第3話 政治と戦争
第三話 政治と戦争
1939年 9月 1日 ポーランド共和国 首都 ワルシャワ 進行開始から5時間
ポーランドの首都ワルシャワは首都とは思えない異様な雰囲気に包まれていた。つい先ほどドイツ陸軍と空軍による国境侵犯があったと連絡があったと思えば、観測員からの通信途絶、加えて国境沿いの監視塔のほぼすべてから救難信号が出ていた。
「なぜ前線の状況が把握できないのだ!!救難信号は受信しているのだろう?ならば状況報告をさせよ!!」
ワルシャワの地下20mに設けられた防空壕の一室、作戦指令室と書かれた扉の裏ではポーランド首相 ヘンリック・ルビンスタインが大声を上げ陸軍将校達を罵倒していた。
「は、どうやらドイツ軍の工作員による破壊工作があったようで、有線通信が激しく妨害されています。」
「では、無線で通信すればいいではないか!」
「それができないのです。近年の軍事予算削減により、監視塔には有線通信網しか配備されておりません、無線が配備されているのは国境線付近ですとビドゴシュチ要塞だけです。」
「ぐぬぬ。。。」
陸軍将校からの返答にルビンスタインは押し黙るしかなかった、何せ軍事予算削減案を通したのは他でもないルビンスタイン自身だったからである。
「君たちだけでどれだけ持ちこたえられる?」
「それは。。。」
「正直に答えてもらえるか?」
「持って、一か月かと。。。」
沈黙と絶望が指令室に舞い降りる。
「破壊工作を未然に防げなかったのは私の軍縮案が原因か?」
「はい、」
誰かがつぶやく。
「軍事用の無線機が足りないのは私が民間用の普及に予算を当てたからか?」
「はい、」
「国境沿いの防御が軟弱なのも私の軍縮案が原因か!!」
「「「はい!」」」
首相の突然の大声に、作戦室内に居た皆が反射的に返事をする。
「ならば、私が責任をもってこの戦争を終わらせよう。皆、降伏の準備を始めたまえ。」
ルビンスタインが気力の無い、だがなるべく部屋中に響くようにと声を絞り出す。
「私は、我が国が、国民が、皆が豊かになる様に努力してきたつもりだったが。。。内に目を向け続け、外を見なかった私の、弱さか。我が国の貧弱な国体を言い訳に、苦手な外交を無視し続けてきたのだからな。皆の者、すまなかった、特にレイェフスキくん、君の忠告は聞いておくべきであった。本当にすまない。」
そう締めくくるとルビンスタインは頭を下げる。だが、彼に向けられた視線は怒りでも憎しみでも無く、単純な同情であった。この作戦室に集結している皆はルビンスタインの努力をまじかで見てきたものばかりであった。軍事的、外交的才能に恵まれなかったルビンスタインは、たぐいまれなる内政で首相にまで上り詰めた叩き上げであり、他のエリート政治家に比べ圧倒的支持率を誇っていた。
「首相、今まで、ありがとうございました。ですが、その命令には従えません。我々ポーランド陸軍は騎馬突撃をドイツ陸軍に仕掛ける所存です。我々が時間を稼いでいる間に、出来るだけの譲歩をドイツから引き出してください。」
「我々空軍も右に同じく。」
「我々特戦隊もです。」
「私は民兵を招集します。」
陸軍元帥の言葉を皮切りに、各軍の責任者が次々声を上げる。
「君たち。。。」
「私は最初に言ったはずです、我々だけでも一か月は持ちこたえると。猶予は一か月です、外交がいくら下手でも、それだけあれば十分でしょうね?」
陸軍元帥は笑顔でそう言い切ると、右手で拳を握り、軽くルビンスタインの胸に打ち付けた。
「我が国の未来、頼みますよ。」
陸軍元帥に続き、航空参謀、特戦隊長などが次々とルビンスタインの胸に拳を打ち付ける。
「皆、ありがとう。では、最後の首相命令を発する。皆、生きて、またこの場所で、ドイツとの条約の調印を行おう。」
「は、」
唇を噛みしめながらルビンスタインは振り返り、扉に向かって若干速足で歩きだす。涙の裏に、不敵な笑みを隠しながら。
翌日 ドイツ帝国 帝都 ベルリン ポーランド侵攻開始から28時間
