第35話「VS魔獣使い」



 ギュォォァオオ――ン! と奇怪な鳴き声を発して、パトリックの使役する魔獣、トレグリフォンが突進してくる。工房に仕込んだ効果か、パトリック本人の術なのか、その肉体には膨大な魔力による強化が乗っていた。


「――ッ」


 対し、カレンも前進しつつ、正面衝突する直前で体を横にずらす。同時、聖剣の刃を水平に走らせた。

 相手の勢いも利用した、横一文字の斬撃。

 鷲獅子の胸から尻まで斬り裂く刃は、しかし強靱な肉体によって阻まれてしまう。


「かっ、たい――ッ!」

「当然だ。二度の失敗を経て改良した、特別な魔獣なのだからな」


 やつは使役術士テイマーというよりブリーダーなのだろうか? という疑問を脳裏に浮かべ、


(……いや、使役する魔獣の強化のために弄くるのも魔獣使いの仕事のうちなのか)


 と納得する。動物実験、生命倫理にどこまで配慮しているのかはわからないが――あまりロクなことではなさそうだ。魔法使いも魔術師もそんなものよ、となぜか脳内のイマジナリーアンジュが苦笑していた。


「ッ、シィ――!」


 グリフォンが鷲のくちばしでついばみ攻撃をしてくるのを察知し、カレンはバックステップを踏みながら服の袖に隠していたナイフを投擲。もともと仕込んでいたものは誘拐時に没収されていたようだが、異空間収納インベントリには大量の在庫が眠っているので、移動中に仕込み直していたのだ。


 消費したナイフを慣れた手順で補充しつつ、カレンは投擲攻撃の効果を見やる。と――グリフォンの左目に向かって放たれたナイフは、瞼を閉じるだけで弾かれてしまった。


(どんだけ分厚い瞼なの……? いや、魔獣の主マスターのサポートのおかげかな)


 思考しつつ、空気を啄んだグリフォンがさらに一歩踏み出し、今度はくちばしでカレンの体を突こうとしてくるのを横に飛んで回避。そして反撃の刃を鷲の横顔に叩き付ける。

 ――が、


「ぐッ――」


 返ってきた感触に顔をしかめる。破壊不能といわれるダンジョンの壁に斬り付けた……そう錯覚するほどだった。

 明らかに異常な硬度。蜘蛛型機械兵との戦闘でも味わった「どうしようもない感」がカレンをじわじわと足下からひたしていく。


「……ッ」


 ビリビリと痺れる両腕に力を込め、くちばしの突き攻撃と前足のひっかき攻撃を捌きながら、両目を狙って聖剣を振るう。だがカレンの攻撃は通らない。眼球に当たる寸前でわずかに顔が逸らされ、直撃を避けられてしまうのだ。

 凄い反射神経だ、と苦々しい表情になりながら感心する。


「足下!」


 と、ミュリエルの鋭い声が耳を突き抜けた。同時、ほとんど反射でカレンは飛び上がる。

 直後――ガチンッ! と、歯を噛み合わせたような音が立った。


 カレンは空中にいながら視線を床に落とす。グリフォンの目の前、カレンが直前まで足を置いていた場所で、床から顔だけ突き出すような形でワニのような大顎が閉じていた。


 一瞬でも遅れていれば、カレンの足はやつに噛み千切られていただろう――。


「っ……」


 恐ろしい予測に冷や汗をかきつつ、ワニの顎が床の中に沈むように消えるのを見送る。

 完全にワニが消え去ったところへ着地したカレンは、視線を素早く周囲に巡らせた。


 色とりどりに引かれた床の線、そのうち緑色の線だけが淡く光を纏っていた。それは魔法陣――パトリックが工房アトリエに仕込んだ罠だ。


「緑はグランガチ。今のは六番目の個体だったかな。――さて、次も躱せるかね?」


 パトリックが魔力を熾し、床に手を突くと、光を放つ線が変わった。赤色。変化した魔法陣から、次なる魔獣が現われる。

 竜の上半身。大きく息を吸って胸部を膨らませたワイバーンが口を開くと、その喉奥にちろちろと火の粉が見えて、


「ッ、ブレス攻撃が――」


 くる、というミュリエルの警告の途中で、カレンは体を右に投げた。一拍おいて数センチ横を突き抜ける炎。その余波で黒髪を荒く揺らしながら、カレンはすぐさま姿勢を落とす。


