第6話 鉄拳


 スキルジュエルを握り潰したソラの身体には、異変が起きていた。


 (こ、このは……!?)


 ソラが負った傷が、着ていた下着以外の衣服を巻き込みつつ瞬く間に修復。

 その代わりに現れたのが、この鉄のような質感と金属光沢を放つ腕だった。


 (いや、今はそんなことはええ! とにかくあのクマを殺す!!!)


 ドンの尻尾に食らいつくスタニング・ベアーに、ソラは怒りを抱いた。

 今のソラにとっては、よく分からない未知のスキルであろうが、現状を打破できるなら関係のないことだったのだ。


 「うああああぁぁぁぁッッッ!!!」

 「ガアアアアッ!?」


 ソラが気絶グマの背中に拳を打ち付ける。

 彼女の鋼鉄の拳が、分厚いはずの背中の肉をいとも容易たやすく、まるで豆腐か何かのように貫通した。


 「オラァッ!!!」


 そして、体内で触れた柔らかい物体……何かの内臓を握り潰した。


 「ガアッ」

 「ぎゃッ!?」


 だがその瞬間、気絶グマはソラを弾き飛ばした。いくらスキルを手に入れようが、身体能力が違い過ぎたのだ。

 確かに最初は反応できなかった。しかし、いつまでも呆けているはずがないのだ。ましてや、臓器を潰されてそのままでいる馬鹿はいない。


 「クソッ!? アカンのか!?」


 そして、気絶グマが得意のスキル【スタニング・クロー】を繰り出そうと振り上げた爪に力を込め――


 「……」

 「ッ……あ、あれ?」


 停止した。

 気絶グマは、その場から動くことはなかった。


 「ど、どういうことや……」


 ソラがいぶかしんでいると、気絶グマは血反吐を吐いて倒れ伏した。


 「まさか……ウチが潰したんは、心臓!?」


 彼女が恐る恐る近づいてみると、確かにその呼吸は止まっており、目から光も消えていた。背中の穴からはクマといえども致死量の血がドバドバと止めどなくあふれている。

 つまり、スタニング・ベアーは死んだのだ。


 「……はぁーっ……ドン、無事かぁ?」

 「ジャアァ……」


 ソラとドンは、その場に座り込んだ。

 ひとまずの危機は去ったので、後はDレスキューを待つだけである。


 「も、もうこの辺には何もおらんよな?」

 「ジャア……ジャッ!?」

 「何っ!?」


 一息つこうとした矢先、新たなる刺客が現れた。

 

 全身に生えた毛と、肉厚で重厚な肉体。

 他者を殺害し、捕食するための鋭い爪と牙。

 そして、見る者に恐怖を与えるその風貌。


 この『初心者の洞窟』において、ごく稀にしか現れないスタニング・ベアーを更に超える実力を持った最強格のモンスター。それが……


 「嘘やろ……『スタニング・クロス・ベアー』やと……!?」


 両腕をクロスさせながら、二足歩行でやってくるクマ。

 それは、スタニング・ベアーのスキル【スタニング・クロー】を両手で放つことができる、最強格のクマ『スタニング・クロス・ベアー』だ。

 その実力は、並のE級、D級の探索者程度の実力なら風圧だけで吹き飛ばす。


 つまり、今のソラとドンに勝ち目はないということだ。


 「ええわ……とことん最後まで抗ったる!」

 「ジャラアアアア!!!」


 だが、2人は最後まで諦めなかった。

 逃げることはできないし、それができても未だ倒れた探索者達が犠牲になる。

 文字通り後がない。窮鼠猫きゅうそねこを嚙むということわざがあるように、最後の抵抗をしようとしたのだ。


 だが……


 「ガアアッ――」

 「えっ!?」


 スタニング・クロス・ベアーの顔面が、突如として爆散した。

 まさかの事態だったが、『初心者の洞窟』でそれができるモンスターはいない。

 つまり――


 「スタニング・クロス・ベアーの排除完了!」

 「要救助者を発見!」


 全身をプロテクターで覆い、ヘルメットを被った人達。

 彼らは『Dレスキュー』。ダンジョンでの救助や、イレギュラーの対応などを請け負う公務員である。

 そして、基本的に要救助者の位置が分からず、間に合わないことが多々あるDレスキューがここまでこれた理由が……


 「おおーい、大丈夫かぁー?」

 「お、さっきのあんちゃん!」


 ブロワーを持った青年だった。

 彼が、Dレスキューをここまで道案内してきたのだ。


 「レスキュー連れてきてくれたんか!」

 「あぁ……案内してくれって言われたから」

 「いやぁ、おかげで助かったで! ありがとうな!」

 「お、おう」

 「さーて、あの人らも救助されたし帰ろうや」

 「やっと帰れるぜぇ~……ん?」


 安全に帰ることを噛みしめる彼。

 しかし、そこである事実に気づいたのか、とても気まずそうにしている。


 「? どないしたんや?」

 「いや……あんためっちゃエロい格好になってるぜ」

 「ん?」


 そう言われ、ソラが自分の格好を見る。

 着ていたシャツとズボンが消失し、下着だけになっているという非常に煽情的な格好だった。


 「……ぎゃああああ!?」

 「うおっ、全身銀色になった。METALLIC……」


 ソラは取りあえず、レスキューから毛布を貰ったので事なきを得た。




――――――――――




 『初心者の洞窟』ダンジョン指定:E級

 ・全世界で複数確認されている、共通の規格、同じモンスターがいるダンジョン。

 基本的にどのダンジョンよりも内部のモンスターが弱く、罠も死に至らないものばかりなので初心者の洞窟と呼ばれる。また、階層も3階しかなく、基本的にボスも最奥の1匹のみ。

