第38話「勇者の少女」



「――カレン。背中は任せたからね」

「うん、任された」


 なぜだろうか――。

 アンジュの笑顔を見て、その言葉を聞いただけで、無限に戦えるような気がしてくる。


 聖剣を構え直し、カレンは口の端をわずかに上げる。

 ――状況は悪い。でも、気持ちはもう落ちたりしない。


 召喚された五十を超える魔獣たちのうち、半数はすでに倒している。

 だが――パトリックのサポートがあったとはいえ、グリフォン一体が相手でも苦戦していたカレンにとっては、まだまだ不利な状況。


「臨時の相方パートナーが私でも気を落とさないでほしいわね、カレン?」


 並び立つ魔法使いの軽口に、カレンは苦笑して、


「気を落としてなんかいないよ、ローラ。……そっちこそ、早くアンジュの助けに行きたくてうずうずしているんじゃないの?」

「まさか。あの子の実力はわかっているもの、放っておいても無事に勝ってくれるわよ」


 平静を装う仮面の下に溢れんばかりの心配が詰まっていることをカレンは見抜いているが、そういうことにしておいた。


「とはいえ……配下の戦いぶりを見届けるのも主人の役目。早めにこちらを片付けて、優雅に観戦でもしましょう」

「……素直じゃないね」

「うるさいわよ勇者候補」


 ギロリと睨んでから、ローラは範囲魔法で魔獣どもを焼き始めた。

 軽く息を吐いて、カレンも近づいてくる魔獣を斬り払う。


 二人の範囲殲滅力を比べた場合、圧倒的にローラの方が優秀だ。ゆえにローラには固定砲台となってもらい、妨害しようと近づいてきた邪魔な魔獣をカレンが倒す。即席の連携だが、効率的に魔獣の数を減らすことに成功していた。


「〝プラズマスフィア〟――〝グレイテンペスト〟――〝シューティングブリザード〟――〝エクスプロージョン〟!」


 浮遊する雷球が稲妻を落とし、砂塵と金属の刃が混じった嵐が蹂躙し、氷の槍が雨となって降り注ぎ、超高温の爆炎が焼き尽くす。


 当代最強と称されるローラ・メイザースの二つ名は、「虹の魔導師」。


 それは、彼女がありとあらゆる魔法――使使であることからついた異名だ。

 全ての属性、全ての等級。オリジナル魔法が学会の承認を受け、魔法目録スペルリストに登録された瞬間から彼女はそれを開発者と同等の精度で使いこなすという。


 ゆえに、


 アンジュという規格外が存在しなければ――否、規格外の魔術師であるアンジュと並んでも劣らない、真正の英雄。


 二つ年下――前世を合わせれば倍以上離れている――少女の魔法によって魔獣の数がどんどん減っていくなかで、勇者候補のカレンはただの護衛に甘んじる。

 それでいいわけがないが――これがもっとも効率が良いのも事実。


 適材適所と言えば聞こえは良いが、カレンの実力が足りないのがそもそもの問題なのだ。

「任された」と言われても、結局のところカレンができるのはこの程度のこと。

 と。


「――っ?」


 奥歯を噛みしめ、向かい来る魔獣に聖剣を振り下ろすカレンの耳に、飛び込んでくる音があった。



 ラ――ァァォオオオオオッ!! という、咆哮。

 あるいは、絶叫。



「今のは、ルーラーの……?」

「ッ、カレン、魔獣が――!」


 ローラの声に促され、視線を向ければ、ある魔獣の体に血色の稲妻が走っていた。それは隣に隣にと次々に伝播していき、やがて全ての魔獣の体を通り抜ける。

 発生源を辿れば――ルーラー。

 咆哮の主であるそいつが、魔獣たちに何かをした。


「……攻撃、ではないようね。わからないけれど……とりあえず、私たちがすることは変わらないわ――〝スカーレットフレア〟!」


 ローラが狼の魔獣――ハティに向かって火炎魔法を発動する。標的となった魔獣の足下から灼熱の炎が吹き上がり、天井を突いて焼き焦がす。

 それは骨まで溶かす、超高温の火柱。

 だが。


「っ? どうして――」


 炎が消えた後、果たして魔獣は無事だった。その毛皮には焦げ痕すらない。

 ――あの威力をまともに受けたのだ。あり得ない光景だ。そもそもついさっきまで、ローラの魔法は魔獣を軽々と焼いていた。一撃で倒せないことこそあったが、直撃を受けて何の傷も負っていないなど、絶対におかしい。


 しかし現実に、その魔獣は五体満足だ。しかも、元気よくこちらに跳びかかってくる――。


「くッ――せぁ!」


 牙を剥いて襲いかかる魔獣を、カレンが聖剣で迎え撃つ。垂直方向の切り下ろし。

 黄金色の粒子を纏った刃が魔獣の脳天に触れる――瞬間、



 バジィッ!! と、電気が弾けるような音。

 血色の雷光が迸り、カレンは後方へと吹き飛んだ。



「――ッ!?」


 四肢を必死に動かして、なんとか体勢を整える。幸いにも弾かれたことによって魔獣の攻撃は避けられた。――しかし、


(あの稲妻は……機械兵の時の……!)


 カレンはあの日――蜘蛛型機械兵を倒した後、アンジュが語ったことを思い出す。



『機械兵の中心部位を守っていた結界……あれはたぶん、



 今、魔獣を守るように発生した血色の放電――そしてカレンとローラがルーラーを攻撃した際にも出現した、防御膜シールド

 これらは全て、同じものだろう。

 つまりは、


……ってこと?」


 言いながら、カレンは絶望的な心境に陥っていた。


 アンジュは言っていた――世界法則的な守護を突破するには、この星に住む全ての生物が影響を受ける絶対の理を越えなければならない、と。


 カレンの呟きを拾って、ローラも険しい表情になった。彼女は魔法使いとして――魔の技術を知るものとして、目の前の現象に対し、正確な答えを導き出していた。


「世界法則的な守護……正しくは、上位法則による影響遮断ね。なるほど、どうりで魔法が効かないわけだわ」

「どういうこと?」


 カレンが疑問を投げると、ローラは説明してくれる。


魔法目録スペルリストは世界法則の一部であり、。……世界法則の影響を抜け出さなければ攻撃が通らないのだから、世界法則に縛られる魔法が通るはずがないでしょう」

「それは……確かに」


 ローラの説明を理解して、カレンの絶望はさらに深まった。


「ッ、く――」


 自らを害する力がないことを悟ったのか、魔獣たちは揃って跳びかかってくる。カレンはそれを回避し、ときに弾かれるのを利用し、なんとか捌いていく。ローラの方も、相手にダメージがなくとも爆風で体ごと吹き飛ばすことはできるので、それによって魔獣を近づけさせないように対処している。


 これまでローラの魔法とカレンの聖剣によってずいぶん数を減らしていたが、それでも残りは十体。ハティが三体、ワイバーンが一体、グランガチが一体、ペガサスが二体、ガルダが二体、――そして最初からずっと生き残っているグリフォンが一体。


(なにか――なにか、ダメージを与えられる手段を……ッ)


