第七話 ユトランド沖海戦+α

第七話 ユトランド沖海戦+α




1939年 9月 13日 英国 スカパ・フロー 日英統合作戦本部




黒川兄弟が英国を出立した頃、スカパ・フローでは日英合同作戦 ドーンブレイカー作戦の最終確認を行うため、日英両海軍の指揮官が集まっていた。


「皆、集まってもらいありがとう、感謝する。今回、日英連合艦隊の総司令を務める運びとなったダドリー・パウンド海軍元帥だ。今回のドーンブレイカー作戦についての最終確認を行いたい。質問のあるものは説明中に挙手するように。ゴホッゴホッゴホ。見ての通り、私は体調が優れなので現場指揮官であるジョン・トーヴィー海軍大将に説明を任せたいと思う。」


若干震える体を部下に支えられながら、パウンド元帥は着席し、場をトーヴィー大将に譲る。だが、座る直前にトーヴィーを睨む様な眼光を見逃さなかった者も数名居た。


「今紹介に預かった、トーヴィーだ、皆よろしく。今回の作戦の肝は日英連合艦隊によるハンブルク港に対する砲撃と、ハンブルク港を母港としているドイツ主力艦隊の無力化、もしくは大規模な弱体化である。今回参加する艦艇はロイヤルネイヴィーより戦艦33隻、空母4隻、重巡23隻、軽巡52隻、そして駆逐89隻だ。加えて、先日、ドイツへの我が国の宣戦布告を受け、ドーバーからここスカパ・フローに避難していた大日本帝国・欧州派遣艦隊より戦艦8隻、重巡17隻、軽巡8隻、駆逐32隻が日英同盟に基づき、今回の作戦に参加する。参加する航空兵力はスピットファイアが不足している事により30機にとどまるが、全員エース揃いだ。最も、これほど戦艦が参加するのだ、対空弾幕をかいくぐるれる航空機はこの世に存在しないだろうがな。」


英仏のドイツへの宣戦布告を受け、欧州派遣艦隊は一時スカパ・フローに退避していたが、二日前、ドーンブレイカー作戦の第一段階である英仏陸軍によるドイツ侵攻が予定通り失敗した事を受け、大日本帝国は日英同盟に基づきドイツへ宣戦布告を行ったことで欧州派遣艦隊だけでなく、英国国内にとどまっていた欧州派遣陸軍もフランスへ出立したところであった。事前の目論見通り、英国の損失を誇張する事により日本国内の世論は対独参戦を大々的に支持しており、懸念されていたスパイに関しては日本の宣戦布告を本国へ報告するため活動していたところを確保されるなど、掃討作戦に貢献する形となった。結果的に、日本本土の各国のスパイ網は駆逐させる寸前の状態まで追い詰められた。


後顧の憂いをたった欧州派遣艦隊は気兼ねなく戦闘に参加するだけでなく、実戦経験が少なかった潜水空母の投入、新型水上攻撃機 海竜(かいりゅう)の実戦投入など、不利になると海軍上層部では思われている今作戦を最大限利用する考えであった。


トーヴィーの説明は続く。


「まず、我が日英連合艦隊は北海に進出、デンマーク沖合を南下し目標であるハンブルク港に接近する。ここでドイツ側と接敵すると思われる。したがって、海戦が起こるのはユトランド沖だと想定されるわけだが、皆に渡している周辺海域の海図を、再度、確認してもらいたい。艦隊の編成としては空母を中心に展開し、駆逐艦を幅広く艦隊周辺に散開させることで潜水艦の早期発見、対処を行うものとする。最後に、指揮系統に関してだが、基本的にパウンド元帥が連合艦隊の指揮をここスカパ・フローから取り、前線指揮を私が取る形となる。ただ、日本の欧州派遣艦隊の指揮系統は高木武雄(たかぎたけお)大将に一任されている。この事を、英海軍の諸君にはしっかりと、認識してもらいたい。ともに、健闘を祈り、またここで再会することを願っている。全艦!出撃!」


トーヴィーの大声に返事をするように、部屋中に靴と靴がぶつかり合う音が響き、見渡せば両海軍の全員が敬礼をトーヴィーに向けていた。沈黙が数秒続き、すぐに今度は靴が床に叩きつけられる音が部屋中に響き渡る。各々、自分の持ち場へと足早に解散するのであった。


