第4話 世界情勢複雑怪奇なり

第四話 世界情勢複雑怪奇なり




1939年 9月 3日




ドイツによるポーランド侵攻を受け、日英は東京で急遽開かれた国際会議にて異例の速度で声明を発表、ドイツを強く避難し、制裁を必ず行うと大きく、世界に示した。大日本帝国は海軍より金剛型戦艦4隻を主力に,重巡12、軽巡23、駆逐42、補助艦82を含む大艦隊を増援として欧州に派遣することを決定。加えて、陸軍より5万の兵と200機ほどの戦闘機、攻撃機などを陸路、海路を用い2周間以内に派遣する事を公表。これに対し、ドイツ帝国はポーランドが元々ドイツ領であるため、今回の「特殊作戦」は反乱の鎮圧であり、これを避難することは内政干渉である、とすさまじい見解を展開、日英両国に対し反発、必要とあらば戦線を布告しドイツ国民の政治的自由を防衛すると高らかに宣言した。そんな中、国内に不穏な影が現れ始めた国があった。




フランス 王都パリ 郊外 


花の都パリ中央よりやく100km離れている普通の下町の普通の家に日系フランス人が二人、日本人が一人食卓を囲んでいた。日系フランス人の二人は瓜二つの外見をしていて、その外見から区別するのは不可能だろう。金髪に白い肌、細い腕、スラリと長い脚。そして何より、二色のオッドアイが美しい青と緑を左右に輝かせる瞳が幻想的な雰囲気を生み出していた。魔性の美と言うのはこの事だろうか。それに比べて日本人の男は何をとっても普通としか印象に残らない。顔、体型、肌、身長、どれをとっても平均的な日本人男性としか印象に残らない男だ。外見だけは。


「すごい変装ですね、長官様?一瞬誰かわかりませんでしたよ。いつもの長官タイプだったんだけどなー。」


日系フランス人の美女の一人が誘うように問いかける。


「冗談はいい、報告を」


動揺を見せない大人びた反応は彼の普通な外見からは感じられない、内面を映し出している。


「昔から釣れないなー長官は」


もう一人の美女が真顔で話し出す。


「私達の事を気に入ってくれている政治家先生の話では、何でもフランス議会は私達側につくか、ドイツ側につくかで割れているようで戦国時代並みの乱戦状態のようです。理由はドイツからの賄賂、そして流れているのは何故かアメリカドルのようですので、もしかしたらアメリカが絡んでくるようです。ただ。。。」


美女はそこで言葉に詰まった。


「ただ?」


「我が帝国からもお金が流れている可能性があります。」


男が珍しく感情をあらわにする。驚きではあるが、どうやら女が思っている感情ではないようだ。喜び、いや、感心だろうか。


「素晴らしい、よく澤部が流している金に気がついたな。感心したぞ。その金は偽金だし流している先も把握してある、問題は無い。それより、例の件は?」


「なーんだ、緊張して損した。例の件は多分確定じゃないのー、この仕事が終わったら退屈ないつものに戻るんでしょ?つまんなーい」


先程までの口調は何だったのだろうと思わせるほど軽く返事を返すと、女はどこからかエミリーボードを取り出し足を組みながら爪を研ぎ始める。真顔を崩し、唇を尖らせながらいかにも不満な雰囲気を撒き散らしながらも、爪を研ぐ手を止める気配はない。


「そこでだ、皐月(さつき)君たちに依頼したいことがある。賄賂が流れているフランス議員を洗い出してほしい、後はこちらで排除する。できるなら君たちがやってもいいがパリではこれが最後の仕事だ。どうだ?やる気は出てきたか?」


日本人の男がそうつぶやく皐月と呼ばれた美女とその姉、三月はゆっくり笑顔を作る。美しい二人なだけあってその笑顔は美と邪を含み、あるものには底しれぬ恐怖を刻むだろう。だがこの日本男児は違う。


「いい笑顔だ。ではまた後日、こちらから連絡する。こっちは前回の分の報酬、こっちが今回の前金だ。では、元気で」


そう言って大きさの違う袋を置いて男は朝食を済ませ音も立てずに素早く家を後にする。中くらいの袋には10,000円が、小さめの袋には3000円が入っていた。なお1930年代の10、000円は現代ではだいたい4000万円、3000円は1200万円相当である。




