第6話 偶然がもたらすもの
眞島の毒殺死体が発見されてから、四日が経っていた。事件は、まだまだ捜査が始まったばかりで、事件の全容が、薄っすらですら見えていなかった頃だった。
「桜庭が殺害されました」
と言って連絡を入れてきたのが、隅田刑事であった。
隅田刑事は、桜庭という男が何か怪しいとは思っていたが、見張っていたわけではなかった。まずは殺された眞島との関係を洗うというところからだったのだが、それも、まだほとんど解明できていないところでの桜庭が殺されたという情報を聞いた時、頭の中で混乱が生じたのは無理もないことだった。
「それはどこでのことだ?」
と聞かれて、
「やつのマンションです。そこは、管轄外になるので、勝手にはいけないので、まずは報告からと思ったんですが」
と言っている声が完全に上ずっている。
そもそも、隅田は自分が桜庭を洗うと言ったのは、彼を犯人だと思ってのことではなかった。
眞島と桜庭の関係性に不思議なものを感じたからで、ウワサにもあった、
「主従関係の正体を確かめたい」
という思いがあったからだった。
だが、三日間だけでは、それを示す証拠は見つからなかった。
二人は仲が良く、ちょくちょく、桜庭の部屋を眞島が訪れていたという話を聞き込みはしたが、オートロックの少々高級感のあるマンションなので、中で何が行われているかなど、分かるはずもなかった。
当然、防音設備もしっかりしているので、よほどのボリュームで音楽でも聴かないと聞こえないだろう。
「それこそ、誰かに殺されたりして、断末魔の叫びを挙げたとしても、誰にも気づかれたりはしないよな」
と不謹慎なことを考えたりした。
まさか、その本人である桜庭までが殺されるなど、想像もしていなかった。
しかし、ということは、これはれっきとした連続殺人であり、最初の眞島に存在した、
「自殺説」
というものは、なくなってしまったと考えてもいいだろう。
とりあえず署に戻った隅田刑事は、捜査本部に、捜査員がほとんど集合しているのを見た。隅田刑事を見つけた桜井刑事は、
「おお、お疲れ様」
と言ってねぎらいの声を掛けると、
「はい、ただいま帰りました。今回は桜庭氏の殺害を食い止めることができなくて、まことに申し訳ありません」
と、詫びを入れたが、
「何言ってるんだい。君は桜庭と眞島の関係を洗っていたわけで、桜庭をマークしろとは言われていなかっただろう。仕方がないさ」
と桜井刑事は言った。
「その通りだ。我々も桜庭に対してノーマークだったんだから、桜庭に対して何か疑問を感じた君の眼の方が正しかったということだな。私は、もう少し桜庭と眞島の関係を洗うところに力を入れてもいいんじゃないかと思っているんだ」
と柏木刑事も言った。
「そうだな。もし、第一の被害者の眞島と、今回の被害者の桜庭の殺害が同一犯の犯行だということで捜査方針が決まれば、合同捜査ということになる。そうすれば、お互いに情報を開示しなければならなくなって。少しやりにくくはなるが、情報だけは公開されるので、事件解決にはいいかも知れないな」
と、桜井刑事は言った。
やはり今の警察も、昔ながらの、縄張り捜査である。いろいろなしがらみがあるのは仕方がないが、どうしようもないというところであろうか。
捜査本部では、とりあえず、ここまで分かっていることを話すことにした。
「何か新しい情報は出てきていないのかい?」
と言われた柏木刑事が、
「第一発見者である山崎という男のことが少し気になったんですが」
と言った。
「どういう風に気になったんだい?」
と桜井刑事が聞くと、
「やつは、以前にKエンタープライズに入社が内定していたらしいんです」
「なんだって?」
と、桜井刑事は言った。
「その時の政治事情が皆さんもご存じの通り、あの年は内定シーズンを直撃する世界的な伝染病が流行った時期だったので、内定が不当に取り消されるという事態が多発しましたが、彼はその時の被害者だったんです」
「ということは、あの五年前のことか?」
と言われて、
「ええ、あの時です」
と答えたのだ。
今でこそ、そのような状態は逸脱できて、平和になったのだが、つい最近まで、ウイルスが蔓延していたのだ。何をどうしてか、ウイルスは急に死滅した。政府が撲滅役を開発させたのに、その情報を開示しないという政治的思惑で、庶民には、事実しか知らされず、撲滅できた理由はわからないでいた。
何と言っても、政府の弱腰と、日本という国が、戦後の占領国による洗脳によって、弱体化してしまったことで、政府も思い切ったことができなかったのだ。
かといって、それは、政府に責任がないわけではない。徹底的に国民に事実を隠し、肝心なことを言わないつけが回ってきて、政府が国民に説得を試みても、誰も聞く耳を持たなくなったということである。
「政府が国民を舐めていたことで、最後にはブーメランが突き刺さった」
ということである。
そんな政府をよそ眼に、ウイルスは人間ではないので、忖度はしない。したがって、国民がいうことをきかないのをいいことに、猛威を振るうのだ。