 直後、カレンの頭上スレスレを突く鷲のくちばし。パトリックが罠を使って攻撃する間、グリフォンが大人しく座って待っているなんてことはない。

 これまでの攻撃から回避されるのを予想していたのか、グリフォンはすぐさま前足を使ってカレンを引き裂こうとしてくる――。


(斬り飛ばす――のは、たぶん無理……ッ!)


 初撃の感触を思い出し、カウンターで前足を切断することは不可能と判断。意識を回避に切り替え、未だに煌々と吐き出される竜の息吹ドラゴンブレスとは反対側に跳ぶ。


(やつは召喚術士サモナーじゃなくて使役術士テイマー……なら、喚んでいるのはやつの使役する魔獣ってことかな……?)


 パトリックが工房に仕込んだ罠は、恐らくこの工房のどこかに飼っているのであろう魔獣を限定的に喚び出し、攻撃を放たせるものだろう。召喚術との違いは――術式が云々というのはカレンにはわかりかねるが――異界でも別世界でもなく、現実に存在する、自分が育成・使役する魔獣である点か。


 そして工夫されているのは、緑はグランガチ、赤はワイバーン、と魔力を流す線の色を変えることで魔法陣の形を弄り、場に喚び出す魔獣を変えているところだろう。カレン側からすれば、発光する線の色によって攻撃を予測できることになる。……不利になるのにわざわざ色づけしてあるのは、パトリック自身が見分けが付くようにしているためか、それとも術式的な意味があるのか。


 また、グランガチが一回攻撃しただけで引っ込んだところを見るに、複数同時喚びはできないのだろう。


 と、敵の術を読み解くカレンの耳に、声。


「そして、青」


 場にワイバーンは残っている――赤色の線を光らせたまま、青色の線も魔力を受けて発光する。


(複数同時喚びができないわけじゃないのか……!)


 推測が間違っていたことを悟ったカレンの横で、巨大な鶏の魔獣が現われる。そいつは「コケェ――ッ!」と実に鶏らしい鳴き声を上げ、くちばしを開き――紫の霧を噴射した。


「ぐ、ぅ――」


 すぐさま口と鼻を手で覆いつつ、カレンは床を蹴って後ろへ跳ぶ。

 眼球が痺れるような違和感を感じた。

 そして――着地した瞬間、カレンの体はぐらりと横へかしいだ。右足に力が入りにくい。――まさか。


「毒……ッ?」

「赤と青で、紫。喚び出すはバジリスク」


 パトリックの紹介に、カレンは奥歯を噛みしめる。それは猛毒だ、と。

 吸引しないよう対処したつもりだったが、わずかに体内に取り込んでしまったらしい。異空間収納インベントリから汎用解毒ポーションの中で最も効果の強力なものを取り出し、口に含む。


『敵対する魔法使いの工房アトリエで戦うときは、普段の十倍は苦戦すると思いなさい』


 以前、賢者メロディアから言われたことだ。この戦いのことを予知していたわけではないだろうが、勇者に敵意を持つ魔法使いと戦うこともあると言って、彼女はそのような助言をカレンにもたらした。


 まさに今、大苦戦のただ中にいるカレンは、解毒ポーションの瓶から口を離し、苦々しい思いを息に乗せて吐き出す。


「……八年前からずいぶん強くなったね。あの頃、お前が使役していた魔獣は、十歳の私でも簡単にあしらえる程度だったのに」


 手持ちの解毒ポーションでは効果が薄いのか、まだ体から痺れが消えてくれない。時間稼ぎするように言葉を吐けば、果たしてパトリックは乗ってくれた。


「あの頃の僕は使役術士テイマーとしても研究者としても未熟でね。今のように、伝承に残る魔獣やら上級ダンジョンのボスとして登場するような魔物モンスターやらを扱うことは叶わなかったのだよ。の目にとまってからは、伝説の魔獣も思いのままに解剖させてもらえるようになったがね」