ここで、今作戦に参加する英海軍・日本海軍艦艇を少し、紹介しよう。まず、主力となる英海軍は本国艦隊の中核である第一、第二、第三戦隊を参戦させており、総勢33隻の戦艦、内4隻は比較的新しいネルソン級戦艦、そして4隻の最新鋭戦艦 キング・ジョージ5世級戦艦が参戦すると明らかに本気であった。護衛として空母イラストリアス級、アークロイヤル級の計4隻が参加する中、潜水艦の参加は見送られ、直掩機は30機のスピットファイアにとどまっていた。


対して、日本海軍は空母以外順当な数を揃えて来ていた。主力となる金剛型戦艦8隻と重巡 利根を主軸とした17隻の重巡洋艦、8隻の軽巡洋艦、護衛に防空駆逐艦 秋月と高速駆逐艦 島風の計8隻を主軸とした駆逐艦32隻が艦隊護衛の要、対潜哨戒や対空戦闘を行う。加えて、潜水空母である伊号潜が8隻追従しており、常に4機以上の対潜哨戒機を飛ばし続けていた。補足だが、潜水空母は海軍でも秘匿事項であり、存在自体は海軍将校の皆が知っていながら作戦行動は最上位の幹部数人しか把握できないと言う歪な艦隊であった。


今回参加する金剛型戦艦は史実の金剛型4隻、金剛、比叡、榛名、霧島を上艦、追加建造された金剛型4隻を下艦としていて、上下で性能に差が出ていた。上艦は史実通りなのに対し、下艦は砲撃戦を前提として防護力の強化などを行っており、速力が30ktから25tkへと大幅な低下が見られた。これは1929年、ソ連東洋艦隊との小競り合いで比叡、霧島がソ連艦隊の砲撃で大破に追い込まれた事から、金剛型の下艦は装甲重視となったわけである。ちなみに金剛型上艦も装甲強化を受けており、速力は28.5ktに下がっている。金剛型は全艦装甲強化以外の近代化改修を常時行うことで戦闘力を維持しており、長門型、大和型には圧倒的に劣るとはいえ英国のネルソン級と同等と考えられている。


余談だが、英国本土にすでに到着していた陸海軍航空隊はと言うと、黒川海軍元帥より戦闘が発生するまで出撃するなと命令されていた、理由は燃料がもったいないからであった。もちろん、ただの理由付けである。樺太にある巨大油田だけでなく、アメリカ西海岸を完全に支配している大日本帝国には石油不足は無縁であり、一部地域では一般市民も石油が米より安く買える始末である。この奇策の真意は、のちに明らかになるだろう。




日英総合作戦本部が設置されている丘からは今作戦に参加する艦隊が見渡せるようになっており、比較的近くに展開している各艦が掲げている旗を見ることで簡単に日英の船が区別できた。


そんな丘の頂上は数百平方メートルとかなり広く平坦な大地が続き、作戦本部以外にも補給部隊や警備部隊の作戦室も設置されていて、周囲を完全に柵で囲まれていた。その柵の外に少しいったところに60代の老人がキャンパスに絵を書いていた。艦隊の絵である。


「おい、そこのお前!何をしている!」


巡回中の警備員がその老人を発見すると、大声を上げ、持っていた短機関銃を老人に向ける。


「お前とはなんだ。まったく、最近の若者は老人に対しての敬意が足りんのう。」


振り返って声を上げた老人は向けられた短機関銃を見てもひるまず、どちらかと言うと懐かしそうな顔をしてから再度絵と向き合う。


「お前、俺の声が聞こえない、の、か。」


短機関銃を向けながら近ずく警備兵は、老人の顔を見てすぐに短機関銃を下げ、敬礼を返す。平然を装っているが、老人の顔を見る前と後では、完全に後者の方が焦りが見える。


「パっ、パウンド大将殿でしたか、失礼を。」


「もう大将ではないわ、その階級をダドリーの奴に譲ったのは20年前だ。いや、ここは良く知っていたとほめるべきか。。。」


パウンド元海軍大将は警備兵に再度声を荒げると、自分の行動に自問しながら絵の世界に戻る。ウィリアム・パウンド元海軍大将は、20年前、とある大事件を引き起こして以来、海軍大将のポストを弟に託した後海軍を辞め、元海軍大将として軍事機密に数多く触れてきたことからここスカパ・フローで余生を過ごしていた。


