第7話 桜井刑事の介入

 そんな桜井刑事が、はやて詐欺に関して独自の捜査を行っているなど、鶴岡は知る由もなかった。

 だからといって、この見知らぬ男性が桜井刑事だというわけではない。その男は、明らかに民間人という雰囲気だ。どちらかというと、人に顔を知られたくないという意識が強いのか。伝染病がだいぶ沈静化してきた今でも、ずっとマスクをつけている。

 今では、冬の時期のインフルエンザくらいのマスクの使用率で、伝染病が流行る前ではマスクをしている人を見るだけで、

「怪しい人がいる」

 と言われた時代だったにも関わらず、今は、マスクをしている人を怪しいなどということはなくなった。

 ただ、伝染病がある程度鎮静化してくると、政府もまわりも、

「マスクをする必要はない」

 というような風潮になってきた。

 さすがに、政府や自治体から、

「マスクをしなくてもいい」

 ということをハッキリとは言えない。

 なぜなら、今まで何度となく繰り返されてきた緊急事態宣言と、蔓延防止措置の適用の混乱に、何が正しいのか、政府、自治体。さらに国民の一人一人が疑心暗鬼になってしまい、誰もハッキリとしたことが言えない風潮になってしまったのだ。

 下手に何かを言って、混乱させてしまえば、マスゴミや世間から何を言われるか分からない。皆ビクビクしていたというわけだ。

 そういう意味で、伝染病が収束に向かっている時、市民の間は二分されていた。

「もう、マスクなんかしなくてもいいよな」

 という若者を中心とする連中と、

「まだまだ何があるか分からない」

 という年配系の人たちの間で、ひと悶着が絶えなかった。

「もう、マスクなんかしなくたって、大丈夫だ」

 と言って、マスクを外している連中に、マスク越しであるが、明らかな嫌悪の視線を浴びせる人もたくさんいた。

 今はマスクを外していても、この間まではマスクをしていたことで、その表情の想像がついたのだから、露骨に嫌悪の表情をしていれば分かるというもので、そんな連中ほど、被害妄想も強く、その視線に対して、因縁をつけるのであった。

 どちらが正しいというわけではない。間違っているとも言い切れない。

 そうなると、喧嘩が始まっても、どちらも肩を持つわけにもいかず、ただなだめるしかないだろう。

 警察がやってきても。それまでの、

「まあまあ」

 というわけにもいかない。

 それまで、相当の鬱積したものが、世間や自分の中に蔓延っていると思っているだけに、この場を、なあなあで済ませるわけにはいかないと、両方が感じているのだ。

「どちらが正しいのか、ハッキリしてくれよ」

 と、仲介に入った警官にいっても、警官がどちらかの肩をもつわけにはいかない。

 それを分かっているのだから、両方とも、やり方が上手いというのか、それだけに一歩も引き下がらない人も多いだろう。

 そういうトラブルが日常茶飯事になっていた。

「何で、こんなことが起こるって誰も分からなかったんだろう?」

 と思っている人も多いだろう。

 政府も何も言っていなかった。マスゴミもそうだ。

 今になって、マスゴミは記事として取り上げる。しかし、政府の方は、逆に表に出ようとはしない。

 この二つの、

「戦犯」

 が、それぞれ好き勝手な行動を示しているのだから、国が混乱するのも当たり前だ。

 一般世間の秩序が混乱しているわけで、誰が収めるのか、誰も考えていないのだろう。

「これも一種の副作用のようなものなのだろうか?」

 という、テレビのコメンテイターの話だったが、今までコメンテイターのいうことは半分しか聴かないほど、信用していなかったが、この時のこの一言だけは、

「思ったよりも、キチンとしたことをいっているな」

 とばかりに、初めてその人を見直したと言ってもいいと感じたほどだった。

 しかし、マスクというのも面白い。今まではマスクをしない生活に慣れていたので、マスクをしていると、元々がどんな顔なのか分からない。

 今度はマスクを嵌めているところばかりを見ていると、マスクを外すと、女性が綺麗に見えるから不思議だった。

「この人、マスクをしていない」

 という感覚になる前に、

「この人はキレイだ」

 という感覚になり、その後に、

「なんだ、マスクしていないじゃないか?」

 と思い、綺麗だと思った自分が恥ずかしい。

 何しろ、非常時に皆がマスクをしているにも関わらず、自分はマスクをしていないのだ。これこそ、

「性格ブス」

 と言っていいのではないだろうか。

 マスクをすることが正義だとまでは言わないが、マスクをしないのは、明らかに悪である。それを思えば、ブスという言葉はまだ、贔屓目の言い方ではないかと思うくらいである。

