第23話「秘密の花園で」



「あの子、また授業サボったわね。まったくもう……」

「ローラ様。アンジュ・スターリーの小さい頃ってどんな感じだったの?」

「……、いきなりどうしたのよ? というかアンジュの監視は?」

「ん、ちょっと気になったから。これ聞いたらすぐ戻る。で、可愛かった?」

「……、…………、」

「?」

「……いいえ、可愛くなんてなかったわ。いつも無表情で、なにを考えているのかわからなくて……だから私は、あの子に笑ってほしくて……でも……」

「???」

「……、なんでもないわ。忘れてちょうだい」


   ◆ ◆ ◆


 あの不審者のせいで気分が悪くなったので、やっぱり午後の授業もサボることにした。


 案の定ビアンカから「学校来たか?」「今どこにいる」「授業始まるぞ」といくつものメッセージが飛んできたが、「ごめん、やっぱサボるわ」とだけ返して携帯端末の電源を落としてしまった。


「……しまった、これじゃ動画見られないじゃん」


 電源を落としてから気分転換のネットサーフィンができないことに気づくアンジュだったが、ここで電源を入れたら鬼のような通知が入っていそうだったので再起動はやめておいた。


 せっかく学校まで来たのにすぐ帰るのはなんとなく勿体ない気がしたので、アンジュはお気に入りの場所――高等部と中等部の間にある不思議な色の森の中の花畑にやってきた。つい最近も行ったばかりの秘密スポット。真っ白の花弁が広がる中心で、そっと体育座りをする。


 うららかな春の日差しを受けながら、花の香りをたっぷりと乗せた風に吹かれて涼を感じる。


 と。

 不意に足音が耳に入ってきた。

 デジャブを感じつつ、視線を向けると――果たして若草色のふわふわ髪を持った少女がこちらに歩いてきた。アンジュの後輩、中等部三年のナディアだ。


「ナディア?」

「はい、先輩。お久しぶりです」

「久しぶりって、一昨日に会ったでしょ。昨日も電話で話したし」


 苦笑しつつそう言ってやれば、ナディアの方もふわりと微笑んで、


「そうですね。でも、わたしは毎日でも先輩に会いたいと思っているんです」

「そう? 物好きね」


 多少の恥ずかしさを感じながら言うと、いつぞやと同じようにナディアはアンジュの隣に腰を下ろした。


 二人並んで花々に囲まれながら、授業をサボる――とんだ不良生徒だと内心で苦笑する。もともとナディアは授業を抜け出すような性格ではなかったはずだが、誰に影響されたのだろう。あるいは単に空きコマなだけか……中等部のカリキュラムはそんなに融通が利くものではなかったはずだが。


 そんなことをぼんやり考えていると、ふとナディアが声を上げた。


「すみません、先輩。協力できなくて」

「なにが?」

「配信のパートナーのお話です」


 言われ、アンジュは思い出す。

 ビアンカに「聞き手役を作れ」とアドバイスをされた際、ナディアに誘いをかけたのだが、断られていたことを。


「ああ――別に良いわよ。家の手伝いじゃ仕方ないわ。それに、相手も見つかったしね」

「……、その相手というのは……あの勇者候補、ですか?」

「ん? ええ、そうよ」


 ナディアの言い回しにわずかな違和感を覚えつつも、頷いて肯定する。


 勇者候補カレン・メドラウド。彼女がアンジュの配信の助手になったことを知っているということは、ナディアは昨日の配信を見ていてくれたのだろう。嬉しさと恥ずかしさを半分ずつ感じた。


「もしかして、先輩は――」


 ナディアはおずおずと切り出す。

 どこか陰の射す表情は、どうしてか自らが発する言葉を否定してほしいという思いが込められているように感じられた。


「……勇者パーティーに、入ってしまわれたのですか?」

「んー……そうね。勇者パーティーの魔術師にどうしてもなってほしいってカレンが言うから、仕方なくなってあげたのよっ!」


 実際には取り引きの結果だが、まあお願いされたのは事実なので良いだろう。その場にナディアはいなかったのだからバレはしない。


「そう、ですか……」


 ナディアの視線が空を仰いだ。

 なにかを諦めるような、あるいは意志を固めたようにも見える翡翠の瞳。

 囁くようにナディアは言った。


「先輩。――パーティーを抜けることは、できませんか?」


 その言葉に、幼馴染みの高圧的な声が脳裏に蘇る。


『アンジュ、勇者候補とパーティーを組むのはやめなさい』


 二人の言葉は重なる。

 反射的になにかを叫ぼうとして、アンジュは寸前で飲み込んだ。


 ……ローラ相手だったら抑えず暴言を吐いていただろうが、相手はナディアだ。瞬間沸騰しかけた感情を抑え、アンジュはまず疑問をぶつけた。


「どうしてそんなことを言うの?」

「……、…………すみません、先輩。忘れてください」


 ナディアは疑問に答えなかった。視線すら合わせないまま、彼女はゆっくり立ち上がる。

 その小さな背中をこちらに向けたまま、ナディアは警告を発した。


「どうか、先輩。不審な人間が近づいてきても、心を許さないでくださいね」

「……?」


 ふと脳裏に登校中に遭遇した不審者の姿がぎったが、ナディアが言うのはあれとはまた別だろう。

 と、アンジュが言葉の意味を考えている間に、ナディアは花畑から姿を消していた。


「……っていうか不審者に気をつけろって年下に言われるあたしって……!?」


 同い年のローラに言われるのでもなんとなくのに、二つ年下のナディアから言われるとさすがにへこむ。先輩の威厳はいったいどこへ行ったのだろうか……?


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