第33話「幼馴染みの距離」
アンジュはローラ(正確には彼女の使用人)が用意した車に乗って、カレンが監禁されている場所へ向かっていた。
誘拐事件なのだから警察にでも連絡すれば良いのでは――という一般常識は、この際置いておく。アンジュ自身がカレンを早く助けたいという思いがあるのと、ローラ曰く「天華教団相手だと警察は動きが鈍くなるのよ。奴ら相手なら連絡を取るべきは魔法協会の強襲魔道士部隊だけれど……さすがにすぐ動かすのは難しいわね。それに、カレンの事情を考えると、あまり外部に協力を求めるのは得策ではないわ」とのことらしい。事情はよくわからない。疑問符を浮かべるアンジュに、いつもの如くローラは「政治の話よ、お馬鹿さん」などと言ってきやがる。
名前は知らないけどどこかで見たことがある高級車の後部座席に腰掛けるアンジュは、窓から外に目を向けたまま、隣に座るローラに問いかける。
「……つまり、あんたの『影』が誘拐犯を追跡して、カレンの居場所を見つけたってこと?」
「そうよ。奴らの狙いがあなたではなく
「うっざ」
ローラの言い方は癇に障るので素直に礼を言いにくいが、しかし彼女のおかげでカレンが浚われた場所を突き止められたのは事実だ。
アンジュも探しものの魔術を使ってある程度の範囲まで絞り込めたのだが、何らかの手段によって妨害されてしまい、建物まで特定することはできなかった。天華教団にはアンジュを上回る魔術師がいる、という話が現実味を帯びてくる。……いちおう、ダンジョンから発掘された強力な探知妨害機能を備えた遺物(オーパーツ的な、現代科学・魔導技術で再現不可能な
そんなことを考えつつ、視線は窓の外のままに、アンジュは小さく唇を動かす。
「ま……その、いちおう、ありがと」
「……、ふんっ。ちゃんとこっちを見て言いなさいよね。失礼な子だわ」
「うっさいな。――というかそもそも、なんであたしに監視を付けてるのよっ!?」
言われたとおりに視線を向けてやれば、睨み付けられたローラは大げさに肩を竦めてみせた。
「あなたは私の配下だもの。妙な輩にちょっかいをかけられていないか、変なことをやらかさないか、見張りを用意するのは当然だわ」
「ざっけんなッ。あたしはあんたの配下じゃないって言ってるでしょ!」
「あなたがスターリーである限り、メイザースの従者であることは不変の事実よ。……そうでなきゃ困るわ。私も、あなたも」
「はあ? 意味わかんないこと言わないでよ」
神妙な顔をしてローラは
嫌なやつめ、と睨んだままでいると、ローラはそっと息を吐いた。どこか呆れを含んだ声色で、幼馴染みは囁く。
「……お馬鹿さんね。あなたの今の状態に、私が気付いていないわけがないじゃない」
「?」
「…………ああ、本当にお馬鹿さんだわ、あなたは。自分で自分のことをわかっていないのか、それともわかっていてもそれによって起こる問題を理解できないのか」
「馬鹿にしているの?」
「それなりに」
イラッときたので頬をむにっと摘まんでやれば、お返しとばかりにローラもこちらの頬を摘まんで来やがる。
「
「
互いにむにむにしていると、口が歪んでなにを言っているのかわからない。
仕方がないので同時に強くむにっとしたあと、これまた同時に手を放す。……ここでタイミングがズレると損をしたと思った方が追撃に走り、不毛な反撃のし合いが始まるので、いつも細心の注意を払っている。
アンジュは多少痛みの残る頬をさすりながら、同じく赤くなった頬に手を当てるローラに問いかける。
「……どうして協力してくれるの?」
視線だけで「どういう意味かしら?」と疑問を返してくるローラに、アンジュは視線を合わせて、
「あんたにはカレンを助ける理由なんてないじゃない。それなのに、どうしてカレンの救出に協力してくれるのか、ってこと」
このお貴族様が善意で人助けをするとは思えない。それこそ動きが鈍いとわかっていても、匿名で警察に通報して終わりにするだろう。自ら乗り込もうとするなんて、いったいなにを考えているのか。
そういう主旨の問いかけに、果たしてローラは一つ鼻を鳴らして、こう答えた。
「勇者候補に恩を売るためと……あと、私の配下に手を出そうとした不届き者を締め上げるためよ」
「……あんたね」
どこまでもこの幼馴染みはアンジュのご主人様でいる気らしい――。
もはやアンジュは怒りを通り越して呆れ、溜息を吐くしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます