第6話 トラベラーズ・レスト3号船

「ッ!? あ……ああ、目覚ましか」


 ノーマッド船内。開けた外窓から朝日が差し込む船室にアラーム音が鳴り響く。ベッドから跳ね起きたアズマがサイドボードに内蔵された時計に目をやり、置いてあったボトルの水を口に含みつつアラームのスイッチを切った。そのまま飲み物を手に部屋を出て短い廊下を歩き、船首から張り出した、ほぼ真四角なコクピットに腰掛ける。


「えー、オートパイロットは正常に作動中。クオーツ・ドライブは出力50%で安定……船には異常なし、と。おっ?」


 昨晩、就寝前に設定した諸機能を指さし確認していた男は、前方やや左に浮かぶ巨体に目を転じた。朝日を浴び、眼下の雲に濃い影を落としている六角形のそれは、誰が見ても人工物だった。中央にはコの字型の建物があり、外縁部には幾つもの溝が刻まれ、それを囲むようにして大きなクレーンや塔が建ち並んでいる。


「あれ、島か? どう見ても自然に出来たもんじゃないよな。周りのは……ドックか何かに見える」

「おはよう、アズマお兄ちゃん」

「ああおはよう。良く眠れました?」

「うん。あのね、ミユね」


 部屋を出て、スリッパをぺたぺた鳴らしながらコクピットにやってきたミユは笑顔で何かを言おうとしたが、アズマが直ぐに正面へ向き直り、操縦桿を握り直したことで肩を落とし、男が座るシートに手を突く。それに気づかないアズマは、近づきつつある六角形の人工島を指さした。


「見て下さい。514避難所です。着いたら直ぐに食料と水を探しましょう。船はどこも壊れてないし燃料切れもないようだけど、僕らはそういうわけにいかないから」

「うん」

「薬もあると良いんですけどね。……ん?」

「わ、ぴーぴーって言ってるよ」


 電子音と共に操縦席の左脇にあるディスプレイが発光し、端のランプが点滅する。不安げなミユに笑いかけた後、アズマはランプの傍にあるダイヤルを掴んだ。


「大丈夫ですよ。操船マニュアルは読んだので。これは通信が入ってるんです」

「つうしん?」

「遠く離れた場所と連絡を取り合うことです。えーっと、奥側に回すんだったな」


 男の指がダイヤルを回すとディスプレイ表示が切り替わり、カリカリという音と共に数行に渡る文字列がスクロールされた。


「で、真ん中をカチっとやると……ん? トラベラーズ・レスト? 避難所は?」

『船舶ID、ノーマッド01。応答せよ』


 ぶつぶつ言いながらアズマが操作をしていると、不意に落ち着いた老人の声がコクピットに響き、怯えた表情のミユがシートの肘掛けを握って周囲を見回した。


「こちらノーマッド」

『ノーマッド、貴船は停泊要請も、またいずれの船団IDも提示しないまま本船、トラベラーズ・レスト3号船への接近を続けている。ただちに接近を止めるか、目的を明らかにされたし。さもなくば対抗措置を取らねばならない』

「えっ?」


 穏やかだが妥協の余地を感じさせない話し方に、アズマは思わずレバーを手前側に引いてノーマッドを減速させた。


「いえ……いいえ、トラベラーズ・レスト! 危害を加えるつもりはありません。というか、そこは514避難所の筈ですよね? つまり、今はあなたが占拠しているということですか?」

『避難所? 占拠? 何の話をしている?』

「何の話って? あの、こちらが状況を分かっていないんだとしたら、すみません。信じて貰えるかは分かりませんが、僕はつい昨日ここに来たばかりなんです。そのぅ……違う、世界から」


 返答の代わりに、大きな深呼吸の音が返ってきた。ゆっくりと操縦桿を手放したアズマが、ミユを横目で見て声を落とす。


「やっちゃったかも」

「ええっ?」

『……ノーマッド』

「はい!」「はいっ!」


 5分近く経ってからようやく声を上げた相手に、アズマとミユは同時に返事して背筋を伸ばした。


『ガイドマーカーを出した。指示通りに停めてくれ』

「……はい」

『いったん、通信を終える』


 相手がそう言った後、人工島の端に建つ塔の1つがその頂点を緑色に輝かせ始めた。レバーを倒した男が操縦桿を握り直す。再度加速した直方体の船が、青白い噴射光と共に人工島へ降下していった。