同時刻


帝都東京 国会議事堂 




この世界での大日本帝国の威厳の象徴たる神聖な大国会に怒号は響く。


「総理!なぜドイツ帝国との外交努力を怠ったのですか!我々野党は再三ドイツ帝国の危険性について、声を大にして唱えて来ました。与党として、野党の忠告を聞くのが我々に投票した国民に示す最低限の誠意では無いのですか!」


「「「そうだ!そうだ!」」」


国会は荒れに荒れていた。フランス人が朝食を取る中、日本の政治家たちは口論を早5時間はぶっ通しで続けていた。皆が皆帝国のためを思ってー中には私利私欲のためも含まれるがー持論を展開し、同じ政党内部でもいざこざが起こっている状態であった。そんな中一人静かに目を閉じ、じっとこの国会が終わるのを待っている人物がいた。


「黒川司令、そうつまらなそうにしないでくださいよ、一様海軍省の代表なのですから。良ければ司令もあの地獄に混ざってきたらどうです?」


真っ白な軍服と勲章に身を包み、後ろに控えている女性秘書官にそうからかわれているのは帝国海軍総司令長官、黒川猛(くろかわたける)元帥。海神、海軍総大将と帝国全土に名を轟かせる、山本五十六と並ぶ帝国海軍の猛将である。そんな彼が前線を離れ、国会に呼ばれているのには理由があった。加えて、黒川は分をわきまえている人間でもある。


「私が呼ばれたのはドイツ海軍の概要説明と我が海軍の全容説明であって議会の論争に参加することでは無い。出番まで静かに待ちたまえ。私が参加したところで帰れる時間が遅くなるだけだ。」


実際、今黒川ができることはなく、説明を求められるのをただただ待っているだけであった。




白熱していた議論もおじさんたちにはそう長く続けられるはずもなく、体力切れで議論は終結。ただ結論は先延ばしになっているようである。そんな中、ここぞとばかりに総理大臣たる東條英機の声が響き渡る。


「皆さん、我々が過ちを起こしたかどうかは現状、さほど重要ではない事を理解していただきたい。我々が議論すべきは来たる戦争に向けた準備と、帝国のため最大限の努力をどう行うかを決める事です。そこで、海軍省より、海軍元帥 黒川猛に今回の戦争について説明をさせたいと思います。議長。」


議長がうなずき、一呼吸置いて名前を呼ぶ。


「黒川猛くん。」


「はい!」


一コマの遅れもなく、黒川は直立し、大きく返事をしてから、壇上へと足を進める。


「海軍省、黒川猛より説明させていただきます。我々統合作戦本部としては、今大戦、特に我が帝国は海軍力が重要になると考えています。そこでまず、我が海軍の全容ですが。戦艦37隻、空母24隻を中心に3個主力艦隊からなり、これらを統合し、連合艦隊として運用しております。加えて、アジアに限り陸軍と共同で哨戒機を500機以上常時警戒に当たらせており、絶対国防圏内は完全な監視体制を構築しております。仮想敵たるドイツ海軍の全容としましては戦艦は旧式を含め50隻近くを保有していると思われますが空母はグラーフ・ツェッペリン級が2隻だけであると、東機関より報告が上がっております。加えて、グラーフ・ツェッペリンは実験艦としての側面が強く、技術力では我が海軍にはもちろんのこと、英国海軍にも遠く及ばないと思われます。さらに、致命的なのは両艦ともまだ実戦投入可能な状態ではないという事です。最低でも実戦投入にあと5ヶ月はかかるとの見積もりをだしています。」


「では警戒する必要がないではないか」


議員の一人が安堵を含む言葉を漏らす。


「いいえ、そう簡単には行きません。ドイツクリーグスマリーネで警戒すべきは潜水艦、Uーボートです。我が海軍の巡航潜水艦と同じ航続距離でありながら、小型潜水艦ほどの大きさであり、魚雷発射管8門,搭載魚雷数30近くと強力です。なにかを犠牲にしてこの性能を得ているのは確実ですが、それがなにか、今は検討も付きません。そこで海軍作戦室としてはドイツと開戦した場合、すぐさまドイツ帝国アフリカ領にある全ての海軍拠点を同時に殲滅する事を提案いたします。」