「絵をお書きになるんですか?」


緊張しつつも、警備兵は改まってパウンド元海軍大将にキャンパスの絵について問いかけた。彼が書いている絵は紛れもなく、スカパ・フローに停泊中の日英連合艦隊であった。


「ああ。ここらで老人がやれることは絵描きぐらいしかないからな。いつも停泊している艦隊の絵を描いているのだよ。」


「なるほど。だから書きなれている我が英国の艦隊を先に描いていらっしゃるのですね。」


警備兵はパウンドの言葉にうまく話を合わせたつもりであったが、そうではなかった。現在、スカパ・フローでは右側に英国艦隊、左側に日本艦隊と左右に分かれて停泊していた。そんな中、パウンドの絵は左側のみ完成しており、日本艦隊には全く手が付けられていなかった。それを警備兵はパウンドが英艦隊を描きなれているからと考えたが、実際は違う。なぜならパウンドは英艦隊をすでに30分以上前に描き終えており、慣れていなくとも日本艦隊の戦艦一隻はかけるだけの時間があったのだ。


「少し違うな。私は、日本が気に食わんのだよ。」


持っていた筆をおろし、パウンドは警備兵に問いかける様に声を発する。


「気に食わない、とは?」


「言葉通りだよ、我が英国は世界最大の帝国であるはずだった。実際、1830年まではそうだったではないか。それを東洋から突然現れたサルどもに王座を譲っただけでなく、旧帝国領のアメリカにGDPで負け、海軍はことあるごとに日本と比較され非難される。結局私は米独の圧力に屈した政府上層部のゴミどもに追い出され、弟も日本と政府の間で板挟みにあっている。日本が悪いわけではないと頭でわかっているはずなのに、心がそれを許したくれんのだよ。絵は心の写しと言うが、私の絵はその通りだろう?英海軍を勇ましく描き、日本海軍は一切描いていない。」


パウンドは20年前、米独両海軍の海軍大臣に暴力をふるったとして排斥された。もちろん、そんな暴力はふるっておらず、米独の口裏合わせであったが、その場にいた日本海軍の代表が無言を貫いたことで英国はこれを外交問題とし、パウンドを排斥することで丸く収まった形である。ここから、パウンドの日本嫌いは加速した。もともと愛国者であったパウンドは英国の栄光の最大の障壁である日本に敵対心まる出しであったが、日本と仲良くする事の重要性も理解していた。ただ、パウンド家がもともと黒人奴隷を用いて貴族に成り上がった背景から、人種差別も偏見として日本にある事も加え、とどめとばかりに溺愛していた弟が自分の後を継ぎ、自分を追い出した無能な政治家と日本との間で板挟みにあっているのを見ると、やはりこみあげてくるものがある。


「あなたのお考えもわかります。ですが今は我々の味方であります。背中を預ける味方に、敵意は持てません。」


「君は、強いな。私もその考えに賛成だ。頭は賛成しているのに、やはり心が許してくれんのだよ。年にはかなわんな、長年日本を嫌悪してきたつけがここで帰ってくるとは。君も気を付けたまえ。長年同じ考えに固執すると、頭の、心の固い老人になってしまうぞ。私の様にな。」


パウンドはそう締めくくると、停泊中の艦隊を眺める。そんなパウンドを横目に、警備兵は筆を握り、日本艦隊があるべき場所に大きく、赤い丸を描いた。


「確かに、長年固執してきた考えを変えるのは難しかもしれません。なら、同じ時間をかけてその考えをただせばよいではないですか。人間は、死ぬその時まで、進化できる生き物なのですから。」


それと時を同じくして、スカパ・フローに停泊中のすべての軍艦が、大きく船笛を鳴らし、出航していった。




日英連合艦隊出撃 28時間後 ドイツ帝国 首都 ベルリン




日英仏に宣戦布告を行い、新たにポーランド領の半分を得たドイツ帝国の政府関連施設はどこも慌ただしく、実務に追われる公務員たちでごった返していた。首都ベルリンには皇帝の居城、ブランテンブルグ城を囲むように東西南北に様々な繊維府関連施設が立ち並ぶ。北側にはドイツ司法最高裁判所、東側にはドイツ統合内務省、南側には外務省、西側にはドイツ陸海空中央作戦本部があり、各々自分たちの仕事におぼれそうになっていた。そんな中、南側の外務省の一角、暗部情報局では淡々と、優雅に仕事をこなしている軍人がいた。ドイツ帝国暗部情報局局長 ラインハルト・ハイドリヒである。彼は外務省の地下に特別に作らせた完全防音の防空壕の中で報告を受けていた。彼の前に片膝をつき、礼をしているのは他でもない、ポーランド国首相 ルビンスタインであった。