 マスクをしている人が多いと、マスクを下姿で覚えてしまう。だから、マスクをしていないと、却って誰だか分からなくなるくらいなのかも知れない。

 それだけ、マスクを外せない時期が長かったということであり、果たしてあれが何年続いたのであろうか。

 ほとんどの人が、

「十年くらい、このままの状態なんじゃないか?」

 と思ったくらいだった。

 とにかく桜井刑事が一体何を探しているのか、その目的が分からなかった。

 警察内部にいるのだから、いくら権力を行使できるとはいえ、限られた権力である。組織に立ち向かうにはあまりにも一人では無謀と言っていいだろう。

 では、

「はやて詐欺」

 の何を探しているというのか?

 やつらのアジトなのか? それとも首領の正体なのか? それともやつらの最終目的がどこにあるかということなのか。

 まさか、国家転覆などのようなテロ行為までは考えていないとは思うが、彼らの手口から考えると、犯罪に愉快犯のようなものを感じる。

 自分たちの犯罪に対しての成果を見せつけたい何かがあるのか、そうであれば、このまま引き下がっているだけではないような気がする。

 いつか近い将来において、ほとぼりが冷めた頃に、また行動を起こし、それこそ、

「はやてのように現れて、はやてのように去っていく」

 という、昔あった特撮ヒーローものの先駆けを思い起こさせるではないか。

 ただ、彼らの行動はあまりにも素早い、まるで忍者のような行動に、はやてを思わせ、その素早さに、

「やつらこそ、本当は勧善懲悪であり、まるで時代劇にある、ネズミ小僧次郎吉を模わせるようではないか?」

 と思った人も結構いるのではないだろうか。

 桜井刑事の行動は、誰かを探しているような感じだった。

 地道に聞き込みをしているのだが、そもそも、桜井刑事が、はやて詐欺の捜査をしているなど、聞き込みをされた人の誰も知らないだろう。

 しかも、桜井刑事は数人を探しているようで、声を掛けた人には、前に聞いた名前とは違う人の名前を訊ねているようだ。

 それも、一人には一人だけしか訊ねない。何人にも訊ねると、一人くらいは該当者があってもいいだろうから、少なくとも二人か三人訊ねればよさそうな気がするが、一体何を考えているというのだろうか?

 最近聞いているのは、何やら、過去のバイク事故と、スズランの花について、何か聞き込みもしているようだ。

 最初の頃はなかったのに、その聞き込みが増えたということは、どこかから、この二つの情報を聞き入れて、それがキーワードになっているということなのだろう。

 スズランというのにどういう意味があるのか、最初は誰も分からなかったようだが、話を聞いた人のうちの一人が、

「スズランというと、毒がありますよね」

 という話をしているのを聞いて、がぜん興奮気味になった桜井刑事だった。

「ええ、そうなんですよ。よくご存じですよね?」

 と聞かれたその人は、ニッコリと笑って、

「ええ、私はF大学の薬学部の教授なんですよ。特に毒や、その解毒に関してはいろいろ勉強したりしていますからね」

 というと、

「確か、コンパラトキシンでしたっけ?」

 と桜井刑事がいうと、

「ええ、そうです。この毒は結構強いので、スズランを生けた水を飲んだだけでも、中毒を起こして、死に至るとも言われていますからね。気を付けなければいけないんですよ」

 と彼がいった。

 彼は名前を、松崎信二と言った。

 F大学というのは、私立でも県下でも有数の名門大学ということで、特に理学系が強いということだった。

「F大学の理学系を出ていれば、就職には困らない」

 と言われたほどで、そこの教授ともなると、地元テレビなどでもコメンテイターとして出演することも多かったかも知れない。

「刑事さんは、どうしてスズランを栽培しているかどうかというのを、不特定多数に訪ねているんですか?」

 と聞かれた桜井は、

「ある事件で、スズランが死体のそばにあったんですが、関係者の人に、スズランに関わりのある人がいなかったので、とりあえず、こうやってスズランに関係がありそうな人を探っているというわけです」

