第30話「六度目の配信」
放課後。
カレンと合流したアンジュは、六回目の配信を行った。
場所は昨日と同じく上級ダンジョン『賢者の逆さ塔』。
『なぜなに魔術』をやっていた前回の配信では最奥のボス部屋まで行けなかったので、今日はボスに挑戦しよう! という企画だ。もちろん主目的はボス戦で派手に格好良く魔術を見せるためである。
「配信をしていたから場所を特定されて、変態ロリコン信徒パトリックが来たんじゃない?」
というアンジュの指摘に対し、カレンはヒリつくような殺意を滲ませて力強く言った。
「来たなら来たでぶった斬ってやるから問題ないよ」
……とりあえず、マジでパトリックがやって来たら、なんとか捕縛だけで済むように誘導しよう、とアンジュは心に決めた。勇者と天華教団の対立、というかカレンとパトリックの因縁は理解したが、それでもやはり友人が殺人者になるのは見過ごせないので。
そんなこんなで、いちおう配信中の乱入に気を張りつつも、順調にダンジョンの奥まで進み――。
配信開始から二時間後、アンジュとカレンは最奥のボス部屋前までやってきた。
なお、途中の階層ボスは全て蹂躙した。アンジュは言わずもがな、カレン一人でも難なく倒せてしまった。
ボス部屋前の豪奢な扉――賢者の趣味なのか、魔術的に様々な意味を込められた紋様が彫られており、これを楽しく解説すれば一時間は余裕なのだが、カレンに止められてしまった――の前で、カレンが事前に仕入れてきたのであろう知識を元に、ボスについて説明してくれる。
「『賢者の逆さ塔』のボスモンスターは、このダンジョンが迷宮化する前の
【助手ちゃんは詳しいなぁ】
【解説:助手のカレン……じゃなくてウサギ
【先生役が先生をしていない件についてw】
【↑アンジュちゃんは魔術師であって教師ではないって本人が言ってたので……】
決してコメントにイラッとしたわけではないが、アンジュも知識を使って解説してみせよう――と意気込み口を開く。
「コピーってことはたぶん、元の肉体よりも優秀な器を用意したかったんでしょうね」
「? というと?」
カレンが首を傾げつつ促してくれたので、アンジュは得意げな顔で語り出す。
「賢者がホムンクルスを作った目的よ。たぶん賢者は、魂を移す――つまり元の肉体を捨てて、作ったコピー体に乗り移ろうとしたのね。自分の血肉を使ってホムンクルスを作れば、拒否反応のない器を作れるでしょうし。で、その器に魔眼やら魔術機構やら様々に付けておけば、自分の肉体を直接弄くるよりも遥かに少ないリスクで改造できるから」
「……そんなことできるの?」
「魔術なら、ね。理想の体を自ら作って乗り移る、ってのは肉体の魔術的素質の改良だけでなく、延命のためにも使われるけれど……この賢者の目的は両方かしらね?」
アンジュの考察に、コメント欄がざわめく。
【こわッ】
【賢者って言うかマッドサイエンティストか邪悪な魔女……?】
【↑いや『七つ星の賢者』は男だから魔男では?】
【ってか、さらっと寿命を克服できる的なことを言っているような……?】
【↑ぶっちゃけ見た目と実年齢が合わない魔法使いはそれなりにいるから、行き着くところまで行った魔法使いは不老を達成しているのかもしれない……】
【↑『星詠みの賢者』も魔王様も六百年以上生きてるからな……手段がこれとは限らないけど】
【いや人間の体を作って乗り移るとか普通に考えて怖すぎじゃね? そもそも自分とそっくりの人造人間作ってる時点で寒気がするんだが】
