第2話 『古びたレターケース』ー2

 月島リユースでレターケースを引き取ってから数日、”帰ったら開けてみる”気が何となく起きず週末になり、家事を終えた古道はケースを前に机に向かっていた。なんとなく居住まいを正して数日ぶりにケースを開けるとそこには先日確認した通りの文房具や無地の手紙が入っている。


「さて、インクを羽根ペン…よくみたら羽根飾りのついた万年筆か、このタイプなら使ったことあ……おや?」


 大学時代から1人暮らしをして早10年、1人でいるときの癖でぶつぶつとつぶやきながら古道が机に道具を広げていくと見覚えのない封をした手紙が目に入った。店で中身を見た時には確かに入っていなかったそれは、おそらく付属のシーリングスタンプで押されたであろう封蝋がなされており、くるりと返すと『このケースを手に入れた方へ』という一文が書かれている。


「……まあ、これって俺のことでいいんだろうし、どれどれ……」


””拝啓

 まだ顔も見ぬ次の持ち主の方へ、小生この一式の前の持ち主であります書上文蔵かきがみぶんぞうと申します。突然のお手紙に驚かれたかもしれません。私自身すでに鬼籍に入った身ではあり、こうして筆を執ることができることに驚きを隠せないでおります。

 心当たりがあるとするならば、生前に残した遺産のことを遺言書に記さなかったくらいでしょうか。しかしながら欲にまみれた遺族にはどうしても渡したくないのです。おそらく彼らは様々な手を使って遺産を我が物にしようと動いており、何もしない場合は彼らの手に渡るのも時間の問題です。

 怪しい手紙であると承知の上でお願いいたします。下に書く住所の私の親族を訪ねていただけないでしょうか。叶うなら唯一、この世を去る時に涙を流してくれたあの子に遺産をゆだねたい。

 見返りとして足りるかはわかりませんが、遺産の一部をお譲りいたします。親族に、文香に力を貸してください。どうか、お願いいたします


敬具””


 古道は手紙を前にして腕組みをすると唸り声をあげ、背もたれに体を預けて天を仰いだ。月島が「何か書いてある手紙はあったか」って言っていたのを思い出したものの、話が出来すぎているなと頭を左右に振ってその日は床に就くことにした。


 次の週の休み、古道は指定された住所の前に立っていた。一週間仕事をしながらずっと自分に宛てられた手紙のことが頭を離れなかったのと、思ったより記された住所が近かったのも手伝って古道は胸にたまるもやもやしたものを晴らすためにやってきたのだ。


「それにしても、こいつは……年季が入ってんな」


 隣の県のテレビで取り上げられたこともある商店街のはずれにある古びたビルの一階に『書上行政書士事務所』という看板がかかっていて周りのビル壁よりは多少新しいのが見て取れる。手紙の主と同じ苗字の所を見ると、間違いはなさそうだが、オフィスの明かりは落ちているようだ。古道が中に入るのをためらっていると、手紙を入れていたレターケースが突然振動を始め、慌ててケースを掴んだところで横から声をかけられた。


「古道殿、新たな古道具との出会いがあったようですな」

「え?……か、かいさん!?なんでこんなところに……」

「本来であれば先日お越しいただいた場所へ流れつくはず品物が途中で人の手に渡ったと聞きましてな。手に渡ったのが古道殿と聞いて伺った次第です。」


 廻はちらり、と古道の持っているレターケースを見やるとそういった。相変わらず最小限のことしか言わない目の前の男性に慌てて掴んだままのケースを差し出して訳も分からず聞く


「廻さん不思議なことばかりなんです、今度はこれ亡くなったって人から手紙が届いちゃってるんですよ、これどうしたらいいんですか?」

「なるほど、想いを聞いてここまで来ていただいたのですな。では、その答えは私からより本人とその縁者に聞くのがよろしいでしょう。」


 廻はそう言うと事務所の入り口に顔を向け、古道がそれに倣うと事務所のドアが開いていて女性が此方を不審な視線を向けていた。助けを求めるように廻に視線を戻すが、彼が経っていた場所は最初から誰もいなかったかのように道の先が見えているだけだった。


「あの……うちに何か御用ですか?」

「えっと、その……書上文蔵さんに、頼まれて……」


 名前を出して警戒心を解こうとしたものの、さらに不審な目で見られた古道は忽然と消えた廻に心の中で恨み言をはきながら長い説明になりそうだとあきらめの笑みを浮かべるのだった。

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