国会にどよめきと驚きが広がる。


「本当にそんなことができるのか?」


議員の一人が発したその言葉は皆が疑問に思っていたことそのものであった。海軍軍人ではない議員たちでも、この作戦の難しさは戦力分散という点から不可能に思えた。


「偶然にもドイツ海軍の主要拠点は全てで4つ、帝国海軍が誇る大和型戦艦も4隻です。」


「まさか大和型単独で作戦行動を行うつもりか?」


「まさか、確かにそうすれば開戦までドイツ海軍に怪しまれず、奇襲は成功するでしょう。ですが帰還時にUーボートに補足され最悪撃沈、最低でも中破させられる可能性が高いと思われます。ですので初撃は空母の艦載機を使って行いたいと思います。各大和型戦艦に空母3、戦艦2、重巡15、軽巡10、駆逐40ほどをつけ作戦に当たらせたいと思います。欧州派遣艦隊の強化と日本近海の防衛を考えた場合、これが最適だと判断します。再編成、作戦計画はすでに完了しており、全容としましては総勢空母12隻、戦艦12隻、重巡63隻、軽巡33隻、駆逐168隻を持ってドイツアフリカ・アジア方面艦隊を殲滅し今大戦における我が海軍の絶対優勢と国防を決定づける一撃を初撃とすべきと、海軍省としては考えています。」


一礼してから黒川は美しい行進で自分の席に戻り、着席し。再度目をつむる。黒川が座った事を確認し、東條が再度壇上へ上がる。


「以上が開戦した場合に我が帝国海軍が取る行動です。陸軍に関しましてはドイツや今大戦の他の仮想敵国とは国境を一切接しておらず、想定される侵攻は海上からであります。よって陸軍は開戦後中国方面で待機、海上哨戒任務の回数を増やし、警戒態勢に移らせ、戦況の変動に応じて動き出す手はずになっております。」


東条はその後も欧州における軍事行動の説明を続け、それが終わると政治関連の話を始める。が、その前に黒川は東条首相が注目を集めているのを良いことに、すでに国会を後にしていた。


「司令、東条首相の演説、最後まで聞かなくていいんですか?」


黒川の女性秘書官、秋田真木(あきたまき)が小走りで後を追いながら疑問を投げかける。


「必要ない、何のために出口付近の席を抑えておいたと思っている。お前は呼ばれていなかったが今朝東条閣下と内密に会議を行い今日国会で演説する内容も聞かされている。よって聞く必要はない。」


そっけない態度で黒川は応えると、国会議事堂の前に待機させていた車に真木と乗り込み、海軍省へと戻っていった。


この世界での大日本帝国陸海軍は天皇陛下の名の下、協力していることになってはいるが海軍省と陸軍省は別々であり、統合作戦本部が唯一協力体制が確立されている組織として機能している状況である。いくら天皇が神格化されているとはいえ、戦国時代から続く血の決別は簡単に埋められる溝ではなかった。


ただ二人を除いて。


「それにしても司令が未完の紀伊と備前(びぜん)を今作戦に加えると聞いたときは驚きましたよ。いいのですか?そんな危険を犯して。」


車の中で真木が質問を再度投げかける。


「護衛には潜水戦隊と信濃を同行させる。インド沖の警戒任務とでも言えば出撃させるには十分だ。必要は無いだろうが伊号艦も数隻同行させる。十分すぎる戦力だろう?必要とあらば他の大和型に支援させればいい。問題は無い。」


