第20話「裏側、真実を探るもの」



 銀髪ツインテールの幼馴染みアンジュの手を取って去った、数分後。

 ローラ・メイザースは抑えきれない激情を押し流すように、大きく息を吐いた。


「はああああぁぁ……あの子は、本当に、もう……」

「ローラ様、フラれちゃった」


 独り言にぬるっと割り込んできたのは、ローラに仕える影のもの。半歩後ろの位置に出現した少女に振り返らず、ローラは言葉をぶつける。


「うるさいわよ。だいたい、それだと私がアンジュに告白したみたいな言い方じゃない!」

「実際は寝取られ? いや、BSSならぬWSS?」

「違うって言っているでしょう!?」

「でもローラ様、アンジュ・スターリーのこと大好きでしょ?」


 その言葉に、ローラは一瞬だけ声を詰まらせて、


「……、別に、好きとかそういうのじゃないわ」

「好きだから、他の女が近づかないようにしてる。違う?」

「違うわよ」


 バッサリと切り捨てる。

 そんな、嫉妬深い恋人のような動機でパーティーの解散を願ったわけではない。


「私はあの子の主人で、守らなければいけないの。勇者パーティーなんて色んな意味で危険な集まりにあの子を放り込むわけにはいかないわ。……そもそも、勇者候補の実力があの子と釣り合っていないじゃない。――


「……捻くれもの」

「なにか言ったかしら?」

「なんでもない。……でも、ローラ様が嫌われてるのは事実だと思う」

「は? ぶち飛ばすわよ」


 ちょっと本気で殺気をぶつけてやると、影の少女は口を噤んだ。……声が若干震えていたのはバレていないようだ。


「……とりあえず、あなたはアンジュの監視を続けなさい。あと、これからはダンジョン内でもなるべく追跡すること。今日のようなイレギュラーが起こったなら、すぐに私に知らせるのよ」

「ん、りょーかい」


 影の少女の追跡は、ダンジョン内では行っていなかった。アンジュの探知の魔術に引っかかってしまう可能性を考えたからだ。


 しかし今日のイレギュラーのことを考えると、アンジュに見つかるリスクを取ってでも監視すべきだと判断した。……普通に尾行してもバレるだろうので、高い隠密効果を持つ魔道具を用いる必要があるが。メイザースは歴史のある魔法使いの家系なので、歴代当主を始め優秀な血族の魔法使いが作成したのであろうオーパーツ染みたトンデモ性能のものが倉庫に眠っていたりする。それを使えばアンジュの探知すらもくぐり抜けられるだろう。


「……、しかし、アレはどういうことなのかしら」

「? なんのこと?」

「転移罠のことよ」


 アンジュが転移罠に巻き込まれるところを、ローラは配信で見ていた。

 トラップの中でも特に凶悪な部類である強制転移に一瞬キモが冷えたが――しかしすぐに思い直した。、と。


……でも、実際にあの子は飛ばされた」

「それは、例の勇者候補がいたからじゃない? アンジュ・スターリーだけが抜け出して、勇者候補を一人で転移させるのはまずいと思ったとか」

「いえ、それは違うわね。アンジュなら、転移術をまるごと無効化してしまうわ。あの子はそういう性質タチだもの」

「うむむ?」


 理解が追いつかないのか、影の少女は唸り声を上げた。


(……あの子に魔法は効かない。それは対魔力性能が良い……なんて単純な話ではないはず。法則を越える魔術師だから? ……別に魔術を扱うからといってその存在が世界法則を超越しているわけではないわ。でもあの子の状態は、魔法効果を概念的に無効化しているか、もしくは。……我ながら荒唐無稽な考えね)


 心中で呟き、ローラは一度思考を振り払うようにかぶりを振る。


「だとしたら迷宮の主ダンジョンマスターでもいたのか、厄介なにでも狙われているのか。何にせよ、調べる必要があるわね」

「うえ……それ、がやるの?」

「当たり前でしょう? あなたは私の影の駒なのだから」

「げえー。駒使いの荒い主……幼馴染みに捨てられた女……」

「は?」

「なんでもない……」


   ◆ ◆ ◆


『宛先:聖域の魔王様

 本文:確認。

    難易度レベル5って「クラスレッド」だったかしら?

    過剰な強さだと思うのだけれど?』


『宛先:敗北系幼馴染み賢者

 本文:またまた魔王様に代わって白き少女がお答えしまぁす!

    うん、間違えてレベル7のぶつけちったわ! めんご☆


    でもパーティーメンバーの魔術師の子って、ハルの後継者候補なんでしょ?

