七つの島と四つの大陸
和製英国紳士
1939年
第1話 大帝国同盟の復活
1800年代初頭、世界は帝国主義にあふれていた。ナポレオンがヨーロッパで猛威を振るう中、小さなアジアの島国がその刀を振り下ろす。100年以上早い明治維新を1750年に達成し、同時に1800年代相応の技術力を獲得、世界最速の工業化を果たした大帝国、その名を、大日本帝国。ヨーロッパがナポレオン戦争で混乱する中、世界各地に植民地を獲得。中国を中心に周辺国家を主な植民地としており、近年ではインドネシア利権をめぐりオランダと、インド利権ではイギリスと揉めている状態であった。そんなアジア唯一無二の大帝国は第一次世界大戦へと足を踏み入れるのだった。
1939年、5月12日 帝都東京 帝国ホテル
「やはり日本との同盟はドイツに対する抑止力にはならない!!」
大声を上げるイギリス陸軍元帥モンゴメリーは同じくイギリス海軍元帥アンドリュー・カニングに対し人差し指を向け更に大声で叫ぶ。
「チェコスロバキアの大要塞を持ってしてもマンシュタイン、グデーリアン、ロンメルの機甲師団に対し一週間すら持ちこたえられなかった。今必要なのはあの戦車とかいう装甲車に対応できる戦力だ。でなくてはヨーロッパ全土が、最悪の場合ロシアまでドイツのモノになる。その後では海軍力など意味をなさんわ!!」
彼の苦言は確かに筋が通っていた。この世界では第一次大戦(1914)は日本の圧力により未然に防がれており、ドイツはヒトラーではなくカイザーが治めていたり、ヴェルサイユ条約の賠償金も無いので工業力はヨーロッパ随一であり、戦車も世界で初めて一号戦車と二号戦車を実戦投入、チェコスロバキアに侵攻し一週間たらずで攻め落としている。が、それは戦車の性能よりも、圧倒的に優秀な指揮官の活躍であることも否定できない。
「だが日本にも戦車があると言う噂は聞いたことあるであろう。それに長門型の41cm砲ならドイツのどんな戦車も破壊可能だ。それに我々が考えるべきは今現在の国防、制海権の維持は急務だ。U-ボートの処理だけでも手が足りん。制空権の維持もレーダーを急ピッチで配備しているとはいえスピットファイアの数が致命的に足りないと空軍連中がよく騒いでいるじゃないか。空母の建造を始めた等の情報もある、日本の機動部隊の支援は不可欠だ。このままでは5、6年ほどで海軍力で負ける、おそらく制空権もその頃には失うだろう。」
アンドリューの言うこともまた事実。話に上がった噂、日本が秘密裏に実用化しようとしている5式中戦車チリは現実世界でも1945年レベルの戦車、ドイツの4号戦車でも勝てるか怪しいところだろう。だが5式中戦車は開発中であり、実戦投入は最低でも2年後、今実戦投入可能なのは九七式チハであり、中継ぎとして1年後の配備を目指す3式中戦車チヌである。今は極秘に進んでいるためドイツの戦車は事実上世界最強にして唯一の戦車であると危険視されており、各国はこぞって戦車開発にやっきである。
「だが実戦投入間近と言い続けてはや2年だぞ?信用できる情報はなく、完成していても性能が劣るから秘匿しているに違いない!」
世界で初めて実戦投入されたのは確かにドイツの二号、三号戦車だが世界で初めて開発が終了したのは日本の八九式中戦車であった。ただ歩兵戦闘車の様な運用を想定して開発されたため、対戦車能力が低く、ドイツの戦車開発の情報を東機関、日本の諜報機関が傍受したため八九式は秘匿されたままである。
