第八話 黒川家+β

第八話 黒川家+β



1939年 9月 15日 帝都東京 皇区(すめらぎく)




世界最大にして最高の都市、東京。1750年の紅葉維新、そして天皇の東京移住以降、日本の近代化の象徴は間違いなくここ東京であろう。1939年現在、ニューヨークが子供のおままごとに見えるほど多く、高く空に伸びるビル群、世界最大の港である東京港は数え切れない貨物を運び、その頭上を飛ぶ航空機は東京国際空港、羽田、成田の三つの空港を毎日パンク寸前まで利用し、首都高や鉄道網に至っては毎年拡張工事を行っているのにも関わらず、毎日輸送能力を超過して人を運ぶ。ーちなみに現実世界では東京国際空港と羽田は同じものであるがこの世界では羽田から独立した空港であり、何なら羽田より先に開業している。ー




そんな帝都 東京の中心、皇居の周辺にある一軒家たちを総じて皇区と言い、主に帝国に多くの貢献を行った家系に与えられる豪邸が15宅揃っている。これらの家を与えられた家系は幅広く、歴代総理大臣を多く輩出した一条家、世界最大の企業 GCC(Golden Castle Corporation)を設立した金城家などが鎮座する中、唯一の軍人系の家系である黒川家は、その貢献度の度合いから皇居の正面入り口前の屋敷をあてがわれており、逆に正面入り口から離れれば離れるほど貢献度は下がると、皇区内でも格差がついていた。


正面入り口からの距離が内部序列に直結する皇区ではあるが、逆にそれ以外の優劣は存在せず、屋敷の規模、召使の数などが統一されていたり、外装も全く同じに整えられている。加えて、各屋敷は住んでいる家系が事前に用意されている二種類の和風、洋風の内装が選べたり、料理人などの食事関連も各々の自由に出来るようになっている中、黒川家のみが他の14宅とは全く異なる様式で作られていた。これは黒川家が皇区に最初に向かい入れられた家であり、その当時から頭一つ飛び出ていた事が原因である。他の屋敷の外装が完全に洋風に寄せたデザインなのに対し、黒川家は正面の外装は和風、裏面は洋風といびつなデザインになっていたり、他の屋敷とは違い庭やプールがついていたり、総面積も約二倍であったりと、何かと特殊であった。そんな黒川家を正面玄関からたずねてみよう。


まず来客は黒川家と書かれた和風な門をくぐり、木材をふんだんに使った玄関に向かう。その途中、左側には小さな日本庭園が、右側には小さな池が数匹の金魚と共に整備されていて、来客をもてなしている。だが、来客はそんな和風な雰囲気とは打って変わって、中に入ったとたんに異世界に送られたような錯覚に陥るだろう。和風な玄関で靴を脱ぐと、正面にふすまがあり、そのふすまを通った先には大理石を基調にカーペットが引かれている洋風な内装が来客を出迎える。左右には大きな階段が二階に伸びていて、逆に真っすぐ進むとリビングにつき、広い吹き抜けの空間にソファーやテレビ、8人用のテーブルなどが綺麗に整えられているが、どれも茶色や木をベースに作られており、シックで落ち着いた雰囲気をかもし出している。少し戻って左右の階段を二階に上がると真っすぐ伸びた廊下に左右合計12室のベッドルームがあり、左側は男子用、右側は女子用と別れている。二階の廊下を真っすぐ進み、6室分の扉を通り過ぎると廊下の端にお風呂とトイレ、サウナやシャワーが配置されていて、こちらもやはり左右で男女別々に作られている。場所をリビングに戻すとリビングの両端に家主の部屋がある、場所はちょうど二階のベッドルーム直下である。二階の6室をすべて足しても足りないほど広い部屋にはベッドに個室トイレ、お風呂にシャワー、テレビにソファー、実務用の机、食事用テーブルと生活に必要なすべての設備が配備されており、やろうと思えばこの部屋から一歩も出ずに一生生活することも可能であろう。