小話をしている間に海軍省に着き、黒川と真木は裏口へ回る、そうでなくては忙しなく働く人混みをかき分け、黒川の執務室である海軍元帥本部に向かうはめになってしまう。正面玄関とは違い、警備兵以外の人影が見当たらない裏口の中央階段を登り、黒川の室へと向かう。一分ほど歩くと他の扉とは違い、中央に黄金の菊花紋を携え、海軍元帥本部と書かれた茶色く分厚い扉が姿を見せる。ここが黒川の執務室である。扉の左右に一メートル間隔で立っている警備兵の敬礼を受けつつ、黒川は軽々と扉を開き、入って正面にある自身の机の椅子に腰を下ろす。


周りには世界各国から贈られた勲章やトロフィーに似た記念品が日本の名工たちが手作りで作り上げる家具を飾り、窓からは帝都の中心たる皇居と背後に控えるビル群が見える絶景を浮かべていた。正面の扉の他に、両側の壁に同じような茶色い扉があり、右は寝室や食事を取るテーブルがあるリビングの様な部屋に、右は階段に続いており、降りれば総合作戦本部作戦室に直行できるようになっているが、こちらの扉には鍵がかかっており、通常は入れない用になっている。


「司令、今日残っている主な予定としましては欧州派遣艦隊について英海軍より問い合わせが来ています、そちらの対応が終了次第、陸海軍の参謀作戦会議にて対独戦略の決定を行い、会議終了後に山下将軍との会食がございます。内容は機密だそうで、連絡役にも伝えられていませんでした。いかがでしょう?」


真木は淡々と手元の予定表に書いてある予定を読み上げる。今はちょうど3時を回ったところであり、今日の予定は時間指定のものが山下将軍との会食以外なく、すぐに片付くものばかりであった。


「英海軍からは誰が来ている?同盟国をないがしろにはできないが相手の階級によって対応は変わるからな。」


黒川に尋ねられれば普段はすぐに応える真木も今回ばかりは言葉につまり、黒川の目線が彼女の目を直視して初めて言葉を発した。


「す、すみません。その、英海軍から来ているのは。。。」


「くどいぞ」


黒川の低く芯に響く声に真木は長年の経験からなれてはいるが、やはり恐怖を抱かずにはいられない。急かされ、慌てて報告を行う。


「はっ、はい。英海軍からはアンドリュー・カニング海軍元帥が直接お見えです。すでに応接室にて南雲総長がもてなしており、司令の帰りを2時間ほど待っておいででてす。」


「そうか、元帥自ら来たか、ならば今すぐに合わねばな。」


そう短く告げると黒川は椅子を後にし、真木の隣を通って部屋を出る。応接室への道のりはそう長くはないが、数名職員とすれ違う。彼らは軍人か民間の職員のどちらかであるが服装から見分けることはできない、皆が皆似たようなスーツを着ているからだ。これは襲撃を受けた際、誰が戦闘員か見分けがつけられないようにするためだが、黒川と真木を見た後、敬礼するか礼をするかでだいたいどちらか判別できる。今は若干軍人の方が多いようだ。3分もしない内に特別応接室へ到着する。真木が扉を開き、普段なら黒川だけが中に入り、真木は外で待機だが今回は違う。


「お前も中に入れ。」


真木の横を通りすぎる瞬間、黒川は小さく真木にだけ聞こえるようつぶやく。黒川はそのまま入って右側にいる南雲総隊長に一言断って彼の隣に座る、アンドリュー・カニングの真正面である。


「またせて済まないなアンドリュー、国会に呼び出されてな、対独戦略の説明をしてきたところだ。」


「それは大変だ、アドミラルクロカワ。日本の国会は我が国のように狭くはなくとも同じくらい白熱し、やじも大変元気に飛び交っていると聞く、さぞお疲れなのではないか?」


二人の砕けた口調に同じ部屋にいる他全員ー南雲と真木だけだがーは驚きを顔に出す。それもそのはず、の二人は公式には初対面のハズだからだ。


「確かにな、だが私が連合艦隊のアフリカ方面作戦に関して説明している間は珍しく静かだったな。それで今回はどんな要件だアンドリュー、答えられる範囲で答えよう。」


「ありがとう、実は今回は貴国の欧州派遣艦隊の出撃について報告しておこうと思ってな。彼らには大西洋に出ようとしていた独艦隊の追跡を依頼し、その際に発生した戦闘での戦果報告はすでに受けていると思う。そこで正式に我が国より感謝状を持ってきたと言う訳だ。」