だが、そんなウイルスも、何度も変異して勢力を強めたが、最後は何があったのか、まったく分からずに急に死滅していった。
「一体、あの五年間は何だったんだ?」
と国民は呆気に取られ、拍子抜けしていた。
しかし、その間に死者も相当数出たのも事実で、簡単に喜んでいられる雰囲気であるはずもない。
しかし、今は鳴りを潜めているウイルスであるが、実はまったくなくなってしまったわけではなかった。
こっそりと隠れていて、二年後には新たなウイルスとして覚醒するのを待っているのだ。
そう、まるでさなぎがふ化するのを待っているかのようである。
元々は大陸から、全世界に流行ったもので、
「細菌兵器ではないか?」
とも言われたが、実際には何ともいえない。
ただ、あのウイルスがきっかけになって、どんどん変異していき、変異を繰り返しながら強くなっていくので、これほど厄介なものはなかった。
「人間が自然環境を崩していくので、自然がそれに対して起こした、その名の通りの、自然現象でしかない」
という専門家がいたが、その意見はリアリティがあった。
どこかの間抜けな首相が、
「安心安全」
を訴えるのとでは、信憑性の次元が違った。
そんな時代を刑事として切り抜けてくるのは、結構大変だった。世間では、いらぬ衝突が起こる。その証拠が、政府の曖昧な対応による混乱からのいざこざ。さらには、政府が肝心なことを黙っているために生じる政治不満だったり、ストレスだったりが、衝突に繋がるのだ。
政府がすべて悪いというわけではないが、少なくとも、非常事態くらいはしっかりしてもらいたいものだ。
「安心安全なんて、誰が保証するんだ?」
と一言言われれば、何もいえなくなるくせに、何もいわずに、これだけを繰り返す。
まるで子供の喧嘩のようではないか。
さらには、世間を締め付けたことでの、商売がうまくいかずに自殺する人が多く、警察はひっぱりだこだった。さすがに医療従事者とまではいかないまでも、警察も本当に大変だった。不眠不休などということもあるくらいで、中にはノイローゼになってしまう人もいたのではないだろうか。
それでも五年という月日を、よく通り超えたものである。
さらに何がひどかったかと言って、治安がまったく守られていなかった。
ロックダウンのような大日本帝国時代に存在した戒厳令のような措置が、獲られるわけでもない。
ちなみに、かつての大日本帝国憲法下における戒厳令の発出は三階だった。
明治、大正、昭和と、すべての時代に一度ずつ存在するものだった。
一度目は明治時代で、日露戦争終結時、ポーツマス条約にて領土拡充や、権益の保証は行えたが、肝心n戦争賠償金を得ることができなかった。それに対しての民衆の怒りが爆発し、「日比谷焼き討ち」という事件を引き起こした時に、発せられたものだった。
そもそも、日本は日清戦争の時に、清国から拡充した遼東半島を、ロシア。フランス、ドイツによる三国干渉で返還を余儀なくされたという痛い経験があった。もっともそのために、二億テールという賠償金を得て、八幡官営製鉄所を作ることができたのであるが、その時とは逆だった。
日清戦争の時とはケタが違う戦費、そして犠牲者を考えると、焼き討ちという行動も同情の余地はあるが、さすがに帝都の危機ということでの戒厳令であった。
その次は大正時代。
戒厳令を発出する時の定義に、
「クーデターなどによる戦闘状態や、大規模災害によって、都市の治安が守られない時は、戒厳司令部を作って、市民の権利に制限を掛けることができる」
というものであった。
今の日本国憲法には、
「基本的人権の尊重」
という三大減速の一つがあるので、個人の人権に制限を加えることは、憲法違反となることから、ロックダウンのようなことはできないのだ。
そのせいで、伝染病が拡大したのであるが……。
大正時代の戒厳令は、まさに先ほどの定義の二つ目にる、未曽有の大災害であった。
「関東大震災」
である。
この地震は、帝都だけではなく、横浜、千葉、さらには静岡にまで被害が拡大していた。しかも、震源地は、確か伊豆沖ではなかったか。それが帝都を一晩で焼け野原にするのだから、相当なものだっただろう。
その後も数年間は、焼けるような臭いや埃が充満し、マスクをしていなければいけない時代になった。奇しくも、今から約百年前のことである。
災害が起こると、デマが飛び交うということもあり、横浜や帝都で、
「地震は朝鮮人が起こした」
というデマが流れ、彼らが惨殺されるということもあり、戒厳令が敷かれるのも当然のことであったのだろう。
さて、もう一度は、昭和のことである。
先ほどの定義の。今度は前半部分、つまり、
「クーデターなどによる戦闘状態」
が発生したのである。
実際にはどういう事件だったのかということを知らない人も、
「二・二六」
と言えば、名前くらいは知っているだろう。
この事件は、青年将校による、国を憂いて起こした犯行だという話もあるし、それもウソではないだろうが、、一番の問題は、
「陸軍における派閥抗争」
が原因だったのだ。