リビングから今度は裏庭に飛び出すと周囲を覆うようにあえて高く生やされた植物たちが東京のビル群を隠し、逆に外部からこの裏庭のプライバシーを守ている。都会の中心とは思えない自然豊かな裏庭には明らかな人工物としてプールやパラソル、犬小屋にこれまた日本庭園が配備されていた。


さて、今度はこの歪な豪邸に住まう住人を少し、紹介しよう。まず、前提として黒川家は少人数な家系であり、加えて黒川家にはここ以外に屋敷が全国、世界中にあるためこの屋敷にある16室の内半数以上の部屋が客間と言う名の空き室になっている。そんな中住んでいるのは当主の黒川猛とその弟、黒川烈夫妻とその子供たちの計六人だけである。今度は、そんな六人家族の一日を覗いてみよう。




1939年 9月 15日 7:00




黒川家の朝は7:00から始まる。軍隊で言う起床ラッパの様なベルが東京大時計塔から鳴り響き東京中に朝を告げ、黒川家の皆も起き上がる。子供たちは二階からリビングへ、大人たちは寝室からリビングへ直行である。8人用のテーブルに皆がそろう頃には早起きしていた使用人と料理人達が用意した朝ごはんがテーブルに並べられ、その美味しそうな見た目と匂いに子供たちは今か今かと当主の号令を待つ。


