2
小さなベルの音とともに店の扉を開けると、其処はストーブが効いて暖かく、薄暗かった。
明かりは双頭の鷲を模った燭台に取り付けられた数本の蝋燭と、ステンドグラスのように色鮮やかな小窓から射す陽の光のみ。然し不思議と心の安らぐ場所であった。
店の中は実に多くのもので埋め尽くされている。絵画や彫刻、食器や楽器、書籍やレコード……。何れも見たことの無いものばかりであった。ジョンは冷え切った体に血の通うのを感じながら、其れ等を眺めていた。
「珍しいか。」
書棚を見上げていた男――客と思われる――がジョンへ話し掛けてきた。ジョンはこくり、と頷き、床に積み上げられた本を指さした。
「僕は文字をあまり書けないけれど、これらが英語でないことは判るよ。」
「それらは古代ギリシア語だ。」
男は言った。
「とても古い言葉なのかしら。」
「そうだ。然し今も尚、形を変えて生きている言葉だ。……君は新約聖書を知っているか。」
「もちろん。僕は日曜日の礼拝を欠いたことはないよ。前住んでいたところには、近所に協会があったんだ。小さいけれどね。」
ジョンの母親は敬虔なクリスチャンであった。今
家でどんなに辛いことがあっても自分や家族の死を願わないのも――一重に彼の信仰心ゆえである。独学であるためなかなか読み進まないものの、いつかは原典を読みたいとすら考えていた。
「その新約聖書は、古代ギリシャ語の子孫にあたる言葉で書かれたんだ。」
男は一冊の黄ばんだノートブックを手に取ると、ジョンに見せた。手書きの文字で、誰かが学んだ際に使われたもののようにも見えた。きっとこれらが古代ギリシア語に違いない。そのノートブックを受け取ると、ジョンは目を輝かせた。
「本当?これが読めるようになったら、イエスさまの言った言葉も読めるようになる?」
「きっと。」
「へええ。今時珍しい子だ。聖書を読みたいだなんて。」
機械ネズミが言った。何処から運んできたのか、大きな白いセーターを小さな前足で器用に掴み、引きずっている。
「イーサン、それなあに?」
「君のための着替えさ。そんな恰好では風邪をひいてしまうよ。子ども用の着物は無いから、これで我慢しておくれ。」
「これ、ぼくに?こんな上等な服、着たことないや。ありがとう!」
泥まみれの着物を脱ぎ、ジョンはセーターを頭から被った。大きくて、足首まで届いてしまう程であったが、替えのズボンの無い今、彼にはちょうど良かった。
その傍らで、機械ネズミはココアの入ったティー・カップを窓枠へ置いた。白い湯気のたつ、たっぷりのホイップクリームの注がれたミルクココアだ。
「ジョン少年。」機械ネズミは言った。「きっと君はとてもつらい思いをしたに違いない。」
客の男が言った。
「この機械ネズミは嘘偽りも、おべっかも言わない。いつでも、このネズミに相談なさい。」
ジョンは自分の体温とストーブの熱で温かくなったセーターに顔を埋め、静かにかぶりを縦に振った。
「今日はゆっくりおやすみ。」
機械ネズミがひょいと店の端に置かれたロッキングチェアに乗った。分厚い毛布が用意されていた。
心が緩んだのか、ジョンは目蓋が重くなるのを感じた。――今日はもう、寝てしまおう――ジョンはネズミに導かれるままにロッキングチェアの上で丸くなり、そして――微睡みの世界へと誘われたのだった。
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