その力
枝葉の隙間から陽の光がこぼれ、地面をチラチラと照らしている。
昨日より顔色の良いメリーが、木漏れ日の中を軽やかに歩いていく。今日は発破をかけなくとも一日中歩いてくれるだろうと、ラトスは少し安心した。
森に入って二日。ずいぶんと森の奥へ足を踏み入れている。しかしまだ人の足が入っている痕跡がいくつか見られた。ラトスはなるべくその痕跡を辿りつつ、目的の場所へ進んでいった。人の気配があるところには、人慣れしていない獣であれば近付いてこないからである。休憩するにしても進むにしても、安全に越したことはない。
それでも正午を過ぎ、陽がかたむきはじめるころまで歩くと、人が入っているような場所は明らかに少なくなっていった。
「このあたりの感じは、何だか、見覚えがあります」
メリーが辺りを見回し、何度かうなずいた。
なるほどと、ラトスもうなずく。たしかにこの辺りから、街道までの距離が遠くなっていくはずだった。ならば今夜か明日には、目的の場所に着くかもしれない。見覚えがある風景になったからか、メリーの足取りがさらに軽くなった。
進むにつれて、森が深まり、重々しくなっていく。
目的の場所には沼があるはずだ。近くまでいけば水の流れる音が聞こえるか、匂いがするかもしれないとラトスは予想していた。しかしどれほど進んでも、それらは感じられなかった。風が流れて葉がすれあう音と、じとりとした土の匂い以外、特に目立った感覚は得られない。
存外途方もないなと、ラトスは眉根を寄せた。
すると隣を歩いていたメリーが立ち止まり、大きな声をあげた。
「倒木か」
「そうですね」
息を飲む二人の前に、巨大な木が倒れていた。それもひとつやふたつではない。広範囲にわたって古い木々がいくつも折りかさなり、倒れていた。木々の隙間には新たな草木が生えて出ていて、隙間ひとつ見えない。大きく迂回しなければ、先へ進むことができそうになかった。
それでも一縷の望みにかけ、メリーが倒木の隙間を探し回る。「行けそうか?」とラトスが声をかけると、がっかりした様子でメリーの頭が横に振られた。
直後、倒木の隙間に生いしげった雑草がかすかにゆれた。
風ではない。意思のある揺らめき。
驚いたメリーの足が止まる。ラトスは草葉の揺らぎから一歩距離を取り、倒木の隙間をのぞき込んだ。次第に草葉の揺らぎが大きくなる。明らかに生き物が潜んでいて、距離を詰めてきている。
「……ひっ」
やがてゆっくりと顔を出したその生き物に、メリーの声が引きつった。
身体を硬直させ、両肩をすくめる。
現れた生物は、巨大な蛇であった。未だ頭しか見えていないが、その頭の大きさだけでも全長の巨大さを想像できる。すでに二人に対して警戒してる大蛇がさらにゆっくり寄りはじめると、メリーの引きつった声が再びふるえた。
「ラ、ラトスさん……!?」
「分かっている。とにかく逃げるな。背を向けると襲い掛かってくるぞ」
ラトスはメリーをなだめつつ、腰にある短剣にそっと手をかけた。
無論、すぐには抜かない。動物の多くが、金属の反射光を見るだけで緊張感を高め、興奮するからだ。
ついに全身を見せた大蛇の身体。人の三倍はある。威嚇するように身体を左右に振り、じわりじわりと詰め寄ってくる。その威圧感は絶大で、メリーの呼吸が徐々に荒くなりはじめた。大蛇が揺れるのにあわせて、自らも身体を横に振ってしまっている始末である。
「メリーさん、落ち着いてくれ」
「……え?」
メリーが青ざめた顔でラトスを見る。同時に、腰に下げていた剣へ手を伸ばしはじめた。
剣の柄にメリーの手が触れる。震えが伝わり、剣がカチカチと鳴きだしていた。無意識に剣を抜こうとしているのだろう。手の動きとは裏腹に、ラトスに向いたままのメリーの顔は表情を失っている。
ラトスはぞくりとして、メリーに声をかけようとした。しかし間に合わない。ラトスが口を開こうとした動きを合図に、メリーの剣が抜き放たれた。震える切っ先を大蛇に向け、何の準備もない戦意を大蛇に見せる。
「そいつはダメだ!」
ラトスは叫び、腰の短剣を抜き放った。ほぼ同時に、大蛇がメリーに向かって突進をはじめる。
恐怖で動けないメリーの剣が、さらに大きくふるえた。わずかに宿っていた戦意がすべて消え、案山子も同然となっている。それを見抜いた大蛇が頭を下げ、メリーの剣の下へ潜り込んだ。
ラトスはメリーと大蛇の間に向かって駆け、勢いよく飛びこむ。
抜き放った短剣のひとつを、大蛇の頭よりやや後ろへ突き立てた。勢いそのままに大蛇の頭を掴み、地面に押し付ける。
「じゃあ、な」
頭の後ろに突き立てていた短剣をさらに深く刺し、地面まで貫く。それから素早く、もう一本の短剣で大蛇の頭部を貫き砕いた。ラトスが押さえつけている間、大蛇はしばらくばたばたと跳ね動いていたが、やがて弱り、静かになった。
「メリーさん」
剣を抜き放ったまま固まっているメリーに、ラトスは声をかける。
「え……あ、はい」
「飯にしようか」
大蛇の頭を持ちあげたラトスに、メリーの目が丸くなった。感情の出し方を忘れたように、何度もうなずいてくる。ラトスはいまだ震えているメリーの肩に手を乗せると、崩れるようにメリーの両膝が地面に突いた。立ち上がれるようになるまでは、しばらく時間がかかりそうだった。
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