第六話 第六百三回御前会議

第六話 第六百三回御前会議




1939年 9月 11日 帝都東京 皇居 



1750年 紅葉維新の改革の一つ、京より東京への天皇移住以来、東京の中心たる東京駅の目の正面に鎮座するは帝国一の、世界一の豪邸 皇居。桃園天皇自身はそれほど大きくする事を望まなかったが家臣一同、特に将軍である徳川家久による進言で日本の威信の為にもと、当時の東京市民総出で皇居の建設が開始された。はじめは新しく改称された東京都民だけでの建設となったが桃園天皇と家久公の政策が日本中で成功していくごとに県をまたいで贈り物や各地の特産品(主に花などの植物)、建築士などが集まり、1750年の建設開始から100年以上、1868年についに完成となった。


敷地面積は一般公開されている公園や庭園も含めると300ヘクタールと史実の230ヘクタールから70ヘクタールも増えている。加えて、増築は続いており、1939年現在も地下室の拡大に加え馬小屋や庭園の拡張も行われており、建設工事が事実上続いている状況であった。


そんな皇居の中にある大日本帝国の最高意思決定機関、御前会議は1750年以来、602回の開催を数え。今回、603回目を迎えようとしていた。


「昭和天皇・邦仁(くにひと)陛下、御入来。」


部屋に響き渡る声に合わせ、皆が起立し上座に向かって頭を下げる。


御前会議用の会議室は縦長に作られており、テーブルも細長く作られている。上座から下座まで10m以上はあるだろう。ただ史実の御前会議とは違い2つのテーブルには別れておらず、一本のテーブルの左右に合わせて10人前後の少人数が座れる様になっている。壁は茶色で統一されており、落ち着いたシックな雰囲気を醸し出している。そんなヨーロッパ風味な部屋に和風な畳と座布団が上座に20cmは高く置かれており、全くの別世界を演出していた。そしてそこに座るは大日本帝国最高指導者 昭和天皇 邦仁陛下である。


注意:邦仁天皇は創作の人物で同じ名前の皇族(もしいるとしたら)とは別人です。


「皆、楽にして欲しい。」


天皇陛下の許しを得て、各々礼をやめ着席し始める。


「では、第六百三回御前会議を始めたいと思います。」


天皇のそばに控える東機関少将 坂城木城の号令で御前会議は始まった。


「まずは、陸軍より報告をお願いします。」


坂城の声に合わせて起立したのは山下将軍であった。


「は。陸軍元帥 山下奉文より報告させていただきます。中国で散発的に発生している反乱は順調に解決に向かっており、前回のご報告より月間での反乱は半数以下にまで減少しており、規模も縮小傾向にあります。ドイツのポーランド侵攻以降、独機甲師団の規模が我々の想定を凌駕する規模であった為、五式中戦車チリの開発を加速させ、それまでの中継ぎとして三式中戦車チトの実戦配備を年末に変更するよう各社に通達しました。来年の2月までに1000両のチトを配備し、装甲軍団の師団拡張を実施、再編成を行い、独陸軍の倍、六個師団の確保を目標とします。五式中戦車に関しては現時点では開発終了の目処が確定しておりませんが来年中の開発終了を目標に、陸軍の威信を掛けて開発を行っております。」


「うむ、ご苦労であった。三式中戦車は私も見たことがあるが帝国陸軍にとって重要な一品になるであろう。五式中戦車の開発が終了しても生産ラインは残しておくように。」


「は!」


山下将軍は敬礼を最後に着席する。


「続けて、海軍からの報告を。」


今度は海軍、山本五十六の番である。


「は。海軍元帥 山本五十六より報告させていただきます。まずは海軍の最重要案件、大和型 三、四番艦 紀伊、並びに備前の建造状況ですが予定通り、来週には擬装を完了し、最低限の戦闘能力の確保は可能です。ですが完全に完成と言えるようになるまでは半年ほどかかる見込みです。」


