魔王城にて

吉田定理

魔王城にて・本文

魔王城、玉座の間


勇者よ、待っていたぞ

魔王、やっと会えたわね

おぬしが遅いから我は待ちくたびれた

これでも急いだのだけど、ごめんなさいね

いや、責めているつもりはない。むしろおぬしが無事にこの魔王城までたどり着くことができて、心底安心した

私も、あなたが誰にも討伐されていなくて、ピンピンしているのを見てほっとしてるわ

おぬし以外に殺されてたまるものか。みくびるでないぞ

さすが魔王。この城の入り口の門をくぐったときから、あなたにもうすぐ会えると思ってドキドキが止まらなかったわ

我なんて、おぬしが魔王城下の町に入ったと聞いたときから胸の高鳴りが押さえられなかったわい

私だって最近は興奮のせいで寝不足なんだから

我だってこんなにも落ち着かない日々を過ごしたことはない。おかげで禁断の闇魔術の研究がちっとも手につかなかったわい

私たち、ようやく会えたのね

ああ、我らは長い年月を経て、ようやくあいまみえたのだ



あなたのうわさは旅の途中で人々からたくさん聞いたわ。どんな人間をも狂わせるほど美しく、あやしく、邪悪な存在だと

そう褒めるな。おぬしの桜のくちびると星の輝きを持つ瞳の前では、我など大したことはない

いいえ、そんなことないわ。あなたは期待以上に魅惑的なお姉さんだったから、私の理性は崩壊寸前よ

その理性、早く完璧に崩壊させてやりたいものだ。しかし物事には順序というものがある。のちの楽しみに取っておくとしよう

なんて残酷なの

おぬしのことは、おぬしが故郷の村を旅立ったときから気にかけておった。随分と可愛らしい娘に成長したと、部下からの報告で聞いていたからな

恐れ多いわ

謙遜するな。期待以上の清純系乙女だったわい。瑞々しさと透明感がいい。300点じゃ

褒めても何も出ないわよ

なあに、おぬしが来てくれただけで充分。ところで立ち話もなんだから紅茶でも飲みながら座って話さぬか? もちろん茶葉は王都の紅茶専門店に直接出向いて我が選んだ最高級品だ。人間どもめ、我の変装を誰も見抜けんかったわい

いいわね。ちなみに産地はどこ?

モンイエ地方南部だ。

モンイエって、私が一番好きなやつだわ

風のうわさで聞いたのでな

そんな情報まで漏れていたなんて

砂糖とミルクは入れる派だな?

それもバレているのね。子供っぽくて恥ずかしいのだけど、事実だわ

いやいや、子供っぽくて可愛いのだ。とにかく、こっちに来てテーブルにつくがいい。新しいティーカップも買っておいたのでな。ああ、罠などないから安心しろ。むしろおぬしの椅子には健康状態を自動で測定して適切な治癒魔法も自動で発動する術式がかけてあるからな。ここがおぬしの席だ

ご丁寧にどうも。私もこんなこともあろうかと思って、故郷の特産品のおまんじゅうを持ってきたわ。紅茶によく合うのよ

なんと、礼を言うぞ

当然のことよ。・・・では、椅子に失礼するわね

まんじゅう、いただいてもよいか

ええ、毒なんて入っていないから安心して。その代わり、精力が一時的に倍増するエンチャントをつけておいたわ

す、素晴らしい。ところで勇者よ、我との最終決戦の果てに、この旅が終わったらどうするつもりだ?

ここに来る前に、ダリスパ王国の王子からプロポーズされたわ

なんだと!? ダリスパ国の王子といえば、イケメンで金持ちで、優しくて子供好きで、十か国語を操り、剣の腕も神レベルでビジネスセンスもあると言われている、あの王子か

ええ、あの王子よ

そんな男に告白されたら、女は誰だってなびくだろう・・・

でも断ったわ

ほっ。しかし断ってしまってよいのか?