「性能が劣っていようと普通なら発表するはずだ。戦車という言葉は一昔前の弩級戦艦の様な軍事的、政治的象徴として機能する。国内にはプロパガンダとして軍の成功、優秀性を簡単に国民に見せる事ができ、国外には軍事力を示して脅し、敵国からの進行を戸惑わせられるはず。秘匿する意味がない。やはり日本は性能で凌駕しているからこそ秘匿していると考えるのが適当だと思うが?それにもし戦車がなくとも対地攻撃機で無力化できるはずだ。モンゴメリー、貴様も見ただろう?あの銀河という攻撃機、ゼロ戦の空戦能力。制空権確保後の戦車などでかい的にしかならん。加えてどちらも艦載機だ、機動部隊からの空襲を世界のどこでも行える。大日本帝国海軍は世界最強の海軍である前に、世界最強の航空戦力を持っている事が重要だ。明日の観艦式、観閲式で見られる他の水上艦がどれだけ弱かろうと、機動部隊の航空戦力は強大だ。」
会議は白熱する。後で合流した英国首相チャーチルを交え、深夜まで論争は続き。皆が話し疲れた頃、やっとお開きとなり、三人は散り散りに自身のホテルルームに戻る。
翌日
1939年 5月13日 横浜港
神武天皇即位2600周年を祝う特別観艦式を来年に控え、大日本帝国はリハーサルを繰り返していた。今日は大日本帝国海軍・第一艦隊が参加する、総勢209隻、682機による観艦式のリハーサルである。それを見に来たイギリス首相チャーチル、陸軍元帥モンゴメリー、海軍元帥アンドリューの三人と護衛の近衛兵38人は長門艦上で天皇陛下に挨拶するところであった。
「エンペラークニヒト、此度は招待誠にありがとうございます。陛下に置かれましてはお元気そうで何よりです。国王陛下よりお手紙を預かっております、後で目を通していただければと。」
昭和天皇へと手紙を差し出すチャーチル首相は目の前の御仁を測りかねていた。世界最大の帝国、アジアのほぼすべてに覇を唱える大日本帝国の最高指導者にして、2600年の歴史を持つ、現存する世界最古の王朝、欧米ではヤマトダイナスティ、大和王朝と言われる家の当主、天皇。世界最古の歴史だけでは測れない昭和天皇自身の能力、オーラ一つとっても異様な雰囲気に底しれぬ恐怖心を植え付けられる。心まで見透かせれている様な目。何をとっても底が見えない。
「プライミニスターチャーチル、そう緊張せずとも良いのですよ、今から緊張していては観艦式が始まったら気絶してしまいますよ。さあ、あちらに茶を用意させています。イギリスの紅茶ではないですが首相が好きだという黒茶を用意させました。さあ、遠慮せず」
昭和天皇は笑顔で手紙を受け取ると長門艦上に設置されたテーブルでのお茶会をチャーチルに持ちかける。用意されているのはチャーチルの好みという中国産の正山小沖、チャーチルから笑顔が溢れる。
「私の好みのお茶を知っておいでとは、感激です。ありがたくいただきます。ところで今回の観艦式に参加する艦艇の概要をお教えいただけますか?アンドリューが昨夜から気になって眠れなかったようです。」
軽い冗談を交えて観艦式の情報を探る、なにせ参加する艦艇は少し離れたところで隊列を揃えていて、見える距離にはいない。
「艦隊概要についてはこちらの山本五十六くんに説明してもらいましょう。軽く段取りを説明しますと、あと20分ほどで長門艦橋に登って観艦式開始の合図を待ってまず水上艦による艦隊行動を見たあと海軍航空隊の演目、最後にとっておきの2隻を持って観艦式は終了です。じゃあ五十六くん、艦隊概要の説明を。」
「は、陛下。はじめましてプライミニスターチャーチル。艦隊概要を説明させていただく連合艦隊司令長官、山本五十六です。今回参加するのはこの長門率いる第一連合艦隊の全艦船、潜水戦隊より潜水艦9隻、潜水空母4隻、第4艦隊より水上機母艦2隻、航空戦艦2隻、航空巡洋艦8隻となっております。第一連合艦隊の編成は戦艦8隻、空母12隻、重巡27隻、軽巡38隻、駆逐艦などの小型艦が105隻となっております。航空隊は零式艦上戦闘機、97式 双発艦上攻撃機 銀河、 99式 艦上攻撃機 流星、 双発陸上攻撃機 一式陸攻、陸軍航空隊より 97式爆撃機 連山、99式爆撃機 恐山、5式戦闘機 疾風 などが参加します。」
「参加する艦船の数が2隻足りないようですが?アドミラルヤマモト。」