「まだ完成していない部分はどこだ?」


天皇直々の質問に山本元帥は即答する。


「は。来週の時点で完成していないのはトイレ、風呂、食堂と言った生活空間です。トイレや風呂は簡易的な物を配備していますがやはりこれらが完成しなければ完璧とは言えません。食堂の確保も含め、この二艦の運用には随伴として最低でも戦艦3隻を付ける必要があり、戦闘開始前に乗員を随伴艦より伊勢と備前に輸送すると言う余計な手順を踏む必要があります。ですが前々回に黒川司令が申し上げた様に、戦闘能力には一切遜色なく、元々防空用に大和型には最低でも戦艦2、重巡4を付け行動させており、いずれの艦も最新の電探を装備していますので問題はございません。最後に、超空母信濃についてですがこちらも予定通り三日前に完全な建艦が完了し、今現在、太平洋にて航海演習中です。」


そう締めくくると、山本元帥は山下将軍同様敬礼をしてから着席し、次の者に場を譲る。


「続いて、空軍より報告です。」


「は。空軍元帥 田城雄策(たしろゆうさく)より報告させていただきます。空軍としましては現時点では仮想敵国たるドイツ、アメリカそしてソ連の三カ国に対し圧倒的航空優勢を誇っていると考えています。ドイツによるポーランド侵攻時、ドイツ・ポーランド国境上空10,000mを飛行中であった陸軍97式爆撃機 連山が一切探知、または迎撃されなかった事を考えるとドイツ空軍は高高度レーダーを配備しておらず、高高度迎撃機も実用化出来ていないと考えます。ですか連山の航空写真より高度8,000mを飛行中のドイツ重爆撃機を確認、東機関に確認したところフォッケウルフの新型だと確認が出来ました。現時点では詳細は不明ですが、念の為高高度迎撃機である震電の配備を急がせ、海軍用に開発していた烈風の開発要員を縮小、五式戦闘機 疾風改の開発を優先させます。」


「それでは海軍の航空戦力が不足するのでは無いか?」


「いえ、現時点で唯一実戦投入できうる空母を保有する仮想敵国であるアメリカの艦載機F4Fワイルドキャットは紫電改の足元にも及ばない性能であり、数でも我々が勝っています。たとえアメリカが短期間で高性能艦載機を開発しようとも脅威にはなりえないと考えます。そんな艦載機よりも容易に開発ができ、なおかつ数が簡単に運用できる陸上機に対する対応が重要と考えます。」


ちなみに大日本帝国空軍は陸軍と海軍の航空隊を統合している組織であり、主に開発とパイロット育成を行い実際に運用するのは陸海軍となる。これにより陸海軍の共同開発を可能とし、なおかつ重複した研究開発を避けたり、エンジン規格を合わせて生産性を上げたりできるわけである。


「うむ。皆の者、報告ありがとう。では、まず外交、主に欧州情勢についての対応を決めたいと思う。外務省としての意見は?」


「その前に、天皇陛下、東機関よりスパイ掃討作戦に関してのご報告がございます。」


天皇の言葉に返事をしたのは東機関の最高責任者 坂田晴仁であった。


「内地、及び外地を含む国内に潜伏していた産業スパイ、政治スパイ、軍事スパイの総勢200名以上を確保、他300人以上を確保中に抵抗したとして射殺しました。彼らの所属は現在判明しているだけでアメリカ、オランダ、ソ連、ドイツ、中国、そしてイギリスです。最後に申し上げた英国の諜報員は英国に対する外交手段とし、彼の国のレーダー技術と引き換えにおとがめなしとすべきと考えます。他国の諜報員に関しては現在尋問中であり、特別ご報告すべき点はございません。以上です。」


「では、今報告に上がった事を踏まえ、欧州外交に関して外務省としてはどう対応する?」


「はい、外務省としてはまず英国との同盟強化を重要視しています。現在ベネルクス三国とスイスは中立を宣言していますのでドイツのフランスに対する侵攻ルートはマジノ線正面に限定されています。ですが東機関からの報告、いえ、警告でしょうか?感度の低い情報でありますがポーランドを進行中であったマンシュタインの装甲軍団とモーデル軍が一部ベネルクス三国国境に向け進んでいるようで、嫌な予感がします。よって、英国との同盟強化の為にも、ベネルクス三国に接近し必要とあらば軍事的支援をすべきと思います。」


