第十話 栄光の影 上

第十話 栄光の影 上




1939年 9月 15日 ロンドン ホワイトホール 英国大蔵省地下 ウォールーム




ドイツ帝国との開戦以来、英国軍の全体指揮を執り続けてきたここウォールームでは、いつにもまして不穏な雰囲気が充満していた。20畳ほどの小さな部屋に英国陸海空、そして総理大臣たるチャーチルとその側近、総勢25人ほどが詰めていた。U字のテーブルに左から海軍、政府高官、チャーチル、陸軍、空軍の順番で座っているが、座っているのは各所の高官のみで、残りはその後ろの壁沿いに窮屈そうに立っていた。


そんな中、チャーチルの正面の壁にはユトランド沖周辺の地図と海図が張られ、そこらかしこに様々な色と太さの線が書きなぐる様に書かれていた。見る人が見れば日英連合艦隊の艦隊行動を示した線であるとわかるだろうが、チャーチル達政府高官には正直何が何だかさっぱりわからなかった。それを説明するため、海軍よりジョン・トーヴィー大将が立ち上がり、海図の前まで歩いてから声を上げる。


「それでは、ユトランド沖海戦の結果報告を行います。まず、我々日英連合艦隊は9月13日早朝、スカパ・フローを出航。同日、デンマーク沖合を南下中、ドイツ帝国海軍主力海軍と思われる艦隊と接触。空軍に上空援護を要請した後、ドイツ海軍と戦闘に突入しました。」


海図に描いてある線の内、太く、深い青色で書かれた線を指さしながら、トーヴィーは日英連合艦隊の動向を説明する。


「戦闘開始から二時間ほどは我々の圧倒的優勢で進み、敵艦隊の重巡、軽巡の大多数を撃沈しました。そしてここでドイツ海軍は撤退を開始、我々はこれを好機とし、全艦に最大船速で敵艦隊に肉迫を行う様指示しました。ですが、当初ドイツ海軍主力だと思われていた艦隊は囮であった様です。我々はまんまと敵艦隊を追い、U-ボートの待ち伏せに会いました。U-ボートの雷撃により我が方の戦艦と重巡を中心に多大な損害を被りましたが、この時点で撃沈に至ったのは旧式戦艦のクイーンエリザベス級戦艦が二隻だけでした。加えて、日本海軍の駆逐艦軍がU-ボートを次々と葬っていった為、我々は戦闘続行可能として、ドイツ海軍に再接近を試みました。」


そこで、トーヴィーは口止まり、大きく、息を飲んだ。


「それで?」


チャーチルの声に我を取り戻したトーヴィーは報告を続ける。


「はい。。。我々は再接近を試みましたがドイツ海軍は先ほどよりも距離が離れている状況で、こちらの射程外から砲撃を加えてきました。最初はまぐれだと思いましたし、精度もかなり低く、至近弾すらありませんでした。しかし、二回、三回と回数を重ねていくごとに精度は上がり、ついには日本艦隊の秋月型駆逐艦に砲弾が直撃し爆沈しました。それを皮切りに、我が海軍の駆逐艦にも被害が出始めた頃、砲撃がいったんやみました。我々はそれを弾切れと考え、回避行動を辞め、再度接近を試みました。」