「……、ふぅん」


 輝く炎の鳥ガルダ月を呑む狼ハティ鷲獅子グリフォン――と彼が使役する魔獣を思い出し、同時に彼が一人で『賢者の逆さ塔』に現われたことにも今更ながら気付く。すなわち探索者としての実力も、カレンに匹敵するものがあるのだと。


「未熟……っていうわりには、切り札的なヤバイやつも喚んでた気がするんだけど?」


 八年前、勇者候補に覚醒したカレンを瀕死に追い込んだ、異形の怪物。

 前世において交戦経験があったゆえに即死を避けることはできたが、カレンはソレに敗北を喫し、旅の魔術師シオンによって助けられた。

 そのことを思い出しながらの問いに、パトリックは初めてにちゃり笑顔を崩した。


に殺されたアレは預かり物でね……本当に貴重なものだから、今の僕にもなかなか卸してもらえないのだよ」


 黄金の君、とはシオンのことだろう。すでに最大限ドン引きしていたのでこれ以上やつのキショさ加減にはなにも感じないが。


 が後出しされることはない。

 それを知り、カレンは最大の不安要素が消えたことに安堵する。

 ……とはいえ、現状でも苦戦していることに違いはない。


(聖剣抜刀ができれば――)


 こんな苦戦はしなかっただろうか、と心中で問いかけて、かぶりを振る。

 わかりきったことだ。カレンは聖剣の力も満足に引き出せない、未熟な勇者候補。


「さて――そろそろ降参して、部屋に戻ってくれるとありがたいのだが。間違って殺してしまってはまずいのでな」

「……言ってろ」


 戦意の衰えないカレンに、パトリックはやれやれと肩を竦めた。魔力を熾して罠の起動準備を始める主人に反応し、グリフォンがのそりと動き出す。

 会話の途中で二色の線は発光をやめ、喚び出されたワイバーンとバジリスクはすでに姿を消していた。

 次に光るのは何色か。


 体の調子を確かめつつ、カレンは聖剣を握る手に力を込めて――。



「――



 宣言したのは、ミュリエル。

 カレンが会話でパトリックの意識を引きつけている間に、気配を消して移動していた影の少女が、パトリックの背後から短剣を突き刺す。


「ぬッ!?」


 心臓を狙って突き出された刃は、まさに致命の一撃。

 パトリックはくぐもった声をこぼして、倒れる――。

 ことはなかった。


「ふ、ッ――!」


 体を時計回りに回転させ、パトリックは勢いのままミュリエルを蹴りつける。急所を刺して確かに殺したと思っていたのだろうミュリエルは、攻撃をまともに食らって吹き飛んでいく。


 パトリックの背中には、確かに短剣が刺さっていた。


「不死身……ッ?」


 そんな馬鹿な――と吐き捨てるカレンに、それを隙と見たグリフォンが前足を振り下ろす。一瞬、衝撃的な光景に反応が遅れたが、辛うじて攻撃を回避。カレンは反撃として魔力を大量に籠めた刃をぶつけて強引にグリフォンの巨体を吹き飛ばしながら、自身も後ろに跳んで距離を取った。


 その間に、パトリックは背中に手を回して短剣を抜き、雑に放って捨てていた。その刃には血がついていない。


使役術士テイマーの最もスタンダードな戦い方は、魔獣だけに戦わせて、主人マスター本人は別の場所に隠れること。自らの工房アトリエにいるのであれば、遠隔でサポートできるようにしているべきだ」


 やつが語る間、グリフォンがじっとしているわけではない。凄まじい脚力で床を蹴りカレンに接近すると、鋭い前足の爪で引き裂かんとする。カレンはそれを躱し、追撃を捌き、時折反撃を加えていく。皮膚に浅い傷を付ける程度にしかダメージを与えられない現状に、奥歯を噛みしめる。