 聖剣を振るいながら必死に頭を回すカレン。

 と――ふと思い至ることがあり、言葉にする。


「そういえば、機械兵――これと同じ防御機能を有していたやつに、アンジュの攻撃は効いていたような……?」


 蜘蛛型機械兵にも、ルーラーにも、魔術師の少女の攻撃は通っていた。

 ちらりと視線を向ければ――今もアンジュの魔術は、ルーラーの体を穿ち、灼き焦がし、切り裂いている。

 この星に生きる全ての生物が世界法則に縛られ、魔法すらも影響下にあるのなら、アンジュはどうして――。

 その疑問に対する答えを、ローラは端的に述べた。



 つまりは、とローラは続ける。


「アンジュは世界法則……そしてより強力な上位法則すらも書き換えているから、世界法則的な守護を突破できるのよ」

「……、そっか。でも、それは――」

「ええ、私たちにはできないわ。私は戦闘で有効な魔術を扱う腕がないし……」


 と、ローラはそこで不自然に言葉を切り、


「…………、いえ、違うわね」


 ややあって、ローラはかぶりを振った。

 どうしたのだろう、と思い目を向けると、魔法使いの少女はその蒼い双眸でじっとカレンを見つめてくる。


「――あなたなら。聖剣の担い手であるあなたなら、世界法則的な守護を突破できるのではなくて?」

「え――」


 驚きの声をこぼし――しかしカレンは思い出す。

 蜘蛛型機械兵との戦闘を振り返って、アンジュが呈した疑問を。



『あんたは勇者で、攻撃手段は聖剣。。……って思ってたんだけど……』



「勇者と聖剣は特別よ。。――ルーラーが星の敵であるのなら、あなたと聖剣には、なにかあの防御を突破できる仕掛けがあるのでは……と思うのだけれど?」


 ローラの問いに、カレンは即答せず。

 しかし頭の中で答えは出ていた。


(たぶん、ある。ううん、確実にできる。私はそれを知っている――)


 アンジュの考察。シオンの言葉。メロディアの指導。

 それらを思い返し、カレンは答えを口にする。


……それができれば、私は、あいつらを倒せる……ッ」


 けれど――。

 カレンは、未熟な勇者の卵であるカレン・メドラウドには、それができない。


 聖剣をシオンから授けられたその日から、何度も何度も挑戦して、しかし一度たりとも成功しなかった。

 蜘蛛型機械兵との戦いでも聖剣抜刀を試し――今までと違って聖剣に宿る聖霊の声を聞くことはできたが、しかし、それでも駄目だった。


 なにが不足しているのか。どんな条件を満たしていないのか。

 それすらカレンにはわからないのだ。


「聖剣抜刀ね……なるほど、聖剣の力を完全に引き出せなければいけない、ということかしら。当然と言えば当然の話ね」

「……、」

「手段があるのならすぐに取りかかってほしいのだけれど――……ああ、いえ、わかっているわ。意地の悪い言い方だったわね」


 ローラは息を吐いて、眉間をほぐすように手を当てた。それから一つ鼻を鳴らし、当代最強の魔法使いは、勇者候補にこう告げる。


「あなたが聖剣抜刀を使えないことは知っているわ。だから――

「……ッ! そんな今すぐになんて……今まで私がどれだけ失敗して――」

「試行回数なんて知らないし、興味もないわ。ただ真実、今ここでできるようにならなければ状況は好転しない……いえ、違うわね」


 ローラは視線をカレンから動かし、アンジュの方に向けた。吊られてカレンの目も魔術師の少女を映す。


「もし聖剣抜刀ができなくとも、あの子がルーラーに勝つまで耐え忍べば、あの子が魔術で軽く片付けてくれるかもしれないわね」


 それは間違いなく、一番可能性の高い未来だ。


「けれど、もし私たちが負け、魔獣が背後からあの子を襲ったら――いえ、そうでなくとも、害にならない私たちを放置して、ルーラーの援軍に向かったら……さすがのあの子でも苦しいのではないかしら」


 ルーラーを相手にするアンジュは、かつてないほどに苦戦していた。

 蜘蛛型機械兵と戦っていたときよりもずっと、苦しい戦いを強いられている。

 それは単純にルーラーの強さもあるだろうが――もしかして、こういう理由もあるのではないか?


