第2話 開戦

第二話 開戦 


1939年 9月 1日 ドイツ・ポーランド国境 




ドイツとポーランドの国境線は現実世界の1795年のロシア・ポーランド領を元に、ドイツとの緩衝材とするべく日英米の三カ国がロシアに迫ったことから独立、建国された国家であるポーランド共和国が史実の1939年度のポーランドの四分の三程度の領土を支配しており、ダンツィヒを持っていないため史実に比べ国力が大幅に下がっている。そのため、ドイツはロシアと共に史実と同じくモロトフ・リッペントロプ条約に従い分割することを条件に同時進行を敢行しようとしていた。そんな中、ドイツ陸軍のテントの中で、騒がしい外とはかけ離れた静けさが充満し、緊張が走っていた。


「我々第七装甲軍団は電撃戦の主役、一番槍を任されあた。まず二号戦車の速度を持ってポーランド軍の防衛陣地を突破、後方に浸透する。突破が困難を極める場合、三号戦車の実戦使用を許可していただいた。二号戦車隊はグデーリアン、三号戦車はロンメルに任せる。私は一号戦車で後方支援、グデーリアンが切り開いた突破口の維持などを行う。グデーリアンの浸透が完了次第、我々の後方で待機しているモーデルくんの第五機械化歩兵軍団が突破口を通ってグデーリアンの援護、前線維持を行い、ポーランド軍の包囲殲滅を開始する。同時期に空軍による航空支援、空挺部隊によるワルシャワ近郊への落下傘降下などを行い、敵を混乱に陥れる。以上が作戦の第一段階である。なにか質問のあるものは?」


低く、芯のある声を発するのはドイツ国防軍第3軍総司令マンシュタイン元帥。彼自身はこの戦争に乗り気ではなかったが部下の手前命令には確実に従ってきた。今回は部下の士気も高く、グデーリアンやロンメルといった猛将も加わっているため確実に勝利はできるであろう。だが、マンシュタインが見ていたのは目先の戦争ではなくヨーロッパの逆側、フランスやベルギー方面の心配をしていた。彼はポーランド戦をいかに早く終わらせ、フランスに行くかだけを考え続けていた。そんな中、ロンメルが右腕をきれいに真上に上げる。


「将軍、何をそんなに心配しているのですか?我が装甲軍団を持ってすればポーランドなど一ヶ月足らずで制覇できます。一ヶ月ではフランス軍も進行できたとしても十キロ程度、要塞線を突破できるかも怪しいのです。先の心配をしていては目先の絶好の機会を失う事もあります。先々のお考えは重要とは思いますが、今はポーランドに集中し、戦線が安定し始めてから考え始めても遅くは無いのではないですか?」


「私も同感です。電撃戦の下準備は全て済ませ、部下にも伝達済みです。後は将軍の号令を待つのみ。一ヶ月、いや、2週間で蹴りをつけて見せましょう。その後は、将軍とナポレオン退治ですかな」


ロンメルに続きグデーリアンも発言する。二人の言っている事は最もであり、実際マンシュタインも若干そう思っていた。だがカイザーへの不満とこの戦争の勝率の悪さからマンシュタインはもっと先の事を、どう負けるかを考えさせていたのかもしてない。だが


だが、それでは祖国を裏切る敗北主義者のようではないか。


二人の言葉を受け、マンシュタインは重い口を開ける。


「二人共ありがとう。気が楽になった気がするよ。私は君たちの様な優秀な戦友に囲まれて嬉しく思う。さあ、皆で歴史に確固たる勝利を刻み、ドイツに最強の機甲師団ありと世界に示そうではないか。総員、出撃!」


珍しくマンシュタインが大声を放ち、その声は拡声器で増幅され前線基地の全てのテントに響き渡る。皆が更に慌ただしく準備をする中、マンシュタインは深く帽章をかぶり三号戦車に乗り込む。


「一号戦車は全て私に続け!ロンメルとグデーリアンの援護をする。戦車長!多少危なくても構わん、できるだけ前に出してくれ。もっとも、ポーランド軍ではこれの装甲を貫けるとは思わなんが野砲、迫撃砲は脅威だ、同じ場所には長くいないよう注意せよ。」