「それを踏まえた上で――あえて姿を現すのは、こだわりか、あるいは自らが場にいることで有利になる何かがあるか。……さらに言うならば、前提として、本人の安全は完全に保証されていると考えるべきだな」


 自分を囮に使って、隙を生み出した。使役術士テイマー召喚術士サモナーも、術者自身が最大の弱点ウィークポイントだ。敵対時は真っ先に術者を狙うのがセオリー――ゆえに、それを逆手に取ったのだろう。

 やつの戦略は理解した。

 だが――どうして心臓を刺されて血すら流していないのか、わからない。


「ある召喚魔法の使い手の研究成果に、〝人魔同調シンクロナイズ〟というものがあってね」


 ネタばらしをするように、パトリックは悠々と語る。


「それは被召喚物と術者とをリンクさせ、互いの魔力を混じり合わせるというものだったのだが……これには副産物があった。諸々を省略して必要なところだけ言うと、ができたのだよ」

「それを、使役魔獣との間で再現してみせた、ってこと……っ?」

「そのとおり」


 満足げに頷くパトリックを横目に見て、カレンははしたなくも舌打ちをしそうになった。

 ……つまりパトリックは、自身の使役する魔獣にダメージを移すことで、擬似的な無敵状態を実現しているのだ。

 厄介な、とカレンは顔を歪めながら、グリフォンの攻撃を捌く。


(……って、ゲームとかならともかく、そんなことが現実でできるの……?)


 専門的な魔法の知識を持っていないカレンには、その真偽は判断できない。が、実際に現象を目で見たのだから、納得するしかない。

 パトリックの説明が全て事実だとして。

 すなわちやつを倒すためには、やつがダメージを移す対象――使役魔獣を先に倒さなければならない。


(やつがダメージを移したのは、このグリフォンかな……?)


 それは推測ではなく、ただの願望でしかなかった。

 だって――使使……なんて言われたら。

 いったいどれだけの攻撃を行えば倒せるのか、全くわからない。


「ッ――」


 チクリとした痛みを胸の内に感じながら、カレンはひとまず目の前のグリフォンを倒すことに集中する。

 ――パトリックの使役する魔獣に同情するのは間違いだ。飼い慣らされ、主人の身代わりにされるような境遇だろうと、敵対するモンスターなのだから。


(星のために、天華教団は排除しなければならない。彼らに使役されるモンスターに哀れみを覚えても、決して手を緩めてはならない――)


 救うべきとそれ以外とを確認するように言い聞かせ、勇者の卵は聖剣を握る。

 聖なる刃が纏う黄金の光が、わずかに揺らめいた。

 決意を固め、魔力を熾す。集中を高める。


 ――グリフォンに攻撃が通らない。

 だがそれは、あの時――真紅の蜘蛛型機械兵と戦ったときよりは、絶望的ではない。

 アレは恐らく概念的な防御機構だが、コイツはただ単純に――恐ろしいほどの強化が乗っているだけ。複雑な条件突破も、次元や法則を越えるような反則も必要ない。


 カレンがそれを上回る威力で斬れば良い。


(それができれば苦労しないよ、本当に)


 口の中で呟いて。

 攻撃を弾き返され、わずかなひるみを見せたグリフォンに、カレンは限界ギリギリの力で体を動かす。


「――、ふッ!」


 かつてない速度で刃が走る。

『勇者の七十八技能』が一つ――〝次元切断〟。


 本家……すなわちこの技を作った過去の勇者は、魔力も術式も斬り、実態なき霊魂を引き裂き、時空穴ワームホールを破壊してみせたという。

 習得難度が高く、カレンは未だ完全な再現には到っていないが――それでも現状のカレンが繰り出せる最強の攻撃だ。


 これならばとんでもない堅さのグリフォンにも刃が通る――と、期待して。


「――ぁ」


 ぐらり、と。

 視界が回った。

 聖剣はカレンの手から離れ、すっぽぬけるように飛んでいく。

 握力を失ったせいだ。

 ――なぜ?