 ――カレンを気にかけて、戦いに集中できない、とか。

 ――もしカレンたちが負けて、背後から魔獣が襲ってきたらまずいから、意識のリソースを余分に割いている、とか。


「――ッ」


 背中は任せた、と言われたのに――カレンはその役目を満足にこなせていない。

 むしろ負担になっている……だなんて、仲間として、いずれ勇者になるものとして、許されざることだ。

 ……つまりは。

 ローラはこう言っているのだ。


 ――これからもアンジュの仲間でいたいなら、彼女と肩を並べられるような実力を得なさい、と。


 カレンの勝手な想像だ。けれど大きく間違ってもいないだろう。


「聖剣抜刀くらいできなければ、幼馴染みとして、アンジュの仲間とは認められない……ってことかな?」

「主人として、よ。……幼馴染みとしてでも、まあ、いいけれど」


 誰が認めるも認めないも関係ない――そう言い切ってしまえるほど、ローラとの関係は遠くない。見ず知らずの他人ならともかく、ローラはアンジュの幼馴染みで、並々ならぬ思いをアンジュに対し抱えている。家の関係もあるが、ローラの気持ちを無視することはできない。


 ……それに。

 ローラは、カレンを助けてくれた。ミュリエルに監禁場所を特定してもらい、こうして現場まで直接来てくれたのだ――それがたとえアンジュの付き添いだったとしても、カレンは彼女に恩がある。


「……相手の親御さんに結婚を認めて貰うための挨拶みたいなものかな?」

「ぶち飛ばすわよ。あなたみたいな政治関係で厄介すぎる人に、あの子を渡すだなんて私は絶対に許さないわ」

「ただの例えだよ……」


 たぶんこういうところがアンジュに嫌われているのだろうな、となんとなく察してしまう。


「んんっ……無駄話はやめて、あなたは早く聖剣抜刀に挑戦しなさい。それまで魔獣どもがあなたの邪魔にならないよう、私が対処してあげるわ」

「……ありがとう、ローラ」

「まったくよ……後衛に前衛の護衛をさせるだなんて、役割が逆転しているじゃない」


 悪態を吐きながらも、ローラは近づいてくる魔獣をしっかり対処する。カレンの集中を妨げないように、という配慮なのか、なるべく爆発のような余波を制御しにくいものは控え、強風を起こす魔法で魔獣を吹き飛ばすようにしていた。


「……ありがとう」


 もう一度礼を言って、カレンは意識を聖剣に集中する。


――。私は力を得なければならない。世界法則の守護を斬り裂いて、星の敵を倒さなければならないのだから……!)


 ふわり、と。温かな風がカレンの頬を撫でた。


 意識ががねいろに溶けていく。

 聖剣の中に、カレンの魂が入っていくような。


 黄金の粒子が星のようにキラキラと輝く中で、女性の声が響く。


『汝、なにを目的に聖剣わらわを握る?』


 以前――蜘蛛型機械兵との戦いの際、カレンの答えは「この星を守るため」であった。

 それが勇者の役目だから。

 カレンの中にある終末の記憶、それを現実にしないために、カレンは勇者になることを決めた。だから、その答えは本心であり、正しいはずだった。


 けれど――聖霊から返ってきたのは、「否」。


 どうして駄目なのか。

 わからない。わからないが、そこで思考を止めるわけにはいかない。

 考える。

 様々な光景を、思いを、言葉を思い返す。



『聖剣抜刀に必要なのは、激情と、覚悟。人としての感情を持ちながら、自身を兵器と定める必要がある』



 これは賢者メロディアが、旅の魔術師シオンからの伝言という形で教えてくれたこと。


 人としての激情――星を守りたいという意志は、確かにある。だから条件は満たしているはずだ。

 勇者は、星の敵と戦う兵器だ。真実を知ったとき、カレンはそれを受け入れた。だからこちらも大丈夫なはず。



『一度、あなたが勇者をやる意味を考えてみたらどうかしら?』



 続けてメロディアはそうアドバイスしてくれた。


 考える。

 カレンが勇者をやる意味――それはもちろん、「前世の記憶にある終末の光景を、現実にしないため」。

 それが勇者候補カレン・メドラウドの始まり。


 だから。

 だからカレンの答えはやはり、「この星を守るため」であるはずで――。


『それでは駄目だ』


 聖霊は、否を突き付ける。


(どうして――だって勇者は星を守る兵器で、私はその覚悟も、意志も、きちんと持っているのに……!)