黒川は悩んでいた。カニングが言っていることは完全な建前だ。欧州派遣艦隊の戦果はUーボート 8隻撃沈だ。民間船を狙っていたため戦闘を行った事はすでに報告を受けており、世界に大々的に発表する準備を進めている。だが害軍元帥であるアンドリュー直々に感謝状を送るほどの戦果ではない。他に要件があるのは確実だろう。だが黒川が迷っていたのはそこではなく、彼にこのまま続けさせるか、本題はなんだと切り出すべきかを迷っていたのだ。このまま彼に話させれば情報を引き出せるかもしれない、だがそれは友として許される事か否か。そんな葛藤のすえ、東機関が情報収集を行っているはずだという結論にたどり着き、黒川は口を開く。


「建前はいい、本題は?」


「バレバレだったかな?はっはっは。では。我が王立海軍としましては欧州派遣艦隊に出撃許可を、可能であれば我が海軍の作戦に加えたいと思っております。内容としましてはドイツに宣戦布告をした直後に、彼らに海戦を挑むつもりです。大艦隊を持ってドイツ海軍の要所ハンブルク港に攻勢をかけるように見せ、クリーグスマリーネをおびき出す作戦です。この作戦に帝国海軍にも加わってもらいたいのです。」


真剣な眼差しをアンドリューより向けられた黒川は少し考え、すぐに結論をだす。


「お断りします。」


「司令!?良いのですか!?独海軍を木っ端微塵に叩き潰すよい機会では無いですか!」


今まで空気に徹していた南雲が久しぶりに言葉を、それも大声で発する。


「落ち着け、南雲総長、私は今アンドリューと話している。アンドリュー、断ると言っても一部だけだ。作戦に加えることはできない、欧州派遣艦隊はまだ欧州の海域に慣れていないからだ。ただ君たちロイアルネイビーが心置きなく戦えるよう背後、ドーバーの制海権を維持するため出撃は許可する。どうかね?」


黒川の言葉にカニングは悟ったように、最初からわかっていたかの様に、少しの希望を失った様に薄く笑顔を漏らしながら肩と頭を下げながら礼を言う。


「ありがとう、アドミラルクロカワ。その方向性で頼みたい。では、私は陸軍省も尋ねなくてはならないので、また今度。」


「ああ、時間が開けば君が泊まっている帝国ホテルに顔を出すよ。元気で。」


握手を交わし、アンドリューだけ真木が開けた扉を通って退室する。真木が扉を完全に締めたのを確認した瞬間、南雲は黒川に問いかける。


「なぜあのような理由で断ったのですか?彼には司令が出撃させたくないが為に言い訳を言っていることはバレていると思いますが。」


「当たり前だろう、でなくてはロイアルネイビーの総大将は務まらん。それにしても今回の作戦、誰の発案だ。。。我々を頼ってきた時点で彼もわかっているのだろうと思いたいが、この作戦、失敗に終わるだろうからな。」


南雲は疑問を声に出さずにはいられなかった。


「なぜ?」


「簡単な話だ、英海軍はドイツの潜水艦と空軍力を舐めきっている。独海軍を誘い出すのは良い作戦だ、だが問題はその方法だ。戦艦群による艦砲射撃で港施設を破壊したいのは理解できるが、艦隊を派遣する時点でウルフパックに待ち伏せされるのは目に見えているはずだ。数は不明だが大勢の対艦攻撃機を飛ばしてくる事も予想される、空母が二隻と侮っているからこそこんな無謀な作戦に出たのだろう。せめて潜水艦に初撃を任せ、撹乱し、空爆によって艦隊を誘き出すべきだ。艦隊を囮に使っている時点で失敗するだろう。」