「皆揃ったな。では、頂きます。」


「「「「「頂きます。」」」」」


猛の号令を受け待ってましたと子供たちは我先に食事に手をついける。今日のメニューはドイツソーセージに野菜炒め、白米と玄米茶である。


「こら!伽維(かい)!そんな慌てて食べないの、お下品でしょ。」


「はーい」


黒川烈の嫁である母、黒川美優(くろかわみゆ)に怒られているのは小学三年生の伽維であった。どうやら伽維にはフォークとナイフを使ったテーブルマナーはまだ早いようだ。


「美恵(みえ)お姉さま、これで会っていますか?」


「ええ、美沙(みさ)は上手ね。」


怒られている伽維とは裏腹に小学六年生の美沙は高校一年生の美恵に教えられながら、器用に慣れないフォークとスプーンを最低限、使いこなしていた。


「まあまあ、美優もそう怒らないで、伽維はまだ小学三年なんだし。美沙みたいにそのうち出来る様になるさ。」


「あなた、叱らなくては育つものも育ちません。そうですよね猛様?」


「ああ。この場は美優が正しい。」


「な!兄さんまで敵に回ったら勝てないじゃないか!!」


微笑ましい会話が続く。


「美恵、学校はどうだ?夏休み明けで苦労していないか?」


「はい。心配していただき、ありがとうございます、叔父様。最近は歴史の授業でようやく六花条訓や紅葉予言書などを習い始めた所です。」


「そうか、ならば今日烈と一緒に本物を見に行く予定があるが、ついてくるか?」


「本当ですか!ありがとうございます、お願いします。」


美恵の返事を受け、猛は持っていたカトラリーを置き、後ろに控えていた秋元真木に振り返る。


「真木、今日の閲覧所の予約は何時からだ?」


「は!お二方の閲覧時間は14時から16時の二時間となっております!」


「そうか、ならば美恵、学校は早退するように、迎は校門まで送ろう。」


「はい、叔父様、何から何まで、ありがとうございます。」


「後で六花条訓と紅葉予言書の目次を渡しておく、移動中にでも読みたい項目を探しておくといい。よし。」


早々に食べ終わった猛は、美恵にそう告げて立ち上がり、一度寝室に戻りパジャマから軍服に着替え戻ってくる。


「兄さん今日は早いね。まだ7:15だよ?」


「何をのんきな事を言っている。今日はお前も緊急報告書を聞く日だと、昨日言っただろう?さあ、さっさとかたづけて着替えてこい。」


「やばい、そうだった!!急がないと。」


「もう、あなた。そうやってお下品な食べ方をするから伽維が真似をするんですよ?」


猛に急かされ、美優に叱られ右往左往しながらも烈は食事を終え、軍服に着替える。寝室からリビングに戻れば皆食事を終え二人を送り出す準備をしていた。


「あなた、勲章が曲がっています。天皇陛下より直々に頂いた物なのですからもっと大切に扱わないと。」


「ああ、ありがとう。気を付けるよ。」


「良し、では行くか。」


猛が玄関を開けると、使用人を含めた全員が一斉に声を上げる。


「「「「行ってらっしゃいませ」」」」


「「行ってきます」」


同日 帝都東京 大本営地下




黒川兄弟が出勤してきたころには、大本営地下はいつも以上に慌ただしく人であふれていた。


「今日はなんだか人が多いですね、兄さん。」


「まあ、事が事だからな。」


「はあ。。。」


そんな大本営地下であるが黒川兄弟ほどの高官が通れば自動的に皆手を止め、道を開けて敬礼を返す。よって普通なら通るのに時間のかかりそうな満杯の通路も素早く通過でき、目的の作戦本部にはいつもと同じ時間につく。


「「おはようございます。」」


作戦本部室と書かれた扉をくぐり、中にいる数十人に敬礼で挨拶をした黒川兄弟に、作戦室の皆は敬礼と笑顔で答えた。


「黒川元帥、お待ちしておりましたぞ!!」


皆を代表して声を掛けたのは航空遊撃打撃艦隊 司令長官 山本五十六海軍大将であった。彼以外にも作戦室には海軍より南雲総長や東機関最高責任者 坂田晴仁(さかたはるひと)、陸軍より山下大将と西野久雄(にしのひさお)中将、空軍元帥 田城雄策(たしろゆうさく)など各軍の最高責任者が勢ぞろいであった。


「おはよう、山本。で、状況は?」


手短に挨拶を済ませた猛は直ぐに本題に入る。それに対し山本長官は真剣な眼差しで返答する。


「はい、今回のユトランド沖海戦は残念ながら日英連合艦隊の大敗に終わりました。」


「やはりか。」


「はい。我々の事前の予想通り、戦艦軍は金剛型の上艦がすべて沈没、重巡や軽巡にも多数被害が出ており、唯一戦闘能力を維持していた水雷戦隊も潜水艦の対処で手一杯だった様です。」


「戦果は?」


「確定戦果としましては砲撃でドイツ戦艦を8隻撃沈または大破に追い込みましたが、それ以外目立った戦果は軽巡を全滅させたくらいです。」


「敗因は何だと考える?」


「今入ってきている情報ですと独新型戦艦二隻の登場が一番大きいかと。どうやらプロイセン型戦艦と言うようですがこの艦は我々の主砲を簡単にはじき返し、なおかつ我々の装甲を簡単に突き破る強力な主砲を搭載した艦であるようで、現時点では砲撃戦で勝てるのは大和型、長門型が五分五分と言った形でしょう。」


猛は大きく満足そうに頷き、山本に最後の問いを向ける。


「うむ、おおむね予想通りだな。では最後に、潜水戦隊の戦果は?」


「戦艦撃沈5、そしてプロイセン型戦艦の二隻を大破または中破であります。」


おおお、と小さなどよめきが響く。


「海龍がやってくれたか、これで我が海軍も安泰だな。」


ここで若手の海軍幹部が猛に問いかける。


「元帥閣下、恐れながら一ついいでしょうか?」


「なんだ、東雲(しののめ)くん」


「は!先ほどの山本長官とのお話を聞く限り、元帥閣下はこの海戦で我が海軍の戦艦軍が苦戦するとわかっていた様に思えます。ではなぜ、もっと多くの潜水空母や正規空母を今海戦に参加させなかったのですか?そうすれば、勝利できたのではないでしょうか?」