ヨーロッパ随一の経済都市とうたわれる世界有数の大都市 ベルリン。日本がアメリカに植民地を持ったことにより本来の経済力の三分の一を失ったアメリカは、世界最大の取引市場と言う称号を東京に明け渡しただけでなく、本来アメリカにもたらされるはずだったユダヤ系移民の資産はここ、ベルリンに集中しており、ヒトラーが夢見た帝都 ゲルマニアが実現したかのような賑わいを見せていた。都市としてのGDP、総生産は東京に次ぐ世界第二位で、ベルリン・ドイツ中央取引所は東京証券取引所に次ぎ世界第二位、総人口も東京に次ぐ世界第二位であった。そんなヨーロッパ最大の都市の唯一の欠点、それは何に置いても世界第二位なのである。アジアの莫大な資源、人口、そして市場を独占する東京にはどうあがいても追いつくことはかなわず、常に世界第二位の都市としてのレッテルを張られ、それから抜け出せないむずがゆさはベルリン市民や、そこに住むユダヤ系住民を団結させていた。
そんなヨーロッパ随一の大都市の中心たるカイザーの居城、ブランテンブルグ城。最高高度70mにまで達する城塞はベルリンを見下すように、臣民が絶対的支配者たるカイザーを見上げるように限界まで高く作られている。
築300年とベルリン市内でも最古参の建造物の一つだが、老朽化と言う言葉からは無縁であり、そこらの新築の家より見渡す限りキレイに整えられている。300年前、ドイツ帝国統一を記念し、そして新たに帝都と定められたここベルリンを象徴する城として建造されただけあって攻城戦向きと言うより着飾り、見た目重視で建造されており、常備兵は警備用の一個中隊5000名程度、戦闘員はせいぜい半数の2500名であり、他は帝国近衛兵としてのカイザーの身辺警護や城の修理、カイザーの食事用の食料運搬で必要になる人手要員ばかりで、実戦を経験している者はごく少数、皆無と言って良かった。
そんな見た目重視の本城の一室、城の中心から天を刺すように建てられている、中央塔の最上階一歩手前、カイザーの自室ではヴィルヘルム三世がポーランド侵攻に関して陸海空の全軍から報告を受けていた。
「続いて陸軍からの報告です。」
ヴィルヘルムの秘書官がそう告げると陸軍元帥が一歩前に出る。
「我が帝国陸軍はグデーリアン大佐率いる二号戦車隊によりポーランド軍の前線を突破、ロンメル中佐はポーランド国境の要所、ビドゴシュチ要塞を攻略。両将軍が切り開いた前線をモーデル少将率いる第五機械化歩兵が突破、全体指揮をマンシュタイン元帥が取り、順調にポーランド軍の殲滅を行っております。」
「報告ご苦労、グデーリアンとロンメルはその功績をもって少将に昇進、ただ差別化のためにグデーリアンの年俸はロンメルより少し高くしておけ。まあ彼は金に惹かれる男では無いがな。」
「は、承知致しました。モーデル少将は順当に中将へ昇進でよろしいでしょうか。」
「いや、少し待て。ポーランド降伏後に昇進とする。グデーリアンとロンメルは今すぐだ、あと二人には騎士鉄十字章を授与することとする。」
「了解しました。マンシュタイン元帥率いる第三軍はポーランド降伏後、フランスへ転進、リカルド・テサリク上級大将率いる第十二軍をソ連国境に張り付かせ、必要とあらば時間稼ぎを行わせます。その間に第三軍、第五軍、第7軍の計三個軍団による攻勢でフランスを降伏させます。加えて、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクにも同時に攻勢をかけ、屈服させる予定です。」
陸軍元帥が一歩下がると、また秘書官が声を上げる。
「続いて、空軍からの報告です。」
「我が帝国空軍はポーランド空軍と小規模な空戦を行った結果、ポーランド上空の完全制圧を完遂、対地攻撃にてポーランド軍を粉砕しております。結果として、陸軍の進行速度上昇に大いに貢献しただけでなく、我が帝国軍全体での死傷者数の軽減に役立っております。」
「素晴らしい、空軍にはエースパイロット全員に英雄突撃章の授与と空軍の予算増額を約束しよう。」