そこでトーヴィーは空軍参謀の方を見ながら、体を海図の前から地図の前へと移す。


「しかしここで、ドイツ本土より飛び立った対艦攻撃機が襲来、我が空軍のスピットファイアによる対空戦闘も虚しく、艦隊に接近しました。」


「なんだ貴様!我々の対空戦闘がお粗末だったから今回の敗北を招いたと言いたいのか!!」


トーヴィーの挑発的な態度に反応した空軍参謀は机に右手のひらを強く叩きつけ、もう一方の手でトーヴィーを指さす。


「空軍参謀、まずは最後まで彼の報告を聞こう。それとトーヴィー大将も挑発的な発言、態度は慎む様に。」


チャーチルの仲介を経て、航空参謀は今にも殴りかかるところであった拳を下す。


「は!申し訳ありません、プライミニスターチャーチル。では、続けます。


ここで接近した対艦攻撃機の総数は200機、スピットファイア隊30機とパイロットがいかに優秀と言えど防ぐのは不可能でしょう。スピットファイアの奮戦もあり、艦隊に接近したのは約150機、かなり減ったとは言え防空駆逐艦を先ほどのドイツ海軍による長距離砲撃で失っている我々からしたらかなりの脅威でありました。全力の対空戦闘を行い、120機以下に敵機を減らすことは叶いましたがそこまででした。日本艦隊は戦艦1隻、重巡と軽巡の半数を失い、我々も戦艦2隻、空母二隻、重巡と軽巡の大半を失いました。これらは撃沈に至った数であり、小破、中破、大破を含めれば艦隊の半分以上に上るでしょう。つまり、この時点で日英連合艦隊は事実上全滅です。」


ウォールーム内の皆の、特に財務省に勤務している政府高官の顔色がどんどん悪くなっていく。


「そして、地獄はここで終わりませんでした。文字通り半壊した日英連合艦隊の息の根を止めるべく、ドイツ海軍主力が、今度は囮ではなく本体が接近してきました。そして、その中に我々が見たこともない戦艦がいました、その艦の写真がこれです。」


そう言って、トーヴィーは地図の端っこに貼ってあった写真を指さした。白黒で低画質の写真ではあるが、ドイツ戦艦の全体を上から良く捉えている。長く、どっしりとした船体には二連装砲が前後に二基、計八門配置されており、大きな艦橋と上部構造物周辺には無数の副砲と対空砲が鎮座していた。そして戦闘中であるからあろう。主砲は右舷に向けて大きく黒煙を吐き出し、同時に無数の曳光弾が対空砲より同じく右舷に向けて発射され続けている。


「この新型戦艦の情報は全くの不明であり、大日本帝国にも情報提供を要請しましたが彼らにとっても寝耳に水であったようです。この新型戦艦は我々よりも長射程であり、なおかつ我々の主砲を弾き返す装甲を装備しています。ドイツ主力艦隊はこの新型戦艦を二隻配備しており、我々はこの二隻に手も足も出ず、撤退を開始しました。最終的な被害としましては撃沈 戦艦22隻、空母2隻、重巡19隻、軽巡32隻,駆逐83隻であり、大破以下の被害としては残存している108隻の内半数以上。今すぐ戦闘可能なのはわずか54隻程度であります。」


やつれた、今にも倒れそうなかすれた声で、チャーチルは一つ重要な確認をする。


「それで、戦果は?」


「はい、確定戦果は戦艦12隻、重巡17隻、軽巡12隻、駆逐28隻、潜水艦54隻の計123隻。我が方の損失は158隻、それも戦艦軍を含むと考えると、大敗と言わざるおえません。ですが戦略的主目標であったドイツ海軍主力艦隊の弱体化は成功と言えます。それにドイツ新型戦艦を大破、中破に追い込むことにも成功していま。。。」


「何!!今さっき貴様らはかの戦艦の装甲を貫徹出来なかったといったばかりではないか!!」


トーヴィー大将の言葉に再度反応した空軍参謀が今度は立ち上がり、その拳をテーブルめがけてもう一度、振り下ろす。


「空軍参謀!!本日二度目だ。全く、貴様はそれでも王家の名を冠する王立空軍の将校か!それで、トーヴィー大将、なぜドイツ新型戦艦が大破と中破に追い込まれたのかね?」


「それについては私の方から説明させていただきます。」


チャーチルの問いに答えたのはトーヴィーではなく、他の海軍将校同様空気に徹していた海軍大将 アンドリュー・カニングであった。


「今回、ドイツ新型戦艦を、加えて戦闘終了時の残存するドイツ主力艦隊に大打撃を与えたのは大日本帝国に属する航空隊です。」


「航空隊。。。だと?」


疑問の声を上げたのは空軍参謀だ。まさか自分の専門分野に話が食い込んでくるとは思わなかったのだろう。加えて、彼は自身の専門分野だからこそ浮かぶ疑問がある。


「まさか航空機で戦艦を大破まで追い込んだと言うのか?」


「いえ、実はドイツ新型戦艦以外の戦艦軍は撃沈に至った艦もあります。今回撃沈した12隻の戦艦の内、最低でも8隻は大日本帝国航空隊による戦果です。」


アンドリューの報告に皆、特に空軍関係者は茫然とする他なかった。アンドリューの声色と態度を見れば嘘を言っていないのは明らかであるし、ここに集まっているものでアンドリューが嘘をつく性格だと思っている者はいない。


