第1話 『錆びた時計』ー5
「本っっっ当に!申し訳ない!」
「いやいやいやいや誤解が解けたならそれでいいですからっお願いですから顔を上げてください!」
「はっはっは、連絡が遅れてしまいましたか!申し訳ないね、はっはっはっは」
古道は目の前で土下座する書生に困惑したようにしゃがみこんで顔を上げようと肩をつかんでいる、それをソファに座ったままの住職が笑っている。使いの者が行くという連絡が取れておらず、その荷物の特殊性から良からぬ想像をしてしまったと説明を受けて、古道は書生とともに住職へ冷たい視線を送ったがどこ吹く風といった様子に、ため息をつきながら古道は二人に話した。
「まあ、誤解も解けたし荷物もちゃんとお届けしたので私はこれで失礼しますね。」
「もう行かれてしまうんですか?」
「ええ、ちょっと人を探さなくてはいけないので……」
「それならちょうどいい!ここは探偵事務所でもあるのです、この
書生が名乗ると古道は目が丸くなる、中々ない名前だから探すのは容易だと思っていたもののまさか目の前に現れるとは思わなかったのだ。急な展開に次の言葉を探していると、スーツの内ポケットにしまってある懐中時計からアラームが事務所の中に鳴り響いた。「失礼」と懐中時計を取り出しアラームを止めると、目の前の書生――吉備津が口を開く
「おお、ハイカラなものをお持ちなんですね。セインコーの新型に似ていますが……ずいぶん年季が入っておりますね」
「あ、ええ……預かりものでして。それはそうと吉備津さん、実は私が探しているのはあなたなのです。美弥子さんという方に頼まれてまして」
「美弥子さんから?……ちょっと失礼」
吉備津は首をかしげて古道の手元にあった懐中時計に視線を送ると少し考え込むように目を細めた。数秒そうしていただろうか、吉備津は眉間をもみほぐしながら住職の方に向かって声をかけた。
「クロス、この時計はもしや……?」
「そうだな、我らと同類のような気配を感じる」
吉備津の問いかけに住職は答えず、そのひざ元でゴロゴロのどを鳴らしていた黒猫が代わりに答えた。軽やかな動きで古道と吉備津の間の応接テーブルに着地すると深々と一礼する。彼らは探偵業の傍ら、”鬼”と呼ばれる怪異から人々を守る護国の使徒という存在らしい。別の世界に来たとは思っていたが、まさか漫画やゲームの世界であるような単語がまことしやかに語られている現状は、普段であれば鼻で笑う場面だ。しかし、これまでの実体験が目の前の彼らが言うことに有無を言わさぬ説得力を持たせていた。
「えっと、信じてもらえるかわからないんですが……」
「伺いますよ、住職も私も貴方の在り方に悪しきものは感じなかった。その時計が我々を引き寄せたとも考えられる。」
古道はこれまでのことと時計の不思議な力のことを吉備津に話した。事の顛末を聞いた吉備津は驚いた表情をしたが、それを信じないという顔はせず件の連続殺人犯である鬼の存在に命を脅かされるという状態に、諸手で自身の頬を打ち気を引き締める。吉備津たちは古道に向き直ると神妙な面持ちで一つの提案を持ち掛けた。
「古道殿、これも何かのご縁、その時計の力を我々にお貸しいただけないだろうか。無論、命の危機も伴うことゆえ無理強いはできないのですが」
「……この場所に来てから分からないことだらけだし、命の危険だって怖い。でも吉備津さんを助けないと私も元の場所に戻れる保証がないです、ご一緒させてください。」
「ほほ、では明日の19時改めてこちらの事務所に集まりましょう。拙僧らの調べでは次の犯行は明日の夜であると出ております。古道殿の話では美弥子さんが襲われるときが吉備津の命の分水嶺のようだ、明日美弥子さんが狙われるかは分かりませぬがお二人が一緒に行動するに越したことはないでしょう。」
住職が後の行動を取りまとめその場は解散となった。古道はしゃべる猫に後ろ髪惹かれる思いから、寝床を用意すると寺に戻る住職を見送り吉備津と夕食を摂ることにした。強くお勧めされたライスカレーの店に入り、とりとめもない話をする。吉備津と話していくうちに彼は古道より大分若く、ともすれば高校生くらいの年ということがわかった。幼少から修行に明け暮れ、この護国のためという名目でこの世界の同年代とはいささか離れた生活を送っていたようだ。そんな中悪漢に絡まれていた美弥子を助けたところから2人は接近していくという話に古道はこの世界の主人公を見た気がしていた。
「その、古道殿の時計、自分が美弥子さんに贈った物と同じ型で……」
「なるほどねぇ、名前入りの時計なんてロマンティックじゃないですか」
「え!?なんでそれを!?」
おそらく、今回を乗り切ったとしても吉備津の行く末はたぶん穏やかな道ではないのだろうが、自分に彼を助ける力があるなら精一杯やりたい。贈り物の秘密に慌てる吉備津をからかいながら古道は内心決意をしてライスカレーのおかわりを女中さんに頼むのだった。
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