「ありがとうございます。それと、一つ問題が発生しております。」
「問題?」
ヴィルヘルム三世の眉間にシワが寄る。
「はい、先週もスペインでの戦果報告をした際にご報告したスツーカ乗りの」
「ルーデルか。」
「はい、そのルーデル少佐が今回のビドゴシュチ要塞の攻略に大いに関わっており、防衛の要であった要塞砲を12門、周辺を防衛していた戦車25両以上、要塞内に立てこもっていたポーランド兵を数多葬っており、ロンメル将軍からも称賛の報告書が上がって来ております。そこで問題なのが」
「勲章か。」
「ご明察の通りであります。現在彼がまだ受賞していない勲章は柏葉・剣付き騎士鉄十字章と、柏葉・剣・ダイアモンド付き騎士鉄十字章だけです。彼に今回柏葉・剣付き騎士鉄十字章を授与した場合、次に残るは柏葉・剣・ダイアモンド付き騎士鉄十字章だけとなります。よって、今回、新たに勲章を作ることを提言致します。」
ヴィルヘルム三世は少し悩んだ末、すぐに結論を出した。
「よかろう。陸海軍と協議した後、また私に話を持って来るといい。」
「ありがとうございます。空軍よりは以上です。」
空軍元帥が勝ち誇ったような顔を陸海の面々に見せつけて一歩下がる。
「最後に諜報部より報告と警告があるそうです。」
秘書官の言葉に場の空気が凍りつく。なにせ帝国のカイザー直下の組織、帝国暗部情報局は数年前に勃発したスペイン内戦の開戦日を三ヶ月以上前に予測しており、その際も警告をカイザーに対して行っていた。
「暗部情報局より報告させていただきます。今回、ポーランド上空約9,000mと予想される高高度を、時速約700kmで飛行している日本機を確認しております。」
いきなりの爆弾発言に空軍元帥の顔が青ざめる。
「今回、日英による合同発表で我が帝国のポーランド侵攻を国際会議にて批判する準備を始めたのが進行開始からたった2時間ほどだったと工作員より感度の高い情報を多数仕入れております。これは我が帝国陸軍の動きがこの高高度偵察機と思われる日本機に見られたためと予想できます。これは空軍の怠慢では無いですかな?」
「お言葉ですがハイドリヒ局長殿、我が空軍のレーダーは資金不足で性能が8,000mまでの探知と制限されております。加えて、その資金不足をもたらしたのはあなたの大日本帝国本土でのスパイ網構築のためでしたな?この責任は情報局にもあるのでは無いですかな?」
「見苦しいぞ空軍元帥殿。自分たちの実力不足を他組織に責任転嫁するなど、それでもプロイセン軍人か!?」
暗部情報局の味方に回ったのは陸軍元帥であった。これで空軍不利となるはずが。。。
「海軍としては空軍に同意する。なにせ最近暗部はスパイ網構築を言い訳に数多の資金を使い込んでいるようでは無いか。空軍も陸軍ほどの予算があれば問題なかったのではないか?」
黙り込んでいた海軍元帥が陸軍に皮肉交じりに切り込む。これで2対2、普通なら議論は白熱し長続きするはずだがここには上位者であり中立な立場である者がいる。
「双方、やめよ。ハイドリヒ、警告感謝しよう。だが、空軍は今回ポーランドで十分以上の戦果を示した。よって予算増額は変更するつもりはない。それに、空軍でも探知出来なかった高度9、000mを飛ぶ機体を君たちはどうやって探知したのだろうな?警告に免じて、詮索はしないでおくが、同時に空軍の予算増額を取りやめるつもりも無い。それでいいな?」
「「「「は、」」」」
カイザーに半ば命令される形で長引くはずの言い争いは短く終わる。四人の報告が終わると見るやカイザーは四人に退出を命令し、秘書官と残りの書類仕事を終わらせる準備にかかる。四人の幹部たちは一斉に敬礼をし、退出したあと各々苦い顔をしながら外に待たせていた副官を連れて散り散りに城を後にする。そんな中、ハイドリヒだけが頬を緩めていた。
「全て総統閣下の予定通りとは、くっくっく。」
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