    ならこのくらい飛ばしていかないとね』


   ◆ ◆ ◆


 夜。

 カレン・メドラウドを名乗る少女は、己のホームである『星霊の剣』の館に戻っていた。


 大都会の一画を切り取る純白の建物、その静謐な廊下を歩きながら、ある言葉を思い出す。


『そうだ。一つ伝えておくわね。――あの転移術、恐らく狙いはあんたよ。魔法陣の中心があんたの足下だったし、読み取れた術式からも勇者か聖剣を狙っている節があった。完璧に読めたわけじゃないから、たぶんだけどね』


 それは、別れ際にアンジュからもらった忠告だった。


 ――カレンを狙う誰かがいる。

 カレンは勇者候補だ。それに加えてのこともあり、狙われる心当たりがありすぎる。


 とはいえ、カレン一人で頭を回しても解決しない。

 ゆえに、カレンの事情を知っていて、知識も情報も豊富に持っている人と話をしにきたのだ。


 複雑な道筋を辿り、魔術的手順を踏まなければ辿り着けない場所。ギルドメンバーでも一部しか知らされていない部屋の扉を前に、カレンは緊張を呑み込んでノックした。


 程なくして中から入室を促す声が聞こえてくる。


「失礼します」


 入室すると、本の匂いに混じって、わずかながらバニラに似た匂いが香った。

 昨日も訪れた場所。部屋の主であるギルドマスター・メロディアは、ふわりと微笑んでカレンを迎え入れた。


「こんばんは、カレン。なにか用かしら?」

「……夜分遅くに申し訳ありません。ですが、訊きたいことがありまして」

「良いわよ。なにが訊きたいのかしら?」


 忙しいであろうギルドマスターの時間を取るわけにはいかないと思い、カレンは単刀直入に切り出した。


「アンジュの腕を上回る魔術師について、心当たりはありますか?」


「魔術で、あたしが負けた」――ダンジョンでのアンジュの言葉を脳裏に思い出しながらの問いかけに、賢者メロディアはなんてことないような調子で答えた。


「パッと思いつくのは三人。今も生きているかわからない輩を含めて良いなら、十は名を挙げられるわ」

「……、」


 そんなにいるのか、とカレンは密かに驚愕していた。

 アンジュは天才だ。そして、勇者パーティーの魔術師として充分以上の実力を備えている。いや、今日の戦いぶりを見るに、それ以上の――それこそ世界トップクラスと比べても頭一つ抜けた戦闘力を有しているだろう。


 それを上回るのが、十人以上。


「あくまで魔術の腕の話よ。直接戦闘力はまた別だから」

「そう、ですか……」


 カレンは魔術に明るくないが、アンジュよりも上の技術力というのはそれこそ神話に語られるような大魔導師くらいではないかと思った。


 そんなカレンの様子になにを感じたのか、メロディアは微笑みながら人差し指を立てた。


「一人は、私。これでも『賢者』だもの、まだ負けていないわ」


 その答えは半ば予想していた。特に優秀で替えが効かないと世界的に認められた魔法使いまじゅつしにのみ与えられる『賢者』の称号を持つ彼女なら、確かにアンジュを上回る技術を有していてもなんら不思議なことではない。


 星詠みの賢者は二本目の指を立てて、


「魔王ハルシオン。彼女を上回る魔術師は、幾億の異世界を渡っても見つからないでしょうね」


 これも予想していた通り。魔王と称される存在ならば違和感はない。

 そして、三本目の指が立つ。


「アンジュ・スターリーの師匠である、シオン」

「っ」


 メロディアの口から出てきた名前に、カレンは息を飲んだ。

 その名は、カレンの恩人のものだった。


「勇者候補であるあなたを見つけ、聖剣を授けた旅の魔術師でもあるわね」

「……、あの人が……」


 アンジュの姿や雰囲気から心の片隅で覚えていた既視感の正体はこれか――と納得し。

 そして、カレンは考える。


(……なら、ダンジョンで私たちを転移させたのは、魔王ハルシオン……?)


 目の前の賢者と、アンジュの師匠でありカレンの恩人である旅の魔術師シオンが、カレンを狙って攻撃することはないだろう。

 ゆえに消去法でその答えを出したが――ふと、思い留まる。


(いや、「今も生きているかわからない魔術師」とやらの可能性もあるのか……)


 メロディアが言ったその魔術師たちとは、俗世を捨てて秘境を旅したり、自身の隠し工房に籠もって何十年も出てこなかったりと、長い間連絡を取れていない連中のことだろう。『賢者』の称号を与えられた魔法使いにもそういう輩がいる(ゆえにメロディアが『現在唯一生存を確認されている賢者』などと称されるのだが)。


「ああ、そうだわ」


 と、思考の海に沈むカレンを引き戻すように、メロディアが声を上げた。

 視線を向けると、メロディアはいつもの微笑みを浮かべて続ける。


「カレン――あなた、を相手に、聖剣抜刀を試したわね? 失敗したようだけれど」

「え――あ、はい」


 未熟を晒すようで恥ずかしいが、本当のことなので小さく頷く。


 メロディアは少しだけ眉尻を下げて、「これはシオンからの伝言なのだけれど」と前置きを挟み、告げる。


「聖剣抜刀に必要なのは、激情と、覚悟。人としての感情を持ちながら、自身を兵器と定める必要がある――」

「……、」

「らしいわ。ちょっとわかりづらいけれど……そうね、一度、あなたが勇者をやる意味を考えてみたらどうかしら?」


 最後にそんな助言を受けて、カレンは賢者の前を辞した。


(防犯なのかあまり人と会いたくないのか)魔術か何かによって仕掛けられた罠を避けるために来た道とはまた別の道を通って帰る途中、ふとカレンは違和感を覚えた。


(――あれ? メロディアさんは、配信で私たちの様子を確認していたんだよね……?)


 あるいは、使い魔でカレンの後ろを付けていて、その目を通して見たのだろうか。

 それとも、配信に仕掛けられた幻術を見破り、真実を見る術が賢者にはあるのか。


 魔術に疎いカレンには、真実がわからない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る