第十一話 栄光の影 下

第十一話 栄光の影 下




同日 旧ドイツ・ポーランド国境付近 ビドゴシュチ要塞周辺の洞窟




ドイツとソ連の挟み撃ちを受けたポーランド陸軍主力部隊はいともたやすく殲滅され前線は崩壊。各隊、生き残りを集め敗走を開始、身を隠し、反抗の機会をうかがっていた。そんなポーランド陸軍残党の中でも、特に戦意に満ち、今にもドイツ軍に突撃を掛けそうな勢いの部隊がいた。あのワルシャワ防衛戦を戦い抜き、国境のビドゴシュチ要塞付近まで生き延びたヨゼフ少将率いる部隊である。


「報告します!!ビドゴシュチ要塞に補給を届ける途中であったドイツ軍の小隊への奇襲は成功です!!彼らが持っていた物資、弾薬などの補給品の奪取に成功!!」


洞窟最深部ーと言っても30mほどの浅い洞窟であるがーに仮設置されたポーランド陸軍作戦本部にて報告を受けているヨゼフ少将たち生き残った将校はこの吉報に喚起する。


「おお!!いけますぞヨゼフ少将!この勢いに乗ってビドゴシュチ要塞に奇襲を掛けましょう!!」


興奮した一人の将校がヨゼフに進言する。


「だめだ!!もっと冷静に物事を考えろ!!いま、敵はビドゴシュチ要塞に補給部隊が到着せず、音信不通になったことで警戒度を高めている可能性が高い、そんな中に突っ込んだらハチの巣だ。補給品を奪取出来たなら今するべきは隠れ場所の移動だ。」


全く皮肉である。上に立って初めて、ヨゼフは自分がレイェフスキ司令にどう見えていたか気が付いた。もっと早く気づいていれば、そう後悔ばかりする。そんなみじめな自分が、ポーランド陸軍の総大将でいいのだろうか?今からでも、誰かに代わって欲しい、逃げ出したい、あの場で死んでいればよかった。そう思うと、ますます自分がみじめになっていく。


逃げ場を求め、すぐ近くに横たわっているシュナイゼル中将に振り向く。この場で唯一ヨゼフを上回る階級を持つ将校だ。


「全く、なぜ私などをかばったのです。この席に座っているのは貴方であったはずです。今の我々には、貴方が必要だったと言うのに。。。」


そっと、生まれたばかりの赤子を触る手よりも優しく、感謝を込めて、ヨゼフはシュナイゼルの目の上に手をかぶせる。


「勝手に殺さないでくれますか?」


ヨゼフの手を力なくどかしシュナイゼルは若干せき込みつつ、ヨゼフの肩を借り起き上がる。


「まだ立てませぬか?」


「ええ、ソビエトのゴミどもにはしてやられましたね。」


普段の冷静なシュナイゼルからは考えられない暴言にヨゼフは小さく、久しぶりに笑顔を見せた。


「はい、全くです。ではさっそくですが我々も移動しませんと、さすがにここも時期にドイツ軍に見つかります。そこで私は敵の裏をかくためにポーランド内陸部に逃げ込むのではなく、逆に国境線に、出来ればポズナン周辺に向かいたいと考えていますがどうでしょうか?」


「ええ、良い策だと思います。ポズナンはワルシャワとベルリンを結ぶ街道があり、敵の補給部隊が必ず通る要所。襲うのにも適した地形です。ですが私を見捨てると言う決断ができていないのではまだまだですね。」


ヨゼフの作戦にシュナイゼルは素直に意見を述べる。ポズナンは旧ドイツ・ポーランド国境線からわずか50kmに位置する中規模都市で、両国の軋轢が深まる前は交通の要所として道路、線路の両方が充実しており、今はポーランド国内のドイツ軍の補給の要の一つだ。従って、駐屯している守備隊は一個師団、約12,000人とヨゼフの元に集合している残存ポーランド軍の500人とは天と地ほどの差である。加えてドイツ軍が防衛しているのは補給の要所。銃弾、野砲、戦車、すべて潤沢な上補充が簡単に出来る。それに比べてポーランド軍はドイツ軍の補給品を奪って何とか飢えをしのぎ銃弾を確保している状況であることを考えると、足手まといは一人でも少ない方が良い。


「いえ、シュナイゼル中将にはその体に鞭打って働いてもらいます。私が隊を率いて出撃している間に次の策を考えたり、部隊の再編をしたりとやって頂きたいことは山の様にありますのでこんな所で死んでもらっては困ります。」


