第27話「裏側、蠢くもの」



 アンジュとカレンの前から逃れたパトリックは、ダンジョンから脱出した後、魔鳥ノーヴェガルダの空輸で一直線に自身の工房アトリエまで戻っていた。


 大量の書類や脱ぎ捨てた衣類が散乱する、部屋の主にとってだけ居心地の良い研究室。キャスター付きの椅子に腰掛け、パトリックはにちゃりと顔を歪める。


「……く、ふふ」


 ――あの日見た芸術品のごとき幼女は、その美しき心をさらに輝かせていた。


 それを目にして、パトリックの心が震えた。胸の奥からマグマのような感情が溢れ出し、全身を熱く火照らせた。正直に言えば絶頂した。


 パトリックは幼い少女を好む。

 しかし同時に、英雄の精神も愛した。

 ゆえに、十歳のカレンが至高の芸術としてパトリックの心を支配していたのだが――。


嗚呼ああ――今の彼女の精神で、あの日の肉体を持っていたのなら」


 そう求めずにはいられない。

 さすれば、多元世界の星々全ての芸術を収拾してもなお一際輝く一等星ほしになったというのに。


 ――しかし。


「なければ作れば良い、と古き人は言った」


 パトリックにはある考えがあった。

 真なる芸術を完成させる方法を思いついていた。


「そのためには、あの少女が必要なのだが……」


 脳裏にカレンのことを思い描きつつ呟く――と。


「勇者候補カレンが必要なんですか?」


 声があった。

 若い少女の声――だが、パトリックの心に熱は湧かない。なぜなら小学校は卒業している年齢だと直感的に理解したからである。


 というか、知っている声だった。

 同志の集まりで何度か言葉を交わした覚えがある。同じ地区の担当として連絡を取ったこともあった。


「なにか用かな?」


 パトリックは椅子から立ち上がり、振り向く。

 と、その少女はすっとこちらに手を伸ばしてきた。小さな瓶のようなものを持っている。


 素直に手を出して応ずれば、パトリックの掌にそれが乗せられた。

 受け取った瓶を顔に近づけ、中身を確認する。一見、中にはなにも入っていないように見えたが――、


「錠剤……?」


 血のような赤色をした錠剤が一粒、瓶の底にあった。

 少女が唄うように説明する。


「これを飲めば、勇者候補にも負けない力が手に入ります」

「……いつから教団うちは胡散臭い商売を始めたのやら。そこらで燻っている底辺探索者にでも売りつけるのかね?」

「まさか。勧誘に使う見た目だけそれらしいお菓子ラムネでも、小金稼ぎに使うドラッグでもありませんよ。――それは兵器開発部からの贈りものです。『子羊のけっしょう』などというそうですよ」


 少女は「名の由来について興味があれば、ご自分で訊いてみてください」と言って苦笑を浮かべた。どうやら呆れるような由来らしい。名前の意味などパトリックは毛ほども興味が湧かないし、兵器開発部に喋りたがりの知り合いもいないので、一生知ることはないだろう。

 パトリックは小瓶を手の中で弄びながら、


「効能は?」

「個人差がありますが、最低でも単騎で上級ダンジョンくらいは踏破できるようになるらしいですよ」

「ふむ……」


 胡散臭いことこの上ないが――教団の同志が作ったものだ。ある程度信用しても良いだろう。

 むしろ、信用できないのは目の前の少女だった。


「……なぜこれを僕に?」


 彼女の所属からして、こんなものを持っている理由がわからない。兵器開発部からの贈りものと言ったが――あるいは上からの指示でもあったか。

 胡乱な目を向けるパトリックに、少女はクスリと笑って、


「勇者候補の排除は、てん教団にとって必要なこと。それを為そうとする人を補助することに、なんのためらいがあるというのですか?」

「……、」

「あなたにとっても必要だったはずです。――

「…………、どこまで知られているのやら」


 パトリックとしては苦い顔をするしかなかった。

 対する少女は、可愛らしく笑みを浮かべるだけ。


「協力しますよ、勇者候補を捕まえるために」

「その協力は錠剤コレを渡すだけではないのかね?」

「いえ、それはただの贈りものプレゼントですから。――きちんとあなたが勇者候補を手に入れられるよう、手伝います」


 目の前の人間が起こす犯罪行為に手を貸すことに、少女はなんら忌避感を覚えていない。それが少女の元々の性質なのか、任務に当たる中で心が歪んでしまったのか。パトリックはあずかり知らぬことだし――興味もない。少女の年齢的に。


「ふむ――」


 思うところはある。

 だが、少女も教団の一員だ。同じ星の外そらからの恵みを尊ぶ信徒として、仲間意識はある。手を貸してもらうのも良いだろう。


「では、よろしく頼むよ。十……いや、五年前は素晴らしかったであろう少女よ」

「…………、(きっっっしょ)」


   ◆ ◆ ◆


『チャットルーム(秘匿):メンバー 3人』


白き美少女>やああああああっ――――とぉ!

      デバッグやらセキュリティチェックやら

      面倒な作業が終わったので、

      古くさいメールもどきでのやりとりから

      昔懐かしチャット風景へ切り替えるぜ!

      (遅くなったのはデザイン面で迷走しまくったせいだけど

      黙ってればバレへんやろ……)


聖域の魔王>お疲れ、ユイ


星霊の賢者>お疲れ様、ユイメリア


白き美少女>あのお二人とも

      ネット上で本名出すのはやめてくれません?


星霊の賢者>私たち以外誰も見られないのだから、問題ないと思うのだけれど?


白き美少女>それはそう……なんだけど!

      こういうのはリアルの名前を出さないのがマナーっていうか

      ……ぐぬぬ、説明むずいな

      お婆ちゃんにスマホの使い方教えるのが難しい的な感覚だわ


星霊の賢者>誰をお婆ちゃんと言っているのかしら

      だいたいあなたもすでに三百年以上生きているでしょう?


白き美少女>おいやめろ


聖域の魔王>イレギュラー発生

      勇者覚醒プログラムを中断


白き美少女>お?

      どのグループの話?


聖域の魔王>『逆行者組』


星霊の賢者>なにがあったの?


聖域の魔王>デブリどもに汚染されたゴミが干渉してきたのよ

      ……でも、もしかしたら良い方に転がるかもしれないわ


星霊の賢者>……なら、様子見かしら


白き美少女>過保護すぎてもどうかと思うからね、良いんじゃない?


星霊の賢者>ユイメリア、あなたはちょっと極端すぎる気がするのよね……


白き美少女>だから本名出すのやめろぉ!(建前)

      ナイ……スじゃないからマジでやめてくれ(本音)


聖域の魔王>そういえばユイ

      『逆行者組』に課す試練のレベルを間違えていたわよね?

      もしあの子たちが死んでたらどうするつもりだったのかしら


白き美少女>うげ

      ええっとぉ……

      ぶっちゃけ魔術師の子が想定以上に強いっぽいから

      問題ないっしょ☆


聖域の魔王>は?


星霊の賢者>……真面目に意識改革した方が良いかしら


白き美少女>あ、私ちょっと

      別のグループに顔出す準備するので

      落ちます


聖域の魔王>おいコラ


星霊の賢者>別のグループって、どの人かしら?


聖域の魔王>たぶん『お猫様組』よ

      あそこ、ユイの妹と元カレがいるから


星霊の賢者>あらあらまあまあ!


白き美少女>違うが?

      いや妹はあってるけど

      元カレじゃなくてただの親友だが???


聖域の魔王>戻ってきたのならお説教の時間よ、ユイ


白き美少女>サラダバー!


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