『そうだな。汝のソレは、確かに理想の勇者そのものかもしれない。だが、それでは駄目だ。誰かが思い描いた小綺麗な勇者では、聖剣わらわを握るに値しない』


 わからない。

 聖霊が求めるものがわからない。

 理想の勇者そのものであるなら、それが正しいのではないか?

 かつて聖剣を振るってきた勇者たちは、皆、そのような人たちだったのではないか?


『いいや……やつらはそんな綺麗なものではない』


 聖霊は否定する。

 一番近くで歴代の勇者を見てきた存在が、子孫が作り上げた虚像を打ち砕く。


『五番目の勇者は、恋をしていた。好いた人間がいて、そいつの役に立ちたかったから、聖剣わらわを振るった。好いた人間を守り、助け、共にることを自らの役目と定めた。


 聖霊は語る。過ぎ去った過去を懐かしむように。


『十三番目の勇者は、金への執着だけで動いていた。金があれば上手く生きていけると信じて、聖剣わらわを振るった。金を得て金を回し、最も良い暮らしをしているやつこそが英傑たちの先頭に立つに相応しいとのたまった。


 聖霊は語る。どうしようもない悪友の話を聞かせるように。


『汝の先代……ああ、聖剣わらわを握った先代のことだ。やつには会いたい人がいた。その人がいる故郷の世界に帰るために、聖剣わらわを振るった。勇者の役割を真に知りつつ、それでもなおどうでも良いと宣い、おのが目的のために命を燃やした。


 聖霊の語りを聞いて、カレンはわからなくなった。

 だって、勇者は星の敵から星を守るために存在するのだ。

 それをどうでも良いと思うだなんて――そんな人を勇者と認めるだなんて。


『いいや、やつらは紛う方なき勇者だった。聖剣わらわを振るうに値する担い手だった。我欲にまみれ、善行も悪行も為し、自らの尺度で正義を主張し、人間ヒトを救い人間ヒトを殺す――自らを兵器と定め、それでもなお人を保った、真正の英雄だった』


 カレンの持つ勇者像は、世間一般とそう変わらない。

 いや――今世も前世もアラヤ王族であるため、一般人の認識よりやや過激な思想かもしれないが……。


 勇者は人を守り、魔族と戦い、力を付けて、星を守る。その精神性は綺麗で立派で、尊敬すべき人たちで――。

 そんな、物語の英雄に押しつける虚像は、異世界の勇者ハズミハルカの件があってもなお崩れはしない。あれは自分たち召喚者側に原因があると――実際そのとおりであり――、粛正という名の残虐行為も理由を付けて納得できた。


『……ああ、一つ言っておくが――別に歴代の勇者たちは、勇者本来の役目の大切さを理解していなかったわけではないし、完全に役目を放棄したわけでもないぞ』


(――、わかっていたなら、なんで……どうでもいいだなんて言えるの?)


 星の終わりの光景。

 それが脳裏に焼き付いて離れないカレンには、理解できない。


『わかっていてもなお、やつらには大切なものがあったのだ。大事な役目があると知って、それでも優先すべき大切なもの。貫くべき信念。手放したくない感情。それゆえに彼らは聖剣わらわを握り、戦った』


 聖霊は答え、そして問いかける。


『汝の大切なものは何だ。曲げたくない信念は何だ。決して失ってはならない感情は何だ。何があるから、汝は戦う。聖剣わらわを振るう?』


(わた、しは――)


 瞼を閉じれば蘇る、炎の光景。

 守るべき人々の悲鳴、絶望、仲間たちの最期。

 あんな光景は二度と見たくないと思った。


 ――どうして?

 当然の反応だろう。人々が残酷な死を迎え、自分たちの住む世界が理不尽に滅ぶなど、到底受け入れられるものではない。


 ――それだけ?

