第29話「二大勇者候補と天華教団と」



「まあ……昨日の配信は良かったんじゃねえの?」


 週の終わりくらいは真面目に行くか……と、珍しく朝から登校したアンジュが自分の席に着くと、前の席に座るビアンカが振り向いてそんな感想を述べてきた。


「……?」

「なに首傾げてんだ……いっつも感想訊いてくるから、今回はその手間を省いてやったってのに」

「あ……その、ありがと」


 初めて真っ当に褒められたことも相まって、アンジュはやや頬を赤くして礼を言う。と、ビアンカは「はッ」と鼻で笑ってから、


「ほとんど相方……あの勇者候補様のおかげだがな」

「……確かにカレンのおかげで上手くいったとは思うけど、あたしだってちゃんと頑張ったわよ」

「お前がいないと成り立たない配信なのは事実だが、勇者候補様のおかげでお前の目的達成に大きく近づいたのは事実だろ? 勇者候補様がいなけりゃ牛歩……どころか一生足踏みしていたところを、あの人が誘導したりなんとか噛み砕いて説明したりしてくれたおかげで、今までの配信に比べてお前の考えを理解してくれた視聴者が少しは現われてきたわけだし」

「ぐぬぬ……」


 否定できない。唸り声を上げるしかないアンジュであった。

 が、遅れてあることに気付き、訂正する。


「あ……っと、配信上のカレンはウサギ仮面の助手よ。勇者候補なんかじゃないわ」


 カレンはいちおう、配信上では仮面を被り、勇者候補カレン・メドラウドとは関係のない別人だと主張していた。身バレ防止かそれ以上の理由があるのか、ともあれ正体を隠そうとしていたのだが……。


「さすがに無理があるだろ。最初に顔見せてたし。……それに、は有名だからな」

「二大、勇者候補……?」


 初めて聞く言葉に首を捻ると、ビアンカは机の上に置いていた携帯端末を操作して、ある動画をアンジュに見せた。


 動画のタイトルは『ミーシャちゃんの配信に現われた聖剣使い、ダークドラゴンをダンジョンの壁ごと吹き飛ばすwww』というもの。

 投稿日が直近の日にちなのに、再生回数が数百万回を超えている。たいそうバズった動画のようだ。


「これは……?」

「最近、ある中級ダンジョンで異常事態イレギュラーがあって、『ミーシャ』って言う有名な配信者がダークドラゴンに襲われる事件があったんだが……これはその動画だ」


 動画はその配信者のダンジョン配信を切り抜いたもののようだ。

 ダークドラゴン――本来は最上級ダンジョンの階層ボスとして出てくるような強敵だ。間違っても中級ダンジョンなんかに現われて良いようなモンスターではない。


 それがピンク髪の少女(恐らくこの人がミーシャ)と、巻き込まれた探索者(もしくは配信の助手?)の少年と、小さな黒猫(たぶんどちらかの使い魔)を追いかけ――探索者の少年がダークドラゴンの攻撃からミーシャを庇って倒れたところで、投稿者が加工でもしたのかやけに鮮明な声が響いた。


『聖剣、抜刀――神威を示せ、カリバーン!!』


 画面が一瞬で白く染まる。

 この攻撃が凄まじい威力を持っていたことは、動画で見るアンジュにもわかった。


 ともすれば蜘蛛型機械兵が放ったクリムゾンレッドのビーム攻撃や、アンジュが機械兵との戦闘で使った金属球爆弾よりも高威力かもしれない――そう思ったのは、光が晴れた後、普通は破壊不能と言われるほど硬いダンジョンの壁が、視認可能な範囲は全て消し飛ばされていたからだ。


 ややあって、配信主の視線に合わせてカメラが向きを変え、この攻撃の主が動画に映る。

 現われたのは、茶髪の少年――その手には、輝く一振りの長剣。

 直接見なければ確信はできないが――恐らくそれは、聖剣だ。代々勇者が継いできたものではなく、全く別の、しかし


(……聖剣抜刀って、確か、カレンがまだ使えないって言ってた……)


「この茶髪のイケメンと合わせて、二大勇者候補って言われている。理由は……イケメンの方は言わずもがな、聖剣だな。カレン・メドラウドの方は『星霊の剣』っつうか『星詠みの賢者』がそういうふうに言ってるからだな」


 動画には続きもあったようだが、停止してビアンカは言う。


「このイケメンほど強烈なインパクトはないが、カレン・メドラウドはその見た目の良さと『星霊の剣』に所属していることから、探索者の間ではそれなりに有名になってる。バレるのも仕方ないさ」

