@note-404

なにも。何も見えないんだ。過去も未来も。自分さえも。


ようこそ、私の名前は…あーいや、私のことはクロとでも呼んでくれ。

ん?名前なんて今はどうでもいいだろう、君だって匿名でここにきてるじゃないか。

ここってどこだよ、とでも言いたげだな。

なんでもない俺の中の掃き溜めさ。

気の利いたことはできないし粗茶ですら出せるものはないがまあゆっくりしていってくれ。

そして、私のくだらない…実にくだらない愚痴でも聞いて行ってくれ、もちろん聞くに堪えなくなったらいつでも退出してくれて結構。私にとっても君にとってもそちらの方が有益だろう。独りよがりで自分勝手なくだらない自分語りなんて聞いてる方が時間の無駄だ。それでも私に君の時間をくれるなら少し話そう。


君は死にたいと思ったことがあるか?私はいつからこんなことを考えてるのかわからないくらい昔から考えている。ずっとだ。朝起きてなぜ昨日死ねなかったんだ、

なぜ俺はまだ息をしているんだ、という具合に。じゃあ早く死ねよって?まあその通りなんだが。これが意外とね、死ねないもんでね。ああ、不老不死とかそういう意味じゃない。ただ怖いんだよ、死ぬのが。臆病者だろう?

ああ、そうさ僕は臆病者さ。ナイフで首を切る、首を吊る、市販薬を過剰摂取する、

服毒する…身近にあるものだけでも十分に、いつでも死ねる。簡単さ。だけど、そんな簡単なことがずっとできないでいる。昨日も、いや何年も前からずっとだ。そして今日も。明日もきっとそんなことを考えているんだろう。ははっ、言っただろう、くだらないことだと。

だが、そんな私もかつてはこんなこと考えなくてもいい頃があったはずなんだ。もう思い出せもしないが。幸せから来ていたのか、無知ゆえかはわからないがね。

どちらにせよそんなものはすでに黒く、真っ黒に染まってしまった。自分自身でも見えないほどにね。人生に絶望したのかって?いや多分そういうのではない。いや、もちろんそれもあるとは思うが。

君は私のこの気持ちをどう捉える?かつての私の心が黒く塗りつぶされたと捉えるか?まあそれも一つの解釈だ、否定はしない。

だが、私の解釈は違う。

きっとわたしは様々な他の色に影響されすぎたんだ。

世界には多種多様な色が存在する。最初はみな白なんだ。

なにもない真っ白なキャンバス。

そこに思い思いの色を重ねていき自分を作る。わたしもきっとそうだったろう。真っ白だったんだ。まだ自分があったはずなんだ。だが、ほかの色の影響を受け自分のキャンバスをその色で塗りつぶす。またほかの色に影響されまた塗りつぶす。気づけば自分の色は見えなくなって、ほかの色だけで構成されたぐちゃぐちゃのキャンバス。それでも、その上から塗りつぶし続けて、自分の色だけではなくほかの色までも塗りつぶされていく。気づけばかつての真っ白なキャンバスはそこにはなく。

ただ、ただただ黒く何も見えない黒だけしか見えない。

黒。

描き分けることができたならきっと様々な色を内包した素晴らしいキャンバスだったろう。

だが俺はそんなに器用じゃなかった。それでもほかの色を合わせ続けた結果だ。

黒。

もはや、どんな色をもってしてもこの色を塗りつぶすことはできない。ほかの色に影響されないといえば聞こえはいいだろう。だがそこには自分の色さえもないのだ。


しかし、ただ一つ、たった一色だけ塗りつぶせる、そんな色があるのだ。

白。

何もない最初の色。

何者にも染まっていない唯一の色。

そう、白色で染め直せばいいのだ。

そうすればもう一度自分の色を取り戻せるだろう。

だが、世界には白なんて色は存在しないのだ。

我々がこの世界に生まれ落ちたときにはすでに色のついた筆を持たされている。

そうだろう?君は何もない場所で生まれたわけじゃない。我々は必ず生まれる瞬間に自身を取り巻く環境に影響されている。そしてその色は絶対に白色であることはないのだ。

無論、キャンバスは白だ。

最初は白なのだ。

白。

だが、我々の持つこの筆が白であることはあり得ないのだ。となれば、白で染め上げるためのその白はいったいどこから手に入れればいいのか。いいや、手に入ることなどないのだ。存在などしないのだから。

じゃあ、どうしようもないじゃないか。そう感じただろう。大丈夫だ。手段はある。

簡単なことさ。筆を捨て、キャンバスを破り捨ててしまえばいいのさ。シンプルで簡単な答えだろう。新しいキャンバスに変えればまた白一色さ。

どうやって捨てるのかって?そんなもの最初に言ったじゃないか。

君も簡単だとそう思ったことがあるじゃないか。

死ねばいい。

ただそれだけさ。

実に簡単だろう?

だが、そんな簡単なことが私はまだできないでいる。

黒で塗りつぶされどんな色だったかもわからない真っ黒なキャンバス。

この先どの色にも変化することのない真っ黒なキャンバス。

そんな真っ黒なキャンバスを自分の作品だと思い込んでいる愚か者。

それが私なのだ。自分の色などとっくの昔になくなったというのに。

黒一色のキャンバスから自分のかつての色を探し続けている。

見つかるわけがない。見つかったとしても意味がない。

自分の色で染めることなど、もうできないのだから。


ありがとう。こんなくだらない愚痴を聞いてくれて。

君も気を付けたまえよ、自分の色を見失わぬように。

疲れたときは筆を休めるのもいい。

目を伏せてしまってもいいんだ。

ほかのすべてがきれいに、そしてすばらしく見えることもあるだろう。

だが、君は君なのだ。何物にも染まってはいけない。

それでもどうしようもなく染まってしまったときはお互いのみすぼらしいキャンバスを見せ合って笑おうじゃないか。

そうしてまた筆を手に取り自分のキャンバスと向き合っていけばいいのさ。

どんなに拙く、醜く、酷いものであったとしても、それを最後まで描けたのなら、

それはきっとすばらしく尊いものだろう。


さて、そろそろこのあたりでお開きにしよう、

またきて私の愚痴でも聞いてってくれ。

今度は君の愚痴でも構わないさ。

出口は…わかるだろう?

それでは、また今度。

君のキャンバスが、

黒に染まる前に。

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