【んな倫理的にヤバイことができるから、魔法に取って代わったのでは……?】
(しまった、魔術
自身の失敗を悟り、アンジュは慌てて訂正する。
「い、いや、あくまであたしの予想だから。実際に『七つ星の賢者』がそんな倫理観ぶっちぎったようなことをしていたとは限らないし……」
【いや、わりとあってるっぽいぞ。魔法協会に残ってる資料で確認できる】
【↑それ外部に漏らして良いやつなんですかね……?】
「……、その、まあ魔法だって使い方次第で危険になるものだし、魔術がことさらヤバイわけじゃないよ。だよね、アンジュ?」
「…………そうよ」
まさかのコメント欄からの援護射撃(?)に、なんとかカレンがフォローしてくれるも、アンジュとしては渋い顔をするしかない。
ともあれ、不穏な流れをぶった切るために、アンジュはボス部屋の扉を押し開ける。
「ボスは賢者のコピー。――つまり賢者と擬似的に『術比べ』ができるって考えてもいいのよね?」
と、期待を滲ませて言うアンジュに、カレンは苦笑しつつ、
「本人ってわけじゃないから技術が劣っている可能性はあるけど、魔法生物としての肉体と、
そんなカレンの言葉にアンジュはさらに期待を膨らませてボス戦に臨んだ――が。
……このダンジョンの難易度評価は「上級」。
アンジュが
結果は、蹂躙。
「まずは――〝撃ち貫け〟!」
というか瞬殺、であった。
ボスであるホムンクルス――古びたローブを羽織り、木製の杖を持った、妙に整った顔の男性型の人形――に開幕早々「お試し」の一撃を放ってみれば、なんとアンジュが魔術で作り出した黒い槍はホムンクルスの魔力障壁を一瞬の拮抗さえ許さず打ち破り、心の臓を貫いてしまった。
「あれま」
という声はカレンのもの。アンジュは口を開いたまま呆然としてしまった。
……人間の心臓に当たる部位にはどうやら人形を動かすコアが埋まっていたようで、それを破壊されたホムンクルスは死亡、ダンジョンのモンスターらしく黒い霧となって消えてしまった。
攻略完了。
なんともあっけない終幕であった。
「…………え、今日の配信のメインコンテンツ、これで終わり?」
思わずアンジュが呟いた言葉に、コメント欄では大量の草が生い茂る。
【草】
【上級ダンジョンのボスさん、一発で退場www】
【術を比べることすらできませんでしたね……w】
【ある意味で格付けはできたな!】
【↑最上級ダンジョンを攻略できるアンジュちゃんと、たかだか上級ダンジョンのボスでは、もとから格の違いはわかってたんだよなぁw】
【たかだか上級ダンジョンって言える時点で異常。それに慣れてしまったのは、これまでの配信で散々異常な戦いを目にしてしまったからか……】
「ぐぅッ……せっかく派手でカッコイイ魔術戦が見せられると思ったのにぃ!」
「あはは……魔術戦がしたいなら、現役の魔術師に頼むしかないんじゃないかな……」
現役の魔術師がいないからこうして魔術を広める配信をしているんでしょ――と言おうとして、ふとアンジュの頭にある名前が
すなわち――賢者。
「……カレン、あんたのところのギルマスと模擬戦とか……」
「無茶言わないでよ。私、立場的にはギルドに所属したばっかりの新人だよ? それにあの人は色々忙しいみたいだし……頼んだところで場を用意するのが無理かな」
「むぅ……」
となればあとは……と考え、再び脳裏に閃くものがあった。
(……天華教団にいるかもしれない、あたしを上回る魔術師ともし戦う機会があれば……それを動画に撮れないかしら?)
もしそんな機会に恵まれたなら、絶対にカメラを回そう――相手に許可を取る必要はあるだろうが、まあ、なんとかなるだろう。最悪モザイク加工を頑張れば良い。
そんなことを密かに考えつつ、最後の賑やかしにいくつか派手で綺麗な魔術をぶっ放し――八つ当たりではない、ちょっとした演出である……ボスのドロップアイテムは巻き込まれて消し飛んだが――配信を終了させた。いちおう視聴者は盛り上がってくれたので、良しとしよう。高評価もそれなりについたのだし。
と自分を納得させつつ、
「あ、そうだ。お菓子」
お昼、ナディアから受け取ったお土産……ではなくお詫びとお礼の品の存在を思い出し、呟くアンジュ。灰すら残らなかったドロップアイテムに遠い目をしていたカレンが声に反応し、目を向けてくる。
アンジュは異空間に仕舞っていた菓子箱を魔術で取り出しつつ、説明する。
「あたしの後輩がね、お詫びとお礼にってくれたのよ」
「お詫びとお礼?」
「別に良いって言ったんだけどね――配信を手伝えないあたしへの詫びと、代わりに手伝いをしてくれるカレンへの礼だって」
「私への礼? いや……そんな、代わりだなんて。その子が気にするようなことじゃないと思うけど」
「ま、そういう子なのよ。律儀というかなんというか…………あ、別にあたしが怖い先輩でカツアゲ的に巻き上げたとかそういうのじゃないからね。いちおう言っておくけど」
「そんなこと疑ってないよ……」
むしろわざわざ言われると疑いが増すんだけど、と苦笑するカレンに、アンジュは包装を解いた箱の中身を渡す。入っていた菓子は丸みを帯びた星形のサブレで、一つひとつが袋の中に入っていた。
ここはダンジョン内だが、ボス部屋――それも
「ありがとう、いただきます」とカレンは一つ手に取り、まじまじとサブレを見る。
「ん……この刻印、どこかで……?」
小さく首を傾げるカレンに、アンジュは袋を破ってサブレを一欠片口に放り込みながら、
「どっかの有名なお土産屋さんの模様とかじゃない? あたしは詳しくないからわかんないけど」
「そう、かな。うん、そうかも……」
どこかすっきりとしない表情をしながらも、カレンはサブレを口にする。
サクサクとした食感と、時間が経ったとは思えないほど香ばしい焼き菓子の香りに頬を緩めつつ、一袋分を空にして――。
「っ?」
ぐにゃり、と。
視界が歪んだ。
――否。
倒れているのだ。
全身から力が抜け、自重を支えられずに床に倒れ込む。
もう一つ、床に倒れる音。カレンもアンジュと同じ状態のようだ。
ボス部屋の床にうつ伏せになりながら、強烈な眠気に襲われる。体の自由が奪われたのはこれのせいだろう。アンジュは落ちてくる瞼を必死で押し留めつつ――けれども意志に反して、体は睡眠状態へと移行する。
その、途中で。
「――なんと強力な効果か」
「それはもちろん、兵器開発部の特性睡眠薬ですからね。上級ダンジョンのボスだろうが動きを止められますよ」
「……む。そんなものを人間相手に使ったら、永遠の眠りにつかないか……?」
「それくらい強力でも賭けだったんですけどね――勇者候補にもきちんと効いたようで、良かったです」
聞き覚えのある男の声と、馴染みのある少女の声。
ふわふわな若草色の髪が、視界の端に流れて――。
アンジュの意識が続いたのは、そこまでだった。
◆ ◆ ◆
「まずい……」
現代において最も有名な魔法使いの家系の倉庫に眠っていた、制作者不明の隠密術がかかったフードケープを羽織るその少女は、隠密任務中としては不適切に声をこぼしてしまった。
監視対象であるアンジュ・スターリーが不自然に眠りに落ち、意識のない体を天華教団の男と若草髪の少女によって運ばれていく。
「ローラ様に、伝えないと――」
「影」としての技術には自信がある。だが、直接戦闘能力は正直言って上級ダンジョンで通用するレベルではない……という程度。
自分だけでどうにかできるとは思えない。
まずは主に知らせるべきだ。
誘拐犯はダンジョンの出入り口を監視する探索者協会の目をかいくぐり、さらに騒ぎを起こさせないためにアンジュとカレンの出入記録を誤魔化さなければならない。その手間の分を考えれば、主であるローラに状況を伝え、救出準備を整える時間は充分にあるだろう。
影の少女は誘拐犯に気付かれないように離れつつ、しかし見失わない程度の距離を保ちながら、己の主に非常事態を知らせるのだった。
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