「反対の者は?」


「「「「おりません」」」」


外務大臣 東郷茂徳(とうごうしげのり)は外務省としての総意を表明し、着席するはずであった。だが彼は起立したまま、若干下を見ながら、汗を流し意を決したように再度口を開く。


「恐れながら天皇陛下、今回の欧州戦争は大戦に発展しうる危険性を孕んでいることはここにいる皆の共通認識だと思われます。そこで私は、ドイツとの直接衝突を避け、アメリカとも外交的努力を続け、大戦を避けるべきと考えます。今我が帝国は経済的成長限界を迎えようとしています。ここは大戦を避け、国内の経済発展に労力を割くのが得策ではないでしょうか?」


「何!!天皇陛下の前でその弱腰発言、何を腰の抜けた事を言っている!!」


「西野くん、感情論は六花条訓(ろっかじょうくん)に反するぞ。帝国軍人なら論理的な反論をせんか!」


東郷外務大臣の発言に噛み付いたのは陸軍中将 西野久雄(にしのひさお)であった。立ち上がり、今にも拳をテーブルに叩きつけんとする勢いを感じる声は部屋中に響き渡り、山下将軍に止められなければその声は大きくなり続けていたであろう。


「それに、天皇陛下の前でそんな大声を上げるとは何事か!」


「う、申し訳ございませんでした。」


山下将軍に諭され、西野は天皇に頭を下げる。


「なになに、帝国のためを思っての発言なら問題ないよ。それより、なぜ東郷くんの意見に反対なのか、聞かせてくれないか?」


「直々に御慈悲を賜り、ありがとうございます。私は、東郷さんのおっしゃる問題点が全て戦争で解決できうると考えます。まず、我々が経済的成長限界に達しようとしているのは事実ですが、それは技術的、経済的優位を他の列強に明け渡す事とは違います。大前提として、我々は圧倒的経済力を要しています。日本列島が成長限界を迎えつつあるのであらば新たな市場開拓と直轄地の拡大を行えばいいのです。その際、アメリカやソ連、ドイツと衝突するのは必然であります。実際、今挙げた国々は我が国の輸出品に少なくない関税を掛けています。戦争に勝利し、この関税を廃止させ、市場を拡大して行くだけで今では考えられない経済効果をもたらします。これからの時代は世界経済が複雑に絡み合い、相互依存の時代が来ると紅葉予言書(もみじよげんしょ)にも書かれています。予言書の信憑性は国民も知っての通りであり、これからは本当に相互依存経済に移っていくのでしょう。そんな経済主体では必然的に外交が重要になってきますがそんな外交で圧倒的力を発揮するのは軍事力です。我が帝国の軍事的優位を世界に示し、今後の外交的発言力強化のためには、今対戦に大勝する事が必要と考えます。たとえ今開戦しなくとも、いつか、覇権を争うために戦争になります。ならば、我が国が覇権国として君臨する方が、後々の厄介な事態の解決にも、他国同士の戦争を我々の圧力で阻止するなど、今後100年以上に影響を与えると思われます。よって、我々の軍事的優位が明確である今、今しか開戦のタイミングは無いと思います。」


人生で一番緊張したであろう演説を終え、西野は安堵した様な笑顔を浮かべ、着席する。


「東機関としても同じ見解です。加えて、まだ裏が取れていませんがどうやら米国は我々と戦争することで同じく経済規模拡大を狙っているようです。特に、カルフォルニアにある地下資源を標的にしており、陸軍力なら我が帝国のアメリカ方面軍に勝るという考えが上層部、主に大統領の側近に充満しており、我々が戦争する意思があるか否かはともかく、彼らはやる気だと思います。ならば、来る大戦に備えなくてはなりません。」


坂田が再度発言し、西野に援護射撃を飛ばす。


「陸軍としても、坂田さんの報告には確認の取れる部分がございます。アメリカ方面軍総司令長官である田中静壱(たなかしずいち)大将と副司令長官である岡村寧次(おかむらやすじ)中将より、アメリカから我が国の支配下にある西海岸に入国し、突然死する者が急増していると警報を鳴らしてきています。我々はこれが開戦の為の理由づくり、正当化の為の下準備と考えています。」