マンシュタインは自信に満ちていた。先程までの不安は戦友たちに取り払われ、今は目の前のポーランド軍をいかにして殲滅し、自軍の犠牲を最小限に抑えるかを考えていた。マンシュタインが乗る三号戦車は特別性であり、指揮官として必要な長距離連絡用無線、長距離双眼鏡、360度を見渡せる大型キューポラなど特殊装備が積まれており、代わりに搭載弾薬数などが大幅に削られている。それに加え、新型エンジンを搭載しているため重量が1号戦車のやく2.5倍なのに対し、三号戦車は1号戦車と並走できるほどの速度を誇り、正面装甲は短砲身であればドイツ製8.8cm砲すらも弾く。とてもポーランド軍には撃破不能な戦車であった。


「我々はロンメルとグデーリアンの突破を支援し、彼らが切り開く突破口の維持をする。後方に待機しているモーデル軍が浸透できるよう、なるべく多くのポーランド兵を殲滅せよ。ただし、捕虜は認めるられている。ドイツ軍人として恥じない対応を心がけよ。全車、パンツァー・フォー!」


マンシュタインの掛け声で500両以上の一号戦車が動き出す。1キロ先にはロンメルとグデーリアンの二号戦車、三号戦車が合計1,500以上がポーランド国境を目指し前進しており、上空にはスツーカ、メッサーシュミット、ハインケルのエンジン音が鳴り響く。スツーカは急降下爆撃による対地支援、メッサーシュミットは制空権確保、ハインケルは空挺師団の輸送と絨毯爆撃を主任務としており、総勢1,300機の大編隊がこの戦争の初撃を務める。この世界のポーランドはダンツィヒを有していないためクリーグスマリーネの出番は一切ないが海軍航空隊として新型空母に搭載予定の艦載機が100機ほどポーランドの輸送艦、商船を中心に実践演習をする手はずとなっている。


そんな中、ドイツ軍は高度10,000を時速800kmで飛ぶ日本機の事を一切探知できずにいた。




ポーランド侵攻開始から3時間後 


帝都東京 大本営地下中央作戦室


ドイツのポーランド侵攻はドイツ・ポーランド国境上空を飛行しイギリスへ向かっていた日本機が着陸した後すぐさま全世界が知るところとなったが、日本だけが航空機の無線連絡によりいち早くこの情報を知り、同盟国に情報を共有し、異例の速さで陸海の高級士官たちが集まっていた。


「まず皆、運良く陸海合同演習中といえ、忙しい中集まってくれてありがとう。まずは情報を共有しよう。今日、3時間ほど前に独軍によるポーランド侵攻開始を我が帝国陸軍機が確認している。確認された兵力はロンメル軍、グデーリアン軍、マンシュタイン軍の計3個装甲師団、最低でも2個歩兵軍団の総勢約100万の大軍勢だ。航空機はレーダー観測によると2,000機ほどだが、現在レーダーはドイツ・ポーランド国境を全てカバーできているわけではない。3,000、いやもしかすると4,000機以上いるかもしれない。海軍は潜水戦隊より報告がないため出撃していないようだが代わりにポーランドの商船を攻撃している艦載機と思わしき新型機が目撃されている。もしかするとクリーグスマリーネは空母を保有しようとしているのかもしれない。目撃された艦載機の練度は低いが中には頭一つ飛び抜けている物もいるとのことだ。警戒して損はないと思う。陸軍としてはどうかな、山下将軍?」