戦争においても、単純な戦闘においても、相手との戦力差、軍事技術の差を認識するのは重要だが、イギリスとドイツの軍事技術、更に航空機技術に限っていえば、差は殆ど存在しないのに加え、潜水艦ではドイツが圧倒的優位を確立していると黒川は認識しており、カニングもそうであろう。ならばこの作戦はカニングによる立案ではないと思って間違いないであろう。彼による立案なら小規模でも航空支援を送るはず、それを伏せている可能性もあるが、カニングの性格と彼が今回帝国海軍に援護を依頼する立場である事を考えるとほぼ間違いなく航空機は今回の作戦には投入されないと思っていいだろう。ただ単に航空機が不足しているだけかもしれないが、こんな荒っぽい作戦はカニングの慎重深い性格とは反している。


「ですが英海軍は我が帝国海軍に王座を譲ったとはいえ世界第二位の海軍です。比べて独海軍は世界第5位ですよ?そう簡単に負けるとは思えませんが、司令が負けると考える他の理由はなんでしょうか?ウルフパックや航空機程度で戦艦を含む大艦隊がそう簡単に負けるでしょうか?」


真木の疑問はこの時代の海軍軍人としては普通、いや優秀と評価されるかもしれない判断だ。比べて黒川の主張は通常であれば指を刺されて笑われてもおかしくない暴論だ。極端に言ってしまえば我々が生きる現代で、突然学者が突然「自衛隊はロシアと正面から殴り合える戦力を持っている」と主張しているような感覚だ。


「お前の言うことも理解できる。だが、現在世界中、我が帝国海軍までもが空軍力と潜水艦に対する意識が低すぎる。空母を何十隻と建造したのは全て私の独断だと思っている者が大多数であり、上層部の意識改革に注力していたからこそこのザマだ。お前にも何度も説明しているように、これからは航空機の時代だ。我が海軍航空隊を世界最強に育てたのは私だと言われているが、私では無い。山本が発起人となり海軍航空隊が設立され、私はそれを導き支援したに過ぎない。」


口止まり、黒川は大きなため息を漏らす


「上層部では航空機が次の海戦の主役になると認識され始めているのに、実際の船乗りたちは俺たちが海の王者、戦艦であるとの認識が強く、大和型などがその考えを大きく支えている。赤城や加賀は大和型に匹敵する攻撃能力、特に超アウトレンジ攻撃などの戦術的有利を持っており、今回の大戦で一番活躍するのは機動部隊だというのに、赤城と加賀の船乗りたちはこんな平べったく威厳にかける艦に乗るのは嫌だと思っている者がほとんどだ。国民はもっとひどい。長門型は我が帝国の象徴と国民皆に認識されているのに対し、国民の殆どが空母機動艦隊の存在すら知らいない状況だ。他国もそうであると東機関から報告は受けているが意識改革は急務だ。お前も今度機動部隊の演習を見てくるといい。本人たちは相手をしている戦艦の油断や運だと思っているようだが彼らには実力があるし、実戦でも十分通用するレベルだと私は思う。」


黒川は世辞を言う性格ではない、相手に自身の能力を過大評価させ冗長させるために言ったりするだけで逆に世辞を黒川から言われるのは敵対宣言とも取れる。この認識は陸海軍両方で共有されており、黒川に世辞を言われた陸軍将校が一週間後には閑職に回された、などの噂が発端であり、最悪事故死として消されるとも噂されている。それを理解している真木は黒川の言葉を疑いはしなかったが、それでも他に疑問に思う点は数多ある。


「航空機が次の時代の主役になると私も思います。ではなぜ欧州派遣艦隊に空母を含めなかったのですか?それに司令は陸軍にも航空機の研究、配備を進めていると伺っておりますが陸での主役は戦車では無いのですか?」


南雲が真木の質問は終わったと見て黒川に問いかける。


「空母を派遣しなかったのは今は言えない理由に加え、英国に我々の空母を見せたくなかったのが大きい。そして陸についてだが、やはり陸でも航空機が力を持つだろう。陸上戦の主役が戦車ならヒロインは航空機だ、それも主人公を守る戦闘型ヒロインだ。速度や攻撃力は完全に航空機が上だし、対戦車という役割なら航空機の方が駆逐戦車や、野砲より向いているだろうな。」


