超空間コーヒー

 ジョンは自慢の家庭菜園で収穫した新鮮な野菜を手に、朝の温かい日差しを浴びていた。都会育ちでありながら、彼は地元の自然と共に生きることの喜びを見つけて田舎での生活を選んだ。彼が運営する小さな食堂は地元で人気で、特に彼が自家製の堆肥で育てた有機野菜を使った料理は絶品だと評判だった。家庭菜園で出た食物の残りやコーヒーの殻を用いたその堆肥は地元の菜園愛好家たちからも高い評価を得ていた。


 ある日、何気ない一日が特別なものへと変わった。彼が堆肥を撒いていた畑の一角で、見慣れない箱を見つけたのだ。黒と銀のストライプが走るその箱は非常に引き立つ存在だった。興味津々に箱を拾い上げ、台所に持ち帰った彼は、その箱を開けた瞬間、驚愕した。その中から、見事な光沢を放つコーヒー豆が湧き出てきたのだ。


 まるで絶え間なくコーヒー豆が出現する不思議な箱。ジョンは驚きつつもこれを奇跡ととらえ、すぐに食堂で新たなコーヒー豆を試すことに決めた。豆を研ぎ、淹れたコーヒーはこれまでにないほどの芳醇な香りと深いコク、そして絶妙な酸味と甘みが絶妙に融合した味わいだった。新鮮な味わいに感激した彼は、新たな一日のスタートに客たちにも提供することに決めた。この不思議な箱から湧き出る豆が、ジョンの人生と食堂の運命を一変させることとなるのだ。


 さてさて、箱から溢れ出るコーヒー豆とその豊潤な香りは、近隣町からさえもコーヒー愛好家たちを引き寄せるほどの力を持っていた。彼らはジョンのコーヒーの芳醇な香りと深い味わいに感銘を受け、絶えず供給される新鮮な豆によってジョンの食堂は評判を上げていった。


 小さな食堂は全国的なチェーン店に急速に成長し、この不思議な箱の存在がコーヒー業界に風穴を開けた。その絶え間ないコーヒー豆の供給は市場価格を崩壊させた。競合他社は彼の食堂に対抗できず、パニックに陥った者もいた。「ストップ・ジョンズ・コーヒー運動」という社会運動を引き起し、一部の人々はデモを開き、脅迫状まで送りつける者も現れた。


 しかし、この異常事態にもかかわらず、ジョンの店はコーヒー愛好家の楽園と化していた。その豆の品質の高さ、そしてその無尽蔵な供給によって、ジョンの店は他のどの店よりも人々を引き寄せ、業界が混乱する一方で、その評判は上昇し続けていた。


 それにしても、一体どこからこのコーヒー豆は来たのだろうか?実はジョンもそれは気になっており箱を調査した事がある。その結果、箱のフタ部分に特殊な仕掛けがあるとジョンは考えたが、実はあまりそれは関係なかった。


 さて、地球での奇妙な出来事について説明するには、遠く離れた惑星の話から始める必要がある。


 その惑星の名前はカフェラン。地球よりもはるかに高次元の文明を持ち、驚くべき科学技術を有している。しかし、彼らが持つ全ての技術と知識をもってしても解決できない問題がひとつだけあった。


 カフェランでは、この偉大なる文明を支えるためのエネルギーを生成する際に副産物として、地球の人間にとってはなじみ深いコーヒー豆が出来上がるのだ。このコーヒー豆にはもちろんカフェインを含んでいる。しかし、このカフェインがカフェランの住民たちにとってはとても危険な有害物質となる。彼らが大量の豆と直接的に接触すれば、お腹を壊し、近づくだけでも、体中が熱を帯び、意識が朦朧し様々な幻覚症状を引き出す。この幻覚症状により戦争に発展する事もあった。


 カフェランの歴史には一つの王国が忘れられることのない混乱を生んだ事件が記録されている。その名も"カリダスの悲劇"だ。カリダス王国は、豊かな文化と先進的な科学技術で知られ、他の国々と共存共栄を図る理想的な国だった。増え続ける人口に対して、カリダスはエネルギー生成技術を高度に飛躍的に発展させた。その結果、言うまでもなく大量のコーヒー豆が排出された。


 やがて、豆の出力が増加し続ける一方で、その管理能力を超越し、大量のコーヒー豆が都市部にまで堆積し始めた。その当時からコーヒー豆が有害だという認識だったが、廃棄処理はとても適当だった。そのため、豆が発する有害物質が、風に乗って広範囲に拡散し、やがてカリダスの人々に幻覚症状を引き起こし始めました。周囲の現実が歪み、平和な市民たちは互いに敵意を抱くようになり、無秩序とパニックが全国に広がった。


 この混乱を好機と見た隣国、バルダヴィアは、カリダス王国に対し戦争を宣言。カリダスの人々は自身の国を守る力すら失っていたため、バルダヴィアの軍は簡単にカリダス王国を制圧したが、残念ながらカリダスに蔓延したカフェインによりバルダヴィアの軍も全滅してしまった。その後、数年に渡りカリダス王国の地に誰も近づく事は出来なくなってしまった。この事件がきっかけで各国はコーヒー豆の廃棄処理に関する規制を策定していくことになった。


 しかし、この様な悲劇を起こしてもなお、彼らは自分たちの発展にかかせないエネルギーを作り出すために、コーヒー豆の量が増えるのを止めることは出来なかった。しかも、彼らの星でコーヒー豆を分解し、完全に無害化する事は出来ず、生成されたコーヒー豆は地中深くに埋めることぐらいしか出来なかった。そこで、賢い彼らは広大な宇宙のどこかにコーヒー豆を捨てる計画を立てた。研究者たちはゴミ捨て場に適切な場所の調査を行い、その過程で偶然にもコーヒー豆を楽しむことのできる生物が住んでいるピッタリな惑星を見つけ出した。そう、それが、我々の住む地球だったのだ。


 もちろん、そのコーヒー豆が地球の生命体に害を与えることは避けたいとの意見もあり、生物が存在する地球にコーヒー豆を送ることについては議論が交わされた。しかし、最終的に様々なロビー活動やその他もろもろの運動により地球の生物がコーヒー豆を喜んで受け入れ、その結果として我々もコーヒー豆の問題が解決するだろうという意見が支持され、地球とカフェランを結ぶ異次元ポータルが開発される事が決定された。


 そして、ジョンの家庭菜園に現れた不思議な箱が、完成したポータル第一号だったのだ。


 遥か彼方の惑星カフェランの科学者たちは、彼らのエネルギー問題を解決するために、地球でのコーヒー豆の消費量をさらに上げる研究を日夜進めていた。彼らは地球人が好む豆の香りや大きさ、依存性を高める新物質、マーケティング戦略など、あらゆる角度から検討し実験していた。その結果もあって、地球でのコーヒー豆の消費量は着実に増えていった。しかし、カフェランの繁栄を支えるためには、地球でさらに多くのコーヒーを消費してもらう必要があった。彼らの研究者たちは新たな計画を立て、新たな地球とのポータルを開発することを検討している。


 その一方で、ジョンは、謎の箱から溢れ出るコーヒー豆をただ喜び、その豆で淹れるコーヒーがお客様を幸せにすることに満足していた。そして、コーヒー豆の残りカスで堆肥を作り、さらに豊かで新鮮な野菜の収穫を夢見ていた。


 もちろん、遥か遠い惑星カフェランの科学者たちが、ポータルの改良に頭を悩ませていることなど、ジョンは知る由もなかった。


彼は今日も、そして明日も、笑顔でコーヒーを淹れ、客を待つ。

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