「はい、プライミニスターチャーチル、最後の二隻はサプライズです、陛下が言っていたとっておきです。」
「なるほど、サプライズですか、それは楽しみです。」
チャーチルは内心焦っていた、昭和天皇が言っていた最後の二隻がすっぽり頭から抜けてしまう程に。彼は昭和天皇の事を過小評価していた。昭和天皇は即位時すでに属国だった中国の自治権拡大などを行い、更には帝国支配地域のアジア全体の臣民を優遇する様な政策を取っていた。史実ほどの領土ではないが大英帝国を支配しているチャーチルからすればこれはおかしなことであった。属国は宗主国の繁栄のため絞れるだけ搾り取る存在だと言う認識が強いためである。だからこそ昭和天皇は人気取りをしているだけの無能だと思っていたが実物は想像を遥かに超えている。この御仁の一挙手一投足には何らかの意図がるのではと自然に思わせる雰囲気をまとっているからだ。遠目から見れば優しいおじさんくらいの男が、である。それに隙がない、会話で情報を引き出そうにも自分が知っていて話してよい内容かわからないときは部下を呼び、頼り、重要な情報は秘匿する。そしてその頼る部下が皆優秀すぎる。山本五十六以外にも山下将軍、南雲提督などの重鎮もこの場に揃っている。そんな昭和天皇の最も警戒すべき才能は問題点の洗い出しと解決がものすごく早いことだ。即位してすぐ陸軍と海軍のわだかまりを解消したり、植民地との軋轢を埋めたりと、今即位しているどの国王や皇帝、ましてどの大統領、総理大臣、首相よりもこの一面においては圧倒的に優秀だ。
そんな事を悩んでいると観艦式開始の合図がなる。山本長官に先導されエレベーターで長門艦橋に上がる。艦橋内に入ると無数の軍人が敬礼をこちらに送り、中には天皇にお辞儀をする物もいる。正面の防弾ガラスの先を見ると数百メートルから数キロ先に無数の艦艇が、空には飛行機が飛び交っている。スカパ・フローでも見るとこのない数の艦隊を前にチャーチルは子供心をくすぐられていた。途端、五十六が一歩前へと踏み出す。
「では、観艦式を開始します。ラッパ用意!」
五十六の声に合わせラッパが鳴り響く。緩急のついたラッパは大きく、正確に音を響かせ長門第一、第二砲塔右に待機する音楽隊にバトンを渡す。続いて軍艦マーチが鳴り響く。
同時に停止していた艦隊の煙突から漏れる煙が後ろに遅れはいじめ、艦隊は加速、長門に接近する。美しい単縦陣である。
「陛下、プライミニスター、まずは潜水戦隊です。先頭より、旗艦 イー401、400、402、403、404、、、」
五十六の説明は続く。正面の潜水戦隊こそ潜水空母、イ号ー401を旗艦とした潜水空母艦隊、帝国の対アメリカ戦で最も重要な一手となる艦隊だ。そこで諸君らも思うだろう、ではこんな機密部隊を見せていいのかと。実はここにいる艦隊は囮、本隊はすでにアメリカ海岸沿いで活動しており、アメリカが出撃前だと思っている隙を突く作戦である。 他にも、ここに集められた艦艇は世界に「見せても良い」と判断された船たちであり、大日本帝国海軍の全力ではない。
「続きまして主力艦隊の一つ、この長門率いる第一連合艦隊です。先頭を行くのが戦艦陸奥、続いて金剛型戦艦四隻、伊勢型航空戦艦二隻。その後ろに続くのが機動部隊の中核たる赤城、加賀、蒼龍、飛龍を中心とした艦隊です。最後尾を行くのが超空母信濃、そして装甲空母大鳳です。」
「おおー、何というデカさだ!それにあの斜めっている甲板、なるほど着艦距離を確保するために斜めになっているのか。にしてもでかい、大鳳が軽空母に見えてしまう。」
アンドリューは信濃の巨艦、甲板のアングルドデッキを見て思わず感想を漏らす。驚くのもそのはず。超空母信濃は大和型以上の予算で建造された正真正銘世界最大の船である。船体も大和型の流用ではなく独自の船体にカタパルト、アングルドデッキ等を装備しており1939年には不釣り合いな超装備を持った艦である。