笑顔で答えるヨゼフに苦笑いで答え、シュナイゼルは再度眠りにつく。


そこでシュナイゼルの眠りを妨げる様に一人の兵士が大声を上げる。


「報告します!!こちらに近ずく複数の人影を確認、まだ断定できていませんがドイツ軍の偵察隊だと思われます!!」


兵士の報告を受け指令室にはピリピリとひりついた空気が流れる。ヨゼフも先ほどの笑みを隠し、凛とした、なるべく余裕がある様に見えるたたずまいで皆に命令を下す。


「総員!!戦闘配置!!非戦闘員と負傷兵をこの部屋に集めよ!軽傷の者は侵入された際の罠の再確認を行え!残りの者は私と外でドイツ軍を迎え撃つ。各員、自身の役割をこなし、この境地を乗り越えるぞ!!」


「「「おう!!」」」


ヨゼフを先頭に各将校は自分達が指揮する部隊の元へ向かい、陣頭指揮を執り始める。残されたシュナイゼルは一人、小さくささやく。先ほどとは打って変わって静かになった指令室にシュナイゼルの小声は良く響く。


「全く、貴方の言う通り、ポーランド史上最高の司令官になりそうですね、彼は。ちゃんと見ていてくださいね、レイェフスキ司令。」




ポーランド軍が隠れ場所に選んだ洞窟はビドゴシュチ要塞からたった10kmしか離れていない森の中にあり、ドイツ軍の偵察隊が時々迷い込んでいた。だがそんな危険な場所に隠れ家を用意したのはその森の複雑さ故だ。デコボコした地形は簡単に人を寄せ付けず、上下も激しく何より数多の木々が太陽の光を覆い隠すため森の中に入れば入るほど薄暗くなる。奇襲をするにも、身を隠すにも最適な地形であり、今ポーランド軍残党が隠れ居ている横穴が小さな渓谷の下に入口がある為見つかる事の方が圧倒的に少なく、事実今までのドイツ偵察隊は一切ポーランド軍を発見できずにいた。


今回も同じく敵に発見される事無くやり過ごすため洞窟を出たポーランド軍は足早に各々自分の隠れ場所を見繕う。ドイツ軍より略奪したKar、MP-40、STG-44に弾を込め、安全装置を掛けて息を殺す。隠れている側が今一番警戒しなければいけないのは物音であり、暴発などした日にはルフトバッフェの絨毯爆撃が降ってくるだろう。


5分と経過しないうちに遠くから物音がなり始める、人の足が木の枝を折る音だ。皆の視線が驚愕と共に一斉にそちらに集中する。早すぎる。いつもは敵が接近していると報告を受けてから10分以上はかかってようやくドイツ軍が姿を見せる。いくら何度も偵察に来ているからと言って警戒状態でここまで5分以内にたどり着ける者はポーランド軍にも滅多にいない。


「まさか俺たちの存在がばれたのか?」


皆同じことを考え、今度はヨゼフの方へと視線が集まり、その視線に答える様にヨゼフは頷き、自分が持っているSTG-44の安全装置を外す。それに続く形で皆自身が持っている銃の安全装置を外していく。ゆっくり、音が重なり増幅しないよう一人ずつ慎重にセレクターを下げていく。


最後の兵が安全装置を外し終えるとヨゼフの方へ目線を送り、ヨゼフは再度頷いてそれを確認する。ゆっくりと、体制を整えながら、ヨゼフは自身の左腕を上へ上へと伸ばす。その間にも足音は数を増やしながら着々と迫ってくる。


5,いや6人はいる。普段ドイツ軍が分隊規模で偵察を行っているあたり今回も確実にドイツ軍と思っていいだろう。ならば近くにもう二分隊は居るはずだ。まず目の前の敵を、なるべく声を上げさせずに殺し、銃声で近づいてきたもう二分隊を、可能であれば増援を呼ばれる前に殲滅しなくてはならない。至難の業だがすぐに隠れ家をポズナンに移すとなれば多少ドイツ軍に場所がばれても問題ない。何ならこの森に居ると錯覚させポズナンまでたどり着く時間稼ぎにもなるだろう。


そんな事をヨゼフが考えていると足音は近くにあらかじめ人工的に作っておいた水たまりを踏み抜き、ぴちゃぴちゃと音を鳴らす。もうすぐ来る。そう全員が理解し、自信の命綱である敵製の銃を握りしめる。


ぴちゃぴちゃと言う音が鳴りやんだ瞬間、ヨゼフは左腕を振りぬいた。皆が一斉に水たまりの方へ銃を向ける。そして皆が引き金に指を掛けた瞬間、姿を見せた標的に唖然となり、誰一人として引き金を引けなくなっていた。


「ルビンスタイン閣下。。。」


ヨゼフは自身が持っていたSTG-44から手を放し、大声で名前を何度も叫びながらルビンスタインの元へと駆け寄る。ヨゼフがルビンスタインの目の前に立つ頃には隠れていた兵も一斉に姿を見せゆっくりとルビンスタインの元に集結していた。