「アンドリュー大将。。。それはつまり戦艦が陸上機に撃沈されたと?」


「はい。我が国が大日本帝国に貸し与えているホニントン航空基地より発進した一式陸攻、五式戦闘機 疾風の編隊はドイツ艦隊に猛攻を行い戦艦三隻を撃沈、他戦艦四隻を中破もしくは大破させましたが新型戦艦は両艦とも小破程度だったそうです。そしてここからは大日本帝国より極秘と言われた情報ですが。どうやらかの国は潜水空母なる艦種を保有しているようで。その潜水空母より飛び立った新型水上攻撃機 海龍が戦艦五隻撃沈、新型戦艦二隻を無力化しました。なお、第一次攻撃隊である一式陸攻には数機の被害が出たようですが海龍は一機も失うことなく帰還したとのことです。」


アンドリューが報告を終え、ウォールームは静まり返る。空軍将校は唖然とし、陸軍将校は少し理解に苦しむような、悩むような顔をしている。だがそんな中で一番顔色が悪いのは外務省の高官たちだ。それもそうだろう。自国の海軍が手も足も出なかった、助力してもらっても届かなかった強敵に対し、簡単に圧勝してしまう脅威の空軍力を持つ国と外交をしなければならない。長年、言ってしまえば疎遠になっていた世界の反対側の脅威といきなり格闘しなければならない。はっきり言って、地獄だ。だが。。。


「我々は我が国史上最も重要な同盟を結んだのだろうな。」


ウォールーム内の皆が示し合わせた様に、無心に、声の元へ、チャーチルに向かって振り向く。


普段感情に任せて演説を行うチャーチルにしては珍しく、感情を隠し、いや、押し殺し話し出す。


「この戦争は我が国史上最も難しい、そして負けられない戦争になるだろう。だが、今言った様にすでに勝利への第一歩は踏みだされた。たとえインドを大日本帝国へ開け渡すことになったとしても、本土を、臣民を守る義務が我々にはある。たとえ大英帝国を解体する事になったとしても、世界の盟主の座を、日本人に明け渡したとしても、我々はこの戦争を、生き残らなくてはならない。」


拳を握りしめ、歯を鳴らし、腕を震わせるチャーチルは、今の大英帝国を何よりも体現している。だが、彼もまた、大英帝国の臣民同様、ジョンブル魂の灯は消えていなかった。


「だが、我々に敗北はありえない。たとえ本土が蹂躙され、絶望の淵に追いやられたとしても。決して、決して、降伏はありえない。我が帝国の辞書に、降伏の二文字はありえない。我が帝国の辞書に許される二文字は抵抗のみ。海上で、陸上で、上空で、我々は抵抗を続け、本土が陥落したとしても、英国臣民が一人でもこの地球上に居る限り、我々は決してあきらめない。我が大英帝国が永遠である限り、我々の抵抗も、永遠でなくてはならない。そうだろ、諸君。」


チャーチルの問いに答える皆の顔色は決意で塗り固まっていた。彼らがまだ若い頃、各々が抱いた夢を、その決意を思い出し、その時よりも固く、世界の理不尽さを今さっき再認識させられた大人たちがもう一度、最後の夢を見ている。


「今話した例えは最悪の場合である。皆も理解していと思うが私はこの戦争で、一人たりとも我が帝国臣民を死なせるつもりはない。皆には、私と一緒に、もう一度、夢を見てほしい。この戦争に勝利し、大英帝国を世界一の帝国に再興すると!」


「おう!!」


先ほどの沈黙が嘘のような活気を取り戻したウォールームは順調に戦争計画を練り始める。夢を見ているにしては、ひどく、悲しいほど現実的な戦争計画を。


*本当はもう少し長い話なのですが明日から日本旅行に行くのでその前に書きあがっている分だけ投稿します。あと帰ってきたら残りも、出来上がり次第、投稿します。

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