」


 つい口を滑らせてしまい、やいのやいのと言い合う。

 しかし、ウチはそこに誰かが近づいて来る気配を感じた。


 「ねぇねぇ、ちょっといいかな?」

 「おん? 虎の穴とらのあなか。どないしたんや?」


 虎の穴というクラスメイト。この学年では知らぬ者はいない。


 「ダンジョンの話してたのが聞こえて。ごめんね、盗み聞きする気はなかったんだけど」

 「や、ええ。ウチらは探索者が儲かるかって話してたんや」


 確か、虎の穴も探索者だ。

 ウチと同じような時期に資格を得たと聞いたが、それで興味を持ったのだろうか。


 「何や、ダンジョンのことで何かあるんか?」

 「うん、というか、諸星さんに」

 「ウチに?」


 まさかウチに用事があったとは。

 そう思っていると巴に手を引かれ、声をひそめて話しかけられた。


 「ちょっと気を付けなさいよ。虎の穴は良い奴だけど、ヤリチンだって噂だから」

 「えぇ……まあ、あの顔じゃあり得へん話じゃないって感じやけど」


 虎の穴は、一言で表すと『男の娘』である。

 艶々つやつやでサラサラの髪の毛、スベスベでモチモチしてる肌、美少年と美少女のどちらにも見える美しい顔。

 多分、どこかで外国人の血が混じってると思われる、非日常的な美貌を持っていた。


 その容姿を鼻にかけずとても善人である。

 その一方で、不特定多数の男女と関係を持っているという噂が絶えない。何故か。


 「あ、アハハ……聞こえてるよ……」

 「なにっ」

 「いや、小声やけど声デカいねん」


 巴はよく通る声をしている。なので、小声でも結構聞こえてしまうのだ。

 声優とか、オペラ歌手とかに向いてると思う。


 「信じてもらえないかもだけど、その噂は全部嘘だよ」

 「ふぅん? でも何かあんたって性欲強そうだし」

 「流石に失礼じゃない!? 事実だけど……」

 「ほら!」

 「まあまあ、その辺にしぃや。んで、ウチに用があるんやろ?」

 「そうだよ! 諸星さんに用があるんだよ」


 コホン、と咳払い。

 虎の穴の声もええなあ。中性的で、どちらにも聞こえるキレイな声だ。


 「単刀直入に言うけど、1回だけでいいからボクとパーティーを組んで欲しいんだ」

 「ほう、また唐突やな。理由は?」

 「実は……」


 虎の穴は、その理由を語り出した。


 「どうしても1人じゃ攻略できないダンジョンがあるんだ」

 「うん? 自分もソロなんか? 協会で誰か募集してへんの?」


 通常だったら、協会でメンバーの募集をしていたりする。

 ただ、全くない場合もある。何もないなら大体は仲のいい者や、信頼できる知り合い同士で組むので、入れ替えが起こることは少ない。

 全員がそうであるというわけではないが。


 「全く。タイミングが悪かったのか、どこも募集してなかったんだ」

 「あー、確かに。知り合いも言っとったわ」


 ブロワーマンもそんなことを話していた。

 最初に会った時のは即興パーティーだったらしいが、最近は募集が無いと。


 「それに、ボクの戦闘スタイルじゃ相性が悪いし」

 「なるほど、そりゃあ運が悪かったなぁ。よし分かった。ウチがついってったるわ」 

 「いいの!?」

 「おう、ついでに信頼できる仲間を2人……2人? くらい連れてきたる」

 「本当に!?」

 「いややっぱ1人かもしれん」


 ブロワーマンの都合が合うかは不明だ。ドンはいつでも大丈夫で、呼べば来る。

 

 「本当にありがとう! それで、分配だけど……」

 「それは協会で詳しくな」


 まあ、詳しい話は向こうでいいだろう。

 何か暇している職員もいるし。あの受付嬢とか。一体何故……?


 「難しい話終わったぁ?」

 「うん!!!」

 「元気があるってのは良いことね。で、あんたが詰んでるのは何てダンジョン?」

 「『ガーバーバーガー&ザッツピザダンジョン支店』って言うんだけど」

 「あー、もっかい言ってちょうだい」

 「『ガーバーバーガー&ザッツピザダンジョン支店』」


 ガーバーバーガー、そしてザッツピザ。

 どちらも、知らぬ者はいない世界的なジャンクフードのチェーン店である。

 この『ガーバーバーガー&ザッツピザダンジョン支店』は、本来は客層がそんなに被らないライバルでもなんでもない店同士が、ダンジョン化の影響で合体した場所である。


 「はぁ、ダンジョンっておかしなとこばっかね」

 「ウチが昨日行ってきたとこなんか健康ランドやで。ほら、熱海鼠ねつなまこ

 「あー、熱海鼠ね……ってあんた健康ランドで死にかけたの? のぼせたりした?」

 「いや、サウナ入ってたら急に邪悪なサウナーが出現してな……」

 「あー、何言ってっか分かんないわ」


 サウナでロウリュしたらモンスターが出てくるなんて誰が読めるんだ。

 しかも、拳法の使い手だなんて……ウチは夢でも見てたのか?


 「じゃあ、協会で集合でええか?」

 「うん! ありがとう!」

 「ま、気をつけなさいよ~」


 これで今日の予定は決まった。

 だがまだ授業がある。ホームルームすら始まっていないのだ。


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