「いい質問だ、東雲くん。確かに、勝利を追い求めるならばそれもいい選択かもしれない。だが、世の中には敗北を知ってこそ得られる勝利もある。まず、今回、艦隊指揮を高木大将に一任した理由は何だと思う?」


「それは、、、高木大将が戦艦同士の艦隊決戦に海軍でもっと精通しているからでしょうか?」


「確かに、表向きにはそう見える。だが、もしその高木大将が、海軍で最も艦隊決戦に精通している者が、これほどまでに蹂躙され、なおかつ航空機が、戦艦軍がかすり傷一つ付けられなかった新型戦艦を大破に追い込んだとなれば、必然的に航空機の方が戦艦より優れていると証明している事にならないか?」


「!!つまり元帥閣下は海軍内の意識改革の一環として、今回の海戦を利用されたのですか?大艦巨砲主義者に敗北を思い知らせ、なおかつ航空機による戦果を得ることで、航空機の優位性を示すために。。。!だから元帥閣下は戦闘開始まで離陸するなと、英国国内にとどまっていた対艦攻撃機に命令し、空母を英国に送らなかったのですか?確実に、戦艦軍が負ける様に。。。」


ここで空軍元帥 田城雄策が割って入る。


「黒川元帥は海軍内での大艦巨砲主義者の増長を前々から気にされていたようで、日英同盟復活の際に私にこの策について相談されていた。海龍の開発を急がせて良かったですな、黒川さん。」


「ええ、その節はありがとうございます。田城さんに根回しして頂いて大分楽に事を進められました。」


ここで一度息を整え、猛は部屋中に響き渡る様に声を大にして宣言する。


「では、皆に海軍総大将としての今後の方針を示す。我が海軍は今度、新型戦艦建造の一切を中止、凍結し空母などの航空戦力確保に注力するものとする。だが今ある戦艦軍は解体せず、有効活用するものとする。良いな?」


「「「は!!」」」


「よし、ではこれより陸海空統合作戦会議を開始する。まずは、今後の欧州での作戦についてだが。。。」


欧州の今後を左右する会議が始まった。




同日 帝都東京 皇居地下 帝国中央図書館 特別閲覧室 13:53




統合作戦会議を終え、黒川兄弟は皇居の地下にある図書館に向かっていた。帝国中央図書館は皇居の地下にあるが一般にも一部公開されており、二週間前から予約すればだれでも入ることができた。だがそんな中央図書館にも一般人立ち入り禁止区画があり、この区画は主に軍人や研究者のみが利用できる特別区画であり、紅葉維新以降、重要だと考えられている書物が数多く管理されている。


「お父様、叔父様、お待たせしました。荷物検査と身分証明に時間がかかってしまって。。。」


高校から直行してきた制服姿の美恵が頭を下げつつ小走りで近づいてくる。


「問題ないよ、まだ14時前だからね。では鎌田さん、お願いします。」


烈が娘を慰めながら、特別閲覧室管理人の鎌田に扉を開けるように言う。特殊閲覧室は厚さ1mほどの特殊素材で周囲をおおわれており、鉄、緩衝材などの複合装甲の様になっていて、中の温度を一定に保っていた。扉も厳重に閉ざされており、鍵も違う大きさの物が3本、数字を合わせる物、文字お合わせるものと開けるだけで最低一分はかかる様になっている。


「空きました。中は16度に調整されていて肌寒いので、お体にお気お付けください。必要でしたらブランケットが中にありますのでそちらをお使いください。」


説明を終え鎌田は皆のために道を開ける。


「うむ、では中に入るのは私、烈、美恵、真木と木城だ。他の者は各々休んでいる様に。」


「「「は!!」」」


猛が名前を上げた者たちが中に入ったのを確認し、鎌田も中に入り、扉を閉め中から施錠する。


「では、皆さまのお時間はただいま14時より16時までとなっております。16時になりましたらこのベルでお教え致しますので、それまで、有意義なお時間をお過ごしください。」

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