「むぅ……で、でも、他人のそら的な……」

「カレン・メドラウドは探索者の間で有名っつったろ? 盗み撮りの写真やら動画やらが色々あるようでな……お前の配信は無駄に良いカメラを使っているせいで画質が良いから、照合しやすかったとさ」


 さらっと盗撮の話が出てきたが、まあアイドル的人気のある有名な探索者のブロマイドが高額取引されるという話も聞くので、そういうものが裏で出回っているのだろう。もちろんグレーラインどころか真っ黒である。


 ともあれ、最初の挨拶では素顔を晒しており、コメント欄では「星霊の剣の勇者候補」と正体バレしていたのだ。対応が遅いというか、「隠す気があったのか」と言われても言い返すのが難しい。アンジュが「配信ではウサギ仮面だから!」と言った影響でコメント欄では自粛したようだが、そのせいで公然の秘密のようになってしまった感もある……。


「カレン・メドラウドの人気は凄いぞ……掲示板だと本名すら出回ってるくらいだからな」

「本名?」


 ビアンカの発言に首を傾げるアンジュ。ビアンカは「知らないのか?」と意外そうな顔をして、続けた。


「『カレン・メドラウド』ってのはどうも偽名らしくてな……いや、偽名というか、探索者としての名前……ペンネームとかハンドルネーム的なやつらしいぞ」

「へえ……なんでそんなものを作っているのかしら?」

「さあな。そればっかりは本人に訊いてくれ。予想はできるが……」


 言いかけてから、ビアンカは首を振った。


「駄目だな。やっぱ本人から聞け。もしくは自分でネットで調べろ」

「うん、本人に訊いてみるわ。……でも、ネットで調べても出てくるの?」

「掲示板でも覗けば一発で…………ああいや、なんでもない。お前はあんな肥溜め見ない方が良いぞ。思考が汚れる」

「? ネットの掲示板って、ビアンカの趣味のやつ?」


「別に趣味ってわけじゃねえよ」

「趣味じゃないのに四六時中見てるの? 凄い根気ね」

「根気って…………あー、いや、うん。趣味ってことにしといてくれ」

「?」


 よくわからないが、深く掘り下げる気も湧かなかったので流すことにするアンジュであった。


   ◆ ◆ ◆


 昼休み。

 メッセージアプリでナディアから「渡したいものがあるんです」と連絡があり、アンジュは秘密の場所――中等部と高等部の校舎の間にある不思議な色の森、その中の真っ白な花畑を訪れていた。


 最近ナディアとはここでばかり会っているなあ、と思いつつ後輩の少女を待っていると、数分ほどで若草色の髪をした少女が息を切らせてやってきた。どうやら急いで来たらしい。


「お待たせしてしまい、申し訳ありません、先輩」

「ん、良いわよ別に。そんなに待ってないもの」


 気にしていないと伝えると、ナディアはもう一度頭を下げた。律儀な子だ。……まさかアンジュが「怖い先輩」と思われているのではあるまいな、と一瞬だけ疑ってしまった。一瞬だけだが。


「それで、渡したいものって?」


 さっそく呼び出された内容に触れると、ナディアは異空間収納インベントリの魔法を使って菓子箱を取り出した。大きめの駅内のお土産屋さんで見かけるようなやつである。

 差し出されたそれを受け取り、アンジュは首を傾げる。


「お土産……? どこかに旅行にでも行ったの?」


 言って、「いや昨日も学校で会ったわ」と思い直す。

 するとナディアはゆるゆると首を振って否定して、


「いえ、旅行のお土産ではありません。その……お詫びと、お礼、でしょうか?」

「なんで疑問形? というかなんの詫びと礼なのよ」


 やや呆れ気味に訊けば、ナディアは申し訳ない思いを前面に出した表情をする。


「えっと、お詫びは、先輩の配信をお手伝いできないことへのお詫びです」

「それは別に良いって昨日も言ったのに……」

「すみません、わたしの心が晴れないので……その、本当に申し訳ないです」

「そんなに謝らないでよ。こっちが無茶振りしたようなものなんだから」


 大配信者時代と言われるほど配信者の人口が増えているとはいえ、まだまだネット上に顔を出すことを忌避する人間はいる。無理を言ったのはこっちなのだから、こんなに謝られるとアンジュの方が申し訳なってくる。……まあ、ナディアはこういう性格なのだ。せっかく貰えるのだから貰っておこう。……決してカツアゲなどではないはずだ。