「それで、報告とはなんだ?」


机に座り、資料と格闘しているハイドリヒはルビンスタインに目もくれず、急かすように問いただす。


「はい、今回日英連合艦隊の出撃を確認した我が国のスパイの情報を用い、クリーグスマリーネが同艦隊と戦闘に突入しました。海軍より誇張された報告がされる前に、暗部が把握している戦果をご報告に参りました。」


ハイドリヒは興味がないことを全く隠すことなく、感情のこもっていない声で相槌をうつ。


「ほう、誇張した報告を上げなければいけないほどとは、よほど手痛くやられてようだな海軍のゴミどもは。」


「いえ、今回のユトランド沖海戦はドイツ帝国海軍の大勝であります。」


そこで、ハイドリヒは持っていた書類を落とし、目を見開きながらルビンスタインを睨むように見る。


「た、大勝、だと?」


ルビンスタインは立ち上がらいながら答える。


「はい、今回参加のユトランド沖海戦には日英連合艦隊より総勢41隻の戦艦と空母4隻を中心とした総勢約250隻の大艦隊、急遽ハンブルク港より出撃したクリーグスマリーネ主力艦隊の戦艦27隻を中心とした116隻の艦隊と約100隻のU-ボートに加え200機以上のスツーカ対艦攻撃機仕様が参加しました。本海戦両艦隊が接触する前にU-ボートにより探知された日英連合艦隊がU-ボートのウルフパックに襲われる形で開戦となりました。同時刻、日英艦隊の上空にスツーカが到着、海中と航空機による同時攻撃により英空母の2隻を撃破、もう二隻は最低でも中破とのことです。ただ戦艦にはやはり打撃力不足だったのか200機による攻撃で会ったのにもかかわらず戦艦は3隻撃沈に留まりました。ただ、多くの重巡、軽巡、駆逐艦を撃沈し、戦艦軍を丸裸にすることに成功しました。ここで日英艦隊は空母を分離し半減した補助艦を空母の防衛に回すことで戦力がさらに分散、クリーグスマリーネとの接敵時、日英艦隊は100隻を下回る直前だったようです。両艦隊は接敵し、射程に入った艦から砲撃を開始、序盤は砲の門数で上回る日英艦隊に押され気味だったようですがここで新型戦艦であるプロイセン型高速戦艦が大活躍したようです。クリーグスマリーネの他の戦艦が次々被弾し戦闘能力を低下させる中、プロイセン型戦艦の二隻は最後まで戦い抜いたようです。30ktの高速に日英艦隊の砲撃をはじき返す装甲はまさしくプロイセンの名にふさわしい戦いだったと、乗船していたアインハルトが報告しています。


最終戦果としてはこの様になっています。」


ここでルビンスタインは持っていた資料をハイドリヒに差し出した。




喪失


戦艦12隻、重巡17隻、軽巡12隻、駆逐28隻、潜水艦54隻




確実戦果


戦艦22隻、空母2隻、重巡19隻、軽巡32隻,駆逐83隻


非確定戦果 (小破、中破、大破含む)


戦艦4隻、空母2隻、重巡10隻、軽巡21隻、駆逐艦12隻




ハイドリヒはその報告書を見て不敵に笑みを浮かべる。


「まさか日英海軍がクリーグスマリーネの無能どもに負けるとは、よほどのアホの集まりと見える。大日本帝国、それほど脅威ではないかもしれないな。」


続いて、ハイドリヒは右手で他の資料を見比べ、左手で唇を触りながら謀略を巡らせる。そんなハイドリヒを見て、ルビンスタインはここしかないと切り出す。


「ハイドリヒ長官。今回の勝利は我が国のスパイの情報が大きな役割を果たしたと思っています。よって、何卒我が国の最低限の自治を認めるよう、ポーランド総督となるリカルド・テサリク大将殿に計らって頂けないでしょうか。リカルド大将殿は長官の旧友であり元部下であると伺っております、何卒、お願いいたします!」