 と言ったが、松崎は半信半疑だった。

 警察がいきなり殺人捜査で、関係者に怪しい人物がいなかったとして、不特定多数に聞いて回るなど、そんな話、聞いたことがなかった。

――きっと、何か別の捜査が絡んでいることだろう――

 と松崎は思ったのだ。

「そういえば、この街には植物園がありますけど、以前、そこのスズランが荒らされているという事件があったんですが、刑事さんご存じですか?」

 と言われて、

「いいえ、私は半年前にK警察から異動してきたので、この管轄の事件に関しては、あまり詳しくないんです。それはいつ頃のことだったんですか?」

 と桜井が聞くと、

「確か、三年くらい前だったですかね? 植物園の人は皆さん専門家でしょうから、みんなスズランの毒のことは知っていたんでしょうが、誰もそのことについて口を開こうとはしませんでした。警察の方でも、さすがにスズランに毒牙あることを知っている人は少なかったようですよ。そういう意味では刑事さんよくご存じですね?」

 と言われて、

「ええ、K警察の方で、スズランの毒を使った中毒事件がありましたので、その時の知識があるだけですけどね」

 というので、

「なるほどですね。スズラン自体には、致死力はかなりのものがあるでしょうが、生けておいた水だけなら、致死性はそこまではないでしょうからね。毒としても使えるし、死なないまでも、殺人未遂事件にすることくらいはできるものですからね。逆に毒を使ってまで犯罪を犯すのだったら、相手を確実に殺す方法を用いるはずなんですが、生けた水を使うというのは、何か中途半端な気がするんですよ。K署の方では、殺人にスズランの毒を使ったわけではなく、本来の目的にはナイフを使っているので、あの時はスズランを陽動作戦として使っていたんですよ。実験という意味もあり、もう一つは、アリバイ作りという観点から生けた水を浸かったようですね」

 と、桜井刑事は言った。

 今桜井刑事が捜査をしているのは、

「はやて詐欺」

 に関してのことのはずである。

 スズランの毒とどのような関係があるのか、きっと桜井刑事の胸の中だけにあることなので、他の捜査員に協力を願えない。

 とりあえず、時間がかかってもいいから、捜査を進めていくということに専念しているようだ。別に切羽詰まっているわけでも、ゆっくり捜査をしていれば、確実に誰かが被害者になるというわけではない。少なくともやつらは、まだ雲隠れの状態だからである。相手が出てこなければ、どうしようもないというのが、桜井刑事の考えだった。

 確か、鶴岡もスズランについて聞いていたはずだった。ただ、あれは交通事故についての話であり、はやて詐欺とは関係なかった。

 同じところで、二人の男性が各々の目的で捜査をしている。片方は刑事なので、捜査をしても別に怪しくはないが。、王一人はバスの運転手である。何かよほど自分に関係のある何かを探したいのだろう。

 基本的に探しているのは、別々なのだろうが、そこにスズランという共通の話題があることが奇遇だった。お互いにそんなことはまったく知らないはずだが、実はそれを知っている人がいる。

 その話は後述することになるかも知れないが、その人が感じたことととして、

「何かの禍も一つであれば我慢できることもあるだろうが、それが二つ、あるいは複雑に絡み合ってしまっているとすれば、我慢できなくなってしまうものではないだろうか?」

 と、考えているようだった。

 二人とも、スズランが何かのカギを握っているということも分かっているし、スズランに毒性があることも分かっている。それが一体どう影響しているのか、この謎の男は分かっているのだろうか。

