第12話 熱戦、終幕
『邪悪なサウナー』は、健康ランド
いくつか存在する条件を満たせば満たすほど、サウナでロウリュした時に出現する確率が上がる。
今回も、運の無い探索者が条件を満たしてしまい、アホなことにサウナまで利用した。
そんな馬鹿な連中は、馬鹿みたいな格好をしたメスガキ、ブロワーを持った軽薄でアホそうな男、コモドドラゴンというイカれた組み合わせだったが、やることは変わらない。
いつものように自慢の拳法でひねり潰し、勝利を手にする……そのはずだった。
「クソっ、この光はぁっ」
連中は思ったよりも粘った。ブロワー野郎は大したことなく、コモドドラゴンも熱でくたばった。
だが、痴女みたいな関西弁のメスガキ……ソラだけは思った以上に強かったのだ。
武術の心得があるとかそんな動きでは全くなかったが、小柄ながらも身体は全体的に鍛えられていた。何より勘がよく、それに反応する反射神経も高い。その上、強く首を絞められても長く耐えるタフさだ。
ダンジョン探索でそれなりに強化されているのだろうが……邪悪なサウナーにしてみれば、この精神力やタフさは生来のものであると断言できる。
(このガキはここで殺さなくては、いずれ脅威になるっ)
だからこそ、彼は本気で殺しにかかった。軽口でごまかしていたが本気だった。
だが、殺し切ることはできなかった。蛇拳の奥義の1つである『双蛇一竜』すら使ったというのに、耐えられた。
その上、首を絞められた状態から男のシンボルを掴み、あわや潰す寸前まで握り込むという反撃までしてのけたのだ。
(今度こそ確実に仕留めてやるぞっ)
しかし、そうはならなかった。トドメを刺そうとした矢先、ソラを包み込んだのは黄金の光である。
彼は邪悪に堕ちたとはいえ、一流サウナーのはしくれ。その光が意味することを理解できないはずがなかった。
「――」
「なにっ」
やがて光がおさまった時、ソラは一変していた。
元々、美少女といって差し支えない容姿をしていたが、今はその領域を超えている。明らかに美しさが増していたのだ。
薄着という格好もあいまって、その肉体美を惜しげもなく見せつける様はまさにギリシア彫刻のよう。
流れる汗すら彼女の美と強さを引き立てるスパイスに過ぎず、水に
サウナによって
「祝え! 『サウナ』、『水風呂』、『外気浴』の三種の神器がそろった究極のサウナー! その名も諸星闍輝! サウナ・ファクトリーの門を開けろ! 完全なるサウナーの爆誕だぁっ!!!」
『ととのう』……サウナー達がこぞって目指す状態が、完成してしまった。
「これは…」
――結局のところ、彼は見誤ったのだ。ソラ個人の強さが全てではなかった。ソラの仲間も含めてこその強さだったのだ。
長らく孤独に過ごしてきた邪悪なサウナーにとって、それは忘れていたものだった。
「はーっ…ド素人がととのったくらいで、この俺に勝てると思うなっ」
だが、彼にも意地がある。プライドが引くことを決して許さなかった。
それは、健康ランド熱海鼠の隠しボスであるという自負か、サウナーとしてのものなのか。
走り出した彼には、分からなかった。
◇
「おおおおっ、蛇拳『
出し惜しみは無しである。
ただでさえ奥義である『双蛇一竜』が利かなかったのに、普通の技を使っても無駄だ。
その上、今のソラはサウナの内部でととのった状態。今からの攻撃全てが必殺である必要がある。
『蛇鞭鱗』これは、腕を鞭のようにしならせ、槍のように扱う技である。
遠心力によって放たれたそれは、極めれば槍をはるかに
「しゃおっ」
奇声とともに放たれたそれは、さも当然の如く、槍どころか対物ライフルを超える威力を秘めていた。その上、常人には反応すらできないスピードを秘めている。
邪悪といえどもその技量は達人。サウナで磨いてきたその技は、衰えることを知らない。
「あまりにも隙だらけや」
「なにっ」
「今までのおかえしや、受け取れッ!」
「ぐああああっ」
だが、常人なら確実に見逃すほどの高速で放たれたそれを、ソラは何でもないかのように避けた。サウナの効能によりパワーアップしたソラからは、十二分に避けられる速度に見えていたのだ。
それどころか反撃をしてきた。腰の入り過ぎたクソ強いテレフォンパンチのようだったが、邪悪なサウナーにとっては速く、そして重かった。
「くっ、蛇拳『
『蜷愚弄』。蛇がとぐろを巻くような動きで、相手の攻撃を軽減するスリッピング・アウェーの一種である。