ルビンスタインは頭が床につくかと思う程深く頭を下げながらハイドリヒに懇願する。だが、当のハイドリヒはまだ謀略を巡らせているのか全く返答がない。


沈黙が数秒続いたころ、ハイドリヒが「にひ」っと気味の悪い笑いを一瞬漏らす。


「良いだろう、頭を上げよルビンスタイン」


ハイドリヒの返答にルビンスタインは驚きと嬉しみを含んだ笑みを浮かべながら顔を上げる。見上げた先には笑顔を見せるハイドリヒがいるはずだった。だったのだ。代わりにルビンスタインが見たのはハイドリヒが構えるワルサーPー38の銃口だけだった。とたん、生存本能からかルビンスタインは尻もちをつきハイドリヒが放った初弾を辛うじて回避した。そして回避した安心からか、やっと状況を理解したルビンスタインはハイドリヒに怒鳴る。


「何をするのですハイドリヒ長官!?血迷いましたか!!私を殺せばポーランドを平定することで得られる手柄がなくなりますぞ!!」


ルビンスタインの命乞いとも取れる説得にハイドリヒは笑みを壊さず答える。


「必要なくなった。状況が変わったのだ。大日本帝国が思っていたほど脅威ではないと判明した今、総統閣下のご意思を体現する準備を秘密裏に、ねちねちと裏からやる必要がなくなった。よって、お前の価値はなくなった。お前も知っているだろう、私はゴミ掃除が好きなのだよ。」


ハイドリヒの開始に、ルビンスタインは心臓の鼓動が早くなるのを感じた。走馬灯が流れ自身の脳が生き残るために自身の価値を証明しようと記憶をたどっているのがわかる。普段は直ぐに忘れる報告書に記載された一言一句すらも思い出せるほど、ルビンスタインは死の恐怖に支配されていた。


「ひ、秘密裏に進める必要がないなら、なおさら私は生かしておいた方が楽ですぞ!!私の声にポーランド臣民は耳を傾け、総統閣下の為手足となって戦いましょう。戦力確保は総統閣下の為にも。。。」


ルビンスタインの話を遮る様にハイドリヒは二回、ワルサーの引き金を引いた。発射された特注性の弾丸はルビンスタインの両肩を通り過ぎ、地面に着弾した。


「総統閣下の名を二度も口にするとは、不敬だぞ雑種。アーリア人でない下等人種が総統閣下の名を口にするな。それに、いくらお前が弁明しようと私の考えは変わらない。裏から動かなくなった以上、これからの動きは表面化し、もし外部に漏れた場合簡単に対策され、計画はご破算となる。そんな中、アーリア人以外を計画に加えるはずがないだろう?あと、お前が良く読んでいる日本の敵性書物にも書いてあるそうじゃないか。お前は知りすぎたと。」


ハイドリヒは笑みを崩し、突き刺すように見開かれた目でルビンスタインの心臓めがけて、ワルサーを打ち抜いた。


「ゴミはゴミらしく、ゴミ箱いきです。」


ルビンスタインの死体はハイドリヒの部下により、外務省の裏側にあるゴミ箱まで運ばれ、暗部の生きがかかったゴミ収集車にすぐさま回収された。




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私はポーランド首相 ヤヌシュ・ルビンスタイン。1878年 7月 22日生まれの生粋のポーランド人だ。我が家は裕福ではなく、貧困に足を踏み入れる寸前の家であったが母が有力政治家に気に入られ、妾として資金援助を受けていたため学校には通うことができた。私の誕生前に鉱山の崩落事故で死亡した父の写真の前で、毎晩泣いている母を見ていると、自然と学校は頑張れた。母の生活を楽にすべく、子供ながらに金になりそうなことは全て学んだ。経済学に経営学、ワルシャワ一の商人にも弟子入りして学べるものは全て学んだ。そして準備が整った私の15歳の誕生日、成人を祝う準備をしていた母が死んだ。原因は政治家が運んできた性病であった。母以外にも妾がいた政治家は他の女性から性病を運んできたのだ。突然、私の中で何かが壊れ、新たな目標が定まった。


母はポーランドと言う国が好きだった。先祖がポーランド王国の王族だったようだ。ロシア帝国に進行されて以降、ロシアの傀儡となった政府は汚職で充満しており、母を妾とした政治家の様な人間で溢れかえっていた。私は、この国をポーランド王国の様にしたいと考え、行動に移した。