帝国海軍総司令長官 山本五十六元帥の挨拶で会議は始まり、陸海軍での情報交換が行われる。


「陸軍としては装甲師団の多さが気になります。新型の三号戦車はスパイからの情報通りだと見て間違いないと思います。超高高度の航空写真ではありますが外見、エンジン規模、主砲口径などが一致しているため、性能も報告通りだと思われます。だが、思ったより数が多い。新カイザー政権になってから軍拡を続けていたとはいえ多すぎます。諸外国の支援があると見るべきかと。加えて、航空支援が手厚い事も意外です。我が陸軍航空隊の様な急降下攻撃機、急降下爆撃機などを複数保有し、実戦投入しています。加えて、脅威なのがその戦果です。モーデル軍が苦戦する戦線を航空機だけで戦況をひっくり返し突破に導くほどの打撃力を持っており。爆撃機による絨毯爆撃は防空支援のないポーランド軍からしたら脅威以外の何物でもないでしょう。ただ見たところすでに撃墜された機体があるのを見るに、もしかしたら信頼性が低いのかもしれません。メッサーシュミットが墜落した残骸は確認できなかったのに対し、スツーカが8機ほど墜落しているのが確認されています。速度や機動性を犠牲にしている可能性が高いと思います。見たところポーランド軍に攻撃を行った後に機体を引き上げられず墜落したと思われるほど機体の原型が無い者が多数です。」


陸軍を代表して山下将軍が陸軍内でまとまった意見を言う。陸軍は今機械化の波が来ており、自動車化師団などの機甲師団に次ぐ戦力の確保を行っており、ドイツの機甲師団の多さは国防上最重要と言っていい。この世界で今帝国陸軍と互角に渡り合えるのはドイツだけだと言うのは世界常識と言っていいかもしれない。この世界ではアメリカは工業力はあるものの実戦経験がなく、現代の中国と同じ評価と言えばわかりやすいかもしれない。加えて、アメリカ西海岸の半分は大日本帝国の植民地なのだ。ロシアも物量では凌駕できるかもしれないが、第一次世界大戦が勃発しなかった為、帝政が史実より長く生き残っており、スターリンによる軍拡が10年程遅く行われた事により軍の質が悪化、規模も史実より縮小されている。そのため、本当の意味で大日本帝国と互角に渡り合えるのはドイツ帝国だけとなるのだ。そんな中、ドイツが数千両の戦車を一つの戦線に投入したと言うのは帝国の国防上最重要案件であった。


「我々東機関としてはアメリカによる支援があると見ています。東海岸沿いでU-ボートが多数目撃されており、今年に入ってからアメリカ国籍の輸送艦がデンマークを経由して物資をドイツに運んでいると現地の諜報員から報告がありました。加えて、ドイツとアメリカ間のラジオ通信などが頻繁に行われており、その中にはエニグマと思われる軍事暗号も含まれているようです。こちらの通信は全て傍受しており、現在解読を急がせています。」


諜報を司る東機関の諜報員、坂田晴仁(さかたはるひと)が東機関に関する報告を行う。


「さらに、サンフランシスコ、ロサンゼルス、ニューヨーク、ワシントン、からの報告によるとドイツからアメリカ議員たちに賄賂が流れており、大企業の社長や会長にも多額の減税が密かに行われており、アメリカによる支援は確実かと思います。」


会議場の陸軍側に不穏な空気が流れる。ドイツの軍事力とアメリカの工業力を合わせれば帝国をも圧倒するかもしれない、そんな不安が皆の中にあるのだろう。だが海軍は違う。


「陸軍としては苦戦するかもしれないが海ではそうではないだろう?我が帝国海軍は独米の海軍を両方相手しても勝てるだろう。それに今はイギリスが味方についている。補給を締め上げられればドイツも帝国陸軍の敵では無いだろう。我が国は島国だ、海軍力のない国に負けるわけがなかろう。陸軍の諸君には背中を預けられる者がいるという事を忘れないでほしい。」


山本長官の言葉は的を得ており、陸軍内でも理解しているものは多いが、陸に生きる軍人として、やはりどこか海を除外して考えてしまうのかもしれない。だが、今の陸海軍は天皇陛下の元、統一された組織として機能している。一昔前と違い陸海での合同作戦が可能となったのだ。だがそんな大掛かりな作戦には絶対に必要な工程がある。


「それでは陸海欧州派遣軍増強についての協議を始めよう」


山本長官の掛け声で長い長い会議が始まった。

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