 託されたものがあった。けれど、前は駄目だった。だから今度こそは、星を救うと決意した。


 ――それだけ?

 それが始まりの感情だ。二度も終末を迎えないために、仲間の想いに答えるために、自らの役目を果たすために、戦うのだ。


 ――それだけ?

 星を守りたい気持ちに嘘はない。あのような絶望的なことを、この世界で起こしてなるものか。強くそう思っている。


 ――どうして?

 ……、…………、世界の終わりをもう一度見たくないから。


 ――本当に、それだけ?

 ………………、………………………………。


 きっと――。

 その感情は、始まり、最初に聖剣を握ったときにはなかったものだろう。

 星を守るために、終末の光景を現実にしないために修行を続ける日々の中では、抱かなかった想いだろう。


 でも。

 変わった。

 歪んだ。


 否――。

 大切なものができた。

 仲間になって、共に戦って、友達と呼んでくれる少女がいた。


 彼女の輝きを見た。強さを見た。美しさを見た。その笑顔に力を貰った。


 彼女の生きる世界を絶望的なものにしたくない。

 彼女が大切だと思うものを失ってほしくない。


 前世と同じ終末が訪れれば、多くのものを失ってしまう。彼女は悲しむだろう。絶望してしまうかもしれない。――それは駄目だ。

 終末に抗うために、彼女は星の敵と戦うだろう。その時、カレンは仲間として並び立てるだろうか? 否。背中を任せられるような力がカレンにはない。――それは駄目だ。


 ――。


『汝、なにを目的に聖剣わらわを握る?』


 繰り返された問いに。

 カレンは、以前とは違う答えを出した。

 いや――目指すべき終着点、最終的な目標は同じ。「星を守るため」だ。

 けれど、目の前にある、一番大切な思いは。



友達アンジュを失わないために。大切な人アンジュの隣に立つために、力を貸せ、聖剣――ッ!!」



 そして。

 がねいろの世界は弾け飛び――。

 勇者の体を、星の光が包み込む。



 視界が戻る。

 意識が現実に復帰する。

 ローラが魔法で魔獣を吹き飛ばし、カレンに近づけないよう必死に魔力を操っている姿が目に入った。


「遅くなってごめん」


 実際にどのくらいの時間が経っているのかはわからない。

 声に反応し、ローラがこちらに顔を向ける。彼女は一瞬だけ目を見開いて、それから口元をわずかにほころばせた。


「カレン……、あなた――っ」

「あとは、任せて」


 時間稼ぎをしていた魔法使いの前に歩み出て、カレンは聖剣を構える。

 敵――魔獣が十体。その全てが世界法則的な守護を受け、法則に縛られる生物はダメージを与えられない。

 



 魔力をおこす。

 カレンが持つものではない、これは星が供給する生命いのちの力。

 温かな、けれどどんなものよりも力強いそれで全身を満たされ、カレンは万能感のままに奇跡を操る。


 そして。

 黄金の星々を纏った聖剣を、は腰だめに構え――解き放つ。



世界よ望め星を我が手に是は希望の証明なり光り輝け――――ッッッ!!」



 瞬間。

 星の力は光となり、敵対者を呑み込んで――跡形もなく消し去った。



「これが、聖剣の……の、力……」


 呆然と。ローラが感嘆をこぼし、そして戦慄する。

 星に望まれ、上位法則に逆らう、聖剣とその担い手。


 カレンは振り抜いた聖剣を引き戻し、そっと息を吐いた。

 体が軽い。開放感と、万能感。ただ聖剣を振り回すのではなく、聖剣がカレンをサポートしてくれているような。

 いや、それが正しい関係なのだろう。勇者と聖剣は、両者が揃うことで絶大な力を示すのだから。



 キラキラと舞い散る黄金の粒子が世界を彩り、カレンを祝福するように星の魔力が煌めく。

 ――ここに、新たな勇者は誕生した。


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