そこからは早かった。政治家になり臣民の支持を集めた。私が平民出身と言う事もあり、これは簡単だった。子供の頃学んだ経済学も役立ち、24歳で経済大臣にまで上り詰めた。そこで私は絶望した。ポーランドはロシアからしたら都合のいい銀行の様なもので、我が国は見えないように経済的にロシアに搾取され続けていた。そして、私たちはそれに抗えなかった。ロシア軍がドイツ警戒を理由に国内に居座り続ける限り、我々にはこの状況はどうしようもなかった。


失意のどん底の中、奇跡は起きた。1927年、ロシア・セルビア連合軍が二重帝国に敗北したのだ。この隙を逃さず日英米はロシアの弱体化の為、我が国の完全独立を要求し、圧力をかけ始めたのだ。こうして、我が国は念願の再独立を勝ち取った。そして、私が首相として選挙で選ばれた。


そこから私は、ポーランドの栄光の復活をスローガンに内政に注力した。GDPは私の12年間で倍になり、国民の30%が食事すら満足に出来なかったのに対し、今ではこの数字は5%に下がった。国会の掃除も行った。母の様な女性を出さぬよう、権力を国民に振りかざす政治家は経済的、社会的、政治的に完全に叩き潰し、女子供の権利強化も同時に行った。1930年には、私はノーベル平和賞に選ばれる名誉を受け、さらに内政を加速させた。だが、私はここで間違いを犯した。子供の頃、金にならないからと外交や軍事について全く学ばなかったのがここで災いした。国防上最重要である対ドイツ外交を若い党員に一任し、完全に無視した。いや、完全に何もしなかったわけではない。英仏より独立保証を勝ち取ったのに加え、旧二重帝国の各国から旧ロシア製の武器をもらい受け、軍事力強化も多少行った。だがそれだけだったのだ。私はどこかでドイツを、見たくないものを見えないふりをしていたのだ。英仏の独立保証だけでドイツを思いとどまらせるに足ると、本当に思っていたのだ。現実はこれに比べ非常であり、我が国は蹂躙されんとしていた。


そこで、私は最後の賭けとして、苦手な外交をした。ドイツによる侵攻があるとスパイより情報が入ったとたん、私はハイドリヒ長官と面会した。彼は総統閣下と呼ばれている者に心酔しているらしく、その者をドイツの総統にするためには手段を択ばない男らし。そこで、私はポーランドの自治権を認めてくれれば私がポーランド人をまとめ上げ、平和的に平定することでハイドリヒの部下にその功績を持って重要ポストに押し上げるという策をハイドリヒに示し、彼は興味を示した。まだ協力者が少なかったハイドリヒは信用のおける部下を重役に押し上げる策を喜んで受け入れ、リカルド・テサリク大将がその役に選ばれたらしい。


私はこうすることで我が国を最低限守ろうとした。だが、外交経験のない私は選ぶ人間を間違えたようだ。人を見る目はあると思ったのだが、見ての通りこのざまだ。


走馬灯を見るのは本日二度目だ。先ほどは自分の価値をハイドリヒに示すためだったが、今度は本当に人生を振り返るだけだったな。。。。


とたん、ルビンスタインの前にルシャワで別れを告げた各軍の幹部の亡霊が姿を見せる。


「レイェフスキくん、各軍幹部の諸君。。。お迎えか。。。」


「何をのんきな事を言っている、ルビンスタイン。我々はお前に言っただろう、我が国の未来を頼むと。」


そう言って、レイェフスキの亡霊は膝を折り、ルビンスタインの胸に拳を打ち付ける。航空参謀、特戦隊長といつぞやのワルシャワでの順番でルビンスタインの胸に拳を打ち付ける。一回一回、打ち付けるたびにルビンスタインの心臓が鼓動を打つ。そして最後に、民兵総長が拳を打ち付けた後、ルビンスタインは自身の拳強く握り、その拳をを胸に打ち付け、自分の心臓を叩き起こし、立ち上がる。


「私は、まだ死ねん、あそこで、ワルシャワでドイツと平和条約を調印するまでは。」


ルビンスタインは立ち上がり、ゴミ収集車の荷台から飛び降り、ポーランド方面に歩き出す。コンパスを持っているわけでもない、ただ誰かに、大勢に呼ばれている気がした方向へ歩き出す。その目は、憎しみでも、怒りでも、後悔でもなく、ただただ、覚悟で強く光輝いていた。子供の頃、母が死んだ日と同じ、ポーランドの未来を明るく照らす、そんな強い光を。



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