第39話「星の力よ」



 ――懐かしい力を感じる。


 聖剣――否、カレンから溢れ出したがねいろの粒子はアンジュのところまで届き、キラキラ輝きながら吹き抜けていく。

 星の魔力。

 優しくて温かくて、懐かしい力。


「カレンは……勇者になったのね」


 聖剣の力を最大に引き出す、聖剣抜刀。それがまだできないと悔しそうにこぼしていた彼女は、ついにその奥義を会得したのだ。

 友人の成長を嬉しく思い、口元を緩める。

 と、


「ゥ――ォアッ!!」


 気合いと共に、真っ白な騎士が矢を放つ。魔力で作られた血色の矢。

 まるで空気の抵抗など受けていないかのような速度で飛来するそれを、アンジュは魔術で張った二枚の防御膜シールドで防ぐ。

 バジィッ!! と強烈な音を立てて破砕する防御膜シールドに、アンジュは目を細める。


(……ホントにとんでもない威力ね。最上級ダンジョンのボスモンスターでも、こんな攻撃を連発することなんてできないでしょうに)


 しかしこれは、ルーラーにとってはただの「通常攻撃」みたいなものだろう。技術スキルやら特殊能力アビリティやらの「技コマンド」ですらない、ノーリスク・ノーコストの基本攻撃。


「しかも世界法則的な守護を仲間に付与できる? どこのダンジョンの裏ボスよ――〝灼き焦がせ〟!」


 文句を挟みながらアンジュは呪文を唱え、オレンジの炎をルーラーに向かって噴射した。

 残心でもするように、矢を放った体勢のままだったルーラーは真正面から魔術の炎を受け止める。灼熱に焼かれ、真っ白な体が焼け爛れる――ことはなかった。


 わずかに焦げ痕が付く程度。


 相手はもともと人間だから、感情的に本気を出せない――というわけではない。

 ルーラーの中に、パトリックの残滓は欠片も残っていない。元に戻すのは現実的なことではない。――アレは化け物で、星の敵だ。モンスターと同じ……否、それよりも恐ろしい敵。たおすことを躊躇してはならない。


 覚悟はすでに決めている。だからアンジュに油断はなく、もちろん手加減もしていない。

 魔術の効果が薄いのは、単純にやつの対魔力性能が異常に高いせいだ。並の魔術では蚊に刺される程度のダメージも与えられない。


「〝喰らい尽くせ〟」


 けれども諦めるという選択肢はアンジュにはない。

 魔力を高め、脳内に漆黒の竜を思い描きながら呪文を口にするトリガーを引く


 かつて、最上級ダンジョン『騎士王の居城』のボスを跡形もなく消滅させた魔術。今はどうしてか調子が良いので、あの時よりも大量の魔力を容易に操ることができ、当時でも過剰だった威力を何倍にも引き上げて放った。


 闇が竜の形を成し、以前の標的とは違って馬に乗った敵へ空中を泳ぐように襲いかかる。

 対し、ルーラーはからの右手を眼前にかざすと、「ォ――ッ」と細い声を発した。魔力が掌に収束、血色の燐光が渦を巻く。


 そして、闇の竜の大顎とルーラーの手が激突し――部屋ごと揺さぶる衝撃を撒き散らして、赤黒い爆発が二者の間で発生した。


(最上級ダンジョンのボスすら一撃で蒸発させた魔術なのよ? まったく、とんでもないやつね……)


 濃密な魔力が混じった余波で銀のツインテールを揺らしながら、アンジュは顔を歪める。

 だが、恐怖はない。絶望もない。

 むしろあり得ないレベルの強敵に、気分が高ぶっているくらいだった。


 ……決して戦闘狂などではない。

 ただ、全力で魔術をぶつけても簡単に倒れることがなく、むしろ反撃でこちらの魔術を打ち破ってくるほどの相手と巡り会えて、歓喜しているのだ。


(逆境、強敵、好敵手……あたしの魔導はまだまだ高められる。これが嬉しくないわけないじゃない)


 その強敵は(こちらに害意のある誘拐犯とはいえ)人間を苗床に出現した化け物なのだから、こうして喜ぶのは不謹慎かもしれない。けれど、待ち望んだ状況に、気持ちが抑えきれない。

 ……まあ、元人間という事実があるから、辛うじて「せっかくだから撮影しよう!」などと言い出さないでいるのだが。

 ともあれ――。


 アンジュは笑みを浮かべ、沸き立つ感情のままに魔力をおこす。

 いつになく調子が良い。

 この場に来てから、どうしてか体内に巡る魔力が勢いを増し、本来の保有限界すら超えて高まっている感すらあるのだ。外界の魔力さえも自由に操り、自分のものにしているような。


 ゾーン、とは違う。

 自然と一体になる……過去に東方で発達していた魔術宗派でいうソレとも、近いようで違う。


 その感覚は、ついさっき、さらに強まった。

 カレンが聖剣抜刀をしたことで撒き散らされた星の魔力が、アンジュの体と魂に、強く反応している――そんな気がして。


「ォァア――ッ!」


 叫び、ルーラーが弓を引く。収束する血色の魔力が三本の矢を形作り――一息で放たれた。

 一本を防ぐために二枚の障壁が必要だった。これを防ぐためには単純計算で六枚用意しなければならない。だが後手であるため、間に合うかどうか――。


(いや――)


