第1話 『錆びた時計』ー2
「イラッシャイマセ」
来店ベルの代わりに機械音が入店客を歓迎してくれる。店内は薄暗く、品物を見るには不自由はないが遠くに人がいた場合の顔は判別しにくいくらいの絶妙な明るさだ。入ってみて目に見える範囲に人影はない、防犯カメラらしきものも見当たらない入り口周辺を見ておずおずと声をかける。
「おじゃましまー、す。……誰もいない、のか?」
「……随分変わった品揃えなんだな、今一前の所有者のこともわからないし、あ、このパズルはちょっとほしいかも」
知恵の輪パズルがいくつか入った木箱から一つを取り出して、解くでもなく弄りながら値札を探すが値札シールが見当たらず、陳列されている付近にそれらしい数字はない。古道は近くの他の品も手に取ってみてみたものの、同様に値札と呼べるものは貼られていなかった。
「うーん……値段が均一とは考えにくいよなあ。レジはあそこか……すいませーん!」
棚の向こうに店のカウンターのような場所を見つけると、足早に近づいてレジスターも置いていない古風なカウンターの奥へ声をかけるが返事はない。首をひねりながらも目に付いた呼び鈴も併せて鳴らすが、シンとした店内に虚しく音が響くだけだった。勝手にお金だけ置いて物を持っていくわけにもいかず、出直そうかと思ったその時、古道の耳は「カロロロロロ」という何かが回転するような音を拾う
「……っ!?……何の音だ?こっちのほうからだったが……」
歩を進めた先は壁にかかっている時計類のうちの一つ、懐中時計だった。古道が懐中時計の前に立つとほぼ同じタイミングで回転するようなアラート音は鳴りやみ、辺りはまた静かな店内に戻る。時計に手を伸ばし表と裏を見てみる。特に変わった意匠や文字などはなかったが、セットされていたアラートは今と違う時刻だった。なぜ時計が鳴ったのか、首をひねりながら視線とともに元あった壁に時計を戻そうとした時、古道の目の前に広がっていたのはモヤのかかっただだっ広い空間だった。周囲に視線を巡らせてみても店の陳列棚もなければ、薄暗い照明もない、ただ昼のような明るさの空間が広がっている。キツネにつままれたような顔をしている古道に誰かが声をかけた。
「そこの御仁、なぜこのような場所におられる?」
「え!?ああよかった、人がいた!……その、分からないんです、店の中でこの時計を手に取ったらいつの間にかここに立っていて……」
助かったと古道は声のするほうに向きなおり、一瞬言葉に詰まった。つば広のウェスタンハットにポンチョを身にまとった、風来坊然とした人物だった。声の感じからは男性のようだが、春先だというのにマフラーをしていて口元が見えず、帽子との隙間からわずかにのぞく眼は穏やかそうだった。視線は古道の顔に向けられた後、手にしている時計へと移り、
「ふむ、どうやら貴方はその時計に助力を求められてこの場にたどり着いたと見える。」
「こ、この時計が?……でも、助力って言ったって何をすれば?」
「それは私には知る由もないな、だがその時計がなすべきを教えてくれるだろう」
古道は目の前の人物に言われた言葉を受けて手元の時計をみると、手にした懐中時計のカバーレンズに少し古風な洋服姿の女性がぼんやりと浮かんで、消える。布すれの音に反応して視線を時計から正面に直すとポンチョ姿の人物が古道の後ろを指さしていた。
「そちらの方向に歩いていくと、扉がある。時計はその先で助力を求めているから、しっかりな。問題が片付けば貴方が元居た場所に戻れるはずだ。」
「あ、ありがとうございます。……でもただのサラリーマンですよ、俺」
「心配めさるな、その時計も力を貸してくれる、道具は人に使われてこそだからな。貴方が道具の想いとともにありますように」
「色々ありがとうございました、あの、俺古道っていいま……あれ?」
時計と指し示されたほうを向いていた古道がお礼を言おうと振り向くと、そこにすでにポンチョ姿の人物はいなかった。「分からないことだらけだ」とぼやいた古道は扉があると言われたほうへ歩いていくのだった。
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