第24話「五度目の配信、なぜなに魔術」
「あーてすてすてーす。……よし。こんばんはっ、魔術師のアンジュよ!」
「どうも、生徒役のカレンだよ。助手ではなく生徒役だよ」
【始まった!】
【ばんちゃー、アンジュちゃん!】
【あ、カレンちゃんはまた宇宙人のお面を付けてるのねw】
【昨日のベヒーモスとの戦い、ニュースになってたね】
いつもの時間(夕食時)に五度目の配信を始めると、視聴者たちが次々とコメントを投下していった。
始めたばかりだというのに、
……もしかしたら半分くらいは野次馬的な感覚で、純粋にアンジュの配信を楽しみにしているわけではないのかもしれない。
とはいえ今までの視聴者も未だにアンジュのことを「魔術師」と呼んでくれないのだ。いっそ常にアウェイ状態だったと言える。だから問題ない。
そう考えることで、アンジュは現在進行形で増え続ける視聴者の数を意識せず、自然体でカメラに向かう。
「さて――今日来ているのは『賢者の逆さ塔』よ。昨日の『
「……まあ十中八九、昨日の件が原因だろうね」
ぼそりと呟かれたカレンの補足に、コメント欄は【だろうな】【知ってたwww】【イレギュラーだから調査が入ったんだな】と同調する。
「でもちょうど良いわ。このダンジョンって確か、いつの時代かの『賢者』の工房がダンジョンになった場所なんでしょ? 先輩魔術師の
アンジュが聞きかじりの知識を披露すると、カレンは一つ頷いて、すらすらと語り始める。
「正確には八百年前、『七つ星の賢者』と呼ばれた人物の
【へー、そーなのかー】
【カレンちゃんは賢いなぁ】
【助手ちゃんは博識だなぁ】
「へー、詳しいわね、カレン」
アンジュがコメント欄と同じノリで感心して声を上げると、カレンは半ば呆れたような表情になった。
「ダンジョンに突入する前に探索者協会のデータベースで予習するのは探索者の基本だよ……。というか、先生役を自称するなら私に説明させないで、キミがしっかりと知識を披露するべきなんじゃないかな?」
「あたしは魔術師であって歴史の先生ではないわ。だから問題ないの」
言ってアンジュがふんっと鼻を鳴らすと、カレンは額に手を当て、ゆるゆるとかぶりを振った。
それから切り替えるように溜息を吐いて、質問を投げてくる。
「……はぁ。で、なにがちょうど良いの?」
「それはもちろん、今日の配信内容的にちょうど良いってことよ」
「? ……そういえば、なにをやるのか聞いてなかったね」
放課後になってすぐカレンと合流したが、『賢者の逆さ塔』は今までのダンジョンよりやや遠い位置にあったため、配信を始めるまで結構バタバタしていたのだ。そのせいでカレンには今日の配信内容を説明していなかった。……いやまあ、移動中に話せば良かったのをすっかり忘れていただけだが。
「今日の配信は――題して『なぜなに魔術』よ!」
アンジュが宣言すると、カレンはその金色の目をパチパチ
「……と、いうと?」
「ちょっと。そこは『どんどんぱふぱふー』って感じに盛り上げるところでしょ? 助手としてちゃんとしなさいよ!」
「どんぱふ。で、どういうこと?」
「ぐぬぬ……」
カレンの適当さに歯がみしつつ、アンジュは説明する。
「今までの配信であたしは色んな魔術を見せてきたでしょ? 視聴者のみんなはかなり魔術に興味が湧いてきたと思うの」
「ん……そう、かな?」
「思うのっ! で、そろそろ疑問や質問が溜まってきた頃だと思うから、それについてあたしが答えていくってのが今日の配信よ!」
「えーっと……つまり、質問返しの回、的な?」
【なるほど質問返しか】
【確かに訊きたいことはいっぱいあるわw】
【正直ベヒーモス戦の感想とか訊きたい】
【『騎士王の居城』ソロ攻略世界二位の感想とかもなw】
カレンの言い換えが正しいのかアンジュにはわかりかねたが、語感的にたぶん間違いではないと思うので頷いておく。コメント欄も理解したようなので、きっとわかりやすい要約だったのだろう。
「こういうのって事前にSNSで質問募集しておくものだと思うけど……」
「?」
なにごとか呟いたカレンに視線を向けると、目が合った助手の少女は深い溜息を吐いた。
「アンジュにそういうスキルを求めるのが間違いか……これ、私がプロデュースすべきなのかな……?」
「なにかしら。助手に侮辱されている気がするわ」
「気のせいだよ、うん」
アンジュが半眼を向けると、カレンは逃げるように目を逸らした。
「こほん。……そもそも質問返しなら、ダンジョンでやる必要あった?」
咳払いを挟んでそんなことを訊いてきたカレンに、アンジュは「当然でしょ」と返す。
「質問の内容によっては実演することもあるだろうし……それに、どこかの部屋でただ話しているだけじゃ画面がつまらないでしょ?」
「そうかな? ……まあ、そうだね」