「あの、すみません」

 と言って、桜井刑事が話しかけたのは、何と、二人のことを知っている男であった。

 彼は別に驚くこともなく冷静に、

「はい」

 と返事をしたが、どうやら話しかけられるということくらいは、最初から想定内だったのではないだろうか。

 桜井刑事としては、何かの視線を感じたのだろう。しかも、ずっと以前から感じていた視線であり、一度このあたりで声を掛けておく必要があると感じたに違いない。

「最近、私のことをつけてこられていませんか?」

 と単刀直入にいうと、相手の男はそれでも慌てることなく、

「いいえ、そんなことはないですよ。あなたには、何かつけられる覚えがおありなんですか?」

 と言われた桜井刑事は、

「いいえ、心当たりがないから、少し怖くなって話しかけてみたんですよ」

 というと、

「ほう、そうなんですね。でも、普通怖くなったら、自分から話しかけたりはしないものだと思うんですがね」

 と言って、さらに冷静さの中に、相手を嘲笑するかのような表情には、相手が何を考えているのか、考えさせられる。

「なるほど、たしかにあなたの言う通りですね。あなたはまるで神経内科の先生か、心理学者のようではないですか」

 というと、その男は、

「まあ、そこはご想像にお任せしますよ。でも、私は別に怪しいものではない。別にあなたを追いかけまわしているわけではありませんからね」

 というのだった。

 桜井にしてみれば、十分に怪しかった。

 自分がもし誰かをつけているのだとして、相手がそのことに気づいてしまって、自分の正体がバレても問題ないと思えば、まずは、自分の身元を明かすのが普通ではないかと思った。

 しかし、この男は自分の身元をオブラートに包んでしまった。果たしてこの男が桜井をつけているとすれば、この男は自分の正体を明かさないことが不利になるのではないかと思うだろう。

 気になるのは、桜井のことを刑事として追いかけているのだろうか? もしそうだとすれば、指摘されて正体を明かさないのは、やはり何か目的があるからに違いない。

 そうなると、そう簡単に白状するわけもない。何かをしているわけでもないので、警察の権力を使って、何か別件で取り調べるということもできるだろうが、この男の様子から、そう簡単にボロを出すとは思えない。

 とりあえず、あまりしつこくしないようにした方がいいだろう。

「すみません、私の勘違いのようでした」

 と言って、男と別れた。

 一度警告をしている形になっているので、さすがにもう追いかけてはこないだろう。少しの間後ろを気にしながら行動していたが、今度はつけてくる気配はなかった。

「どうやら、もうつけては来てないな。それにしても、この俺を追いかけてくるなんて、どういうことなんだろう?」

 と、桜井は感じていた。

 桜井を追いかけていた男は、名前を秋月という。

 秋月は、その足でさっそく誰かに会っているようだった。

「今から行ってもいいかい?」

 と電話を受けたその人は、

「ああ、いいよ。俺も話を聞きたいからな」

 ということで、ことで、秋月は、待ち合わせをしている喫茶店に向かった。

 新興住宅地に向かう角を曲がらずに、麓の部分を主要道路に沿って少しいくと、そこに待ち合わせの喫茶店があった。そこで秋月を待っていたのは、何と鶴岡だった。

「待たせましたか?」

 と言われた鶴岡は。

「いや、そんなことはないよ。ところでどうしたんだい?」

 と、少しビックリしているようだ。

 二人の暗黙の了解としては、

「お互いにあまり会うようなことはしないようにしよう」

 というものがあっただけに、会いたいと言って電話を掛けてきたのは、鶴岡としてはビックリなことだったのだ。

「はい、それがですね。どうやら、F警察署の刑事が何かを探っているようなんですよ」

 と秋月がいうと。

「刑事が何かを探っている? それは一人の刑事が探っているだけということなのかい?」

 と言われ、秋月は無言で頭を下げた。

 警察というところは、事件があれば、捜査本部が開かれ、本部の意志に沿った組織捜査が行われる。いくら幹部であっても、勝手な捜査は許されないのが、警察組織というもののはずだ。

 秋月が今言った言葉、

「刑事が何かを探っている」

 という言い方は、一人で動いているということを言わんとしているように感じたのだ。

 これが違和感であり、違和感というのは、鶴岡にとって、結構敏感に感じられるものだった。

 つまり、

「組織捜査で動いているということは、その刑事は一人で動いているということであり、他に動いている刑事がいれば、表現としては、『刑事たち』であったり、『警察』という言い方になる」