「海軍としても同様です。東海岸沿いに展開している伊号潜よりアメリカ国籍の、それも軍艦や民間の艦船に偽装した陸軍の輸送艦が多く目撃されており、それらはテキサス州周辺の港に入っているようで、どう見ても陸軍の戦闘準備としか思えません。」


山下将軍に山本長官も西野の背中を押すように意見を出し合う。


「うむ、私も皆の報告書を見てそう思っていた。では、対米開戦はやむなしと見て、我々は最初は防衛に徹するべきと考えるが異論のある者は?」


「「「「おりません」」」」


「では、そういうことだ、東郷。君の意見はありがたいが私は開戦が最も得られる国益が大きいと考える。どうだろうか?対米開戦に合わせて欧州外交に、特にソ連との外交に専念してもらえないか?相互安全保障とは行かずともせめて不可侵条約を結んでもらいたいのだが、出来るか?」


「もちろんです、陛下。私が陛下の手足としてソ連との不可侵条約を実現して見せましょう。」


「して、統合作戦本部としては陸海空軍は開戦後、どう行動する?」


「はい、その事に関しては現在、統合作戦本部長総司令長官である黒川司令たちが休暇中でして、彼らが休暇から戻り次第、陸海空合同で、作戦説明と協議を行いたいと思います。今現在申し上げられるのは三日後に行われ得る日英共同作戦、ドーンブレイカー作戦が最終準備段階に入ったと言う事だけです。」


「そうか。で、五十六くん、彼らが戻ってくるのはいつかな?」


「はい、明後日には欧州から戻ってくる手はずになっております。」


「ならば問題なかろう。今日のところはこれで終わりにし、三日後、黒川くんたちを含めてもう一度、今度は統合作戦司令室で作戦会議を行うこととする、良いな?」


「「「「はい、問題ございません。」」」」


「うむ、では続いての議題だが、帝国大学の予算に関する。。。」


一番の山場を乗り越えた会議は、踊る事無く順調に進んでいった。




2日後 英国 バートンウッド在英日本軍空軍基地




「まさかお前とまた同じ飛行機に乗る日が来るとはな。」


「そう言って、本当は嬉しいくせに。」


空軍基地には珍し、緩い会話を交わす二人の高級軍人は、広く、平らに整備された滑走路を横断し、今回乗る陸軍機99式重爆撃機 恐山そして護衛のキ83発高高度戦闘機 六機と英空軍の護衛であるモスキート三機を見渡しながら、目の前の英国の高級軍人二人に顔を合わせる、モンゴメリーとアンドリューである。


「アドミラルクロカワ、ジェネラルクロカワ、今回は本当に有益な時間であった。終戦した暁には、また、英国に来ていただきたい。」


「私からは謝罪を、アジア人と侮っていた私が愚かだったようだ。今回、貴殿に任されたドーンブレイカー作戦の成功をもって、謝罪とさせてもらいたい。」


二日間の英国電撃訪問を終えた日本の高級軍人に対し、普通に友人として振る舞ったアンドリューと、人種差別的観点から、少々無礼を働いたモンゴメリーは、対照的な別れを黒川たちに告げていた。


「いえいえ、私達もお世話になりました。」


「その通りです、モンゴメリー将軍。アンドリュー提督には、また今度、兄の話を聞きたいですね。」


「アンドリュー?わかっているな?なあぁ?」


「ははは、彼にこんなに感情をむき出しにさせるとは、すごいなジェネラルクロカワは。はっはっは。」


電撃訪問の結果はこの会話を見ればわかるであろうとう言うほどの、普段の軍人である彼らからは想像も出来ない、友としての時間がそこには流れていた。


「では、二人共、次会うときは戦場であろうな。」


「ああ。だがそれが終われば、また、英国に来よう。それまで二人共、」


「「元気で。」」


四人とも、敬礼を互いに交わし、握手を交わし、黒川たちだけがその場を後にし、恐山に乗り込む。窓から顔をのぞかせた黒川たちは、アンドリューとモンゴメリーの二人がまだ敬礼をしている事に気づき、敬礼を返す。恐山はそのままフラップを展開、徐々に加速し始め、V1、VR、V2と順調に離陸、護衛戦闘機に囲まれながら、黒川兄弟は英国を後にしたのであった。

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