カレンは一度首を傾げたが、今度はすぐに納得して頷いた。
【いやつまらないとは思わないが】
【二人が映ってるだけで充分華やかだよ】
【助手ちゃんは顔の半分が宇宙人の仮面で隠れてるけどw】
とコメント欄は否定してくれるが、それでもダンジョン内の方が色々な観点からやりやすいのも事実。……そもそも自宅で配信する気がないというのも理由なのだが、まあそれは良いだろう。
ともあれ、だ。
コメント欄にはいくつか質問らしきものが流れ出したので、さっそく拾って答えていくことにする。
「ええっと……どれが良いかしら……?」
携帯端末を操作して、コメントをフィルターにかける。浮遊カメラと連動するアプリの機能で、コメントのピックアップ表示をカスタムしたようなオプションだ。高性能AIによって滝のような勢いのコメント群を素早く精査し、望んだ要素のコメントだけを提示してくれるのである。
横から端末を覗き込んだカレンが「その端末、そんなことできたんだ……」と小声でこぼすのを聞き流しつつ、アプリが十数秒で纏めてくれた質問欄をスクロールする。
【ベヒーモスと戦った感想を聞かせてほしい】
【どうしてそんなに強いのか】
【どうやったらアンジュちゃんのような魔法を使えるようになるのか知りたい】
【オリジナル魔法の開発はいつから行っていたのか】
【アンジュちゃんのオリジナル魔法は
【ギルドには所属していないのか】
【年齢、趣味、普段の生活、個人情報など】
【似た配信スタイルであるレイジについて】
【助手ちゃんが使っていた剣について】
「ど、どれを答えれば――――って、魔法じゃなくて魔術よっ!」
「……アンジュ、私が良い感じの質問を拾うから貸して。いきなり詳細な説明ぶっこまれても視聴者は楽しめないだろうから」
横から伸びてきたカレンの手がアンジュから端末を取り上げる。カレンはじっと画面を睨んだ後、すすすっと指を動かし端末を操作すると、ある質問が配信画面に表示された。
【どうしてそんなに強いのか】
これに答えろということだろう。アンジュは大きく息を吸って、
「そりゃあ、あたしが天・才! 魔術師だからよ!」
ふふんっとキメ顔をカメラに向けながら答えるアンジュ。
すると横からカレンが平坦な声を差し込んできた。
「大陸共通語に翻訳すると、『生まれ持った才能を努力によって余さず磨き上げた成果』ってところかな」
「?」
わざわざ言い直す必要があっただろうか、と思ったが――コメント欄が【なるほど】【努力の成果なのね】【そりゃまあ才能があるのはわかってたw】と納得するもので占められていたので、苦言を呈すのはやめておいた。
「じゃ、次」
と言ってカレンが携帯端末を操作すると、配信画面に映るコメントが切り替わる。
【ギルドには所属していないのか】
「無所属よ。面倒だから」
「勧誘とかはされてないの?」
「あったかもしれないけど忘れたわ。ダンジョン探索はただの趣味だし。あれよ、エンジョイ勢がガチ勢に混ざるのは気が引けたってこと」
【趣味……? 最上級ダンジョンをソロで踏破するのが……?】
【エンジョイ勢(ベヒーモス討伐経験あり)】
【むしろアンジュちゃんよりガチでダンジョン攻略している探索者の方が少ないのでは……?】
【現在進行形で勧誘されまくってると思う。うちのギルマスも動いてたし】
【↑うちも……だけどぶっちゃけ勧誘合戦は『星霊の剣』が今のところリードしてる?】
カレンがちらっとコメント欄を確認し、「……メロディアさんは別にギルドに勧誘しろとは言ってなかったよね?」と小さく呟いていた。
「……というかカレン、これは『なぜなに魔術』なのよ? あたしのことばかり訊くのは主旨から外れるわ!」
「ぶっちゃけそのコーナー名に相応しい質問が一つもない……ごほんごほん。仕方ない、次はこれね」
何やら不穏なことを呟きながら、カレンが次の質問を表示させる。
【オリジナル魔法の開発はいつから行っていたのか】
「オリジナル魔法じゃなくて、魔術よ! ま・じゅ・つ!」
「視聴者には違いがわからないと思うよ。……ちなみに私もイマイチわかってない」
「ぐぬぬ……あのね、オリジナル魔法は――」
「あ、ごめん。小難しい解説は後でね。今は質問に答えて」
完膚なきまでに理解させてみせよう――とアンジュが息巻いていたところで、バッサリと切り捨てるカレン。勢いを失したアンジュが恨みがましい目を向けると、ナマイキな助手は大げさに肩を竦めてみせた。
「実際、根本的なところでは同じだよね? だから細かい違いを教えるのは後で」
「お、同じって……そりゃあ元は同じものなんだからそうだけど、その違いに大きな意味が――」
「はいはい、後でね。――うん、質問をちょっとだけ変えようか。魔術はいつから使えたの?」
