第19話「誰になにを言われても」
「……なにしに来たの、ローラ?」
「ご主人様に対してずいぶんな物言いね、アンジュ。私はただ、挨拶をしに来ただけよ。私の配下がお世話になるパーティーリーダーさんに、ね」
相変わらずアンジュに対して支配者面をするローラに、アンジュは鋭い視線をぶつける。ローラの方は余裕を保ったまま――しかしどこか冷たい雰囲気を纏っていた。
剣呑な空気の中、口を開いたのはカレンだった。
「えっと……キミはもしかして、当代最強の魔法使いの……?」
「あら、ご存じだったのね。――ええ、そうよ。私が当代最強の冠を戴く虹の魔導師であり、そこのスターリーの娘を従えるメイザース家の次期当主、ローラ・メイザースよ。お初にお目にかかるわ、勇者候補様」
制服のスカートを軽く持ち上げて優雅に礼をとるローラ。アンジュは「従えるってなによ」と文句を挟んだが、支配者の少女は取り合わない。
カレンはチラリとアンジュを見てから、こちらも存外に――と言うと失礼かもしれないが――綺麗な所作で挨拶を返す。
「初めまして、メイザースさん。私はカレン・メドラウド。『星霊の剣』に所属している探索者で……勇者候補だよ」
「ローラで良いわ。……ふふ、詳しく知っているわよ。調べたもの。――ああ、わかった上で『初めまして』と言ったのよ?」
「……なるほどね。配慮してくれてありがとう。こちらもカレンで良いよ」
今のやりとりにどんな意図が含まれていたのかアンジュには理解できなかったが、この二人の間でも一気に空気が重たくなったことだけは察せられた。……ローラのやつ、人と険悪な関係を作る天才か。
そういえばローラが誰かと仲良くしているところを見たことがないな……取り巻きは友達とは違うだろうし……とアンジュが思考を脇道に逸らしていると、ローラのわざとらしい笑い声が耳朶を叩いた。
「ふふふっ……本当は『アンジュよりも私の方が勇者パーティーの魔法使いとして相応しい』……なんて言おうと思っていたのだけれど、今日の様子を見る限り、勇者パーティーを結成する実力に満たないのはあなたの方ね、カレン」
「っ」
「前衛の仕事も満足にこなせず、あまつさえ後衛に守ってもらう始末……これでどうして勇者パーティーという由緒正しき英傑たちの先頭に立てるというのかしら?」
それはまるで舞台の悪役のような、わかりやすい嘲りの表情だった。
人を見下す目を向けるローラに、勇者の卵は唇を噛む。――自覚があったからだろう。
「……ずいぶん好き勝手言うじゃない。実際にアレと戦ったわけでもない部外者が、カレンの実力の全てを知った気になるのはおかしいわ」
カレンを庇うようにアンジュが前に出ると、ローラの碧眼がじろりと動く。
「本当の実力がどうだなんて知ったことではないのよ。勇者候補の実力は劣っていると衆目に晒してしまった。その事実が問題なのだから」
「言わせておけば良いじゃない。有象無象が勝手な評価を付けたところで、カレンの実力が落ちるわけでも勇者の力が消えるわけでもないんだし」
「……あなたのそういうところがお馬鹿なのよ」
シンプルな罵倒が飛んできてアンジュの眉がピクリと動く。反射的に怒鳴りそうになったが、息を大きく吸ったところで遮るようにローラが言葉を差し込んできた。
「政治もわからないお馬鹿さんはともかく、あなたならこの意味がわかるでしょう?」
言葉を向けられたのは、カレンだ。
勇者の卵は俯き加減で何事かを呟いて――それからゆっくりと顔を上げ、金の瞳で見返す。
「……わかっているよ。特に、新しい聖剣を見せつけた輩がいる現状で、今日の配信が
「ついでに文句を付けるなら、
「それについては、そもそもあちら側に妹がついている以上、魔導御三家は関われないと思うけどね。あの子は模範的なアラヤ人で、クルシュラの魔人どもが大嫌いだから」
「あなたは違うのかしら?」
「私はそこら辺の歴史に興味がないからね」
「それは残念。――心の底で嫌っていたのなら、ここで私が『パーティーの解散』を願っても、応じてくれる可能性が高まったのに」
二人の会話を深く理解するには、アンジュの知識が足りなかった。
だが――最後の言葉は聞き逃せない。
「……なに言ってんの、あんた。パーティーの解散なんて」
アンジュが硬い声で割り込むと、ローラは軽く鼻を鳴らして、
「わかりやすく、率直に言おうかしら。――アンジュ、勇者候補とパーティーを組むのはやめなさい」
「…………、は?」
自分の喉から出たとは思えないほどに低い声だった。
ローラはわずかに眉を動かし――しかしすぐに表情を戻すと、毅然とした声音で告げる。
「政治がどうだとか言ってもあなたは理解できないでしょうから、詳しい説明をする気はないわ。だから、命令よ――アンジュ、あなたは勇者パーティーの魔術師を降りなさい」
「……ふざけないで」
上から目線が気に入らないとか。
馬鹿にしているのが頭にくるとか。
そういう小さな悪感情はあるが――アンジュが最も気に入らないのは、すなわち。
「あんたにあたしの交友関係を制限される
「私はあなたのご主人様よ。配下が余計な人間と関係を持つのを――」
「だからっ! あたしはあんたの配下なんかじゃないッッッ!!」
感情を爆発させるように叫んで。
もはや視線だけで射殺さんばかりに睨み付ける。
殺意すら混じった激情を受けたローラは、少しの間だけ瞳を揺らして――けれどすぐに表情を硬く引き締めると、ゆっくりとその唇を動かした。
「……アンジュ。あなたがどう思っていたとしても、勇者パーティーからは降りるべきよ。あなたはそこに相応しくない――」
「うるさいわね。あんたにどう言われようと、あたしは自分のしたいことをする。……別に『勇者パーティー』なんてどうでも良いんだけど、カレンの仲間をやめる気はないわ。大切な助手だもの」
言いたいことを一気にぶつけると、アンジュはローラから視線を切って、カレンの腕を取った。
「行くわよ、カレン。これ以上こいつと話してても苛つくだけだわ」
言って、足を踏み出す。
ローラの横をすり抜けるが、金髪の幼馴染みは振り向かなかった。
しばらくの間、無言で歩を進める。
途中でカレンの腕を放し、二人は静寂を保ったまま並んで歩く。
と。
「……カレン」
アンジュの方が、先に静寂を破った。
横のカレンがこちらに視線を向けたのを感じ取り、足を止める。少し遅れてカレンも止まった。
「先に断っておくけど、あたしはあんたのパーティーから降りる気はないわ」
「……それは嬉しいけど、良いの? あの子、キミの家からしたら王様みたいなものでしょ?」
「ん、知ってたのね」
メイザースとスターリーの名は、魔法界の外でもそれなりに有名だったらしい。あるいは、際立ってカレンが家の繋がりに詳しいだけか。
カレンの認識は間違いではない。けれど――
「でも家はそうだとしても、あたしは違うわ。もう役目を終えたのだから、あたしがあいつに縛られる必要はないもの」
「……?」
吐き捨てるように言って。
アンジュは悪感情を吹き飛ばすように笑みを作る。
「明日からもよろしく。あたしの助手としてね」
「……そこは協力者かパーティーの仲間って言ってほしかったかな」
困ったように眉を曲げながらだったが、カレンも笑い返してくれた。
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