(なに、が――……)


「っ、勇者候補――!?」


 ミュリエルの悲鳴交じりの声。


「ふむ、ようやっと効いてきたようだな」


 パトリックの声には、どうしてか、賞賛の色が乗っていた。


「僕が弄ったバジリスクの毒は伝承のものよりもさらに強力で、そして特別だ。汎用解毒薬などでは効果を遅らせることはできても、毒素を無効化することはできんよ」

「……ッ!」

「それでもここまでったのは、キミの抵抗力が凄まじいゆえだろう。まったく、とんでもない人だな、キミは」


 四肢に力を入れようとしても、反応がない。まともに神経が繋がっていないような。

 床に頬を付けた体勢で、カレンはなんとか眼球を動かす。視界の端で赤と青の光が見えた。耳朶を貫く「コケェ――!」という鳴き声。


「っ、毒霧を受けなければ――」


 ミュリエルの声が途切れ、次いで、どさりと倒れる音。


「バジリスクと言えば、石化の魔眼だろう? もちろんそちらも改良してあるとも」


 ミュリエルは喉から吐き出される毒霧を避けることに注意するあまり、バジリスクの邪視をまともに受けてしまったのだろう。……いや、思考を誘導されたと見るべきか。直前に毒の話をすることで過剰に毒霧を警戒させ、不意打ち気味に別の手段を持ち出したのだ。


「さて――ようやっと落ち着いてくれたな。本当に、暴れん坊なお姫様だ……いや、探索者として活動する際に名を隠して国を飛び出したくらいの無鉄砲さだから、このくらいの抵抗は推して知るべしか」


 喋りながら、パトリックがゆっくりと近づいてくる。


「ともあれ、準備は整ったのだし、部屋に戻ってさっそく始めようか。真の芸術を作るための一歩目、器の作成を」


 ふざけるな。

 気持ち悪い。

 溢れ出る殺意を視線に込めるも、パトリックは飄々と受け流す。いや、いよいよ己の目的を達成できるということで気分が高ぶり、射殺さんばかりの視線に気付いていないのか。


「しかし……とはいえ、惜しいことをしたな」


 と、不意にパトリックが立ち止まり、振り返るように言った。


「キミと一緒にいた銀髪の少女……アンジュと言ったか。彼女も十歳の時はさぞ可愛らしかっただろう」

「お、まえ……ッ」


 アンジュに――。


「わた、しの……とも、だち、に……ッ」


 手を出すのは、絶対に、絶対に許さない。

 膨れ上がる殺意のままに卑劣な男を睨み付ける。体が動かない。もし動いたのなら、殴り倒して、顔を踏みつけて、聖剣で刺して斬って抉ってバラバラにして肉も骨も血管も神経も内臓もぐちゃぐちゃにかき混ぜてやるのに――。


 パトリックはピクリと肩を跳ねさせ、それを恥じるように咳払いした後、自らの心を落ち着けるように語り出す。


「彼女の精神の輝きはまだはっきりと見られていないが、キミの勇者パーティーの一員なのだから、それは高潔な精神であるだろう。できるならキミと同じように子を産んでもらい、精神を移して、美しさを確認したいものだが――」


 カレンは奥歯を砕かんばかりに噛みしめて、男の語るおぞましい夢物語にどす黒い感情と殺意を育てる。

 アンジュが――。

 カレンの仲間で、友人と呼んでくれた少女が、こんな卑劣な男にどうこうされて良いはずがない。


 立て。

 動け。

 剣を取れ。

 そして、目の前の畜生を斬り殺せ。


 カレンフィオナミクサキ・アヴァロン――カレン・メドラウドと名乗る勇者には相応しくない、大義なき殺意に背中を押されて、憎き敵に刃を突き立てろ。

 聖剣は、そこに宿る聖霊は許さないだろう。

 だが、それがどうした。

 今だけは――本来の勇者の役目、星のためではなく。


(私と、そしてアンジュのために力を貸せよ、聖剣――ッ!!)


 刹那。

 視界の端で、黄金の光が強さを増した――ような気がして。



「悪いけど、あんたみたいなゴミはお断りよ」



 友人の声が、部屋を突き抜けた。


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