「この助手め……ぐぬぬ。……えっと、初めて魔術を習ったのは八歳の時よ」
負の感情を込めてカレンを睨みつつも答えると、勇者の卵は目をぱちくりさせた。
「八歳? 思ってたより最近なんだ」
「?」
「いや、最近って言うと違うかもしれないけど……もっと幼少期、それこそ言語を覚え始める頃から教えられてたって感じだと思ってた」
【英才教育的な?】
【あー、わかる。魔法使いの名門家ってそういうイメージあるわ】
【実際に「パパ」「ママ」よりも先に魔法名を口にした、っていう魔法使いの逸話も多いからね……魔法使いの名家は幼い頃から教育してるってのはマジっぽそう】
カレンの私見に同意する視聴者がちらほらいたようで、そのようなコメントがいくつか流れた。
――事実、その認識は間違っていない。例えばローラは魔法教育を二歳の時から始めていたというし、アンジュの兄も同じくらいの歳から魔法の勉強をしていたらしい。
(ま、あたしは魔法教育を受けなかったんだけどね――)
名門スターリー家の娘だが、アンジュには優秀な魔法使いになるのとは別の役割があった。だから魔法教育は受けなかった。
……という話は、別にしなくても良いだろう。
代わりに、アンジュは別の情報を齎す。
「師匠と会ったのが八歳の時だったから」
「師匠?」
オウム返しするカレンに、アンジュはこくりと頷く。
「うん、シオン師匠。あたしに魔術を、戦い方を、――生き方を教えてくれた人」
「……、」
「あ、最初の質問の答え、これも付け足しておこうかしら。あたしが強くなれたのは、師匠のおかげよ」
「お師匠さんのもとで修行をしたから、ってこと?」
「ん、そうね。旅をしながら師匠に色んなことを教えてもらったんだけど……えっと、八歳の時から十三歳の時までだったから、だいたい五年間ね。それからは一人で研鑽を積んだわ」
「思ったより短い……っていうか、思いっきり義務教育期間に旅してるって……」
「まああたし、まともに学校行ったの中学三年からだし。まだ二年しか学校生活を送ってな――」
「あーあーっ! ごめん、この話やめよっか! 個人情報ダダ漏れだよっ」
【へー、師匠がいるのか】
【義務教育期間の子供を旅に連れ回すのかwww】
【お
【まあこんだけ強くなって戻ってくるなら、魔法使いの家系なら納得するんじゃないですかね……?】
【↑アンジュちゃんの家が魔法使いの家系とは限らないでしょ】
【ぶっちゃけすでにある程度身元はわかって……】
【ってか待て、中学三年から二年間ってことは、アンジュちゃんは今高校二年生?】
【見た目的にそうじゃないかとは言われてたけど、マジでJKだったのかwww】
【小学生の女の子を連れ回しながら化け物レベルの魔法と戦いを仕込んだやつがいるってマ?】
「んー……どうせならもっと師匠との思い出でも語りたかったんだけど……」
「配信で言ったら不味いことがボロボロ出てきそうだからやめよう、アンジュ」
「でもこのままだとあたしの師匠が『義務教育中の子供を連れ回した大人としてやべーやつ』みたいに思われそうで不快だわ」
「あながち間違ってもない解釈では……?」
カレンは何とも言いがたい表情でそう呟くが、アンジュとしては偉大なる先生であり大恩のある人物が世間から『駄目大人』というレッテルを貼られるのは許容できない。
ゆえに、
「師匠はあたしの世界に色を与えてくれたのよ。なにも知らないあたしに、魔術を、色んなことを教えてくれた。……師匠と出会うまでのあたしは、生きる意味を持たなかった。でも、師匠が『自分のために生きること』を許してくれて……そのおかげで、今のあたしがあるんだから」
「……、」
アンジュの述懐を、カレンは止めずにいてくれた。
果たして勇者の卵である少女がどんな感想を抱いたのか、その表情からは読めない。
ただ、彼女は一言でこう表わした。
「アンジュは、お師匠さんのことが大好きなんだね」
「――もちろんっ」
当然だ。魔術を教えてくれただけではない。あの人のおかげで、今のアンジュがある。師匠はアンジュの恩人で、救世主で、――ある意味での親だ。不必要として与えてくれなかった生みの親ではなく、言うなれば育ての親。
「……もしかして、
「え? ふふ、実はそうなのよ。よくわかったわね?」
「ん……前に一度、シオンさんに会ったことがあるからね。――と、この話はここまでにして、次の質問に移ろうか」
カレンがアンジュの師匠に会ったことがある――という話を詳しく聞きたかったが、配信には関係のないことなので無理に話を戻すことはできない。配信後に訊こう、と頭の片隅にメモを残しつつ、大人しく流されることにする。
「次の質問は、これ――」
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