第7話 金属のメリット・デメリット


 ――腕が鉄に染まる。

 腕だけではない。脚、首、顔……そして胴体をさせると……


 「あ、また破れた!」


 スタニング・ベアーとの死闘から数日後、ウチは探索者協会の訓練室でスキルの効果を確認していた。

 なんでも、今までに確認されたことが少ないタイプかつ、デメリットもあるスキルのようで、協会としては少しでも情報が欲しいらしい。

 報酬も出るので喜んでテストしているのだ。


 「へぇ~、貝原工業の対衝撃プロテクターを内側から木端微塵こっぱみじんにするとかヤバいスキルっスね支部長」

 「うーむ確かに……これうら若き乙女に持たせていいタイプのスキルなのか?」

 「あの、さっきから全部破いてますけど、これマジで大丈夫なんですよね?」

 「ええ、こっちが全額負担っスよ。研究費として国から出ますから。搾り取りますから」


 支部長のおっさんと、何故かいる受付嬢。彼らがここでスキルのデータを取っているのだ。もっと別の人はいないのかと思うが、彼らがいと思うのなら何も言うことはない。


 「その格好もセクシーっスねぇ」


 しかしながら、受付嬢のセクシーさもかなりのもの……というか凄かった。

 そして、高そうなプロテクターまで壊してしまった。それも全部このスキルのせいである。



 【シン・硬化】

 ・身体の一部だけを硬化させる。その際には体重も増加するが、運動能力は低下しない。また、不意打ちや無意識下では発動がワンテンポ遅れる可能性もある。

 攻防一体のスキルであるものの、デメリットは探索者にとって致命傷一歩手前である。身一つで勝負しなければならない、取ったら後戻りできない漢のスキル。

 デメリット:『近接武器の装備不可』、『露出の多い防具しか装備できない』



 スキルを発動すると、着ている防具が下着を残して内側から爆散する。

 剣などで的に斬りかかると、何をどうしても手からすっぽ抜ける……一見してかなり使い勝手が悪いスキルだ。


 「やはり“露出度の高い服装”というのが鍵になっているのか?」

 「セクハラっスか支部長ぉ~?」

 「失敬な、私はゲイだよ。それに、探索者にはほぼ全裸の変態もいるのだから」

 「あぁ~、支部長のおホモだちにそんな人いたっスねぇ」


 何やら好き勝手に言っているが、こちとら毎回この口を開くごとに服が破れてちゃあ、金がかかりすぎる。

 どうにか出費を抑えたいが……もう防具とかいらないんじゃないか?


 「もう裸でええんちゃう?」

 「ジャアァ……」

 「何やその目は」


 召喚されていたドンも呆れている。

 ちなみに、ワシントン条約の問題はスキルということで大丈夫になった。

 探索者協会は様々な国に影響力があるので、コモドドラゴン1匹くらいはなんとでもなるらしい。いや、それ以前にスキルでの召喚なので不可抗力と判断とされたのだが。


 「ソラさん」

 「どうしました?」

 「ソラさんは、羞恥心しゅうちしん……って持ってますか? 無ければ良い装備? のアテがあるんスけど」

 「はい?」


 羞恥心?

 人として持っていて当前のもの。もちろんウチだって持っているが……




 ◇




 探索者協会迷宮町めいきゅうちょう(大阪市とその周辺を大きく巻き込んだ巨大迷宮都市)支部は、今日もEからC級くらいの探索者であふれていた。休日の昼頃なので、人が多くいるのは当たり前なのかもしれない。

 だが、今日はいつもとは違うざわめきに包まれていた。


 「お、おいアレを見ろ……」

 「えっ、なっ、なんだぁっ」


 探索者達が指をさす先。

 そこには、ちょっと信じがたい光景があった。


 「何だあの格好!?」


 それを一言で表すなら、『露出度が高い』であった。


 まずは上の装備。

 ひもの無いチューブトップ型の、バンドゥビキニにも似たトップス。

 踊り子のように煌びやかな意匠もあるが、無骨な機能美も感じさせる不思議なものだった。


 そして下の装備。

 こちらは鼠径部そけいぶがギリギリ見え隠れするくらいにきわどいちょっとハイレグなボトムスだった。

 しかも靴すら履いておらず、申し訳程度に太もも辺りまでのトレンカソックスを履いているのみである。


 そこそこ長い髪はツインテールにまとめられ、あまり邪魔にならないようにされているが、それがかえって異常さを引き立てているように見える。

 その場にいた多くの探索者が一瞬、バカンスか何かかと勘違いしたほどだ。


 引き締まった己の肉体美を惜しげなく見せつけるような、探索者においては異様とも言える格好。

 探索者達は、そんな防御になんら寄与しないような布切れしか着用していない、死狂いみたいな少女に戦慄せんりつを覚えていたのだ。


 そんな不躾ぶしつけな死線に不快感を感じたのか、その少女……ソラは周りを睨んだ。


 「何やお前ら、見せモンちゃうぞ!!!」


 割と凶暴な関西弁に、探索者達はそそくさと逃げて行った。

 予想外の凶暴さに驚いたのもそうだが、一番は彼女の打ち鳴らした拳から明らかな金属音がしたことだろう。


 「はーっ、何やこの格好……変態みたいやんけ」

 「ジャア……」


 ドンは、変態みたいではなく変態そのものだろうと思った。




 ◇




 「し、羞恥心ってこれのことかいな。いや、もうこれで人前に出た以上は割り切るけど……」

 「ジャア……!?」


 ドンからは、『マジかよコイツ』みたいな視線を受けている。

 正直、めちゃくちゃ恥ずかしいが、半裸とかの探索者はまれに見かけるのでウチも割り切ることにした。スキルの関係上、この装備が一番いいのだ。

 いやでも、靴くらい履かせてもろてもええと思うんやけど……


 「ま、まあそれはええやろ。こんなカッコでいつまでもられへんで。さっさとダンジョン行こ。この装備で前の稼ぎが全部パァや」


 ダンジョンスイギュウとスタニング・ベアー(スタニング・クロス・ベアーはDレスキューが討伐したのでギルドの収入)の素材を合計すると、20万円以上に上った。

 だが、この布地面積の少ない装備だけでそれが吹っ飛んだ。何故なら、この布切れには結構いい素材が使用されているからだ。


 なので、どんどんダンジョンに行って稼いでこなくてはならない。

 だが、実際にこのスキル『貪食』がどんな風に使えるのか分からないので、一度『初心者の洞窟』に行ってみることにしたのだ。


 「上手いこと行ったら、またスイギュウの肉食えるで」

 「ジャッ」


 ウチらはダンジョン行きのバスに乗った。

 協会からは、近場のダンジョンへならば無料の送迎バスが出るのだ。

 ……運転手さんが絶句してたけど、まあええやろ。



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