 今なら、気がする。

 なんの根拠もなく、しかし間違いないと、確信した。


「〝防げ〟」


 体内の魔力を、そして外界の魔力すらも支配下に置き、魔術に利用する。

 アンジュの正面に出現したのは、黄金の盾。

 飛来する三本の矢を、盾は一身に受け止める。連続して着弾、三度の爆発が空間を激しく揺さぶるが、しかし盾にはヒビすら入らない。


「――ォ?」


 数も威力も増したのにたった一枚の障壁を破れず、ルーラーは不思議そうな声をこぼした。その妙に人間臭い様子は、人を養分にして生まれたゆえか。


「あは――」


 小さく笑い声を漏らすアンジュ。

 何だか体が軽い気がする。右目が熱い。世界がキラキラ、がねいろに輝いている。


「アンジュ!」

「主人が手を貸してあげましょうか、アンジュ?」


 声がして、振り向くと、カレンとローラが走り寄ってきた。

 カレンの聖剣抜刀によって魔獣たちの殲滅が完了し、加勢に来てくれたのだろう。ありがたく思うが――しかし、必要ない、とアンジュは首を横に振る。


「ううん、大丈夫よ。というかローラは有効打がないから足手纏いでしょ」

「……主人に対する口の利き方じゃないわね。魔法そのものが効かなくとも、余波を上手く使って足止めくらいできるわよ」

「別にいらないから下がってて。邪魔」

「ぐう……っ」


 飾らない言葉にダメージを受けたのか、それとも大して役に立たない自覚があったのか。呻きながらローラは足を引いた。


「……私はきちんと有効な攻撃ができるよ?」


 と、カレン。確かに今のカレンならば世界法則的な守護を突破できるため、前衛として充分以上に――それこそ勇者として存分に活躍してくれるだろう。


「そうね、カレンと一緒ならアレが相手でも万に一つも敗北はないわ」


 けれど――。

 これは、アンジュのわがままだ。


「でも、悪いけど……アレはあたしが倒す」


 アンジュの宣言に、カレンは何かを言いたそうに口を開き――しかしアンジュが先んじて声を挟む。


「ごめん、カレンはあいつ……アレの元になった人間に色々恨みがあるだろうけど……譲ってちょうだい」

「……、確かに私はあいつを斬りたいと思っているけど……どうして?」

「あたしに薬なんか盛って、カレンを浚ったやつを許せない――」


 言ってから、違うな、とかぶりを振る。


「……ううん、これも嘘ってわけじゃない。……でも、一番は、

「……、」

「今、最っ高に調子が良いのよ。今ならどんな魔術でも使える――師匠がせてくれた複雑な術でさえも、使いこなせる……そんな気がするの」


 ――だから、譲って。

 アンジュの要求に、カレンは考え込むように――あるいは感情を整理するように押し黙って。

 それから、困ったような苦笑を浮かべた。


「わかったよ」

「ん、ありがと」


 カレンが聖剣を降ろし、一歩下がった。

 反対にアンジュは前に踏み出し、――空気を読んでいたのかいないのか、反射的に放たれたルーラーの矢をとも一枚の魔術障壁だけで防ぎきる。

 ビリビリと床に伝わる振動を踏み潰すように、もう一歩、アンジュは足を前に出す。


「悪いわね、待たせて。お礼は、極大の魔術にしてあげるわ」


 赤い右目が熱を持つ。

 体内の魔力が吹き上がり、外界、星の力と同化を始める。

 キラキラ綺麗ながねいろ

 師匠とお揃いの赤目を通して、アンジュは世界ほしと繋がった。


「ォ――アアッ!」


 本能的に危機を察知したのか、異様な光景に警戒したのか。ルーラーが矢を放ってくる。

 連続して、都合十七本。

 しかしその全てがアンジュを貫くことはない。アンジュを包み込むように展開したドーム状の防御膜シールドが、着弾の衝撃すら完全に打ち消してしまう。


「星の力、あたしの術理」


 ――。

 カレンが叫んだ聖剣抜刀の詠唱トリガーを心の中で呟いて、――なんだか似ているな、と思った。

 一度思ってしまえば意識せざるを得なくなり、その後に続く句を思い浮かべ、せっかくだからと自らの術に取り入れてみる。


 右手を前にかざし、アンジュは呪文を口ずさんだ。

 ――と、並び立つように。



「〝くらく煌めけ〟――ッ!!」



 瞬間。

 黄金の粒子は暗黒へと塗り変わり――。

 一切の光を遮断する闇となって、星の敵を呑み込んだ。


 天を衝く闇、渦巻く漆黒の星々。

 溢れてこぼれた濃密な魔力は紫の稲妻となり、昏く世界を彩る。


 それをる銀髪の魔術師は、口の端を吊り上げ、赤目を妖しく光らせた。

 あるいは――その姿を目にしたものは、少女を一言でこう表わすかもしれない。


「――魔王」


 誰かの呟きが溶けて消え。

 やがて光を呑む闇が晴れれば、真っ白な騎士は一欠片すら残らず世界から消失していた。


「ふぅ……」


 敵の完全討伐を確認し、アンジュは一息吐き。

 それからくるりと振り返る。

 少し離れたところで固まっていた二人の少女に、にこりと笑いかけて、ついでにVサイン。


「どうよ。魔術はすっっごいでしょ!」


 ローラは額に手を当てて溜息なぞ吐きやがったが、カレンは「さすがアンジュ」と褒めてくれた。優しい友人に、アンジュの笑顔が深まる。


「…………いや人間業じゃない気がする。同僚はチートでも使ってるの?」


 脱出口で待機していた(隠れていた?)ミュリエルがぼそっと呟く声を妙に調子の良い耳が拾ってしまう。とりあえず「誰が同僚よ! あと魔術はチートなんかじゃないわ!」と返しておいたが、なぜか首を傾げられてしまった。


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