「バック、バック。うーん、もうちょっと?」

「もうちょっと!」

「もうちょっと……よーし」


 後方カメラの映像を頼りに、人工島の溝状の場所の1つへとノーマッドの船体を収めたアズマが船を静止させる。白いスーツに着替えた2人は揃って安堵の吐息を零した後、アズマはミユに頷いた。


「じゃあ、まず僕が1人で出ますからね。ミユさんは待っててください。船の動かし方は覚えてますか?」

「……うん」

「大丈夫。出来ますよ」


 ミユにそう言った後、アズマは表情を引き締めてパイロットシートから立ち上がり、船内通路を通って1階の貨物搬入口の前までやってきた。そして何をとるでもなく拳を握り締め、開閉パネルに押しつける。船体後部が開いて朝日が差し込み、眩しさに目を細めたアズマの前にタラップ車が近付いてきた。そして運転席のドアが開き、1人の老人が姿を現す。

 テンガロンハットとスカーフを身に着け、真っ白なあごひげを整えた浅黒い肌の彼は、タラップに足をかけるか否か迷っているアズマを見上げ、帽子を押さえつつ風の中で声を張り上げた。


「トラベラーズ・レスト3号船の船長、トビアスだ!」

「アズマです!」

「あんた1人かい?」

「もう1人います!」


 叫び合った後、2人は視線を交わす。トビアスの後ろに控える、銃に似た物を手にした人々を見渡すアズマ。そんなアズマとノーマッドを見据えるトビアス。ややあって老人が息を吐き出し、銃を持った人々を手振りで下らせた。


「安心してくれ! トラベラーズ・レストは信用を大切にしてる! こっちの指示に従ってくれた船の乗組員は皆、客だ! 騙し討ちはやらん!」

「……ミユさん、僕の後ろから離れないで」


 すぐ後ろで腰にしがみついていた幼女に小声で言った男は、タラップに足をかけ、島に降り立った。アズマと、彼にぴったりくっついているミユを一瞥したトビアスがテンガロンハットを持ち上げ、小さく頷いた。


「改めて、ようこそトラベラーズ・レストへ。いやまず、ようこそ此方の世界へと言った方が良いか?」

「ああ、はい。ていうか、信じてくれるんですか? 僕らがその……」

「異世界からの転移者だって? もちろん信じるとも」


 アズマをじろじろと眺め回した後、帽子を被り直したトビアスが溜息混じりで言い、小首を傾げる。


「立ち話もなんだ。店に来てくれんか?」

「……分かりました」

「あっ」


 アズマが歩き出したその時、ミユが目を見開いて彼の左手を握る。幼女の柔らかな手をやんわり握り返しながら、男は老人の後をついて歩き出した。3人の背後で、銃を持っていたうちの1人がタラップ車に乗り込む。低い唸りと共に発車する車を振り返った後、アズマはトビアスに視線を戻した。


「ええと、つまり、今はあなたがこの514避難所を運営してる? で、合ってます? 名前を聞く限り、ホテルっぽいですが」

「514避難所がこの空域にあったのは200年以上前の話だ。さっきアーカイブを確認した」


 思わず足を止めたアズマを振り返り、トビアスが白いひげを震わせる。


「大崩落が起きてからこっち、どんな建物も船の上に造るようになったのさ。いつなんどき、亜空域に飲み込まれるとも限らんからな。お前さんが探してた避難所のように」

「大崩落? 亜空域?」


 アズマが初めて聞く単語を反芻している内に、3人はコの字型の建物まで辿り着いた。三角屋根とスイングドアを備えたそこは、さながら西部劇に登場するサルーンのようだ。


「ついでに言うと、お前さんたちのスーツと船の情報もアーカイブにあった。神王様がこっちに来たばかりの時にお創りになられたもんだ。とんでもなく古い代物で、それなのに両方とも、新品同然のピカピカ。だから信じたのさ。転移者だってな」

「……あの、すみません。話についていけてないです」

「ふむ」


 ミユの手を握ったアズマが、小さな同行者と顔を見合わせて首を捻る。そんな2人を見つめていたトビアスが鼻を鳴らした後、スイングドアを押し開けた。


「調査船団が来るまで、まだ時間がある。こっちの世界のことを、少しばかり話してやろう」

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