黒川の言葉が沈黙を呼ぶ。だが、真木が冷え込んだ空気をもろともせずに話し出す。


「話は変わりますが司令、アンドリュー元帥に国会の話を漏らして良かったのですか?」


真木の疑問はこうだ。この大日本帝国ではスパイ防止のため、国会での軍事関連情報は全て隠匿されると法律で定められている。にもかかわらず黒川はアンドリューに軍事情報を少なからず流したことになる、これは重大な憲法違反であるはずである、通常なら。


「司令、真木くんには伝えておいた方が面倒事が減るのでは無いですか?」


真木の疑問に答えたのは黒川ではなく南雲だった。この件に関しては南雲も海軍総長として一枚噛んでおり、簡単に言えば対独戦を見据えて、国会内に侵入しているかもしれないスパイの一掃を目的に欺瞞情報を発信したわけである。黒川自身はアンドリューを信用しているが、軍令部は違う。そのため、黒川はアンドリューに踏み絵をさせたわけである。


「いいや、問題ない。真木なら気付いているはずだ、こんなバカバカしい茶番はな。」


そこで一呼吸おき、黒川は真木の方へ振り返る。茶番を見抜けなかったのか、真木の耳元は赤く染まっていた。


「今夜、帝国ホテルに行く、おめかししてこい。」




同日 アメリカ時間 19:23 ホワイトハウス 大統領事務室 




この世界のアメリカは、大日本帝国に西海岸を植民地化され、太平洋への入り口を閉鎖された挙げ句、本来、カルフォルニアより得られるはずだった莫大なゴールドラッシュの利益が事実上消滅、太平洋の島々、フィリピンなどの植民地を得ることなく、国力は大日本帝国の3分の2程度に落ち着いていた、大恐慌までは。


史実では1929年に発生した大恐慌はこの世界では1928年に発生、原因はヨーロッパで起こると思われていた大戦に備え、多額の投資を軍事品生産に当てていたため軍事関連企業の株価は高等、そして暴落したことでアメリカ国内は史実の大恐慌以上の不況に突入、5年でGDP成長率平均マイナス38%と凄まじいスランプに突入、国内企業は軒並み破産しアメリカの工業力は大日本帝国の半分以下に衰退していた。


そんな中、1933年に大統領に就任したフランクリン・D・ルーズベルトは大胆な経済政策を指導、同時期にカイザーに即位したヴィルヘルム三世と共に経済協力協定を秘密裏に結び、ドイツの軍事力増強を支援し、1928年より忘れ去られていた軍事物資や産業を復活させ、アメリカの工業力の息を吹き返させた。だが、それでも国内世論は軍事と言う言葉にトラウマレベルの恐怖を抱いており、大規模な工業力増強は見送られていた。だがそこは腐ってもアメリカである。この政策でGDPは30%以上の急激な、驚異的な成長を記録、そして世間の目を避けるように秘密裏にアメリカの軍事産業は着実に成長を続けていた。


そんな奇跡的な復活を遂げつつあるアメリカ経済の次なる獲物を決めるべく、ホワイトハウスには各政府機関の大臣たちが集まっていた。


「大統領、やはり次なる目標は大日本帝国なのでしょうか?ドイツを支援しつつ、太平洋への入り口を西海岸に切り開く、と?」


口を開いたのは経済省 経済大臣たるフリードマンは大統領に問いかける。


「南アメリカ諸国からこれ以上搾取するのは不可能です。ドイツの経済規模にも限界があります。やはりアジアの巨大市場を独占する大日本帝国と正面からやり合うのは分が悪いのでは無いですかな?」


「フリードマンくん、さすがの私でも今の我が国の経済力では大日本帝国に押し負けうるとわかっている。だからこそ、戦争なのだ。欧州に目を釘付けにしている間に我々固有の領土たる西海岸全域を制圧し、そこに眠る地下資源を得ることが最重要目標である。特に確保しなければならないのはカルフォルニアである。彼の地に眠る銀、銅、金そして何より世界最大規模の油田は絶対に確保しなければならない。そしてこれらの資源を確保した暁には、国民に軍事力の必要性を説き、再軍備に取り掛かれる。誰か、良い案はあるか?」