 こほん、とアンジュは咳払いを一つ。


「それで、お礼ってのは?」

「そちらは先輩の助手さん……勇者候補さんへのお礼、です」

「カレンへの?」


 はて、カレンとナディアに面識があったのだろうか、と疑問を浮かべるアンジュに、ナディアは答える。


「はい。その、先輩のお手伝いをわたしの代わりにしてくれるお礼……です」

「いやいや……そんなこと考えなくて良いのに」


 これ、本当にナディアに恐れられている説が出てきたぞ、とアンジュは頬を引き攣らせた。


「……それと、ご祝儀代わり、でもありますから」

「?」

「えっと、なんでもありません」


 誤魔化すようにナディアは微笑んで、それから強調するようにこう言った。


「必ず、勇者候補さんと一緒に食べてくださいね、先輩」


   ◆ ◆ ◆


 せっかくなので秘密の花畑でお弁当を広げ、ナディアと昼食を取った後。

 午後の授業の間、アンジュは昨日カレンから聞いた話について考えていた。


「……、」



 カレンがまず説明したのは、てん教団のこと。


 パトリックが所属しているその組織……あるいは宗教団体は、星の外から来るものを「神の施し」と尊び、それを妨げる存在である勇者を疎んじる集団であるという。


 一般人からは「変な宗教」「遺跡荒らしの迷惑な人たち」「偶に優秀なダンジョン探索者で研究者」といった評価だが、過去に勇者パーティーと敵対した記録がかなりの数残っており、また勇者本来の在り方からしても彼らの思想と相容れないらしい。教団の中でも過激派が勇者候補の命と聖剣を狙っているとも言う。


(つまり天華教団は厄介なカルト宗教、しかも勇者と敵対している……と)




 いで、勇者本来の在り方について。


 一般的な認識としては、勇者は人類のために魔王及び魔族、そして魔物モンスターと戦う存在だ。

 だがカレン曰く、本来の役割は違うらしい。


 ――


 それが世界法則に刻まれた勇者の存在意義であるという。

 ゆえに、星の外の脅威を「天恵」などと呼んで崇める天華教団とは敵対関係にある、と。


(勇者は「人類の勇者」というよりは「星の勇者」であり、星を守るために戦う……ってことね。となると「魔王の本来の役割」とやらも気になってくるけど……それはまあ、いつか調べれば良いわね)




 そして、パトリックのこと。


 カレンは八年前にパトリックに誘拐されたことがある。

 十歳のカレンの見た目はパトリック的にドストライクだったらしく、他に誘拐・監禁されていた子供たちと比べて特別待遇だった、と殺意を滲ませながら語った。


 そこからの脱出劇(?)の途中でカレンは勇者候補として覚醒したのだが、当時のカレンでは力及ばず瀕死に追い込まれてしまった――ところで、旅の魔術師シオン……すなわちアンジュの師匠に助けられたという。


 その後、カレンは、シオンから聖剣――異世界の勇者から返してもらったもの――を渡され、「星外から来たる脅威と戦うため、勇者になれ」と言われたという。


(さすがあたしの師匠ね! ……ってそうじゃなくて、カレンの言ってたパトリックの「前科」はコレのことだったのね。だからあんなに殺気立っていたんだわ……)




 最後に――これは推測でしかないが、と前置きして、カレンは考えを語った。


 ――『あかていの檻』での配信中の強制転移は、天華教団の仕業である可能性が高い、と。


 転移先の大広間で戦った真紅の蜘蛛型機械兵――あれにカレンは見覚えがあるらしく、恐らく星外の脅威……すなわち天華教団の言う「天恵」ではないか、とのこと。


「……、」


 それはつまり、天華教団にはアンジュを上回る魔術師が存在することになる。


(それは……ぜひとも会ってみたいわね)


 アンジュの目的は、魔術師として研鑽を積むことだ。

 個人研究での限界はすでに見た――と思っている。だからライバル、競争相手、敵対者……そういった存在が必要だと考えた。その天華教団の魔術師は、きっとアンジュが成長するための



『いつか来たるときのために、魔術師として研鑽を積みなさい』



 約三年前、シオン師匠との旅の終わり。彼女がアンジュに対してかけた言葉だ。

 この「来たるとき」というのが、もし「星外からの脅威が来たるとき」のことを指しているのなら――。


(カレンに聖剣を渡し、「勇者になれ」と言ったのは師匠……なら、あたしが勇者パーティーに入ることは、師匠が思い描いていた展開……なのかしら?)


 それはつまり、アンジュは期待されていた――と捉えることもできる。勇者パーティーとはすなわち世界最高の実力者集団だ。そのメンバーに選ばれることを想定していたのなら、アンジュが世界最高クラスの魔術師になることを期待していたと言い換えられる。


 師匠の口から直接聞いたわけではないからただの推測でしかないが……もし本当にそうなら、これほど嬉しいことはない。


(……師匠。もしあたしが勇者パーティーとして星外の脅威と戦うことが師匠の望んだことだというのなら、その役割をきちんと果たすことで、恩返しになるかしら――?)


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