「あの艦こそ我が海軍最大にして世界最大の空母、超空母信濃でございます。搭載機数は最大150機以上に上り、数多の対空装備を搭載し、レーダーとの連携で鉄壁の防空網を誇ります。最大船速も30ノット以上と高速化に成功しています。確信を持って世界最強と言える空母であります。」
五十六が述べたスペックは信濃の性能のごく一部であり、中核の技術が隠されていたが、それは追々説明しよう。
信濃の後に続くは中型、小型艦群と上空を飛ぶ航空機の編隊である。重巡、軽巡、駆逐艦など数多の艦艇が通過した最後に、信濃ほどではないが想像を絶する巨艦が続く。長く、低い船笛を鳴らし25ノットの高速で自走する、超戦艦大和と武蔵である。
「先程の信濃を見た後だと若干小さく見えてしまいますな、やはり51cmを搭載する艦の建造は急務か」
五十六が小声で漏らすが周りが静かなためよく響く。
「アドミラルヤマモト、あの巨艦が小さく見えるのですか?なんですかあの艦は!?それも二隻、、、我がロイアルネイビも戦艦は数多保有していますがどれもあの艦の半分以下のサイズ。主砲も列車砲クラスではないですか?後尾に艦載機を搭載しているようにも見えます。しかも早い、25ノット以上は出ている、あれほどの巨艦であの速度。信じられません。対空砲も数多く見えます。レーダー、射撃指揮所も見た所主砲、副砲と対空砲に各自割り当てられている。なるほど、これがサプライズですか。世界最強の戦艦のお披露目とは凄まじいサプライズですな。」
五十六の言葉に反応したアンドリューは褒め称えている裏で内心震え、怯えていた。かの戦艦二隻を沈める手立てが思いつかなかったのである。信濃に対する反応が大和以下だったのは艦載機で戦艦を沈めうる事を知らないからである。実際大日本帝国も近年の実践演習で航空機の実力を認識し大和型3,4番艦の建造を停止してまで信濃を急ピッチで建造したため信濃は未完状態なのである。ハンガーやエレベーターなどの基本装備は搭載しているがトイレがなかったり食料も3日程度持つ量しか搭載できなかったりと、実戦にはとても耐えられないありさまである。
一方ロイアルネイビーは最近やっと8隻目の空母を建造したところであり、主力は27隻に登る戦艦、主軸はキングジョージ5世級戦艦で最近はコンカラー級、サンダラー級などの開発に力を入れているがどれも大和型より小さく主砲口径も低い、サイズからして勝つことは不可能かもしれないとも思える。戦艦は自身の主砲の砲撃に耐えられるよう設計されるもの。大和に主砲が劣る艦では装甲を貫通できない事もあり得る。
「閣下、どうやら私の間違いだったようです、今すぐにでも日本との同盟の再締結を打診するべきかと。今この場には天皇がおります、彼を落とせれば政府との交渉も楽になるでしょう。このチャンス、逃す手はありますまい。」
アンドリューが視線を引いているうちにモンゴメリーがチャーチルにつぶやく。海軍力で英国はドイツに追い抜かれそうになっている現状、日本との同盟は重要だと言う主張は陸軍内でも出ていた。陸軍元帥として陸軍目線から見てしまうのは仕方ないが、モンゴメリーとてバカではない。島国たる英国にとって補給線の確保に制海権が重要なのは理解しており、ドイツ海軍に制海権が脅かされ始めている事は肌に感じていた。日本海軍だけでも援軍として来るだけで制海権の確保、延いては補給を確保できるため陸軍としては心配事の一つがなくなり気兼ねなく戦うことができる。
「海軍としても賛成であります、連合艦隊は無理でも、重巡洋艦を旗艦とする一個艦隊でもクリーグスマリーネに対して十分以上の抑止力となるでしょう。酸素魚雷と偵察用の水上機を数多搭載する利根型、超高速で爆雷と酸素魚雷を搭載する島風型などはドイツのU-ボートに対し良いカウンターになるでしょう。制海権の維持は我がロイアルネイビーが、輸送艦などの護衛は日本海軍に任せる役割分担を持って効率化を測り、増え続けるUーボートの数を減らすのが先決かと。」