 ここのモンスターが落とす魔石は、ボスなどを除いて基本的に500円均一である。理由は、魔石にも等級があり、それが500円くらいだから。素材については時価による。

 ただし、『徘徊ボス』などと呼ばれるタイプの強モンスターがダンジョン内を練り歩いていることがあるので注意しなければならない。死の危険性は少ないが、決してゼロではないのだ。


 【スライム】

 ・いわゆる雑魚モンスターの代表。

 個体によって様々な色をした、水のゼリーのような見た目で、移動は這いずるか跳ねる。

 よくある酸性などを持たず、水のみで活動している不思議な生態。その癖、食べ物も食べられる。

 また、ピンク色の種類は『一定のタンパク質と化合するとコンニャクのような硬さに硬化する』という変わった性質を持つ。


 【ゴブリン】

 ・雑魚モンスターの代表格。

 緑色をした小人で、腰蓑や錆びついたナイフ、木の棒などを装備している。

 2〜5体くらいの集団で行動し、初心者が1人で相手をするのはあまり得策ではない。骨格は貧弱なので簡単に殺せる。ただし力は人間の子ども並にはあるので注意。


 【ダンジョンオオトカゲ】

 ・ミズオオトカゲよりちょっとだけ大きいトカゲ。

 基本的に群れはしないが、たまに3匹くらいで集まっていることがある。

 皮膚はそこそこ硬く、動きもまあまあ素早く、力も少し強い。初心者が安定して倒すことは難しい。

 皮は安価に手に入る上にそこそこ頑丈で、本革愛好家に人気。


 【ツノウサギ】

 ・角が生えたウサギ。

 素早い動きで翻弄し、一突きで串刺しにする。

 貫通力は意外と高く、しっかりと盾で防ぐか避けるかしなければ待っているのは大怪我である。


 【コウモリドリ】

 ・コウモリなのか鳥なのか、イマイチ分からないモンスター。

 飛ぶタイプの敵であり、回避力が高い。また、超音波攻撃で軽く精神を揺さぶってくる。


 【ヒュージバタフライ】

 ・大きな蝶。

 軽い毒性のある鱗粉をまき散らす他、シンプルにフィジカルが強い。


 【ゴムリクガメ】

 ・大きなリクガメ。

 甲羅はタイヤのよう硬さと柔軟性があり、的確に顔などを狙わないと討伐は困難。

 実は肉にスッポンと同じ滋養強壮作用があるらしく、美味であることが知られている。


 【ハーフゴースト】

 ・半分くら実体化した幽霊。

 物理攻撃があまり通らず、火や魔法を使うと楽に倒せる。

 また、聖水や懐中電灯の光といったものでもダメージを与えることができる。

 ゴースト系モンスターの入門。


 【メタル・メッキ・スライム】

 ・身体が魔鉄という金属で構成されたスライム。

 レアモンスターで、倒すとレアアイテムを落とすが、逃げ足が速い。


 【メイズモンキー】

 ・パタスモンキーの色違い。

 こちらから攻撃しなければ、探索者がどんな状態でも襲ってこず、食べ物を与えればそれに応じてできる範囲で手助けしてくれる聖人のようなモンスター。

 探索者協会からは討伐は非推奨種に指定されている。曰く、『霊長類の誇り』である。

 魔石の無いタイプのモンスターの入門。


 【ダンジョンスイギュウ】

 ・水牛。

 初心者ダンジョンにおいて、ほぼ最大のボス。骨は硬く筋骨隆々。ルーキーが相手をするには困難を極める。

 非常に毒に弱く、同じダンジョンにいる『ヒュージバタフライ』の毒を吸っただけでふらついてしまう。特に出血毒には弱いが、その理由は強心増によって血の流れがかなり早く、傷口から大量に出血してしまうため。

 スイギュウなのになぜ蹄鉄やカウベルなどをつけているのかは謎。

 初心者である間は、決して1人で立ち向かうような相手


 【スタニング・ベアー】

 ・『初心者の洞窟』を徘徊するFOE的なクマ。やはり強い。

 ごくまれにしか出現せず、出会ったが運の尽きとも言われる。クマらしく耐久も速度も筋力も強い。まかり間違っても初心者が1人で挑むような相手ではない。

 最も警戒すべき恐ろしい能力は、スキル【スタニング・クロー】である。これで相手を気絶させ、後でゆっくりと食うのだ。


 【スタニング・クロス・ベアー】

 ・『初心者の洞窟』を徘徊するFOE的なクマの強化版。

 ごくまれにしか出現しないスタニング・ベアーの変異種であり、両手で放つ【スタニング・クロス・クロー】の使い手。明らかにC級以上のダンジョンにいるべき存在。

 ただし、最後の良心なのか【スタニング・クロス・クロー】はどんな威力で放ったとしても死に至ることはない、みねうちの技なのである。

 ――ただし、死なないということは死ねないということでもある。生きたまま喰われるということは、一撃で即死に至るよりも残酷なことだろう。

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