第1話 『錆びた時計』-8(完)
「……じ……じん……御仁。」
「ふがっ」
次第に大きくなる声と肩をゆすられて電車の中で寝落ちしたような声を上げた古道が目を開けると、そこは夜の
「ここは……それに、貴方は」
「ここは以前の持ち主の思いが強く残った不思議な品を、思いを果たし次の持ち主に繋ぐ場所。私はここの管理を任されています
ポンチョ姿の人物は視線を古道の手に納まっている時計に移しながら深く頷いている。年は古道より10は上だろうか、不思議な空間で出会ったときにはマフラーに帽子で分からなかったが、物静かで穏やかな表情の奥に意志の強さを感じる顔立ちをしている。向けられた視線を追うように手の内にある懐中時計を改めてみると、
「あ……」
美弥子だけが映っていたはずの懐中時計の写真は
「その時計の持ち主から、渡してほしいと頼まれたものです。」
いわれるままに封筒を開けると、中には手紙と現代の紙幣が入っていた。記されていたのは、あの晩古道が気絶した後のことで吉備津は鬼に殺されることなく二人が夫婦になったこと、末永く暮らし時計は二人が築いた家の家宝となったこと、そして随所に感謝の言葉がちりばめられており、読んでいてむずがゆさを感じてしまうほどで、文章の最後には
”
財布を取り出して中を確認すると、あの時使った紙幣がそのまま残っていた。古道の世界の時間を刻む懐中時計と併せて、自分は間違いなく別の世界に行ったのだという実感がいまさらながらにわいてきた。天井を見上げながら古道は問いかける
「廻さん、この時計……」
「それはあなたが譲られたものだ」
「でも……」
「御仁、道具の思いに答えることは誰にでもできるわけではないのです。二人の思いを汲んで、次の持ち主として思いを繋いでほしい。」
廻は静かにそういうと懐中時計を古道の手に握らせる。思いの詰まった懐中時計を迷いの目で見つめていたが、古道は決心したように頷くとワイシャツの胸ポケットへ大事にしまい立ち上がる。仕事で使っている鞄を手に取ろうとあたりを見回していると別のポケットから振動が古道に通知が来たことを主張した。振動の正体であるアラートは古道が異世界に行った日、帰ったら観たいと思っていた動画配信の開始時間だった。
「ん?……え、日にちが経っていない?」
「思いの世界と御仁のいる世界の時間の流れが違うことなどままあること。さ、鞄はこちらです。またお越しください。」
「……まだキツネにつままれたような気がしてなりません……俺、古道って言います、また来ます、廻さん」
不思議な体験にまだ足が地につかない古道はそういうと店を後にする。店外の景色は来店したときの見覚えのない景色ではなく、自宅のすぐそばだと直感する。なぜここに見覚えがなかったのかを考えながら店を振り替えると、そこには店舗などなくただただ塀が続いているだけだった。
「なんだったんだ……あの店」
人に話しても信じてもらえなさそうな体験が本物であることを古道のポケットの中で懐中時計が主張していた。
第1話 了
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