東北の飢饉や、昭和恐慌なども背景にあったが、陸軍の皇道派と呼ばれる派閥が、統制派を排除するために起こしたことで、数人の政府高官を襲い、殺害した。
そして、警視庁などを占拠し、天皇への直訴を要求したのだ。
しかし、肝心の天皇には、派閥争いということが分かっていて、しかも殺害されたのは、自分の政治顧問ともいうべき側近だったことで、天皇の怒りは尋常ではなかったという。
戒厳令が敷かれた中で、天皇は決起軍を反乱軍と認定し、彼らを、
「私自ら軍を率いて鎮圧する」
とまで言われたのだから、相当なものだったのだろう。
その話が決起軍に伝わったことで、彼らは観念し、隊を原隊に返し、責任者は、投降するか、自決するかのどちらかだった。ちなみに投降した連中は、非公開で弁護人なしという裁判で、全員が死刑となったのである。
日本における戒厳令はこの三つであったが、今は、
「日本は戦争ができないので、有事は存在しない」
という見解から、最初から憲法に戒厳令の項目はないのだ。
だいぶ、話は脇道に逸れてしまったが、山崎が五年前にKエンタープライズと接点があったというのは、この事件に果たして何か影響があるのだろうか? 少なくとも、捜査本部では興味を示している人がいるようで、山崎のことを捜査しなければいけない状況になっているのは間違いないようだ。
そういう意味で、隅田が持ってきた情報というのも、最初こそ、
「こんなおただの偶然だよな」
と思っていたが、
「犯罪事件というのは、どこにどんな事実が隠されているか分からない。まったく関係のないことであっても、偶然というのは、その事実を暴き出す材料になることがあるんだ。すべてを信じるのは危険だが、少なくとも軽視してはいけないということだというのを、肝に銘じておくといいぞ」
と、刑事になりたての頃に教えてもらったのを覚えていた。
「隅田君には悪いが、せっかく君が持ってきてくれた情報にすがってみたいと思うので、君には、山崎についても並行して調べてみてくれないか?」
と清水警部補に言われた。
隅田としても、自分が持ってきた情報を、このまま眠らせておくわけにはいかない。どうせなら自分で捜査できるのであれば、それに越したことはないと思っていた。望みが叶ったというべきであろうか。
「了解いたしました」
ということで、隅田は翌日から、山崎についての捜査も行うようにした。
山崎について捜査をしてみると、彼には、Kエンタープライズに先輩がいるようだった。
その男性は、名前を進藤といい、今でも時々山崎に合っているという。
進藤に会ってみることにした。
「初めまして、今回の眞島さんの事件と、桜庭さんの事件を捜査している者なんですが、少しお話を伺えますか?」
と聞かれた進藤はビックリした様子だった。
そもそも、進藤という男のことは、前もって同僚に話を聞いていたのだが、その話によると、
「かなり、気が弱い性格で、すぐ流されてしまう」
ということであった。
しかし、他の人の評価は、
「上の人からは扱いやすいんじゃないかな? そういう意味で、あまりパッとした成績でもないのに、主任になるのも、係長になるのも、結構早かったんですよ。あの若さで、なんて言われたりしてですね」
と、いう話も聞かれた。
確かに一般企業では、上司に気に入られれば、成果を出せなくても、出世したりする場合がある。上司の命令系統をその男がクッションになることで、下々の連中にも徹底させることができるという、いわゆる、
「扱いやすい人間」
ということである。
まるで、部下から見れば、傀儡上司とでもいえばいいのか、上司もこの男が間に入っていることで、命令系統が分かりやすくなるという利点を重視したのだった。
「彼のような男がいてくれると、中間管理職として、重宝できるんだよ」
という声が聞こえてきそうだ。
ということは、この男の出世はここで終わりだということであろうか?
想像しただけで、ゾッとしてくるのは、彼が性格的に、同情されやすいタイプということでもあるのかも知れない。
もっとも、それくらいの柔軟性がないと、いくら上司との橋渡しとはいえ、簡単に昇進は難しいだろう。
「おだてに弱く、彼に対してどんなに理不尽なことをしても、そのことに対して、悪いという思いにならないのではないだろうか?」
ということを考えただけで、世の中の荒波というのが見え隠れしているように思えたのだ。
彼の中にそこまでの自己犠牲があるとは思えないので、それだけ扱う方も、上司としての権力を正当化させないと、自分が悪者になったようで、釈然としないのではないかと思えるのだった。
「ところで、進藤さんは、山崎さんをご存じですか?」
と聞かれ、一瞬唖然とした様子で、口が開けっぱなしになっていた。
「山崎ですか?」
と聞かれて、
「ええ、眞島さんの死体を最初に発見された山崎さんです」
というと、
「ああ、そうでしたね」
と、とぼけたように答えたのだった。
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