彼の技量ならば、戦車の砲撃すら真正面から受け流すことも不可能ではない……
「一発だけと思ったか!?」
「
金属のように硬質化した、恐ろしく速い拳、蹴りの連撃が彼を追い詰める。
高い露出度の服装というのは彼と同じ条件。しかし、威力がまるで違った。今の彼では避けるのも、受け流すのも一苦労な速度と威力を持っていたのだ。
ここへ来て彼は、己の修行不足を感じ、それを恥じていた。
「はぁっ…はぁっ…」
蜷愚弄を使っても殺しきれない威力の攻撃に、彼は満身創痍となっていた。
全身を殴打され、ところどころ内出血している。酷いものとなれば、あばら骨が骨折していた。身体的構造は人間と何一つ変わらない彼にとって、それは無視できないダメージである。
むしろ、硬い金属に殴打されてこの程度で済んでいる彼の耐久力と技量を褒めるべきだった。
「どないした? もう
「ぬ、抜かせっ…メスガキィっ」
もはや、本来のポテンシャルは発揮できず、攻撃を防御することもできない。
……ならば、取れる手段はたった1つ。
「この状態じゃ、お前と長くは戦えん。だからこの奥義で…終わりにしてやるよっ」
「来いやぁッ!!!」
かつてない激戦とダメージの中、荒々しい言葉遣いとは裏腹に、彼の心はまさに明鏡止水の境地にあった。
酷い傷を負っているが、不思議と痛くはない。サウナの中でも冷静でいられる。
だからこそ、彼のモンスター生の中で最大最高の『技』を繰り出すことができたのだ。
だからこそ、彼は蛇拳ではなくかつて学んでいた『技』を使うことを選んだのだ。
「行くぞっ、■■■■奥義『
「――ッ」
『
『冷』は水風呂を、『羽』は風と羽衣、『熱』は熱と温室そのものを表しているという。
サウナの熱気と湿気を己に凝縮し、灼熱の拳を見舞うという、シンプルであるが強力無比な原理を、奥義の領域まで昇華した究極必殺技である。
なお、
今、このロウリュされたサウナ内は、奥義を放つのにこれ以上なく適している。いかにととのい状態のソラといえど、
――邪道に堕ちたサウナーである彼は、今だけは、あの頃の純真なサウナーに戻っていた。
「うおおおおぉぉぉぉっ――」
「速いッ!?」
灼熱の炎を
サウナによって未知の境地にまで強化された2人の怪物がぶつかり合うと、その衝撃は木造のサウナ全体を揺るがすものだった。
果たして、この死合いを制した者は――
「――がはぁっ」
彼が、血反吐をぶちまけながら倒れ伏した。
その胸には大穴……ソラの硬化した拳が、彼に致命傷を与えたのだ。
「と、届かなかった…お、俺のサウナが…」
その声色は、心底悔しそうなものだった。
モンスター生において最高の条件で最強の奥義を放ったのに、それでも届かなかったことの口惜しさといえば、想像を絶するものである。
「いや……届いたわ。確かに届いとるわ」
ソラの腹部が、あまりの熱で溶解していた。
とっさに硬化した部分が、熱に耐え切れずに溶けたのだ。
「ククク…命の賭けた結果が傷1つ…全く、割に合わんなぁ」
「こっちも下手こいたら死んどんねん。ウチが勝った、それだけや」
「フン、意外とタンパクな奴だ…」
もう長くはない命。持って数分。
彼は、その命の使い道を決めていた。
「なぁ」
「何や?」
「お前の名前を教えてくれ」
「名前? ウチは
「そうか…ソラか…」
ソラの名前を聞いた彼は、今にも命の
「何や、ニヤニヤしよってからに」
「いや…また戦える時を楽しみにしてるぞ…」
「ああ? そいつは楽しみやのぉ。次も返り討ちにしたるわ!」
「そいつは嬉しいなあ…」
モンスターである彼には、次がある。
いや、次にモンスターとして現れるのが彼そのものである保証など無いのだが、不思議と彼とソラにはその確信があった。
「自分こそ、名前なんやねん?」
だからこそ、名を知るのは再び相まみえる時のため。
「そうだ、紹介がまだだった、な。俺は…俺の、名前、は…」
彼は、そこで沈黙した。
答えなかったのではない、答えられなかった。彼の命はすでに消え去ったのだ。
「……はっ、まあええわ。次もウチの勝ちやしな」
ソラは、いくばくかの感傷を覚えながら、彼の
――――――――――
『健康ランド“
・新しくできた健康ランド『熱海鼠』が、数年後にダンジョン化した。
温泉などにちなんだモンスターが現れる他、内部にあるサウナに入ることで様々な恩恵を受けることができる……と噂されている。
炭酸風呂、電気風呂、ジェットバス、備長炭など、様々な風呂がそろっている。