実はね、私の母は持病があって、誰がが看病しなきゃならないの。母を置いてなんて行けないわ

そうか、ならば故郷に帰るのだな

でもここへ来る前に名医と優秀なメイドを複数雇っておいたから、母を放っておいても問題なくなったわ。今頃おうちのベッドで快適に過ごしてるはず

万全だな。我もあとでエリクサーを送ってやろう。魔界プレミアムだから送料無料じゃ

恩に着るわ。それから、実は同じ村で、幼い頃から兄弟も同然に育った幼馴染の男の子がいて

まさか、その男はお前を好いておるのか

ええ、多分。というか絶対

ならば、故郷へ帰り、その男と結婚を・・・

いいえ。まだ告白されたわけじゃないし、私の気のせいだったことにするわ。私、自意識過剰な方だから

なんか、その男、かわいそうだぞ

いいのよ。そういうわけで、どこにも未練はないわ。何があっても、たとえ魔王城から帰れなくても大丈夫、そういう覚悟でここへ来たの

なるほど、おぬしの固い意志、よくわかった。我もひとつ、大切な話をしておこう

どうぞ。魔王城で飲む紅茶も、なかなかいいわね

おぬしの持参したまんじゅうも、なかなかの美味だ

でしょ? 酒にも合うのよ。話がそれたわね、どうぞ

実は魔物の世界には魔物の法律があり、同族の魔物同士でしか結婚を許されていないのだが

なんですって!

おぬしがここへ来る前に、新しい法案を議会に提出しておいた。議員は全員買収済みだし、すぐに人間と魔物が結婚できるようになる

やるわね

それにおぬしはいくつか勘違いをしているようだから教えてやるが

なに?

おぬしは我を倒さない限り、おぬしの父が受けた呪いは消えないと思っているだろうが

違うの?

実はあと24時間で呪いの有効期限が切れて自動的に消えることになっている

じゃあ放置でいいのね

放置じゃ。それに、お前は魔王城に入ったら魔王たる我を倒さない限り、魔王城の外には出られないと思っているようだが

それも違うの?

去年まではそうだったが、先日、いつでも外の世界に戻れるワープゲートが完成した

ありがたいわ

しかもワープ先はいくつか選択できる。王都はもちろん、地方の有名な観光地やビーチ、誰も寄りつかない深い森の奥の我の別荘、それからおぬしの故郷の村もカバーしてあるから一瞬で帰省できるぞ

マジでありがたいわ

そして今、おぬしの故郷の村の近くの土地を買い、村から魔王城へワープするゲートも建設中だ

そんなことをしたら、私の村とあなたの城をいつでも簡単に行き来できるようになるじゃない

その通りだ。おぬしと我との間に立ちはだかる壁は、もはやないと言えよう

待って。さすがに人間と魔族が仲良くしているところを見られたら、まずいんじゃないかしら

人間の姿をしたスパイの魔物を各地に送り込み、『魔族と和解しよう』キャンペーンを全国で展開中だ。人間に理解ある優しい魔族も派遣し、平和のための公演なども多数行なっておるぞ。じきに世界中の人間の教育が完了するだろう

知らなかったわ。でも魔族の方はどうなの?

かなり前から初等教育のカリキュラムに人間学を取り入れ、人間と好意的に関わることを推奨している。若い魔族たちはすでに人間への差別意識がかなり薄まり、人間の文化に興味や関心を持つ者も少なくないぞ

すごい・・・

我の幹部も全員人間博愛主義者で固めてある

どおりでここまで丁寧に案内されたわけだわ

なあに、これくらい、魔王として当然のこと。おぬしも各地で魔族差別主義者の人間をボコしていたと聞く。よくやってくれたな

私たちの間に、もう壁はないのね

ああ、勇者よ。我はこの日を待ちくたびれた

長かったわね、魔王

そろそろ、最終決戦を始めようではないか

ええ、準備はとっくに出来てるわ

よろしい。来い、勇者よ。あちらが我の秘密の寝室じゃ!

ちょっと! 物事には順序があるって言ったじゃない!


その夜、魔王城には勇者と魔王一派の笑い声があふれていたという。

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魔王城にて 吉田定理 @yoshikuni027

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