 と思ったのだ。

 その推察は実に見事で、

「まさしくその通りだ」

 と、秋月は感じた。

「さすが、鶴岡さん、よく分かりましたね?」

「まあな。ところで、その刑事は何を探っていたんだろうね?」

 と言われて、

「何やら、スズランについて調べていたようなんですよ」

 という秋月の話に、

「スズラン? スズランについてだけなのかい?」

 と聞かれて、

「それが、一環しているのは、スズランのことのようなんですが、その時々で訊ねる内容が違っているようなんです」

 と秋月がいうと、

「というと?」

「それがですね、何か最近起こった事故について聞きこんでいる時もあれば、何かの詐欺について聞きこんでいる様子もあるんです」

 と言われて、

「ほう、それは興味深いね」

 と、鶴岡は言った。

 自分も同じように、スズランと、交通事故に関しての聞き込みを行っていたが、同じ事故なのかどうか分からないが、奇しくも似たような聞き込みをしている刑事がいるというのは、少々ビックリだった。

 しかも、一人で行動しているということは、何かの事件に対しての捜査ではなく、その刑事が何か気になることを見つけての行動であろう。

 それが、本来事件になっていることだが、捜査本部が解散してしまい、未解決事件として、迷宮入りしそうな事件なのか、それとも、まだ犯算が発生しているわけではないが、犯罪の匂いを感じたとして、事件を未然に防ごうという考えのもとに、何かを探っているということなのかの、どちらかではないかと思うのだった。

 そんなことを考えていると、鶴岡自身は、何かの事件で未解決になっていることを自分なりに捜査していた。

 いや、これは未解決などではない。鶴岡が事件だと思っているのを、警察の方で事故として片づけられたことなのだった。

 鶴岡は見たのだ。ある事故が実は事件ではないかということをである。

 そのことをF警察署に何度もいってはみたが、

「どうにも確証がなく、事件性がないということで、捜査することはできません」

 というのが、警察の言い分だった。

 その事故というのは、例の住宅街から街に向かっている車ががーとレールをぶち破って、そのまま川になっているところに転落した事故だった。

 顔は判別できないほどに潰れていて、それも車が爆発炎上したことで、被害者の検死すらまともにできない状態だったということだった。

 ただ、警察の方でも少し気になることがあったようで、

「あの時の事故なんだけど、爆発して炎上しただろう? でも、その炎上は一つだけではなかったんだよ。表は落ちたショックで燃え広がったんだけど、車内は車内で、何かに引火してあんなにひどくなったみたいなんだ。誰かの意図が働いているとすれば、これは事故ではなく、事件なんじゃないかと思うんだけどね」

 と言っていた。

 どうやら、その男は鑑識官のようだったのだが、それを聞いていた同僚が、

「じゃあ、ちゃんと、捜査一課に話をしないと、下手をすれば、これは殺人なんじゃないかい?」

 というのだが、

「もちろん、警部に話を持って行ったんだけど、その時は分かったといって、俺が調べたことを聞いてくれたんだけど、その時に、誰にも話してはいけないとも言われたんだ。変だなと思っていると、結局、その件は事故として処理されてしまって。俺の話は無視されてしまったというわけさ」

 というではないか。

 鶴岡はその話を聞いたことと、その事故のことを怪しんでいると思われる人が他にもいるのを知っていたからなのだが、なぜ、他の人があの事故に関して違和感を持っているのかがよく分からなかったが、

「人は見方を変えるだけで、それまで見えていなかったものが見えてくるものなんじゃないかな?」

 という話をよく聞かされた気がした。

 この時に、この事故が事件ではないかと言っている人の中に、この言葉をそのまま話している人がいたのを思い出し、鶴岡も放ってはおけないと思い、いろいろと探ってみたところ、

「このまま放っておくわけにはいかない」

 と感じたのだった。

「この事件は、思ったよりも、結構ややこしい気がするんだけどな」

 と鶴岡は感じた。

 ただ、それも事件にしてしまうと、という意味で、事故で片づけられれば、それで何もなかったことになる。それをどうしてもできないのは、スズランの存在があったからだ。

 その時に亡くなった運転していた人は、主婦だったというのだが、その人に対しては、

「元主婦」

 という言い方をするのが正解だったようだ。

 彼女は未亡人となっていて、死んでしまった旦那さんは、自殺だったという。

 自殺のことを調べてみると、その男性は毒を煽っていたということで、その毒というのが、スズランの毒だったのだ。

 おかしなことに、その元奥さんは、元々スズランが好きだったというのは分かるが、旦那が死んで、それが自殺で、しかも、煽った毒牙スズランの毒だということになれば、普通であれば、

