第1話 『錆びた時計』ー4

「……なので、古道様のお力添えをお願いしたいのです」

「ははあ、いい仲の書生さんが貴女を助けるために……」


 一気に説明をして一息つく彼女を前に古道は腕を組んで話を反芻していた。なんでも手にしている時計は書生から美弥子へと贈られた品で、生涯大切にしていたものらしい。当の書生はと言えば、昨日号外で報じられた連続殺人犯から美弥子を守るために命を落としたという。その時の無念がもとで時計に不思議な力が宿り、古道を招くことにつながったと美弥子は説明した。


「わかりました、私も元の場所に戻らなきゃいけないし何より、道具に込められた思い悲しい記憶なのは心に引っかかるものがあります。」

「ああ……よかった、そういっていただけて嬉しいです。彼を、吉備津三珠きびつ みたまを探してください。いつも黒猫と一緒にいるから、目立つはずで……」


 美弥子の言葉に任せてくれ、と胸を叩こうとした所で今回の時間は来てしまったのか、動作とほぼ同時に襖が開き小坊主さんが起こしに来た。かろうじてセリフは飲み込んだが「胸が苦しいのか?」と余計な心配をさせてしまった。

 簡単な身支度を済ませ、朝餉をご馳走になってしまったばつの悪さに境内を掃除してから出立しようと申し出るが、掃除はいつも朝に済ませてしまうらしい。代わりと言ってはと住職は風呂敷を一つ古道に渡すと


「これはとある方からの頼まれものなのですが、生憎急用ができてしまいまして、お使いを頼まれてくれますか」

「え……それは全く構わないのですが、よろしいのですか?どこの馬の骨とも知らない男に頼んでしまって……」

「ええ、それはくすねてどうなるものでもないですし、そちらの時計からも悪しきものは感じませんでしたのでね」


 住職は古道のポケットに入っている時計へちらりと視線をよこすと風呂敷の送り先はここからは電車を乗って行く距離だと告げる住職に、元気よく返事をしたものの古道は自分が持つ貨幣はこの場所では何の意味もないことを思い出した。一宿一飯の恩がある相手に金の無心などできるはずもなく、ひと先ず駅のほうへ足を進めることにする。


「汽車かあ……ほんとに俺がいた場所とは違うんだな。それにしても、金が使えないのはなかなか困ったもんだ。やべ、昼飯とかどうしよう」


 日が高くなるころ、鉄道駅に到着した古道はせわしなくなる汽笛や人ごみを遠巻きに見ながら徐々に空腹を訴える胃袋に、無駄であると知りつつも財布を取り出して中身を見る。財布の中の紙幣は見慣れた高額紙幣ではなく「壱圓」の札が数枚入っているのを見てため息をついた。


「そうだよなあ、壱圓札じゃあ……え?」


 目をこすり見直してみても昨日まで見慣れた数字が書かれていたはずの紙幣に書かれている文字は、今の古道を取り巻く看板たちと同じ形をしていた。恐る恐る駅に入り、窓口で駅を指定した後にできるだけ平静を装って「壱圓」を差し出してみる。


「え……」

「え……」

「もう少し細かいのありません?」

「えっ、あっ……ごめんなさい、大きいのしかなくて」


 駅員に嫌な顔をされつつおつりと切符を手に入れた古道はいそいそとおつりを抱え込むと汽車に飛び乗った。途中で駅弁の移動販売があったのを目ざとく見つけて買うことも忘れない。電車に揺られ流れる街の風景をぼんやりと見ながら、俵型のご飯をシウマイと一緒に頬張ると思わず言葉が漏れる


「……うめえ」


 米に振られた塩気と梅干の酸味が生命の維持は何とかなるという安心感を与えたのか、古道の目に自然と涙が浮かぶ。夢中で炊き込みのシイタケや硬いメンマ、かまぼこなど古道がよく知るものと変わらない味は、あっという間に腹の中に納まり、少しは頭の整理をすることができた。弁当ガラに蓋をして一息つくと汽車は目的の駅に到着する。

 気持ちを新たに歩き出すこと数分、目的のビルの目の前に立った古道はビルから立ち上るただならぬ雰囲気に気おされていた。日はまだ高いのだが、道の喧騒に比べて建物の中から人の気配が感じられない。


「えっと……ここであってる、よな?」

「もし、そこの方、このビルに御用ですか?」

「ああっと、その、このビルにお届け物があって……」


 入るべきか様子を見るべきか入り口で悩んでいた古道はかけられた声にばっと振り向くと、そこには制帽と外套を身にまとった書生風の美丈夫が立っていた。首をかしげる彼の足元から猫の鳴き声がする、黒猫がいた。


「私はビルの者です、おそらく私ども宛でしょう。中で受け取りますよ。」


 そういわれて、入り口を開けた彼にぺこりと頭を下げて中に入ると中は人気がないことを除けば掃除が非常に行き渡っていて清潔感のあるエントランスホールだった。あたりを見回していると不意に背中突然の衝撃が襲った。思わず前に倒れ込む古道の背中を膝だろうか、抑えつけたうえでドスの利いた声が頭上から降りかかった。


「何者だ……なぜその風呂敷をもってきている」

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