この世界では西海岸はアメリカが自国領とする前に大日本帝国により植民地化されているが、混乱を避けるため現実世界での州ごとでの名前と区画分けを示すものとする。なお、地下資源は現実世界とは別であり、埋蔵量も違うのでご注意を。


「はい。」


大統領に返事をしたのは陸軍元帥 パットンであった。


「我々が秘密裏に開発したM3戦車を全面に出し、一点突破を持って日本軍を蹴散らして見せましょう。何せ彼らは未だ戦車を持っていないようですからな。比べて我軍の戦車はドイツからの技術提供も相まって世界最強と言えるレベルの戦車です。戦車を持たぬ日本軍に、我が装甲軍団の一撃を防ぐことはできますまい。これを持って国民にアメリカに最強の陸軍ありとしめすのです!」


「ですがパットン将軍、陸軍の装甲化はまだ途中ですぞ?国民の目を盗みながら軍拡を行っている弊害として、装甲軍団の充足率は未だ46%をやっと超えたところですぞ。いくら日本軍に戦車が無いとしても、性急がすぎるのではないですか?」


パットンに待ったを掛けたのは軍の物流を影から支配している軍事会社 グリードマン社の社長グリードマンであった。


「我社の非正規工場をすべて全力稼働させていますがこれ以上の生産量向上は不可能です。弾薬も足りません。このままでは進行開始から一ヶ月、損耗率によっては2週間程度で底を着きますぞ?」


国民の反戦感情、と言うより軍事関連の一切に金を使う恐怖心から、アメリカ国内に存在する正式な工場の内、たったの7%が軍事関連の工場であり。非正規工場を含めても14%と大日本帝国の43%、大英帝国の38%、そしてドイツ帝国の61%には遠く及ばない。


「それに我々から攻撃を行っては国民の支持は得られませんぞ?いくらヨーロッパでドイツが暴れまわろうと、国民の納得させるには不十分ではないでしょうか?」


「それに関しては我々にお任せを。」


グリードマンが漏らした不安を払拭すべく起立して声を上げたのはアメリカ一の新聞社 アメリカンタイムズの社長ジェームソンだ。


「我社が国内で運用している43の州別新聞社では反日的な内容を7年前より徐々に増やし続けており。先のポーランド侵攻時、ドイツ帝国の主張である反乱鎮圧は内政であると言う主張を養護するだけでなく、我が国も西海岸の州を反乱から開放すべきとの主張を展開しています。我が国を解放者として描くことで国内世論を反日に塗り替える事が可能だと我社は考えています。実際に体調不良や体の弱い労働者を西海岸に送り込み、死亡した事実を作ることで反日感情を煽っています。」


アラスカ、ハワイ、そして西海岸を失ったアメリカ合衆国の州はすべてで43。そしてアメリカンタイムズはアメリカ中に新聞を提供する唯一の会社であった。もちろん州ごとに個別の新聞社は存在するが州をまたいで、それこそ世界規模で展開するアメリカの新聞社はアメリカンタイムズだけであり、その実績も相まってアメリカ国内では圧倒的人気と信頼を勝ち取っている。


「記者達の影響力はたしかに絶大だ。だがそれだけで世論を動かせるか?それに我々はユダヤ達の影響力、ネットワークをすべて大日本帝国とドイツ帝国に失った。日本人が海南島に建国したイスラエル共和国のせいでな余計にだ。とても彼らのネットワークの手助け無しでアメリカ全土に反日感情を充満させるのは不可能ではないでしょうか?」


「いや、ユダヤどもが居なくなったことで新聞の影響力が増し、ファクトチェックなどを行う組織が弱体化したことでプロパガンダを広めやすくなったのでは無いか?それに、アメリカ人一人一人に反日感情をもたせる必要も有るまい。有権者どもを影響下に置けば十分だ。女性参政権だったか?それも認めて大日本帝国内では女性が差別されているとでも新聞で流せば、女どもをうまく利用できるんじゃないか?」


「良い考えだ、グッドマン。ではその案で行こうと思う。反対の者は?」


「「「「「「異議なし」」」」」」


「では、これにて解散とする。」




世界の政治家たちは着々と大戦へと舵を切り始めたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る