「スズランなど、見たくもない」

 と思うに違いない。

 それなのに、彼女の部屋にはスズランがずっと飾られていて、旦那が死ぬ前よりもさらにたくさんのスズランが家の中で、所せましと栽培されているというのだった。

 それを見て、近所の奥さんがウワサをしているのは、

「あの奥さん、いずれ自殺をするつもりなんじゃないかしら? スズランをあれだけ植えているということは、自分も旦那と同じような死に方で後を追うつもりなのかも知れないわ」

 と言ったが、

「でも、その割には、まだ普通に生活しているわよね。ただ、魂が抜けたみたいになっているけど」

 と、話をしているもう一人の奥さんは、そういった。

「そうなのよ。だから何か気持ち悪くてね。でも、あれだけ仲が良かった夫婦なんだから、奥さんの気持ちを考えると、身につまされるものがあるわよね」

 と言っていた。

 鶴岡が調べたところでは、旦那の自殺の原因というのが、どうにも分からないというのが不思議だった。

 警察が公表するわけではないが、誰かが自殺をすれば、まわりの人間がいろいろ憶測する中で、親しい人がその大方お理由に気づいて、ほぼ、自殺の原因を間違いないと思われるところに落ち着かせるものだが、今回の旦那の自殺については、納得できる理由を持った自殺の原因は見当たらなかった。

 どこからも、ウワサらしいものは聞こえてこないし、少なくとも、不倫などのような色恋沙汰が原因ではないということは分かっているようだった。

「一体、どういうことなのだ?」

 考えられることとしては、

「国家権力が、死因を探られたくないということで、もみ消しを図った」

 ということと、

「事件の裏には、何か大きな組織が暗躍していて、国家権力とは違った大きな力が秘密保持のために動いている」

 という考え方に分けられる気がする。

 だが、どちらにしても、こんな発想はどう解釈すればいいのか、想像もできず、しかも、自分のような素人が一人歩きしていて大丈夫なのか?

 という不安もあるのだった。

「ところで、鶴岡さん。私が刑事を追いかけている時ですが、あの人は敏腕なんでしょうね。僕がつけていたのを看破していたようなんですよ。いきなり声を掛けられてしまいました。これ以上、私では彼の尾行はできないと思います」

 というのを聞いて、

「いいさ、桜井刑事ならそれくらいのことが分かって当然だからな。俺は気付くのが遅いくらいなんじゃないかって思うくらいさ。ひょっとすると、本当はもっと前から知っていて。わざと今、君に気づいたかのような素振りを見せたのかも知れないな」

 というと、

「それはどういうことですか? 僕が嵌められたということなのかな?」

 と秋月がいうと、

「そうじゃない。ひょっとすると、桜井刑事は元々我々の味方で、今のタイミングであれば、我々に自分が気付いたということを知らせるちょうどいいタイミングだということを知らせているのではないかな?」

 と言ったが、これは、自分たちにとって、都合のいい解釈で、本当にそれが正しいのかどうか、自分でも疑問なのかも知れない。

「ところで、桜井刑事というのは、どういう人なんですか?」

 と秋月がいうと、

「実は、桜井刑事というのは、前はK警察署にいたんだが、結構、いろいろと手柄を立てていることで有名な人なんだよ。それに性格的には、かなり勧善懲悪に近い男で、どちらかというと、一貫してブレない性格だと言ってもいいんじゃないかな? 俺はそんな桜井刑事が好きだったんだ」

 というとm何かに閃いたのか、秋月が。

「それで、桜井刑事の尾行を僕にやらせたんですね?」

 というのを聞いて、

「なかなか察しがいいな。そういうことなんだ。俺は桜井刑事と顔見知りなので、俺が大っぴらに尾行はできないのさ」

 と鶴岡がいうと、

「一体、お二人はどういう関係なんですか?」

 と聞かれた鶴岡は、

「俺は、実は元刑事だったんだ。桜井刑事がまだ新人刑事の頃に、俺が指導したんだよ。だから彼の性格は俺が一番よく知っているんだ」

 と鶴岡は言った。

 これには、さすがに秋月もビックリした。

 鶴岡が、

「ただものではない」

 と思っていたのだろうが、まさか元刑事だったなどとは思わなかったのだ。

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