蒸し暑いので、金属鎧など着ていると火傷の危険性がある。また、深い水場が存在し、皮鎧などでも浮き上がることが難しい場所があるので、軽装で来ることが推奨されている。モンスターの危険性は少ないが、環境が厳しいタイプのダンジョン。
(ロウリュ:サウナストーンに水やアロマ水をかける/アウフグース:タオルなどで扇いで熱波を送る/ヴィヒタ:白樺の枝)
【ユケムリン】
・湯煙でできた、実体のないモンスター。
襲ってこず、手で散らしただけで簡単に退治できるが、何も落とさない。
一定以上の数が集まると、周囲の温度と湿度を上昇させるという特性がある。
【超温泉水】
・温泉に偽装したモンスター。
奇襲に特化していて見破るのは至難だが、大した攻撃はしてこない。冷静に対処すれば全く脅威ではない。
温泉に引き込まれるので、決して重装備で奇襲を受けてはならない。
【ポルターガイスト温泉味】
・シャンプー、リンス、石鹸、タオル、椅子、桶などのポルターガイスト。
倒すとそれに応じたグッズを落とす。それはどれも高品質であり、安全性も保障されているので高く売れる。
【シャワーヘッド】
・高圧の水を撃ち出してくるシャワーヘッド。
ウォーターカッターのようなそれは、切れはしないものの当たれば吹き飛ばされる。しかも地面や壁はダンジョンらしく硬いので、運が悪いと死亡のリスクもある。また、単純に衣服が濡れて動きにくくなる。
【冷気の水風呂】
・冷気を帯びた水風呂。それ以外は超温泉水と同じ。
水の魔石は普通の魔石とは違い、エネルギー産業に使用することはできない。
しかし、大きさに応じて、触れた水をストックする性質を持つ。重さを無視して水の持ち運びができるが、破損すると中の水が大量にあふれ出てくる。
【快風のととのい椅子】
・常に快い風が吹くととのい椅子。動かないので、叩けば沈黙する。
この快風のととのい椅子に座ると、どんな状況や環境であろうと快風を感じることができる。
【熱気のサウナストーン】
・魔石でできたサウナストーン。『極上の温泉水』や『極上の冷水』をかけてロウリュすることにより、大量のユケムリンが発生し、周囲の温度や湿度が上昇する。
極上のサウナストーンは耐用年数は短いものの、一度温めるといくら冷水に浸そうが決して冷えることはない。その上、周囲の壁材などにダメージを与えないという特殊な性質を持つという、サウナのためだけに存在するような石である。
【何巻か抜けたマンガ】
・視認しただけで精神攻撃をしかけてくる嫌なモンスター。
その効果は個人により、マンガが歯抜け状態になっている嫌悪感であったり、マンガを盗んでいきたくなる衝動であったりする。中には特定の単語や定型文しか話せなくなる者もいるらしい。
【トラウマ湯あみ】
・ひとりでに動く湯あみ。
着ると身体の自由が奪われ、上手く動けなくなる。頑張れば抜け出せる。
【飛来するロッカーキー】
・凶悪な殺傷能力をほこるロッカーの鍵。
音に反応する上、動きは単調なので対処は楽だが、高速で飛来するため軽装で受けるのは大きなリスクを伴う。
倒すとロッカーの鍵を落とし、それでロッカーを使用できる他、内部の物品を入手することができる。
【邪悪なサウナー】
・一定条件下で出現するマナーの悪い客。
武術か何かをやっていたのかかなり強く、滑る床の上でもC級探索者複数人を相手取る実力を持つ。
何も落とさないが、倒すと強くなれる。
【条件】:マナーの悪い行動をしたうえでサウナでロウリュする(体を洗わず浴槽に入るなど)。それらの行動が多くすれば出現確率が上がる。
【聖なるサウナー】
・一定条件下で出現するマナーの良い客。
サウナの入り方などを伝授してくれる。彼自身も武術の達人であり、やはり高い実力を持っているいる。
何も落とさないが、倒すと強くなれる。
【条件】:マナーの良い行動をしたうえでサウナでロウリュする(体を洗って浴槽に入るなど)。それらの行動が多くすれば出現確率が上がる。
【サウナマスター】
・一定条件下で出現するサウナの仙人。
もし出会うことができれば、いつでもサウナに入れるスキルを授けてくれる……らしい。
その実力は未知数であり、一説にはS級モンスターであるという噂もある。
出会った人は皆無で、何かを落とすのか、どれほど強くなるのかは不明。
【条件】:不明。恐らくはサウナ関係であると考えられている。
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