第22話「お昼の不審者」
未知の蜘蛛型機械兵と戦ったらなぜか視聴者にベヒーモスと認識されていた、翌日。
午前中の授業はやる気が湧かなかったのでサボり、ビアンカから「午後の必修授業はさすがに参加しろ」とメッセージが飛んできたのでお昼ご飯を食べてから歩いて(普段はスクールバス)登校する途中のこと。
なんとはなしに自分のチャンネルを確認したら、登録者数が五十万人になっていた。
「わーお???」
軽く調べてみたところ、百年以上発見例がなかったベヒーモスと遭遇したこと、そしてその神話級とされるモンスターを倒したことがニュースで取り上げられ、切り抜きやSNSなどでアンジュのチャンネルが拡散されまくったらしい。
いちおうそれだけでなく、魔法使いたちにオリジナル魔法が注目されたり、勇者候補であるカレンが振るった聖剣に焦点が当たったりと、別の理由でも増えたようだが……。
「……だから魔術だってば」
いじけたように声をこぼすアンジュ。
視聴者を増やすという点で見れば大成功だったが、果たして魔術の普及という意味ではどうだろうか?
(……うん。次の配信は完全に魔術の説明に振り切ろう。せっかくカレンという助手もできたんだし)
機械兵との戦い、そして転移術や配信を偽装する幻術で、世界にはまだまだアンジュを上回る存在がいると認識した。だから「魔術を学び研鑽する
とはいえ、将来的に必要になるだろうし、「魔術という素晴らしい技術を広めたい」という気持ちがあるのも事実だ。アンジュは配信活動を通した魔術の布教活動をやめる気はなかった。
「なぜなに魔術って感じで一問一答形式を――――ん?」
ふと、異質なものが目に入って、アンジュは足を止めた。
現在位置は学園の外縁、初等部校舎とグラウンドが柵の向こうに見える。
そこで、ベージュのトレンチコートに身を包んだ男が、柵の間から双眼鏡を使って中を覗いていた。
「不審者だ……!」
シュプレンゲル魔法学園の敷地はとんでもなく広い。なにせ初等部から高等部までの校舎が全て収まり、その上で三つの体育館、五つのグラウンド、先生方の研究棟、部活棟、巨大図書館、触媒やら素材やらを育てる畑、謎の森、動物や魔法生物の飼育場、エトセトラ……とまあ「世界一の魔法の学校」の名に恥じない設備が揃っているのだ。当然ながら警備の人がいるとはいえ、隙間なく外縁を監視するのは無理がある。
ゆえに、登校時間をずらせば、運悪くこういった不審者と遭遇することもある。
「おや?」
アンジュの声に反応して、不審者は双眼鏡から目を離してこちらを見た。
アンジュは反射的に足を一歩引きつつ、
「……いちおう訊くけど、あんた、ここで何してるの?」
対し、痩せぎすの男は端的に答えた。
「幼女を見守っていた」
「………………、」
とりあえず無言で指を向け、術式の構築を始める。
指先に魔力が集まりつつあるのを感じ取ったのか、あるいは野生の勘か、男は反抗の意思がないことを示すように両手を上げた。
「ま、待ちたまえ。僕は不審者じゃない」
「いやどう考えても不審者でしょ」
「僕は純粋に幼女が怪我をしないか心配して見守っていただけだ。そこにやましい気持ちはない」
「うわっ……気持ち悪いわね」
「なぜだ……?」
逆にこっちが訊きたい。なぜその行動が気持ち悪くないと思えるのか。
ゴミ以下のナニカを見る目を向けつつ、アンジュは捕縛の魔術を発射。指先から放たれた光が男の体に当たると、バチッと弾けて細い稲妻を七本走らせた。麻痺効果の術である。
男は一度体をビクンと跳ねさせ、それからバタリと倒れた。アスファルトに頬をくっつけながら、震える唇から声をこぼす。
「ぐぅ……しびれびれぇ……」
「とりあえず警察に通報して……いや、警備員を呼んだ方が良いかしら……?」
「待て、待ってくれ! この体勢だと幼女が見えないッ!」
「そこは『警察を呼ぶな』とかじゃないの……?」
必死に「幼女を見せてくれ」と懇願してくる男にドン引きするアンジュ。本当に気持ち悪い。
学園の電話番号ってなんだったかな、と学生手帳をパラパラめくっていると、「幼女が幼女がー」と騒いでいた男がはたと止まった。
不気味なものを感じて目を向けると、男はアンジュの顔をじっと見つめて、
「……ふむ。キミ、昔の写真とか持っていないかね?」
「え?」
いきなり何を言い出すのだコイツは?
あまりの気味の悪さにアンジュがまた足を一歩引いていると、男はにちゃりと顔を歪めた。
「きっと十歳頃のキミは、それはそれは天使のようだっただろう。ああ、その時の愛らしいキミを見てみたかった。非常に残念だ。育ってしまっては魅力もなくなってしまう」
「ひぃ――っ!?」
気持ち悪い。気持ち悪すぎる――!
全身があわ立つ感覚。アンジュはすぐさまこの場から逃げ出したい思いだった。
が、さすがに不審者はこのままにできない。初等部に友人はいないが、高等部の先輩としてこの犯罪者を野放しにするわけにはいかない。
まずは黙らせよう。その気色悪い言葉ばかり吐き出す口を縫い止めてやろう――と再び魔術を使おうとしたときだった。
「む。すまない、六、七年前は素晴らしかったであろう少女よ。迎えが来たようだ」
「言い方が本当に気持ち悪いっ――――って、は?」
ぐにゃり、と。男の横の景色が歪んだ。
空間歪曲――いや、空間に穴を開けて、こちら側にナニカが現われようとしているのか。
近い現象は転移術か、召喚術。これは後者だと、アンジュの魔術師としての目が分析した。
数秒後、歪みから現われたのは、真っ赤な羽毛を持つ鳥のようなシルエット。――ただし、全長三メートルサイズの。
「……モンスター?」
「ゆえあって魔獣、あるいは魔物と呼んでいる。昔の呼称を使っているだけだがね。個体としての名称はノーヴェガルダ」
名を呼ばれた魔鳥が、アスファルトにうつ伏せに倒れる男の肩をその両足で掴んだ。そして赤い翼を力強く羽ばたかせると、男を持ち上げて飛び上がる。
その様子を眺め、アンジュは男の正体を口にする。
「あんた、
「間違いではないが……どちらかというと
アンジュが指を向けると、男は少し焦った様子で制止してきた。アンジュとしてはその言葉に従う必要はないので、迷わず魔鳥を魔術で撃ち貫こうとする――が。
「ノーヴェガルダ、やってくれ」
男の指示に応答するように、魔鳥が一声鳴いた。
そして、一際強く羽ばたくと――次の瞬間、魔鳥の周囲に炎が発生した。その炎は翼に煽られ、扇状に噴き出す。
「っ、吹きとば――〝吸い込め〟!」
ここはダンジョン内ではない。周囲に炎を散らばらせて、なにに引火するかわかったものではない。ゆえにアンジュは途中で魔術を切り替えた。
アンジュが突き出した掌を終着点に、炎が吸い込まれていく。吸収の魔術。本来は毒霧など散らすだけでは危険なものを処理するための魔術だ。
やがて飛び散った炎を全て吸い終えたころには、空を飛ぶ魔鳥の姿は豆粒サイズになっていた。
「――、逃げられたわね」
不審者を取り逃したことは痛いが――それ以上に「あの変態から離れられた」という安堵の方が大きく、アンジュはほっと息を吐くのだった。
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