アンドリューの補佐官がモンゴメリーに追従し、援護する。実際、日本製の巡洋艦や駆逐艦はイギリス海軍の物を上回っており、アクティブソナーもすでに搭載している艦が多いため対潜哨戒任務に世界で最も適している。実際、中国海岸沿いなどで活動するU-ボートを多数撃沈する戦果を世界に示していた。船団護衛も日本の輸送艦や民間船が過去20年間、敵の攻撃で撃沈された事はなく、被害と言える被害は護衛の駆逐艦が被雷し半年間ドック入りした程度である。U-ボートに年間30隻以上の損害を出し続けている英国とは桁違いである。
内心、チャーチルはまた焦っていた。天皇を目の前にしているこの瞬間は観艦式を終えたら二度と訪れない絶好の機会、今ここで行動することで祖国の未来が決定する様な決断は65の老人には応える。手の震え、汗、ありとあらゆる体の不調が一気に襲ってくる。が、乗り越えてきた場数は伊達ではなく、決心はすぐに固まった。
「エンペラークニヒト、我が英国は大日本帝国と同盟を締結したく思います、貴国の総理に話を通していただけますか?アジアと、ヨーロッパの共存のため、発展のため、日英同盟復活を提案します。」
チャーチルの言葉を聞いて昭和天皇はゆるく笑う、なるべく心情を押し殺すように、この言葉を待っていた笑顔を隠し、微笑みに変える。
「ええ、プライミニスターチャーチル、ドイツの新皇帝は最近調子に乗りすぎておりますからな。貴国の平和と繁栄のため、日英同盟復活に全力を注ぎましょう。」
一ヶ月後
1939年 6月13日
「日英同盟復活」の報は日本、英国両方の新聞で大々的に報じられ以下のような取り決めとなったと広く認知された。
・日英両国による相互安全保障
・日英両国の植民地は今の範囲で決定し、双方の植民地を相手国に編入させる事はできない事とする。これは事実上ののインド問題の解決である。
・英国は日本の蘭印に対しての正当化を支持し、これを支援する。
・中国利権において、日本は英国の上海租界設置を認め、これを支援する。
・両国の全軍に軍事通行権、必要とあらば基地の使用、設置を可能とする。
・英東洋艦隊を呉に、日欧州派遣艦隊をドーバーに駐在させ、必要とあらば両軍どちらかの要請に応じ戦闘を開始できるものとする。
この一大事は世界中を駆け回り、世界各国に影響を与え、両国の植民地は独立が遠のくのを肌で感じていた。一方、日英同盟の真意たるドイツ牽制はというと。。。
ドイツ帝国 帝都 ベルリン
「日英同盟の復活、たかだか島国同士が同盟を結んだだけで脅威になりうると本当に思っているのか?私はポーランド進行を止めるつもりはないぞ?アメリカに根回しも行った、英仏はポーランドの独立保障を言い訳に我々に宣戦布告してもアメリカの支援は得られん。日本がアメリカの代わりになるわけもない。マンシュタイン、本当に日英同盟が我が装甲軍団を止められると思っているのか?それでも一戦車師団長か!!」
黒を貴重とした軍服に袖を通し、純金やダイヤがはめられている勲章を揺らしながら怒鳴っている金髪高身長のイケメンは、周りを囲む落ち着いた茶色の家具たちに似合わぬ大声で、これまた金髪高身長のイケメン中年男性に対し暴言を吐き捨てる。
「ですがカイザー、我がクリーグスマリーネにはすでに日本国に護衛された英国船団相手にU-ボートが多数被害を出しています。同時に、戦果は一切報告されていません。大日本帝国海軍の戦艦4隻がスエズ運河を通過したとスパイからの情報もあります。日露戦争でロシア海軍が一隻も日本の船を沈められず、文字通り全滅したのはつい最近です。そんな彼らがいる中でドーバー海峡を越え英国を攻略するのは不可能です。それに、日本の輸送艦が戦車に見える貨物を英国に運び入れたといった報告が複数のスパイから報告されています、どれも感度の高い情報です。日本は本気で我が国を相手に英国と共に全面戦争に舵を切るつもりです。今は危険なのです。クリーグスマリーネがせめて英海軍を単独で相手できるようになるまではポーランド侵攻を延期するべきです」
