エイス
エイス
はるか上空に、鳥が一羽。
円をえがくように飛んでいる。
鳥の眼下には、見わたすかぎりの大森林が広がっているだろう。
そのただ中に、ぽかりと穴が開いていた。
大森林を切りひらいて築かれた、エイスの国である。
エイスは壮麗なエイスガラフ城を中心にして、広大な城下街を形成している。
巨城から東西南北へまっすぐと発する、長大な石畳の道。
整然とならぶ、石造りの建築物。
近隣の国にはない雰囲気が、しとりとたたずむ。
それらはすべて、神話の時代よりも前に造られたもの。どこもかしこも、古めかしい。しかし丁寧に受け継がれてきたので、古代遺跡を復活させたかのような荘厳さをたたえていた。「天上の国」などと称賛する者もいるほどである。
天上の国は、強固で高い城壁に囲われている。
長きにわたって平和を享受してきたエイスには似合わないものであったが、その異様な城壁もまた、エイスを称えるひとつとなっていた。
城下街の中心部は、中央区画とよばれている。
古くより、多数の護衛に囲まれた貴族や、高官をはじめ、政商や大金持ちが住む区画である。その区画をつらぬいている大通りに行き交う人々はみな、いろどり豊かな衣服をまとっていた。男たちは、いかめしくも優雅に談笑しながら歩いている。女子供らは、表情にくもりなく、黄色い歌声を街にひびかせていた。
そのただ中を、咲きほこった花をかきむしるように、褪せた色がひとつ横切った。
それは、いかめしいが優雅ではない、痩身の男だった。
「おい、お前! なんだ!?」
痩身の男にぶつかった一人が、大声をあげた。
途端に、周囲から黄色い歌声が消えていく。
「おい! お……お、いや、なんでもない……」
大声をあげた男が、ぶつかった痩身の男を見て萎縮する。
痩身の男の顔には、鼻の頭から耳の下まで延びた深い傷があった。それはすれ違う者たちみながふり返るほど、異様な雰囲気をまとっていた。痩身で傷の男は、委縮した男をじっと見下ろす。やがて苦い顔をして、短く息を吐いた。
「悪いな。急いでいるんだ」
「お、おお……気を付けてくれよ……」
傷の男ににらまれ、委縮した男が去っていく。同時に、周囲にいた人々もみな、傷の男から距離を取った。
傷の男はざんばらの長い黒髪をかきあげ、辺りをにらみつけた。ひしめく人々を押しのけるように、歩きだす。身をつつむ黒と灰色がまざったような衣服を揺らし、人の波をかき分けていく。一見浮浪者にも見える姿ではあったが、力強い雰囲気を周囲に撒き散らしていた。
大通りを行き交う花のような人々が、傷の男を避けてふたつに割れていく。そうしながらも皆、過ぎ去っていく傷の男の背をのぞくように見た。しかし見えなくなるほどに離れていくと、群衆の割れ目は何事もなかったように閉じていった。
傷の男が行く先には、背の高い建物の隙間があった。
多くの目から逃げるように、隙間へ駆け込む。思った以上にせまい道。衣服が壁にすれる。傷の男は無理やりに道なき道を進み、やっとのことで、人の少ない裏通りにたどりついた。
衣服にすりついた埃を、はたき落とす。
傷の男はその場で立ち止まり、小さく息をこぼした。人気のない裏通りを見回し、ゆっくりと息をととのえる。
「……暗いな」
背の高い建物がならぶ、ほそい裏道。陽の光は差し込みづらいが、まだ昼時少し前なので十分に明るい。それでも傷の男には、暗いと感じさせた。
男は目元を押さえながら頭を小さく横にふった。そしてそのまま、しばらく動かなかったが、やがてゆっくり歩きだし、裏通りを右へ左へ進みはじめた。
途中、裏通りの一角が妙に賑わっていた。
十数人ほどの人の群れがあって、何かを見物している。
傷の男は群衆の脇をとおりすぎながら、少し首を伸ばしてみた。
どうやら占い師に人が集まっているらしい。
大きな街だと、「よく当たる」占い師という奴が一人はいるものだ。だいたいの場合、この手の者は、目鼻の利く情報屋であったり、酒場の女のように、人に好みにあわせて会話ができる弁士のような人間である。だが大衆は、的確な助言に「占い」という言葉をそえるだけで驚き、喜ぶのだ。
傷の男は呆れ顔で、群衆の傍をとおりすぎようとした。すると群衆の中心にいた占い師が、少し頭をあげた。傷の男の方へ、顔を向けてくる。客だと思ったのだろうか。占い師はフードを深くかぶって目元を隠していたが、口元がかすかに笑っているように見えた。
「気味の悪い奴だ」
傷の男は目をほそめて、群衆からはなれた。
占い師が、まだこちらを見ているような気がした。しかし傷の男はふり返らず、足を速めてその場を後にした。
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