「ご無事でしたか!!ルビンスタイン閣下!!」


今にも抱き着かん勢いでルビンスタインの元に駆け寄るヨゼフにルビンスタインは咄嗟に右手を差し出し握手を求めた。流石の感動的な再開でもこの場で、双方汚れている状態で抱き合いたくはなかったらしい。


「ヨゼフ少将こそ、よくぞここまで皆をひぱってくれた。さぞ苦労された事だろう。」


ヨゼフの手を両手で握りしめながらルビンスタインは心の底から感謝とねぎらいの言葉を掛ける。そしてヨゼフもそれに答える様にルビンスタインの手を両手で覆い隠す。


「閣下こそ、よくぞ敵地で戦いぬいてくれました。よくぞ、い、生きて、帰ってこられましたな。。。」


言葉を続けるにつれヨゼフは自身の中から溢れ出てくる安心感から押し出されるように涙を流し、その涙を見せんと上を向く。そう、自身よりも立場が上の者がいる安心感からヨゼフは涙を流している。ルビンスタインの無事でも、再会からの感動でもなく安心感から涙を流している自分に腹が立ち、自然とその涙は数秒で乾ききってしまった。


「お疲れのところ申し訳ありませんが我々はすぐにでも移動しませんと危険な状況です。閣下には来た道を戻って頂く事になりますが我々はポズナンに隠れ家を移します。お体は大丈夫ですか?」


凛々しい顔を取り繕いヨゼフは気を取り直してルビンスタインに現状を包み隠さず話す。今の状況ではゆっくり座って苦労話もできない。まずは一刻も早くポズナンにたどり着かなくてはこの森が全員の墓場となるだろう。


「ええ、ヨゼフ将軍、構いませんとも。老体に鞭打ってここまで来たのです。ベルリンから国境線までの道のりに比べたら朝飯前ですとも。それと、紹介したい仲間がいるのです。今の我々には百人、いや、万に匹敵する友軍です。」


ヨゼフの問いに疲れを笑顔の下に隠しルビンスタインは答え、そしてこちらも本題に入る。御年61歳の老人がここまでこられた最大の要因をルビンスタインはヨゼフに紹介する。


「ポーランド・レジスタンスの統括者の一人、ヴィトルドさんだ。彼は開戦前からポーランド国内に民兵組織を秘密裏に準備していた者たちの一人で、君も反乱の可能性がある危険人物として要注意人物リストに載っていたのを見た事があると思う。だが彼はドイツとの開戦を予感して民兵組織を作っていたようで、実際に大日本帝国と大英帝国からの支援を取り付けている凄腕でもあり、私を国境線からここまで連れてきてくれた恩人だ。」


「初めましてヨゼフ将軍、ヴィクトル・ヴィトルドです。今閣下にご説明頂いた通り私には反乱の野心はなく、逆にドイツ人どもを我が国から追い出さんと心を燃やす、まさに皆様と同じ志を持つ者ですので、睨むのを辞めていただけますか?」


ルビンスタインの口からヴィトルドと言う名前が出た時点でヨゼフは眉間にしわを寄せていたが今それが一層強まっている。問題は民兵組織が全国中にあると言う点だ。開戦前、ヴィトルドを要注意人物と指定した際民兵組織はワルシャワにのみ存在する小さな組織だと報告を受けていたはずが、蓋を開けてみれば国軍に匹敵する規模だと言う。危険だ。そうヨゼフの心が呟く。そして何よりヴィトルドが商人である事が余計ヨゼフの心証を悪くしている。なにせポーランド随一の商会の主にして狸が人の皮を被っているようだと称される男だ。大日本帝国と大英帝国から支援を取り付けたこことは確かに素晴らしい、だがそれは同時に両国が彼の真意を見抜けなかったとも言い換えられる。世界の二大帝国を騙すだけの技量を持った男を、どうして警戒せずにいられようか?答えは出ている、不可能だ。


「これは失礼、ヴィトルド殿。何分あなたには色々とお世話になりましたからな。」


これ以上ない笑顔で自身の心中をなるべく隠し、ヨゼフはヴィトルドに握手を求め、ヴィトルドもそれに応じる。握り合う手にお互い力が入っているようだがきっと気のせいだろう。


気まずそうにそんなやり取りを見ていたルビンスタインもこの場の空気に耐え兼ね二人の間に割って入る。


「挨拶も済んだ所で先を急ぐとしましょう、ポズナンに一刻も早くたどり付かなくては。」


互いに手を放さず頭だけをルビンスタインの方へ向けヨゼフとヴィトルドは最高の笑顔で答える。


「「ええ、ルビンスタイン閣下」」


ただしーお前がこの状況を作ったのだろうーとお互いの心の中でルビンスタインに文句を言いながら。

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