マンシュタインは陸軍将軍であるのにも関わらず、海軍面を強調して日英同盟の重要性、ポーランド侵攻の危険性をこれでもかと上げていく。
「それがどうした?それはすべて海軍の問題だ、まさか貴様ともあろう軍人が政治家のマネごとか?派閥争いとは醜いぞ。」
マンシュタインは出そうになったため息を飲み込む。派閥争い?そんなもの今のドイツ国防軍には存在していない、何しろ陸軍が圧倒的に有利だからである。資金、資源、特権、国民からの人気。全てにおいて陸軍が海軍を大きく上回っており、派閥争いを仕掛けるのは海軍側で、陸軍は一切仕掛ける意味がない。
「カイアー、お言葉ですがこのままではドイツは絶望的戦争に突入します。命令とあらば従いますが部下を無意味に死なせる趣味はありません。陸軍としても日本国に戦車があった場合、それも我が軍の戦車より優秀だった場合、対処できません。今装甲軍団は一つしかありませんし、充足率が圧倒的に足りません。まともに戦闘できるのは3個師団程度で、残りの21師団は練成中か補給待ちの状態です。とても実戦投入はできません。カイザー、この戦争は祖国の未来、100年先まで影響を与えます。どうか、お子様に後を継がせる事も考え、ドイツにとって最も損失が少ないご選択を。」
カイザーと呼ばれた男、ドイツ帝国皇帝ウィルヘルム三世は迷っていた。なにせ彼の前で意見具申しているのはドイツ帝国始まって以来の天才にして最年少で陸軍元帥となったマンシュタイン将軍で、彼の言葉には説得力があり、なおかつ事実であった。それに、ウィルヘルムとてバカでは無い、ただ平凡なだけである。平凡であるがために表面的、短期的なことを重視し、古い考えに固執する傾向がある。良くも悪くも周りの大人、特に父であるウィルヘルム二世に影響されている面が強く、新しい考えに理解を示す事を極端に嫌う。マンシュタインの言うことに説得力があるのを理解しているのに対し、自分の考えを曲げようとしない若々しいワガママな面もあるため、現在、客観的に見ればドイツ帝国不利の戦争につきすすもうとしている。
「マンシュタイン将軍、他の陸軍将軍からも同じ具申を受けた。私から見れば陸軍将軍が口裏をあわせて海軍批判をしているようにしか見えない。加えて、本職の海軍将軍らはたとえ日本の海軍が相手でも来月完成する新型戦艦二隻が加われば2年は持ちこたえられると申している。空軍はドーバー海峡の制空権、イギリス上空の制空権をすでに確保しているのに加え、日本の空軍が加わった程度ではこの優位は揺るがないと申している。空軍力で我が国が英国を凌駕している今が絶好の機会なのだ。多少の犠牲は承知の上、見返りが圧倒的に多いと判断したのだ。私が目指すのは早期講話だ。フランスを征服し、ヨーロッパを我が国の支配下に置いた状態での講話である。イギリスはアメリカの支援なしには長く戦えまい。すぐ音を上げるだろう。そしてその後は、憎きソ連へ進行し、スターリンに引導を渡してやるのだ!!」
男性らしい低い声で甲高く笑うウィルヘルム三世をよそに、マンシュタインはため息を小さく吐き捨て、目の前の男に対し内心反吐を吐いていた。こんなに器の小さな男だったのかと。現実が見えていながら、見たいものしか見ず、都合が悪いものは無視する。まったくもって不愉快だ。マンシュタインはカイザーに聞こえない小声を漏らす。
「この戦争、どう負けるべきか。」
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